表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンダー・アース 終末姉弟死線記  作者: 遁遁拍子
第2章 黒界・日本
34/37

21 少女の正体②

 物心のついた時から加害者だった。


 ()に出入りする者たちは皆、自分を目にすると、さりげなく離れていく。


 大臣、衛兵、召使いの一人一人に至るまで。

 父すらも、パシパエに近づかれることを嫌がり、会うことも許可されなかった。


 家族が一緒に食事を取る場にもパシパエは呼ばれず、自室で独りで食べていた。


 彼女を避ける理由は誰も口にこそしないが、はっきりしていた。


 親殺しの王女。

 自分に向けられる軽蔑と恐怖。時には悪意にも染まる彼らの視線を、常に浴びて生きてきた。


『何をしてる』


 膝を着いて、顔を上げると、兄が見下ろしていた。


『大変失礼しました。お見苦しいところを』


 爺やが代わりに謝罪する。


『相変わらず(しつけ)がなっていないな。ヴァルカン』


 第一王子アイエイテスが、城にいることは稀だった。


『コイツを早く退かせ』


 彼は既に、国軍の若き長として第一線で活躍している。

 氷のように冷たい目で命じる。『申し訳ございません』爺やは再度、深々と頭を下げて、


『姫様』


 パシパエを立ち上がらせる。

 兄は目を合わせることなく、兵を引き連れ、隣を通り抜けていく。


 『あっあの……』


 とっさにその背中に声をかける。


『にっ兄様……あの、ご……』


 少し面倒くさそうに兄は振り向く。

 組み合わせた両手を忙しなく動かしながら、パシパエは、詰まる言葉をなんとか絞り出した。


『ご……ごめんな……さ……』

『…………………』


 だが、顔を上げた時、兄は既に背を向けて去っていた。


『あ……』


 その時、彼がどんな表情をしていたかなどは、とても想像できなかった。

 想像したところで手遅れだった。


『パシパエ。おまえは黒界に逃れよ』


 城が、兄率いる兵士たちの襲撃を受けた日。

 父は娘を呼び出し、言い聞かせた。


『私は狂ってなどいない。あやつらに我がオリュンテア王国を掌握させてはならない。

 この二世界(ふたせかい)を滅ぼす事態となりかねん』


 一度だって自分に期待などしてくれなかった王が。

 見向きもしなかった父が、追い詰められた間際、頼ってきた。


『いままで、すまなかった…………もはやお前が最後の望みだ』


 頼ってくれた――パシパエは、嬉しかった。命の危機に瀕して、その胸に初めて、使命感というものが生まれた。

 自分にも生まれてきた意味があったのだと、初めて思うことができた。


『必ず戻ってこい。むこう側の民と協力し、この国を取り戻すのだ』

『……はっ……はい』


 愚かにも、自分は恐怖の対象以外の何かになれると。

 みんなが認める王女になれると、思ってしまったのだ。


『姫様……ご無事ですか……』

『あっ……あぁ……』


 幾重にも重なった死体。

 雪に埋もれ、冷たくなった爺やを抱えていると、


『やっぱりそうか』


 また頭上から声がする。


『お前が殺したんだな』


 その目は、底知れない憎しみに暗く鈍く光っていた。


『お前が母上を……』


「ごめんなさい……ごめんなさいっ………」


 いま、血溜まりに突っ伏し、少女はうめく。


「ごめんなさいっ……!」


 言葉で記憶をかき消すように。乱される心を沈めて覆い隠すように。

 何度も叫ぶ。

 それでも脳裏には鮮明な光景が焼き付いている。


 あの目。

 追い求めていた仇をついに見つけた、達成感すら滲んだ表情。


 罪も本性もすべて見透かされた。


「ごめんなさいって……ッ……」


 思い出すな。よぎるな。呼び起こすな。


 頼むから……。


「……ごめんなさいって……言ってるでしょ……ッ……」


「はい。ですからいったい何をそんなに謝っているのですか」


 気づけば、背後に人の気配がある。


「前々から疑問だった……“それ”にはなんの意味があるのですか?」


 体温を感じさせない中性的な声。

 チャプ、と硬い鎧のブーツが、血溜まりに踏み込んでくる音がする。


「いや、意味などない。あなたがいくら謝罪しようと、失われたものが戻ることはない。

 その行為にはなんの価値もない……ただ、あなた自身の罪悪感を、ほんの少し和らげるだけだ」


 言葉がするすると、抵抗なく入ってきた。


「なんと利己的な人間なんだ」


 チャプ、チャプ、足音がパシパエの隣を通り過ぎ、正面に回り込む。

 白く無表情な兜が、こちらを見下ろしていた。


「平和を願うのなら死になさい」


 スリットの奥から瞳が見える。

 なんの感情も含まれていない、作り物のように冷たい目だった。


「傷つけた者たちに償いたいのなら、もう誰も傷つけたくないのなら、死になさい。

 あなたが悩んでいることは、あなたが死ねばすべて解決する」


 ただ黙々と現実だけを突きつける。

 この人が言うならそうなのかと、有無を言わさず納得させられるような。


「ご自分でそれを望んでいたのでしょう」

「……………………」

「ならばもう、終わりにしましょう」


 握りしめていた手の力が抜ける。


「………………はい…………」


 うな垂れた少女の首を、白騎士は無造作に掴んだ。

 右目を覆う眼帯に指をかける――――。


『諦めるな!!!』


 その時、怒声が暗い森を貫いた。


『諦めるな!! パシパエ!!』


「何ッ……!?」


 最初、幻聴かと思った。

 でもその声は、頭上のスピーカーから実際に発せられていた。

 耳をつんざくような大音量に、白騎士が硬直する。


『いま君が一人なら、空を見れる所に移動して! 僕らがいる場所の“合図”を上げるから!』


 攻撃かと思ったのか、周囲を警戒している。その困惑した様子にパシパエは思い出した。


「何を……言ってる……」


 この人には黒界(彼ら)の言葉はわからない。翻訳機をつけたパシパエと、いま、木の影から歩いてきたドロメタス以外には。


『いま敵といるなら、空に魔法を撃ち上げて合図して!

