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アンダー・アース 終末姉弟死線記  作者: 遁遁拍子
第2章 黒界・日本
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16 残骸

 元から兵士になりたかったわけではない。

 ただ、どうしようもなく頭が悪かった。


 カイダ・ユウヘイは高校の時点で、将来は軍隊かムショしか生き場所が無いと言われる不良だった。

 後者になると流石にお袋が怒りそうだったので、前者を選んだ。

 新品の制服を着た息子を見て、親父は喜んでいた。


『よかったなぁ、雄平』


 初めて見たその顔が嬉しかったから、カイダも真面目なポーズだけは取っていた。

 ただ本心では、この身分は、食いぶちに困らず、親に心配をかけないための為の手段でしかなかった。


 20年前のあの日、生半可な覚悟で仕事をしてきたツケが来た。

 “奴ら”に侵されていく故郷を、避難民を乗せた船上からただ眺めて。

 兵士になった理由すべてを失ったにも関わらず、生き残ってしまった。


「ねえ、カイダ隊長は元々何してた人なの?」


 でこぼこした地面に足を取られないよう、道を選んでいる間。

 後ろから少年が声をかけてきた。


「世界がこうなる前……おわっ!」


 喋りながら歩く少年は、案の定いまカイダが避けた木の根を踏み、転びかける。

 ギリギリで手を掴んで引っ張りあげた。


「ありがとう……」

「…………」

「で……どういう生活してたの?」

「いま教える必要があるのか?」

「うん! 教えて欲しい。地上汚染の時、他の人たちがどうやって生き残ったのか、ずっと聞きたかったんだ!」


 こちらを見上げる大きな瞳。そこにはなんの含みもない、純粋な好奇心だけが宿っている。


「俺は……」


 故郷を失い、生き延びた先の場所では、幸か不幸かまだやるべき事があった。

 崩壊していく世界、誰もが追い詰められた状況下、他にやれる者がいないことで頼られた。

 状況に流され、求められるがままに働いて。気づけばそこそこの身分と、新しい住処を手に入れた。


「……世界がこうなる前から兵士だった。生き残ったのは……たまたまだ」


 口にした時、舌の上が嫌にザラりとした。

 守るべき国を守れず、

 救うべき人を救えなかった。

 にもかかわらず、自分は今もこうして、のうのうとこの仕事を続けている。


 やはりあの日、死んでおけばよかったのかもしれない。


 そんな甘えじみた後悔を抱えたまま……。


 ※


 一人の兵士が森を歩いている。

 彼は黒連兵士、ジャック。乱雑に包帯を巻かれた右腕からは絶えず血が流れ、地面に赤く細い道を作っている。


 アキラと始めて交戦した時に斬られた傷だった。

 その後適切な保護処置を受けたが、降下時に木々に激突したことで、再出血したのだ。

 異獣に取り囲まれた中でなんとか逃げ延びたが、弾薬は使い果たし、体力も限界近い。

 ジャックは、自分が生き残れないことを察していた。


「貧乏クジを……引いたな……」


 ヘルメットの中でバイタルアラートが鳴り響く。傷口からの身体汚染も始まっている頃だろう。

 ジャックは、木の幹の元に腰を下ろした。

 両足を伸ばして、背中を幹につけリラックスした体勢になる。煩わしいヘルメットも外し、大きく深呼吸した。


 前方から足音が近づいてくる。


「…………来るなら来いよ。バケモンども」


 ジャックは残った拳銃を取り出した。


「……早くケリつけてくれ」


 だが目を開くと、そこにいたのは異形の獣ではなかった。

 フードを目深に被ったローブ姿の女。

 一瞬、血を失いすぎたための幻覚かと思った。だが白くしなやかな指が、ジャックの顎先に触れて、くいと持ち上げた。


「ッ――!」

 

