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アンダー・アース 終末姉弟死線記  作者: 遁遁拍子
第2章 黒界・日本
32/37

19 急場団結

 銃剣のグリップ越しに、肉と固い骨を断ち切る、たしかな感触が伝わった。

 細腕が宙を舞い、数滴の血粒が頬にかかる。

 ゴトリ、と杖が地に落ちると同時に、グレンたちを襲いかけていた鎖が動きを止めた。


「やっ……た?」


 銃を構えたまま顔を見合わせるカイダとグレン。鎖たちは魔力による結合が失われたことによって、急速に崩壊していった。


「間に合ったねアキラちゃん! ナイスナイス~!」


 駆け寄ってくるベスを一旦無視して、アキラはすぐ魔法使いを目で追った。

 溢れた血が地面に道を作っている。 その先で豪勢なドレスを引きずって、落ちた杖を拾おうとする女の姿があった。


Kotskoa(コツコア) Yamoro(ヤモロ)――」


 すかさず杖を蹴り飛ばして阻止する。馬乗りの体勢になり、首にナイフを突き付けた。


「どうしました?」


 青白くなった顔にうすら笑みを浮かべ、平然と尋ねるドロメタス。


「早くとどめを刺さないと……」

「そうしたいのは山々だけど、私が人を殺すと、あいつが嫌がるから」


 アキラは冷たく返し背後を見る。

「いってて……」鎖で拘束された黒鎧からジローが抜け出してきた。

 よろめきながら近づいてくる。


「ぼうや…………ごめんなさいねぇ…………恐い思いをさせてしまって……」


 もう手に入らなくなった獲物に対し、ドロメタスは、毒気が抜けたような優しい声をかけた。


「……話、聞いてたよ」


 ジローは膝を着き、冷や汗を垂らして、それでも努めて彼女の顔を真っ直ぐ見つめながら言った。


「あなたの人生……とても想像できないけど、あなたなりに苦悩してたことは伝わった。

 でもさ、やっぱり…………こんなに人を傷つけたら……そりゃ、やり返されちゃうよ」


 少年から面と向かって伝えられた。それを受け止め、ドロメタスはようやく諦めがついたように苦笑し、目を伏せた。


「………………そうよねぇ……」


「作戦成功っ♪ だね!」


 ベスがヘルメットのフルフェイスを解除して、みんなに笑いかける。「イェイ、イェイ」アキラとジローにグータッチした。


「おまえは捕虜にする」


 負傷した片足を引きずりながら言う、カイダ。


「聞きたいことは山ほどあるからな」

「……そう……」


 ドッ、と間髪入れず、ドロメタスの首筋に麻酔針が刺さる。撃ったのはグレンだった。


「ちっ……」


 彼が不服そうに銃を下ろすと、ドロメタスの身体も脱力する。「ご苦労」カイダは部下の肩に手を置いた。


 アキラは落ちた杖を拾いに行く。

 杖はまだ光を放っていた。


「ッ――」


 はるか上空、飛行機に似た動く影が見えた。

 見覚えのある形。銀色の鱗を纏った飛行生物――竜。


「上よ!」


 翼を閉じ、空気抵抗を減らした体勢で、こちらに向かって一直線に降りてくる。

 全員がとっさに回避行動をとった。アキラがジローを庇い、グレンとカイダは地に伏せ、ベスがドロメタスへ手斧を放っていた。

 刃をドレスに引っかけ、そのままワイヤーで引き寄せようとする。

 が、それより先に竜がその身体を咥えていた。


「くっ……!」


 ベスが引きずられ、木の幹に激突しながらもなんとか踏ん張るが、

 竜が無造作に首を振るうだけで、鋭い鱗に削られたワイヤーはちぎれてしまった。


「クソッ――!!」

「よせ」


 主を回収し飛び去っていく竜。

 銃を構えるグレンをカイダが止める。


「逃がすか――」


 アキラは小さくなっていく竜を睨み、この距離ならまだ間に合うと判断。

 跳躍しようとしたその時、そばに立っていた黒鎧を着たジローが、耐えきれなくなったように倒れた。


「っ、ジロー!」


 黒鎧の速度とパワーは、彼の貧弱な身体には耐えきれない負荷だった。

 激痛とめまいの中、彼の意識は深い闇に落ちていった。


 ※


 その後、各々の手当を行った。魔法使いとの戦闘を行った指令所は二階建て。

 二階が放送機材と発電機のある発令室で、一階は事務所となっている。


 輸送機の残骸から持ってきたテントと除染キットを使い、事務所に簡易的な非汚染キャンプを作る。

 負傷した兵士たち、アーマーから引きずり出されたジローもソファーに寝かされた。


「……いってて……」


 彼が意識を取り戻した時、アキラはちょうど外からテントに戻ってきたところだった。

 ふたりはこもった湿気と薬剤の匂いを嗅ぎながら目を合わせる。


「全身の骨が折れまくって肉も裂けまくってた。一応、肉は食べさせたから、再生はしてると思うわ」


 そう言われると喉の奥からほんのり生臭さを感じて、ジローは口をモゴモゴとさせた。


「本当にそれで治っちまうんだな」


 カウンターの椅子で、負傷したベスの手当をしていたグレンが呆れたように呟く。


「どうなってんだよ、おまえら姉弟の体は」


 ベスは、元から負傷していた方も含めて、いまや両腕が包帯に巻かれていた。細い二の腕の白肌が破れて、光沢のある金属部品が覗いている。


「ベスさん、そのケガ……」

「平気だよ~。まだコッチは動くしね~……あぁム」


 スナック菓子を掴み、ラベルを歯で器用に剥がしてかぶりつく。「ん~♡」奥のソファスペースには、負傷した他の兵士たちも寝かされていた。