 すぐそこに助けに行くから。それまで、死ぬ気で生き延びろ!!』


「ホワイト!!」


 ジローから貰った翻訳機を付けていたドロメタスが、呼びかける。


「ターゲットを――!」


 白騎士が即座、パシパエに手を下そうとする。しかしその時、既に彼女の黒い眼帯には、“光”が灯っていた。


「Kathanôma」


 眩い白光が瞬いたと思うと、両者の間に巨大な炎の塊が突如出現する。


「ッ――」


 白騎士が後ずさった直後、それは頭上を覆う枝葉を焼き払いながら飛翔し、

 はるか上空で大爆発を起こした。


「王女……」


 熱風と衝撃波で森全体がざわめき震える中。

「くっ……!」パシパエは血溜まりから手足を引き抜き、全力で走り出した。


「パシパエ王女ッ!!」


 恐怖に突き動かされたわけでもない。自分でも、なぜそうしたのかわからない。

 ただ無我夢中で、木々の合間を駆け抜けた。


 魔法を撃ちあげた瞬間、空に見えた。

 青い信煙の方を目指して。


「逃げるなッ!! いい加減、諦めろ!!」


『諦めるな!!!』


 同じ内容の音声がそこら中のスピーカーから響き渡っている。どうやら森全体に繰り返し流れているようだ。


『死ぬ気で生き延びろ!!』


 パシパエの足元が独りでに盛り上がり、鎖が飛び出してくる。


「うっ……!?」


 とっさにジャンプして、坂の下に転がった。


「あいっ!」


 思い切り頭をぶつける。

 目の前にあったのは、そこらでもひと際巨大な樹の幹。


「お前――ッ」


 白騎士が追いついてくる。パシパエは無我夢中で巨樹にしがみつくと、

 枝を掴み、上へ上へと登っていく。


「おまえを殺して眼を奪う!」


 怒りに満ちた声音とともに、白騎士が身体に激しい電流を纏う。

 一瞬でパシパエのいる枝上まで飛び移ってきた。


「ッ……」


 逃げる暇すら与えず襲いかかる。


 だが、繰り出された貫手が彼女に到達する寸前。


 人影が飛び込んできた。


「なッ……」


 見慣れない鎧姿が、パシパエを守るように枝上に立っていた。

 向かい合う白騎士とは対照的に、全身が吸い込まれるような漆黒に染められている。


「あなたは……」

「よくここまで逃げたわね」


 聞き覚えのある声だった。


「やるじゃない」


 ぶっきらぼうでちょっと恐いけど、

 繊細で優しい少女。


「あ……アキラさん……??」

「先に行ってて」

「えっ――?」


 振り向いた黒鎧姿のアキラは、いきなりパシパエの胸を押し、枝から突き落とした。


「うわああああああっ!?」


 数十メートルの高さを落ちていく。

 その下に無骨な四輪バギーが滑り込んでくる。


「ナイスタイミン――グぅッ!」


 荷台で待ち構えていたジローが両手を広げて受けとめた。


「ああっ!」

「うえぐっ!!」


 ドン、ゴン、という激しい振動。

「成功か!?」運転席のグレンが振り向く。


「大丈夫ッ! 行って!」


 ジローが荷台からなんとか叫び返すと、バギーはアクセル全開でその場を離脱した。


「クソ……なんだあれは!?」


 その一部始終を見ていた白騎士は、困惑しながらもすぐに追撃をかけようとする。

 しかし、銃剣を手にした黒鎧が立ち塞がる。