 とっさに拳銃を持ち上げた腕に、鈍色の鎖が巻きつく。それは彼の足元から生えてきていた。「うっ!?」手首をなんとか動かして、自分のこめかみを撃とうとしたが、背後から頭に巻きついた鎖に弾かれる。


「が……あッ………………」


 鎖はそのままジャックの全身を隙間ひとつなく梱包した。

「ゥ……ムゥ……!!」関節ひとつ、筋肉ひとつ動かせない。

 無数の金属が擦れ合う騒音の中で、


「怖がらないで。じっとしていたら、痛くないから」


 囁くような女の声が、ジャックの耳穴に入り込んできた。


「ドロメタス殿」


 二人の魔法使いは輸送機を撃墜した後、ターゲットを追って森に入った。

 白騎士が木陰から出た先に待っていた光景は、杖を手に佇むローブ姿の女――ドロメタス。

 彼女の足元には銀色の人形が転がっていた。


「何をしているのですか」

「この人にお聞きしましょう。彼女(ターゲット)の居場所を」


 人形は、よく見るとモゾモゾと動いている。無数の鎖に巻かれて拘束された本物の人間だ。


「…………わかりました」


 嬉しそうに振り向いたドロメタスに、ため息混じりに頷く。

 話には伝え聞いていたが実際見るのは初めてだ。

 これが例の、彼女の“趣味”というやつか。


「ムグゥゥ――ゥウ――」

「あなた、落ち着いて、よく聞いて。

 “鍵の目”の少女を知っていますわね? いまどこにいるかわかります?」

「ムゥゥ――!!」

「ドロメタス殿、口を塞いでいては質問する意味がない」

「あら、私としたことが」


 ドロメタスが杖を振ると、兵士の顔を覆っていた鎖が下半分だけ解かれた。


「ゲホッ……ゲホッ!!」

「もう一度お聞きしますわね。鍵の目の少女は、どこにいますか?」

「はッ…………ゲホ、バカが……おまえらっ、俺の言葉……わからねえだろ」

「うーん、やっぱり、なんと言ってるのかわかりませんねぇ」

「いや。黒界の翻訳技術ならこちらの言語も喋れるはずだ」

「あら、そうでしたわ。嘘をつくとは、悪い子ですわね」

「ぐ……あっ!!?」


 ギシギシギシ、耳障りな音が響き、鎖が締め付けられる。

「がぁ……ああああッ!!」金属の隙間からどす黒い血がぼたぼた溢れてきた。


「あーん痛そう……ほら早くゥ……教えてくださいな?」


 ドロメタスの口調が一転、冷酷な物になる。兵士の絶叫が白騎士の鼓膜を揺らした。


「ほらほら……! 早く、はやく……」


 彼女の様子。明らかに昂っている(・・・・・)


