17 英雄起動
むせ返るような鉄臭に嫌な予感がした。
アキラ、ベス、グレンの三人が見つけたのは、ちょっとした赤い池のようになった血溜まり。
その中に浮かぶ、無惨に殺された、兵士だった肉の塊だった。
「魔法使いの仕業だね」
ベスが感情を見せない表情で呟く。亡骸の前にしゃがみこんでいたグレンが、「あいつらッ……」拳を強く握る。
「…………」
アキラは気づいた。その亡骸には右腕がなかった。
「……あ……」
気づけば、前を歩くグレンたちの背中を追って歩いていた。
頭上には深緑の葉が生い茂り、森全体を閉ざしている。
太陽の光もここには届かない。地上にいるのに、まるで地下のように暗い。
『命をかけて守ろうって思うだろうよ』
助けを求めるように手をやったのは、腰に収めたナイフだった。
透き通るような刃は、木々の隙間から差し込む薄い光を反射し、淡く輝いてくれた。
このナイフの元の持ち主は、アキラの初恋の相手。
シェルターがまだ異獣に襲われる前。隣の家に住んでいた、幼なじみのユウトだ。
昔から力の強い男の子だった。
発育が他の子より早かった。よく同級生と騒ぎを起こし、アキラが止めに入っていた。
『あいつが売ってきた喧嘩だ。俺はやり返しただけだ!』
意地でも謝ろうとしない。自分が悪いとも思っていない、意固地なガキ大将だった。
でも、小学校に上がる頃には、いつの間にかその狂暴さもなりを潜め、むしろ大人しい性格になった。
なぜか? 一説では右膝に負傷を抱えたとか様々な噂が囁かれていたが、
アキラは真実を知っていた。
単純に、父親にこっぴどく叱られたのだ。
『お前は強いだろうが。他の人より余裕があるだろ。なのに自分の為だけに喧嘩してどうする!』
アキラとユウトの家は集合住宅の隣部屋同士だった。
彼の父であり姉弟とも顔なじみだったヨウジの怒声が、アパートの壁越しに響いてきた。
『カッとなって相手をブン殴るなんざ、男として三流以下だ。俺の息子にそんなことは許さん』
後日、ヨウジが『お騒がせしてすみません』と謝りにきた。
その日以降、ユウトは人が変わったように優しくなった。
授業を真面目に受け、放課後も、父親と共に身体を鍛える訓練に勤しんでいた。
アキラのこともよく気にかけて、助けてくれるようになった。
そして10歳の誕生日。母やジローも一緒に、彼の誕生日会を開いた。
その中で父から渡されたプレゼントが、形見となったナイフだった。
『今日から、これを持つことがお前の責任だ。もしもの時、お前がみんなを守るんだ』
あの頃は、自分がそのナイフを持つことになるなど思いもしなかった。
『父さんが言ってたんだ』
学校からの帰り道。ユウトは教えてくれた。
『なんで強い奴は周りの人を助けなきゃいけないのか』
いつものように目線は合わせず、前を向いたまま。ただ、誇らしげな表情で。
『そうしないと……いつか独りぼっちになるからだって』
地上に出る前は弟さえ守ればいいと思っていた。
でもこの世界はそんなに単純ではなかった。
「……バカやろう……」
アキラはナイフを額に押し当て、低く息を吐いた。
自分が授かったモノは何なのか。それをどう使うべきなのか。
いままでろくに考えてこなかった。
彼女が自分を見つめ直し始めた頃、
遠くから爆発音が響いてきた。
「あれは……」
グレンがその方角を見上げる。
「戦闘音だ。もう始まってるぞ」
「間に合わなくなる前に“秘密兵器”を持っていかなきゃね」
ベスに先導され、早足で獣道をかき分けていく。
「あった!」
機体の残骸を見つけた。
ちょうど貨物室などがあった部分が丸々ひとつの塊として、木の根元で横倒しになっていた。
「なるほど、ここなら予備の武器もありそうだな」
フルフェイスを解除したグレンがうなずく。ベスは片腕を負傷していたので、アキラとグレンの二人で邪魔な瓦礫を撤去し、中に入った。