「……ごめんなさい……」


 ジローは自分の杖に目を落としながら呟く。

 その珍しく打ちひしがれた雰囲気に、アキラはぎょっとした。


「え? いやいやホントに、大丈夫だって」


 ベスがスナックの粉をむせながら手を振る。


「なんであんたが謝んのよ」

「……本当は、怪我してもすぐ治る僕があいつを止めなきゃいけなかったのに」


 そう言いながら、ジローは自分の右足に触れる。地上に出て、何度再生しても未だに上手く動かない足。


「僕の作戦が甘かったから」


 弟がこんなあからさまな弱音を吐くなんて、異常事態だ。「何言ってんだ?」グレンが腕を組んで冷静に言い放つ。


「元々ガキのお前にそこまで期待してねえよ」

「そうそう、気にしないで、甘いもんでも食べな~」

「あんた熱でもあんの?」

「フツーにへこんでるだけだよっ」


 ベスに無理やりチョコレートを咥えさせられたジローが困り顔で叫ぶ。


 それを見てアキラはどこかほっとした。

 いま、ここでは、ジローの弱さが許容されている。弟が心置き無くネガティブになれる空間があるのだ。


「僕は結局、弱いまんまだ」


 地下で二人きりの頃は無理だった。


「助けてもらって、守ってもらってばっかりで……自分ひとりじゃ何もできない」


 その時。地上に出て初めて、いまの自分に“心の余裕”があることに気づいた。


「今更なに当たり前のこと言ってんのよ」


 だから、うつむいたジローの背中を躊躇いなく引っぱたいた。


「いてっ!?」

「あんたはずっと、弱いくせにワガママで、自分勝手で、身の程知らずのバカよ」


 涙目で振り向いた弟の、大きな瞳を真っ直ぐ見て、話し始める。


「アキラちゃん? そこまで言わなくても……」

「でもべつに、それの何が悪いの。

 あんたは私たちが守るんだからそれでいいのよ。代わりに私たちができないようなことを、あんたがやればいいの。

 いままでもそうだった。これからだって、そうやって生きてくのが普通なんだから」


 弟の瞳が見開かれた。ガラにもなく喋りすぎていることに顔が熱くなってきたが……。

 でも、こうして面と向かって励ませるようになった自分を、誇らしくも思った。


「今更ナヨナヨしてんじゃないわよ。あんたには、まだやること残ってるでしょ」


 パアン!! という快音が室内に響く。様子を見守っていたグレンとベスがびくりと肩を跳ねさせ、音の主を見る。


「そうだった……危ない、危ない」


 両の頬を赤くしたジローが呟く。自分で自分をぶっ叩いた彼の表情と声は、いつもの明るいトーンに戻っていた。


「まだやることがあったね」


 ニヤリと笑って皆を見上げる。それでいい、とアキラもほくそ笑んだ。

 姉弟が同時に思い浮かべたのは、ここにはいない少女。


「パシパエを助ける作戦を立てよう」


 負傷した部下たちと共にソファで寝ていたカイダが、意識を取り戻した。


「隊長!」


 包帯に巻かれた身体を起こそうとして、慌てて駆け寄ったグレンに止められた。

 隊長として。大人として。厚い皮膚の顔を最大限しかめながら、若い兵士の手を振り払う。

「皆さん」そこに杖をついたジローがやって来た。


「……ここにいない方々たちも……あなたたちの助けがなかったら、僕は死んでました」


 カイダたち負傷兵の前で、少年は床に膝をついて、深く頭を下げる。


「このご恩は生涯忘れません」


 それはカイダが最もしてほしくない行為だった。


「やめ……てくれ……」


 許されてはいけない。この少年を見捨てたのは俺だ。

 一生かけて償わなければならないのは、俺の方なのに……。


「あとは私たちに任せて」


 その隣に、同じように膝をついたアキラが、さらに追い討ちする。

 なぜなら、姉弟だって、昔から多くの人に守られてきた。

 こうして直接感謝を伝えることはできていなかった。


「やめて……ください。自分は」


 これは姉弟の後悔を救うための行為でもあった。だから、

 ふたりはカイダの手をとってもう一度ソファに寝かせた。


「…………申し訳ない……」


 カイダにできることは、もはや目と口を抑えて、小さく呻くことだけだった。


「……申し訳ない………………」


「本当にいいんだな」


 グレンの硬い声音がふたりの背中に当たる。


「さっきの魔法使いを撃退できただけでも、奇跡に近い事だぜ。

 この状況、俺たちだけでまた奴らと戦えば、今度こそ死ぬかもしれねえ」


 現在、まともに動ける兵士はグレンとベスのみ。そのベスも負傷しており直接戦闘には参加できないだろう。

 再び魔法使いと遭遇した時のことを考えると、実質的な戦力はアキラ一人しかいない。

 絶望的と言っていい戦力差だった。


「お前ら二人にとっては、べつに初めから関係ないことだろ」

「……なによ、急に。気遣い?」

「…………」


 姉弟が振り向くと、彼は無言で視線を逸らす。「でもグレンさんたちはやるんでしょ?」ジローが問い返す。


「まあ、一か八かだよね~」


 お菓子を食べ終えたベスは、まだ動く方の義腕にテーピングで小銃を巻き付けている。


「じゃあ僕らもやる」

「いまさら関係ないとか無理だから」


 ふたりの決意もとうの昔に固まっていた。


「“一見”絶対無理な戦いなら、僕らも馴れてるからね」


 ジローがニッと無邪気な笑顔をみんなに向ける。場の空気が少し解れたところで、「そうか……じゃあその……ありがとな」グレンがさりげなく呟いたのを、アキラは聞き逃さなかった。