「しゃべらないとッ……!」

「あああああああああッ――――――」

「ドロメタス殿……」


 見かねた白騎士が声をかけようとした時、

 ブチュリ、とくぐもった破裂音が鎖の中でした。

 兵士の絶叫が急に途絶えた。


「…………あら」


 暴れまくっていた体がガクンと脱力し、動かなくなる。


「そんなあ~……まだ本番(・・)してないのに」


 おびただしい血溜まりを指ですくって、ドロメタスは頬に手を当てた。


「何をしてるんですか」

「でも……仕方ないですわね。すぐ壊れてしまう方が悪いです……」


 白い肌に赤い指跡が残る。貴族家令嬢としての上品な笑みに、隠しきれない残虐性が宿っている。

 白騎士は、やはりこの女は好きになれない、と再認識した。


「これではぜんぜん、楽しめませんわ。やっぱりもっと頑丈な玩具(オモチャ)を捕まえなくては。ねえ?」

「……手段はお任せしますが、本来の目的は忘れぬようお願いします」


 二人の魔法使いは、そんな会話を続けながらその場を後にする。


「うふふ、やっぱりあの子でないと……」


 ドロメタスは白騎士が暗に放った忠告もまるで意に介さない。

 目深に被ったフードの下で長い舌をなめずる。


『なんで……こんなことをするの…………』


 人を玩具にする時、彼女の頭にはいつも同じ光景が浮かぶ。

 幼い少年がこちらを見上げ訴えかける。その大きな瞳にいっぱいの涙を溜めながら。


『姉様…………』


 ※


「……ぼうや。その杖はどこで手に入れたのですか?」


 そして現在。木々の葉さえ静まり返った深い森。

 張り詰めた空気の中。ドロメタスは目の前の獲物に話しかけていた。


「なに……?」


 ジローは反射的に、父の形見の杖を抱えた。


「それは魔法使い(私たち)の石杖。本来黒界(こちら)にあるはずの無いもの……」


 兵士たちは小銃を構えたまま硬直している。カイダはまだ射撃命令を出せずにいた。


「そこの方々。言葉はわかっているのでしょう?」


 彼女は次いでローブを脱ぎ捨てる。あらわになったのは煌びやかなドレスだった。

 とても戦場には相応しくない、まるでダンスパーティにでも来たかのような着飾り様だ。


「いまは気分が良いですわ。その杖と少年を渡してくれたら、あなたたちは見逃してあげますよ」


 狂気的な光を放つ金色の瞳が、兵士らを見渡し宣言する。

 部下たちの視線が一斉にカイダに集まった。


「…………」


 割り切れないものを割り切る、それがカイダの使命。

 この女の狙いはジロー一人。少年を生贄に……犠牲を最小限に抑えるか。

 それとも。


「大丈夫だよ。隊長」


 ジローがこちらを見上げて言った。


「僕、行くよ。父さんの、杖のこととか……色々聞きたいし」


 その額には汗が貼り付いているが、気丈な笑顔を浮かべていた。


「話せば案外、仲良くなれるかも」

「……ダメだ」


 だがカイダはもうひとつの選択肢を選んだ。


「撃て!」


 号令をかけ、兵士らの自動小銃が火を吹く。

 地面から伸びた鎖がくねり動き、銃弾を防御する。その隙間からニタリと下劣の笑みを浮かべるドロメタスが見えた。


「逃げろ」

「な、なんで??」

「君は今まで黒界に現れなかった特別な存在だ。奴に渡すわけにはいかん」

「そんなの……あんたらの都合だろ! 僕は嫌だ!」


 攻撃態勢に入ったドロメタスと兵士たちの間に割って入ろうとするジローの頭を、カイダは容赦なく銃床で殴りつけた。


「酷いことしますね。隊長」


 鳴り響く銃声と金属音の中、脱力した少年を肩に担いだカイダに、副長のリーが皮肉る声をかけてきた。


「すまんな」

「いいですよ。俺たちも、こういう戦いがしたかった」


 他の兵士たちも口々に言って、うなずく。

 彼らの吹っ切れた様子を見て、カイダも覚悟を決め、

 目の前の化け物に向き直る。