薄暗い中をライトで照らして奥へ進む。
「いいぞ……アーマーのバッテリーも、弾薬もある。ん? これは……」
貨物室の片隅に置かれた四角い物体。ほろ布を剥ぐと、現れたのは無骨なバギーだった。
固定ワイヤーを外し、グレンがさっそく運転席に乗り込み、エンジンをかける。
「やった……使えるぞ!」
「秘密兵器ってあれ?」
「いや~? もっといいモンだよ」
ベスは二人を貨物室のもっと奥に案内する。
兵士のアーマーが格納されていたハンガー。ほとんど空っぽになったその空間に、ポツンと一体だけ佇む鎧があった。
「なんだ、アンチアーマーか?」
「私が持ち込んだの。本当はパシパエちゃんを拘束するための物だったんだけど……」
その鎧には、一切の色がなかった。
闇に溶け込むような全身漆黒。形状もグレンやベスが着ているような近代兵器的なデザインとはまったく異なる。むしろ、どこか古風な甲冑のような姿をしていた。
「ボルツが開発した新試作アーマー」
「マジかよ」
少年のように目を輝かせて感嘆するグレン。
アキラも、禍々しさすらあるその鎧の雰囲気に目を奪われていた。するとベスは「アキラちゃんが着てくれない?」と急に言ってきた。
「は? 私?」
「このアーマーはM線を動力源に動くの。まだ試作段階だから、装着者への身体汚染を防ぐ性能が完全じゃない。
私たち普通の黒界人が着たら……プフー」
頭の上で泡が弾けるようなジェスチャーをするべス。「コイツは軍人じゃねえんだぞ」グレンが横から反発する。
「俺たちの兵器を任せていいのか」
「この際仕方ないでしょ~。それとも試しに君が着てみる? たぶん死ぬけど」
「…………クソッ」
言い返せず、地面を蹴って、その場を離れていく。
「じゃ、さっそく着ようか。アキラちゃん」
「……ええ」
アキラは気まずい気分になりながらも頷いた。二人が作業を始めようとした時、
「ちょっと待てよ」
グレンが戻ってきた。ズンズンと物々しい歩調で、その顔にはまだ不満むき出しだ。
「聞き分けないな~」
と止めようとするベスの手を振りほどき、アキラの肩を掴む。
「ッ……」
思わず身構えた。
「…………頼む」
だがグレンは、彼女の肩を掴んだまま、深々と頭を下げた。
「情けない。こんなことしか言えないなんて…………でも俺じゃ無理なんだ。
頼む。俺の仲間を助けてくれ」
彼なりに最大限、誠意を込めたのであろう言葉で、懇願してきた。「ほ~」ベスが意外そうにため息をつく。
「…………私は……」
頼みを受け、アキラは、少し言葉を選んだ。
「……私が最優先で助けるのは、ジロー」
「それ以外の奴らは二の次」と、数分前までの彼女なら断じていただろう。
「だけど……」
いまは違う。少しだけ、この世界と他人のことを知った。
「……わかった。私に任せて」
その一言が最初の一歩だった。
「じゃ、準備はいい?」
ベスの問いかけに、深呼吸してうなずく。
いま、アキラはぴっちりとしたアンダースーツに身を包んでいる。
ハンガーによじ登ったベスが、アーマーのヘルメットの中を操作する。すると作動音がして、背部装甲がガバリと大きく開き、ちょうど人ひとりが入れるスペースが現れた。
「まず足から、その次に腕を入れるよ。片足ずつ入れてね」
初めて着る対M線装甲の中は、金属とクッション素材の匂いに満ちていた。
ひんやりとしていて、そして封じ込まれるような圧迫感がある。
まるで生きたまま棺桶に詰められるような気分になってきた。
「う……」
「最初は慣れないだろうけど、ガマンしてね」
眉をしかめたアキラを、ベスが落ち着かせる。
「閉めるぞ。いいか?」
背後からグレンの声がする。「ええ」装甲がスライドし、アキラの身体は鎧の中に格納された。
ヘルメットも閉じると、これで視界も完全に外界とは隔絶される。
「はぁ……ふぅ……」
まさか、こんな状態で兵士たちは戦っていたのか?
