20 少女の正体
「ウチの諜報部によるとね。
つい最近、白界のある国でクーデターが起きたの」
伸び放題になった草木に隠れるように佇む指令所。
2階の防災放送室に移動した姉弟と兵士たちは、さっそく機器の状態を確かめた。
「《オリュンテア》。機内でも話したよね?」
作業をしながら、金髪の少女兵ベスが話ひ始めた。
「パシパエの故郷だ」
ジローが放送機器を治す手を止め、呟く。
「クーデター?」
「って何よ」
「あれとって」
素直な疑問を口にしたアキラは、弟の指示を受けて、「これ?」壁のラックに設置されていた非常用バッテリーを外す。
「国家転覆。逆賊が国を乗っ取ることだ」
ジローが配電盤の状態をチェックしている隣。同じく椅子に座って作業をサポートしていたカイダが補足した。
「そう、病で心身を弱らせながら、頑なに玉座を譲ろうとしない王を、王子率いる軍人たちが強制拘束したの。
それから軍も政権もすべて王子に奪われた」
「その話と、パシパエに何の関係があるの」
アキラが壊さないよう慎重にバッテリーを取り外しながら聞く。
「あの子も“拘束対象“だった」
ベスの一言にその場の一同が息を飲む。
「それは」ある者は驚愕し、またある者は納得した。
「パシパエちゃんは、おそらく《オリュンテア》の王女」
髪の毛先を指にからめながら、ベスは両手を広げて付け足した。
「王家の子どもたちの中で、唯一の“女の子”」
「……お姫様ってこと……?」
うつむいたジローが口中に繰り返す。
そんな単語は絵本の中でしか見聞きしたことがない。
「だからあんなお上品な雰囲気だったんだ……!」
「……そんな雰囲気あった?」
「《ボルツ》はもうそこまで詳細な内政情報まで手に入れているのか。
白界各国にスパイでも送ってるのか?」
皮肉っぽく睨むカイダ。「んー、企業秘密です」目を閉じ、お口にもチャックのジェスチャーをするベス。
同じ軍でも所属する内部組織が違えば、当然与えられる情報も異なってくる。
カイダやグレンらは黒界側を主に防衛する陸軍の所属。
対してベスの所属する部隊は、界兵隊と呼ばれる、主に白界側への遠征・調査を行う組織に属している。
「パシパエを尋問した時は、わからないって言ってたじゃない」
腕を組んだアキラが横槍を入れる。
「……あの時はパシパエちゃんの話から、こちらの情報がどの程度合ってるか確認したかったの」
「嘘ついてごめんね~」ベスは手を合わせて心底申し訳なさそうに謝った。アキラは素直に顎を引いてそれ以上の糾弾をやめた。
「最初からターゲットの素性くらい教えとくべきだろ」
隣で、新しいバッテリーを準備していたグレンが、堂々と文句を言う。 ただし彼の意見は今回の任務で働かされた兵士たちの総意でもあった。
「私だってもっと早く言いたかったよ? でもオキナワに着くまではダメって、隊長に口止めされてたんだ~」
「どういう口止めだよ。それは」
「もういいグレン。……それより、続きがあるんだろう」
不満げな部下を抑えつつ、先を促すカイダ。「はい」ベスは青い瞳を静かに細めてうなずいた。
「よし」
一方、配電盤の整備を済ませたジローが戻ってくる。グレンが持ってきたアーマー用バッテリーを手に取った。
「王子が王女を恨んでいた……というのは国に仕える魔法士の中では有名な話ですわ」
同じ頃、ドロメタスは鬱蒼とした木々の中、パシパエの足跡を追っていた。
由緒正しき貴族家由来の優雅な足取りで。
しかし、その足元はいま裸足である。
血で汚れたローブをまとった彼女の首元には、重々しい金属製の輪がかせられている。
「パシパエ王女の“鍵の目”は歴代でも類まれなる才能……しかし、本人にはそれを制御する術がまるで身につかなかった」
首輪には、服従の魔法が組み込まれている。魔力が、彼女の脳内電気信号、および神経系に直接干渉し、主人の命令を実行させる。
「王家の血から生まれたとは考えられないほどに肉体も精神も軟弱。とても強大な才能に値する人間ではなかった」
心身の自由を奪われたドロメタスは、主人――背後を歩く白騎士の命令を実行していた。
「…………続けてください」
主人は淡々と促す。
「……彼女がまだ赤子の頃……覚醒した“目”の誤作動によって母、前王妃を殺害したことが、おそらく事の発端」
ドロメタスの脳裏には、魔法士たちが話していた“その事件”の光景が浮かぶ。
『あぇ……ああ?』
赤ん坊の王女が、血に濡れうずくまる王妃のそばでキョトンとしている所を、従者たちに発見された。
「その一件のショックから、王は心身共に衰弱していった。ついには、みかねた王子にその座を奪われた。
王子は王女を人ではなく、兵器として利用するつもりだったのでしょうね。
それが……私たちに課された……彼女の“目”だけを回収せよ、という指令の真意」
「…………続けろ」
なるほど、王城の外でも噂は正しく広まっているようだ。
兜の中で白騎士は冷たい息をつく。
「アイエイテス王子の人気ぶりは王国軍でも随い……え゛ぅ、ぐ……」
不意にえずき、口の端から血を流すドロメタス。その白く細い腕には、既に毒々しい血管が浮かびつつあった。
「続けろ」
冷酷に促す白騎士。
「ええ……だが……王子は、母を奪った妹に関しては徹底的に冷遇した。必要なのは、彼女の“目”のみ」
