22 黒騎士 VS 白騎士
沖縄旧国立公園。現在はM線により変異した植物と獣が跋扈する地帯。
「どこに行く。相手をしてくれるんだろう」
深き森奥に乱立する数十メートル級の巨樹たち。
その内の一本の枝上。
至近距離で対面する、黒と白の鎧姿があった。
「チッ――」
行く手を阻まれたアキラは、即座に無骨な銃剣を振り抜く。白騎士も反応し、魔法による防御に入る。
「Nogami……」
だが、口を開いた瞬間さとった。この詠唱を言い終わるより先に攻撃が到達する。
ガントレットで受け止めながら、「ッ――Renaz!」なんとか技を繰り出す。
《水躰》は攻撃を受け止める瞬間、空気元素を操作し、水流状の衝撃緩衝層を生み出す魔法。
「ぁあアアアアア!!」
だが、アキラの鬼気迫る叫びに呼応するように黒い鎧の双眼が輝く。
内蔵の人工筋肉を唸らせ、刃を無理やり水流に押し込むようにして、
「コイツッ――」
白騎士を力づくで弾き飛ばした。
速度も、膂力も、前よりさらに強化されている――。
空中で身体を捻り、隙を最小限に抑えて、別の枝に着地する。
「だが……付け焼き刃だな」
「痩せ我慢ね。震えてるわよ」
同じ枝に黒鎧も飛び移ってくる。その衝撃で枝が震える。白騎士の痺れた手にも振動が伝わり、指ががくがくと動く。
「貴様は……自分が死なないとでも思ってるかもしれないが……“魔人”は不死身ではない」
ところが、白騎士の声にはむしろ喜色が滲んでいた。
「仕組みは魔物と同じだ。頭を潰せば、再生する間もなく死ぬ」
「……だったら何? 口先で殺せると思ってるわけ?」
「お前にはずいぶん世話になったな……」
目の前の白騎士が本格的な戦闘態勢に入った。
「いい加減、始末してやる」
アキラは数分前にしたジローとの作戦会議を思い出していた。
『いまのアキラとあの黒鎧のパワーなら、敵に一撃でも攻撃を当てれば、致命傷になりうる。
とにかく一回、全力の攻撃を当てることを目的にしよう。すべての動きはその“隙”を作るために組み立てる』
ゆるく握った両手を顔の前に構えた白騎士に対し、アキラも腰を落として銃剣を構えた。
「Ikachina」
『あの白い騎士が使う魔法は、主に“電気”に関連する』
白騎士が口を開いた瞬間、踏み込む。
『どれも当たれば即死級の威力。でも毎回あの呪文を唱えるから、技が出るのはアキラよりも僅かに遅くなる』
今度はさらに速く。相手が反応できないと確信できる速さで懐に入り込んだ。
……が、横なぎに振る銃剣を、白騎士はバックステップで難なく躱した。
「ッ――」
反応ではない。読まれていた。
「Defura」
止めた所から残りの詠唱だけを口にして、白騎士の掌が眼前に迫る。
これで頭を掴まれたら死ぬ。
崩れた体勢から動こうとするが、さっきの踏み込みで枝がたわんでいる。
黒鎧がアキラの意思を読み取り、“スラスター”を点火させた。
ヴゥゥゥン……! という高周波音がすぐ耳元をかすめる。
「チッ……」
攻撃を外すした白騎士が舌打ちする。
《マギス・リパルション・スラスター》。
アキラの着用した黒い鎧――黒連軍の試作アーマー 《ベルムヘロス》に搭載された、魔力の力場作用を応用した推進装置。
全身に配されたノズルが青白い光を発し、まるで見えない斥力で押し出されるように、アキラは空中に逃れる。
「Ikachina」
即座に、追撃にかかる白騎士。
別の枝に飛び移ろうとするアキラが、着地した瞬間、攻撃を加える――。
と思ったが、彼女はそのまま木の幹を蹴って切り返し、再度斬りかかってきた。
「Kokuya!」
直前の挙動変化で反撃を察知し、上体を反らせて避けながら、左手で魔法を撃ち込む。
標的を高圧電流で焼き焦がす対人攻撃魔法 を、アキラもスラスターで慣性を殺すことで回避していた。
間髪入れず右手にも同じ技を作り出す。
攻撃魔法は種類によって速射、連射、継続発動といった特性がある。
この《雷焦》は速射性能が高く、かつ追加詠唱なしの連射が可能。
「くッ――」
アーマーのAIよりアキラの本能的反応の方が速かった。
向かってくる電流に銃剣をぶん投げる。
接触の瞬間――バヂッ!! 鋭い閃光と火花が発する。
周囲の枝葉が一瞬で発火し、少し離れた木の幹に銃剣が刺さる。
続けて数発、《雷焦》を連射する白騎士だが、スラスターで不規則に空を舞う黒鎧には、いずれも当たらなかった。
「チッ――」
射程距離外だ。連射を打ち切る。
アキラが逃れたのは、バギーやドロメタスが向かったのとは逆方向……。
「……このまま引き離すつもりか」