「覚悟はお決まりのようですわね?」


 籠のような防御態勢を取っていた鎖がするりと解け、無傷のドロメタスが姿を現す。

 枯れ木のような杖がこちらに向けられ、その先端に眩い光が灯る。


「下がっ――!」


 カイダたちが銃撃を止め、動こうとした刹那、四方から金切り音が突っ込んできた。


 まず、逃げ遅れた一人が鎖に土手腹を貫かれる。自動小銃が暴発し、鎖に跳弾し火花を立てた。

 ドロメタスの放った三本の鎖は、凄まじい速度で伸縮しながら木々を削り薙ぎ倒し、兵士たちを蹂躙した。


「もっと汚して!!」


 鮮血と臓物を浴び、躍動する金属たちの心を代弁するように、淑女は叫ぶ。

 兵士たちの脂や髪の毛が接合部に絡みつき、動きが悪くなるのも構わず、


「もっと重くして!! 血であったかくしてッ! 私とアナタの繋がりをッッ!!」


 むしろそうなる事が最上の喜びであるかのように。


 ※


 焦げた刺激臭が鼻をつく。

 目を開けるとジローは薄暗く狭い場所にいた。見覚えのある内装の壁が半分ほど破壊されて吹きさらしになっている。

 そこは墜落した機体の後方部分、残骸内のようだった。


「気づいたか」


 外光を背負ったカイダが声をかけた。


「……無事……! だった……の」


 飛び出しかけたジローは、彼の格好を見て絶句した。

 全身に返り血を浴び、装甲はひしゃげて傷だらけ。所々にアンダースーツが露出している。


「ほかの……みんなは……」

「…………」


 彼は無表情のヘルメットで深く息を吐いた。


「心配ない。あの魔法使いは君を見失った」


 それから不意に力が抜けたように膝から崩れ落ちた。ジローはとっさに抱きとめた。


「どこか怪我したの??」

「……数カ所……骨がいっただけだ……汚染はされてない」


 荒い呼吸をしながら、カイダはすぐに上体を起こし、自動小銃の弾倉を交換する。


「もう戦っちゃだめだ。休んでよ」

「…………」


 無言でジローの手を振りほどき、立ち上がろうとする。


「なんで……」

「……俺は…………俺の本当の役目は……君のような子どもたちを、守ることだった」


 朦朧とした呟きには、ジローには想像もできない執念と、後悔が滲んでいた。


「そういう人間に……なるって、約束したのに。

 いちばん大事な役目を果たせなかった……だからか、ずっと、ダラダラ辞められなかった」


 カイダは先ほど選択した時の感情を思い返し、付け足した。そのヘルメットの後頭部は、ひしゃげて凹んでいた。


「俺も……わがままを言っただけだった。そのために部下を犠牲にして……クソ。何を言ってんだ、こんな時に」

「……隊長。お願い、これ以上動いたら死んじゃうよ」


 脳しんとうを起こしているかもしれない。ジローは強く訴えかけた。

 しかしフラつきながも立ち上がったカイダは、ジローの方をちらと見て、


「君に生き延びてほしい」


 そう言って、くせっ毛の頭に手を置いた。

 硬いアーマーのグローブ越しに、優しい手つきが伝わる。


「せめて、君には……」

「…………僕もだよ」


 だが、その感触に、ジローの脳裏にも浮かぶものがある。


 それは古い図書館の風景。床に広がる血溜まりを、棚の影に隠れ見ていた。


『行け!』


 背中を押され、走った。窓に飛び込む直前、ガラスに異獣に向かっていく生身の背中が写っていた。


 シェルターが襲撃を受けた日。まだ幼い自分のことを、命懸けで守ってくれた大人たちがいた。

 もはや彼らの顔も声も、おぼろげだが、

 その手の感触だけはいまも残っている。


「ぼくだって……誰かを犠牲にして生き延びるのは、もう嫌なんだ」


 地上に出てからも。ジローを抱えて走ってくれたニコロ、一緒に降下した兵士、魔法使いから庇ってくれたカイダたち。

 いつだって大人(彼ら)は、ジローを守ってくれた。

 