動悸が激しくなってきた。
「聞こえる? アキラちゃん、いまからシステムを立ち上げるよ。ちょっと大きな音するかも」
「……わかった!」
ヘルメット越しだから一応大きめに返事をする。
カチ、と背中で小さな音がして、次いで各所の排熱機構が作動音を鳴らし始めた。
沈黙していた鎧の動力炉が一気に息を吹き返す。
「うおお……」
空気が震え、ハンガーの骨組がガタガタと揺れている。檻の中で猛獣が目覚めたようなその迫力にグレンは思わず後ずさった。
「なんだよ、この出力……」
「魔石反応炉。史上初めてM線から直接電力を生み出すことに成功した動力炉。その小型軽量版だよ」
バックパックに灯った青い反応炉の光が二人を照らす。「リアクター……」どこか聞き覚えある言葉だとアキラが思った瞬間、
『AA-20VX ベルムヘロス 臨時起動完了』
ヘルメットの中で無機質な音声が響く。
同時に前面のディスプレイが点灯し、保管庫の景色が映像として映し出される。視界が確保されたことで、アキラはようやく少し落ち着いた。
彼女を包む人工筋肉にもほのかな熱が通い始め、ピクピクと痙攣するような振動が全身に伝わっていく。
『ユーザー認証開始』
「なんか声が……?」
「それはサポートAIだよ。安心して」
困惑する彼女の三白眼に、いきなり強い光が当てられる。
「っ……!?」
『網膜データ採取完了。あなたを第一ユーザーとして登録しますか?』
「は……? どうすればいいの?」
「ああ、それは断っといて~」
「わ、“わかった”!」
『イエッサー。登録完了』
「あごめんなんか……登録完了って」
「ウソぉ!?」
ベスが慌ててアーマーに駆け寄り、ヘルメットを脱ぎ捨てて「取り消し! 取り消し!」と叫んだ。
『口頭での取り消しは不可能です』
「なんでだよっ!」
ベスはふんわりした金髪をぎゅっと握って絶叫する。
「そんなにやばい事なの」
「マジで軍法会議レベルでやばい。民間人に国家機密使わせた証拠が残っちゃう……どうしよう、テイルズに怒られる……」
「何やってんだよ」
「し、仕方ないでしょ、わかんないんだから」
「……まァ……あとでエンジニアに口止めして初期化してもらえば……いいや! 大丈夫!」
しばらく目を泳がせていた彼女は、もう吹っ切れてうなずいた。
「これ、どうやって動けばいいの……」
「アーマーはあなたの脳が放つ電気信号をキャッチして、動きを模倣する。普通にいつもみたいに体を動かせばいいよ」
「はい、一歩目出して!」指示に合わせて、アキラは初めて装着状態で足を動かす。
するとアーマー内の人工筋肉が作動。アキラの筋肉に合わせて伸縮し、遅れなく動きに追従してきた。
「そう! その調子!」
そのままアキラは二歩、三歩と貨物室を歩行し、残骸の外に出た。
「……私と一緒に動く」
どういう仕組みかはまったく理解できないが、アキラはその精細な技術に感嘆した。
「どう? いけそう?」
「……やってみる」
先ほど黒煙の見えた方向を見据える。
「じゃあ……行くわよ」
『イエッサー』
膝をかがめて跳躍の姿勢をとると、黒鎧は呼応するように双眼式センサーを青白く瞬かせた。
『マギス・リパルション・スラスター起動』
直後、ふくらはぎ、背中、脇腹の装甲が次々に展開し、小型のノズルが現れる。
『M線供給30パーセント。模倣詠唱音波、伝達開始』
意味の理解できない無数の言葉が流れたと思うと、ノズルの内側に配列された文字式が青白い光を放ち始めた。
「アキラちゃん!? また何か言ったの??」
「いや、こいつが勝手――にッ!?」
「お、おい!!」
凄まじい爆音と共に推進装置が発動し、次の瞬間、アキラは強制的に飛び上がっていた。
生い茂る硬い枝葉をバリバリと突き抜けて――広い空に飛び出した。
※
「――お――おい!」
黒煙に埋め尽くされた視界。キーンという耳鳴りの中、声がする。
「おい!! こっちだ!」
カイダの必死な素顔が呼びかけてくる。、ジローは痺れた足を踏ん張り、なんとか体を起こした。
「カイダ隊長……」
まだ頭がぼんやりしている。エンジンの誘爆によって辺り一面は衝撃波に吹き飛ばされ、ジローも気を失っていたようだ。
体を見下ろすと、おびただしい裂傷が刻まれていたが、幸い大きな破片は刺さっていなかった。
すぐに再生できる。
カイダは近づいてくると、「こらえろ」と即座に銃を構える。