いまこの森で最も警戒すべき戦力はアキラだ。
白騎士は相方の報告を思い出す。
残りの兵士はほぼ全員負傷していた。
彼女も手負いとはいえ、《遵従の輪》によって今は任務遂行のため最適な行動を取るようになっている。
元は極めて優秀な魔法士。一人でもターゲットを捕えられると思いたい。が……、
もしパシパエ王女が戦う気になってしまったのなら、それも不可能になる。
「…………」
先ほど森に響いた放送。黒界語だったので内容はわからなかったが、
あれを聞いた瞬間、王女の目に急に光が戻った。
せっかく言いくるめて穏便にことを済ませようとしたのに。
どうやら再び生きる気力を与えてしまったようだ。
「どいつもこいつも……余計なことを……」
やはり自分もターゲット確保に向かう必要がある。
数秒で結論づけた白騎士は枝に着地し、四方を警戒する。
黒鎧は現在、木々に紛れて潜伏しているようだ。
まず最短で奴を倒す――。
ガントレットを展開、黒ずんだ魔石を素早く排出し、腰のポーチから新しい石を装填する。
「Deshinkanahokogawom」
長めの詠唱を口にする。
円柱に成形された魔石を飲み込んだガントレットがひと際強い発光反応を示す。
ジィ……と周囲の空気が帯電し始める。鼓膜を震わせる高周波が、アキラが隠れる木の影まで届いてきた。
「なにッ――?」
全身の産毛が逆立つと同時に目の前で木肌が僅かにめくれ上がる。
凶兆を察した彼女が離脱しようとした瞬間、
甲高い爆音が空を割いた。
白騎士を中心とした数十メートル一帯に、まばゆい白光が散乱する。
広範囲に放電を起こす魔法、《雷周》。
過剰な電流を受ければ、黒界技術は機能を停止する。
自らの魔法の、敵に対する相性の良さを、白騎士は知っていた。
十秒ほどした後、白光はおさまる。
パチパチと木々が燃える中、視界の端で、人影が動いた。
「まだ生きているか」
振り向いた白騎士は、ノロノロと枝を飛び移って移動する黒鎧を発見した。
先ほどのような不規則な機動は使っていない。使えないのか。
『1コだけ注意点』
まだ放電の余熱を持ったアキラの頭には、ベスの事前説明が浮かんでいた。
『このアーマーは電気系魔法の対策もバッチリされてるけど、あまりに過剰な電流を受けたら復旧までちょっとの間、動けなくなる。気をつけてね♪』
「――気をつけれるかッ!」
おかげでまだ視界がボヤボヤしている。
だが、意識を失わなかったのは上出来だった。
『システム復旧完了』
ヘルメットの中で電子音がして、消えていたディスプレイが次々と点灯する。
枝を伝い一目散に、銃剣を取りに行く――。
「Ikachina Defura」
当然、白騎士はそこを狙い撃ちしてくる。
だから木に刺さった銃に手を伸ばす直前――振り向きざま、
袖の裏に隠し持っていたナイフを投げ放った。
的確にも、兜の目元のスリットめがけて。「チッ」反射的に腕で目を庇う白騎士。
しかし、一瞬視界を遮られた間に、黒鎧の姿が消えていた。
左右、背後に気配はない。
「……上!」
復旧した“スラスター”が青白い力場を発動させる。一気に飛び上がったアキラは、白騎士の直上から、銃剣を振り下ろした。
「ッ――|Tegnótaseft」
とっさにガントレットから防御魔法を発動。
周囲の土粒子を集約・凝縮した盾を生成する――。
「ふッ――――!!」
――が、アキラの銃剣にぶち当たった瞬間、盾はガラス細工のように砕け散った。
「ぐっ!!」
そのまま刃を両腕で受け止めた白騎士は、いくつもの枝を折り、葉を散らしながら、地面に叩きつけられた。
土煙が立ちこめる中、金属が擦れ、軋む音が森に響く。
陥没した地面に、アキラは白騎士を押し込んでいた。
「ッ……ぐゥゥ……!」
ガントレットに鈍い光が宿る。また魔法を発動させようとしている。
「おら……ッ」
関係ない。その前に腕を落とす。
アキラは銃剣を踏みつけ、さらに体重をかけた。
「大人しく……潰れろ……ッ!!」
ミシリ、と鎧に刃がくい込む。ひび割れから吹き出した血が、両者の顔面にかかった。
「ぐぅおお……!!」
光が増幅されていく。周囲の空気が再びバチバチと帯電を始め、アキラのヘルメット内にいくつもの警告表示がされるが、
後に引く気は無かった。
むしろスラスターを噴射してさらに加重を込める。
「ォああああああッ――――!!!」
ほどなく、視界が真っ白に染まっていく。
黒鎧と白騎士を中心に、閃光がすべてを包み込んで――――、
アキラの意識はそこで途切れた。