「ずっと助けたかった……でも助けられなかったんだ……何人も」


 残骸の外から金属の擦れる音が響いてくる。


「だからさ……」


 少年は、壁に手をついて立ち、兵士を見上げた。


「今日こそは何がなんでも、あなたを生き伸びさせる」


 その疲れた横顔を引っぱたくように、断言した。



「そこにいるのはわかっていますよ~。ぼうや」


 ドロメタスの猫撫で声に、カイダの身体が強ばる。すぐさま小銃を手に出ていこうとするのを、「待って!」ジローは立ち塞がって止めた。


「作戦がある」


 まだ諦めていない少年の、決意した眼差しが見つめてくる。さっそくリュックから取り出したガムテープをベリベリ剥き始めていた。

「作戦だと……?」カイダは呆れ果てたため息をついた。


「この期に及んで……まだそんなものが通用すると思ってるのか。やめろ。そんな工作でどうこうなる相手ではないんだぞ」

「思いついちゃったんだから仕方ないじゃん。物は試しに」

「バカな!! 二人とも生き残るなど不可の」

「うるッさいなあ!! 黙ってみてろよオッサン」

「なっ……」


 片手間にリュックをまさぐったまま、少年はカイダの反論を、なんの理屈もないただの大声でさえぎる。

 なんて子供(ガキ)なんだ。

 言葉を失うカイダに、彼は続ける。


「作戦を立てる余地がある時点でまだ可能性はある。無謀だろうけど……でも、まだゼロじゃない」


 その思考は、おそらくこの少年がこれまでの生活で培ってきたものなのだろう。

 どんな危機に陥っても打開策を諦めない。

 生き残るために、目の前の状況へ適応し続ける理性。


「……理解できん……」


 観念して呟くと、ジローも作業の手は止めないまま、汗ばんだ顔をほころばせた。


「アキラにも言われたよ。こういうのってあんまり、人に押し付けない方がいいのかな……」

「……それは……状況によるだろうな」


 でも、話しているとなぜか少し、心と体に余裕が戻ってきた。

「いける?」「あぁ……」準備を終え、リュックを背負ったジローの肩を借りて、残骸の外へ向かう。


「…………でも、いい考え方だ」


 カイダは耳元でそう付け加えた。


「早く出てこないと、その残骸ごとひっくり返してしまいますよー」


 ドロメタスは倒れた木に腰掛け、足を組んで、焦れったく呼びかける。

 機体の残骸があるのは少し開けた場所で、彼女の周囲には、ポタポタと返り血を垂らす鎖がかま首をもたげていた。


「残念ながら、そろそろターゲット探しの方にも戻らなければなりません……」


 相方の白騎士とは現在別行動でターゲットを探している。


「これ以上他事に手を割いていると、本格的に怒られてしまいますわ」


 などと呟いていると、残骸の中から、二人の人影が這い出てきた。

 少年(ジロー)兵士(カイダ)。兵士の方はフラフラで、少年がその腰にしがみついて支えている。


「うふふ、いい子ね。さァ、大人しく私のモノになりましょう?」


 ドレスのお尻を払い、ドロメタスが立ち上がると、ジローは無言で片耳に着けていた翻訳機を外して、こちらに投げてきた。


「ん……?」

「安心しろよ。これは武器じゃない」


 自分のもう片耳につけた、同じ翻訳機を見せて言う。

 ドロメタスは手の中に転がった装置をいぶかしげに見つめていたが、


「…………うふ、いいでしょう」


 と見様見真似で耳に着けた。


「話がしたいんだ」


 その瞬間、ジローの放つ言葉が理解できるようになる。「……これは素晴らしいですわ!」思わず感嘆した。


「あなた……そんな喋り方だったのね……。お名前は?」

「……ジロー。あなたは?」

「嬉しいわ…………私はドロメタス・エドピア・タルタロン」


 蛇のような瞳を愉悦に細めながら、優雅に胸に手を当ててあらためて自己紹介する。


「あー……ドロ、メタス……さん……?」


 ジローは馴染みのない語感に一瞬戸惑いつつも話し始める。


「あのね、僕らを見逃してほしいんだ」


 単刀直入に要求した。