「は? 何なのマジで、キモイんだけど」

「……うるせえ。もう礼は言ったからな」

「それにさ、何も真正面から奴らと戦う必要ないよ。

 僕たちが先にパシパエを見つければいいんだ」

「そりゃそうだけど……どうやって見つけるかだよね~。

 汚染濃度が高いから眼帯の発信機も追えないし」

「カイダ隊長、僕らが最初に発令所(ここ)を目指した時の案があったよね」

「ああ、あれか……」

「なに?」

「えっとね……」





 ※


 そんな会話の続く指令所から約2キロほど離れた地点。


「ん……う……」


 パシパエは木枝の上で目を覚ました。

 降下時、爆発に巻き込まれ、ジローたちともアキラたちとも違う方向に一人で落ちたのだった。

 とっさに魔法を発動させ、落下の衝撃は最小限に抑えた。


「あっ……!」


 身体を動かそうとすると、枝からずり落ちて、地面に背中を打ち付けた。


「うぅ……」


 全身の節々が痛むが、パシパエは治癒の魔法は使えない。

 白く長い髪には大量の葉が絡まり、アキラから貰ったおさがりの服も、(すす)や土でだいぶ汚れていた。


 辺りは人の気配はなく静寂に満ちていた。


 パシパエはひとりぼっちで森を歩いた。

 川を見つけて、水を飲んでいると、どこか遠くから銃声が響いてきた。

 次いで、大きな爆発音。

 パシパエはそれらに気を取られ……足元の川に、赤い液体が混じっていることにまだ気づかなかった。


「え?」


 すぐ側で物音がして、初めて振り向く。


「モチュ……モチュ……」


 カエルがいた。成人男性より少し大きいくらいサイズ。

「モチュ、モチュ」膨らんだ口の端から血がポタポタとしたたり、川に流れていた。


「うっ、うわぁああっ!!」


 走り出そうとするも、岩場に足を取られ盛大にこけてしまった。

 そこに、巨大カエルがのしかかってくる。

「あっぐ……!」凄まじい質量に肺が押し潰されそうになりながら、なんとかもがくパシパエを、


「ガェアアア」


 そのまま大口を開けて捕食しようとする。

 やられる。と思った瞬間、

 右目を覆う眼帯が熱い光を帯び、カエルの頭部が粉々に吹き飛んでいた。


「あっ……」


 川岸の石が独りでに浮き上がり、高速の弾丸として射出されたのだった。

 木の幹に石が突き刺さる音で我に返ったパシパエの顔に、血飛沫がふりかかってくる。


「うえ……えええっ」


 彼女が涙目でおののくと同時に。


「…………いたな」


 少し離れた場所で、白騎士が標的(ターゲット)を捉えていた。


Zephthël(ゼフセル)Khelkhaqerawossoケルカケラヲソ


 魔法で加速し、一瞬で川岸まで到達する。


「っ……」


 目の前にいきなり着地した、純白の鎧姿に、パシパエの表情が凍りつく。


「礼節は省かせていただきます」


 有無を言わせず左手のガントレットを握り込む白騎士。


「あぐ……はぁっ……はぁっ……」


 パシパエの動悸が激しくなると共に、再び眼帯が光を灯す。


 先程よりさらに強く。その凄まじい殺気は、白騎士も反射的に足を止めるほどだった。

 とても目の前の怯えた少女が出しているとは思えない。


「わからない…………どうして王子たち(・・・・)でなく、あなたにそれほどの力が――」


 そこに、上空から巨大な生物が落下してきた。