鎖に拘束されたジローの足を躊躇なく撃った。
「ッ……ぐあっ!?」
心の準備もできていない内に、激痛とともに鎖が足首ごと砕けた。
「逃げるぞ!!」カイダは彼を背負いすぐその場を離れる。
全速力で森の中を走る。その最中、ドロメタスによって殺されたであろう兵士の遺体が複数あった。
「他に……生き残った仲間はいないの??」
ジローはカイダの背中で、願うように尋ねる。
だがカイダにも、軽い脳震盪が起きており、先ほどの戦闘の記憶は曖昧だった。
不意にヒュッ、という音がして、カイダの右足の感覚が抜けた。
「うあっ!」
二人はつまづいて地面に転がった。
「う……」何が起こったのか分からず、見ると、アーマーの足首から下が爆ぜるように砕けていた。
「あ……ぐっ!?」
次いで重い衝撃が腹を襲う。高速で伸縮する鎖が、大柄な彼の体をいとも簡単にはじき飛ばし、木に激突させた。
「隊長!!」
「悪あがきですわね」
執念深い妖艶な声が、森の暗闇から響く。
豪勢な赤いドレスに身を包む人影が歩いてくる。
その身体にはやはり傷一つなかった。
「あの程度で魔法使いは殺せない……」
杖の先端から黒ずんだ魔石を引き抜き、懐から取り出した新品を装填する。
「ッ……!」
ジローの足元から鎖が伸び、瞬時に拘束される。そのまま女の方に引き寄せられていく。
「やっと手中に来ましたねぇ」
扇情的に細められた金色の瞳が、ジローの顔を舐るように見つめた。
仔犬のような顔。白い肌。線の細い骨格はまさにドロメタス好み。思わず舌なめずりする。
「言ったでしょう? あなたには私と話す権利などなかった。弱者が強者に対してできるのは、命乞いだけです」
「くっ……」
爆弾は最後の手段だった。力で解決しようとしても勝ち目は限りなく薄い。
交渉でドロメタスを騙し、逃げ延びるのが最善策と思っていた。だが彼女に満たされたジローへの欲求が、誤算だった。
「お姉様に手間をかけさせて……お仕置きが必要ね。アンヘル」
ジローはまだ知らなかった。この世界には、どう足掻いても話の通じない人間もいるということを。
「アンヘル……? ……誰……? 」
「あなたにもう一度会いたかったの」
両腕と胴体を縛られたジローの足先から、一本の鎖が這い上がってくる。
「うわっ……!?」ズボンの中に冷たい金属が入ってきて、身を捩らせようとするが、
「大人しくしていなさい。すぐ慣れるから」
ドロメタスの両手が彼の顔をぐっと包み込むようにして、それを阻んだ。
「抵抗しないで……」
「いやちょっと、くすぐっ……た、うわっ、そこ、え、マッジ!? 待って、あ、うあああ!?」
鎖は両足の間をどんどん登ってくる。いよいよ我慢できなくなり、なりふり構わず暴れまくった。
「あなたが貫かれるところ……こうやってずっと見ててあげるわ……」
だが――彼の非力では、頑強な鎖はビクともしない。
「うわあああああ!!」
そのまま無抵抗な身体を、|ドロメタスによって蹂躙されようとした時。
上空から飛来音が聞こえてくる。
「……え……?」
何か固くて重い物体が、ジローたちから少し離れた地点に落下した。
衝撃で地面が少し揺れる。
「なに……? うるさいですわね」
バキバキと忙しない音を立て、樹木がいくつもなぎ倒されていく。
砂煙が立ち込める中、ジローとドロメタスの眼前にある木の幹に、黒い鎧を纏った手がかけられた。
その指が握りこまれると、凄まじい握力で木肌に無数の亀裂が走り、太い幹が根元からへし折られる。
「なんですの……」
異様な光景にドロメタスも困惑する。ジローは鎖に縛られたまま静観するしかなかった。
折れた木の向こうから現れたのは、漆黒の鎧姿だった。
黒連軍のアーマーが思い浮かんだが、形状は見たことが無い物だ。
流線と直線が掛け合わされた外殻は中世の甲冑を思わせる。色は真っ黒だが、邪悪な雰囲気はなく、むしろなぜか少し親しみを感じた。
その原因に気づいたのは――――鎧の手に、無骨な銃剣を目にした時だった。
「あれは……」
見間違えるはずもない。ジローが姉のために作った特製の武器。
「アキラ!?」
「テメエ……」
息を切らせ、低くうめく。
鎖に拘束されたジローと、彼に密着する女を視界に捉えたアキラは、憤怒に燃える瞳をヘルメット越しに向けた。
「何してんだ、クソババアッ!!」
「…………はああ???」
端正な淑女のこめかみに血管が浮き上がった。