「め? が狙いって……どういうこと?」
「パシパエちゃんの育ったオリュンテア王族には代々特殊な体質があるの」
ベスの説明を聞くために、その場の兵士たちとアキラは輪になって放送室の床に座っていた。唯一、まだ作業中のジローだけが話の外にいる。
「“鍵の目”って呼ばれるらしいんだけどね」
非常用バッテリーを外したラックに別の配線を接続する。
長年放置されていたバッテリーをそのまま使うのは不可能なので、今回は代わりに電圧が近いアーマー用バッテリーを使う。
「本来ヒトには不可視な放射線であるはずの《魔力》を視認できる眼。それを持つ人間は、既存の法則を越えた《魔法》を起こせると言われてる」
全員の視線を受けてベスは少し声をひそめながら説明を続ける。
「具体的になんだよ、それは」
グレンの問いに、彼女は、指を上から下に下ろす動作をした。
「なんだそれ」
「空から落ちてくる。光の柱」
作業中のジローの手が止まる。
「《ポータル》だよ」
その場の皆が一斉にどよめいた。
「嘘だろ?」
「……ポータルを開くのが……人間の力だと?」
二つの世界を行き来する方法。次元を突き破る光のワープゲート。
その発生方法の正体。
カイダも、いつも不動な表情筋が強ばるのも隠しきれなかった。
つまり少女がこちら側に来た方法は、彼女自身だったのだ。
もしそうなら、軍上層部が彼女を必死に追い求めていた理由もわかる。
「ポータルの技術が手に入れば……黒界の都市防衛、白界の調査、あらゆる面においての革新になる」
頭の中に浮かぶ無数の情報をなんとか整理しながら、私見を述べる。
「白界の魔法使いが、ターゲットを必死に追いかけてきてたのも……」
「自分らで独占してた技術をこっちに渡したくなかった……ってことですね」
部下たちも同じ作業の工程中のようだった。各々の反応に対し、「そういうことです」ベスはニッコリ笑顔でうなずく。
「現在、滅亡の危機に瀕している私たちにとって、あの子は救世主になりうる存在。だから必ず手に入れなきゃいけない」
「…………」
軍の目的は、すべての黒界人の命を守ること。上層部が掲げるその言葉にやはり嘘はなかった。
兵士たちに納得感が漂う中、アキラだけは、そんな微妙にズレを感じていた。
「…………」
彼らの言っていることはわかる。パシパエを手に入れることは、この黒界に苦しむ人々に多大な幸福をもたらすのだろう。
ただ、今の話を聞いて、アキラがまず気にしたのはそこではなかった。
あの少女が向こう側で送ってきた人生は正直想像もできないし、王族とか、クーデターとか、イマイチピンとこないが、
『ごめんなさい……』
彼女があんな態度を取り続けていた理由は、何となくわかった。
「…………」
チラッと弟を見ると、傍らでいかにも好奇心がそそられそうな話が繰り広げられているにも関わらず、
独り黙々と作業を続けていた。
「……なんで」
兵士たちの会話がひと段落した頃、ふと手を止め、口を開く。
「なんで……誰も本人のことは心配しないの?」
ゆっくりと紡がれる言葉に、その場の全員が押し黙った。
「むこう側で居場所を失って、こっちに逃げてきた。
あの子だって、いま誰かの助けを求めてる」
すべての整備を完了し、ジローは振り向いた。いつものような人懐っこい空気はなく、むしろ意固地な感情を声に乗せて。
兵士たちが居心地悪そうな顔をする中、アキラだけは無言でうなずいた。
何のために少女を助けるのか。どうやら姉弟の動機は一致したようだ。
※
暗い世界を少女は走り抜ける。木々の合間を抜け、鋭い枝葉で至る箇所に切り傷がつくりながら。
その痛みと、迫り来る恐怖に背中を押されながら、懸命に足を動かし続けた。
止まれば死ぬ。
あれに殺される。
白く無機質な鎧姿が脳裏にこびり付いている。人が風船のように次々壊されていく光景。
「はあぁ……うっ……」
息をする喉が震える。ここにはもう守ってくれる人もいない。
本当に独りぼっちだ。
そう思っている一方、パシパエはそんな自分にどこか落胆もしていた。
結局……人を巻き込みたくないなどと言いながら。
自分のせいで誰かが傷つくのが嫌だと思いながら、
もう一方では、誰かに助けを求めてでも生きながらえようと、意地汚くもがいている。
恥ずかしい……。
『どうか王家に相応しい振る舞いをなさってください。姫様』
ぬかるみに足を取られて、地面につっ伏す。
故郷にいた頃は、こういう時、爺やがすぐに駆けつけて助けてくれた。
『姫様! お怪我は?』
『ごご、ごめんなさい』
『まったく……兄上方はこれほど手間のかかるお子ではありませんでしたよ』
小柄な爺やは、幼いパシパエを抱き起こすと、汚れた顔をハンカチで拭いてくれた。
厳しい言葉とは裏腹に、その瞳には確かな情愛が宿っていた。
パシパエがあの城で唯一、自分を愛してくれていると信頼できた人物だった。
「…………爺や……」
いま。彼女が独りで起き上がると、そこはぬかるみではなかった。
真っ赤な血が全身にべっとりこびり付く。口内で鉄の味がして、目の前には見るも無惨な形になった肉塊が転がっていた。
「あっ…………あぁ…………そっ、そんなっ……あ……」
また私のせいで。
もう何度そう思ったことだろう。