「あんたらの相手は私」

「貴様……」


 ジリジリと睨み合う二人の鎧姿。

 白騎士は一瞬思考をめぐらせた後、


「ドロメタス殿……奴らを」

「――承知しました」


 主人の命により《遵従の輪》が反応し、ローブを翻した淑女がすぐさまターゲット追跡に向かう。

 黒鎧(アキラ)がそれを阻止せんと動き出した時、今度は逆に白騎士が割り込んだ。


「どこに行く」


 フルフェイスの兜を、黒鎧の双眼のヘルメットをぶつけるようにしながら。


「相手をしてくれるんだろう?」

「チッ――」


「うぐ……」

「ジローさん! だ、大丈夫ですか??」


 パシパエを回収し、バギーは木々の合間を走り抜ける。

 彼女を受け止めた衝撃に全く耐えられなかったジローは、荷台にうずくまっていた。


「ごめんなさい! わっ私、なんで、こんなこと……」


 パシパエは、自分の行動をまだ理解できていなかった。

 確かに白騎士の言葉に納得したのに。終わらせようとしたのに。

 なぜまだ自分はここにいるのか。


「あんなに皆さんにごごご迷惑をかっかけた、のに……またっ……生きようとして…………」

「何言ってんの。それが悪いことなわけないじゃん」


 遮るようにジローが口を開く。膝を着いて、こちらに向き直る。


「え……」

「昔に何があったとしても、生きようとすること自体が悪いはずない。

 それだけは絶対に間違いない」


 そのとき、木の根を踏み越えた車体が大きく揺れる。「うわっ!」「きゃっ!!」少年と少女の体は大きく跳ね、覆い被さるような体勢になる。


「無事でよかった」


 息がかかるほどの距離で顔を見合わせた。


「……なんで……ですか……」

「だって、友だちだから。僕たちが地上に出てきて、初めてのさ」


 初めて会った時と何も変わらない、人懐っこい笑みを浮かべる少年。

 その大きな瞳に見つめられた時、少女の胸はひときわ大きく鼓動した。


「あ――」


 それまで経験したことの無い、締め付けられるような、鈍い痛み。


「ん?」


 雪のようなパシパエの白肌に、ほのかな紅みがやどる。

 ジローは眉をひそめ身を離した。


「大丈夫? なんか顔色が……」

「えっ? あぁ………い、いや……」


 とっさにそっぽを向く。が、いつまでも鼓動は治まらない。

 全身が原因不明の熱を発していた。


「おふたりさーん!」


 そんな彼らに向けてベスが呼びかける。


「いい雰囲気なとこホント悪いんだけど……伏せて!!」


 荷台に膝立ちした彼女は、グレネードランチャーを構えていた。

 ジローがパシパエを伏せさせた直後、


 ボシュ、という音でグレネードが発射。

 襲い来る鎖の前で炸裂する。


 爆風で狙いの逸れた鎖たちが、道路脇に次々突き刺さった。

 自然公園時代の看板が吹き飛ばされる。

 コンクリートの破片がフロントガラスに散乱し、「うおっ!」グレンがハンドルを握りながら身をかがめた。


「スピード緩めないで!! すぐ次来るよ!」

「わ、わかってる!!」


 彼らの背後に、さらなる大量の鎖を引連れた狂淑女(ドロメタス)が迫っていた。


「逃がしませんわ――坊やた――ちッ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