 それは竜だった。両者の間で、血飛沫を撒き散らしながら暴れ回る。


「ドロメタス殿……?」


 巨生物の背中には見慣れたローブ姿の女が乗っていた。


「ッ……しまった……」


 一瞬、そちらに気を取られた隙に、パシパエが逃げ出していた。


「……私と……したことが」


 白騎士は動揺とともに、内心、どこか安堵している自分に驚いた。

 いまの状況、命拾いしたのはこちらかもしれなかった。


「……ドロメタス殿。酷い有様ですね。それは」


 相方を見下ろす。


「あの姉弟ですか」

「ええ……やられ……ましたわ」


 片腕を失い、顔面蒼白で唇は紫色。髪の編み込みも解けて不格好に垂れ下がっている。

 失血死を避けるため、苦しむ竜の背中に鎖を打ち付けて、溢れ出た血を啜っていた。


 白騎士はすぐさま竜の(くら)にある物資箱を開け、止血帯と予備の杖を取り出す。

 白騎士から受けとった杖を使い、ドロメタスは治癒魔法を使う。


 魔法は無から有は生み出せない。

 治癒魔法は、あくまで細胞の治癒能力を活性化させているに過ぎない。

 欠損部位の治療には、さらに膨大な魔力と精細な技術を必要とする。

 今ここでは傷口を塞ぐ処置が限界だった。


「任務の続行は?」


 そんな仲間に、白騎士は最低限のいたわりをもって尋ねる。


「いいえ……申し訳ないですけれど」


 肌に少し赤みが戻ってきた彼女は答えた。既にやりたいことはやった、とでもいうような、満足げな表情をしていた。


「ここに置いていって構いません。早くターゲットを追ってくださいな」


 そう言いながら、なんとか竜の鞍に座り込む。


「……わかりました」


 白騎士はうなずくと、おもむろに左手を竜に向けた。


 パチリ


 と小さな音が生じる。

 刹那、危機を察知した巨獣が飛び上がろうとしたが、既に遅かった。


「ギィィアアアアアッ!」


 鼓膜をかき鳴らす高周波音。

 銀色の鱗に亀裂が走り、唐突に膨らんだ大きな翼が、根元から破裂する。


「あなたにはまだやることがある」

「アァ……ゥゥ」


 ぐったり倒れた竜の首から、金属輪をむしり取り、ドロメタスの首に着けた。

「まさか……」絶句する彼女を横目に、自分の手にも腕輪をはめる。


「……イカれていますわね……ホワイト。これだから、魔女製の試作品は……」


 あざけりの苦笑とともに、悪態をつくドロメタス。


「……貴方にだけは言われたくないな。イカれ女が」


 ホワイトが腕輪に親指大の魔石をはめ込むと、表面の刻印に薄い光が流れた。同時に首輪の刻印にも光が宿る。

 《遵従の輪》と呼ばれる魔道具が作動した合図。

 ドロメタスの細い首にフィットするように、輪のサイズが縮小し、内部から伸びた針が脊椎(せきつい)に挿し込まれる。


「ぐっ……あっ……あああっ!!」


 ビクッ!

 とドロメタスの手足が痙攣する。

 ドクドクと脈動する紫の血管が首から全身に伝播するように浮き上がり、金色の瞳が苦悶に血走った。


「これでやっとチームにまとまりができる」


 白騎士は無機質なフルフェイスの兜越しに、自らの(しもべ)に堕ちた淑女を見下ろした。


「私の言うこと、聞いていただけますね」


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