「はい?」あまりの単刀直入に思わず笑みがこぼれた。


「あなたが欲しいのは……僕の杖でしょ。そこの瓦礫の中に置いてあるよ。欲しいなら持っていってください。

 だから、僕たちには、もう手を出さないで」


 そう言えばたしかにジローは杖を持っていなかった。

「あぁ~……」ドロメタスは彼らと機体の残骸を見比べた上で、


「そうね。たしかに、私はその杖を持ち帰る必要がある。でもそれは……あなたたちを殺してから回収すればいいだけよね?」

「……それは」

「ぼうや。何か勘違いしているわねえ……」


 杖をひと振りした。すると血を滴らせる鎖が彼女の足元から伸びてくる。


「……あなたに私と話す権利などないのよ」


 次の瞬間、鎖はうなりを上げて、ジローの傍らに立っているカイダへ一直線に伸びた。


「ッ――!」


 身を強ばらせるカイダ。銃を構えようとするが間に合わない。

 バキャッ、と固い破裂音が響いた。


 だが貫かれたのは装甲ではなく、細く白いジローの腕だった。

 鎖の射線上に自ら割り込ませたのだ。

「ううゥ……」肉と骨が弾けた腕からボタボタと血が流れる。


「おいッ……!!」

「素晴らしいですわね……その自己犠牲の精神ッ」

「……大丈夫」


 カイダが駆け寄る間もなく、血は止まった。破砕部分からモリモリと肉が膨らんでくる。


「カラダの方も……あぁ……やっぱり最っ高……ッ」


 期待以上の獲物に巡り会えた幸福感で、ドロメタスはうっとりため息をついた。


「……手……出すなって言ったろうがよ」


 汗ばんだ顔で腕を押さえながら、少年がこちらを睨んでいた。その瞳は真紅に染っている。


「話は最後まで聞けよ」


 と、負傷していない方の手を掲げて見せた。


「あの瓦礫に……杖と一緒に……もうひとつ置いてきた。パイプ爆弾を」

「ばくだん?」

「スイッチの遠隔操作で瓦礫を吹き飛ばせる。もちろん杖ごと、跡形もなくね」


 今度はジローがニタリと笑う。話を理解したドロメタスは眉をひそめた。


「でもそれなら……」

「こっちの手も吹き飛ばそうなんて思わないでよ。もうスイッチは押してる(・・・・)。指が離れた瞬間、起爆(ドカン!)だ。

 爆弾を作動させない方法はひとつ。僕たちをスイッチの通信圏外に出させるしかない。最低100メートルは離れないと安全とは言えないかなァ~」


 再生した手をヒラヒラさせながら挑発的な態度を取るジローを見て、淑女の目に対抗心が宿る。


「……なるほど……へぇ……面白いことを考えますわね。坊や」

「そうでしょ? フフフフフ……」

「うふふふふふ…………」


 どう考えても対等には思えない両者が、お互いが睨み合いながらほくそ笑む奇妙な光景を、カイダは息が詰まる思いで見守っていた。

 ジローからは事前に、どれだけ彼が攻撃されても反応するなと伝えられている。


『大丈夫……僕なら傷は治るから。耐えるのは、痛みだけだ』


 ジローは自信満々に言っていたが、カイダは、今にも心臓が張り裂けそうだった。

 なぜなら……。


「ひとついいかしら?」

 

 ドロメタスがふと思いついたように、顎に指を当てて尋ねてくる。


「そもそも、その爆弾って本当にあるのですか?」


 カイダの心臓がドキリと跳ねた。


「あるよ」


 ジローは何食わぬ顔で返す。


「なんなら火薬の成分とか、どういう原理で爆発するかとか、詳しく説明しようか?」

「いいえ……興味無いから良いですわ。

 それよりあなたの事について聞かせて欲しい。この質問にさえ答えてくれたら、見逃してあげても良くてよ」

「…………何?」

「その杖はどこで手に入れたのかしら?」


 ドロメタスは、ジローが事前に予想していた質問をしてきた。


「父さんの形見だ」


 間髪入れず答えるジロー。「へぇ……」ドロメタスはがぜん興味が湧いたように目を見開く。


「お父様が魔法使いなの? どこの家計の方? いまその方はどこに?」

「知らないよ……僕たちも……探してるんだ」


 そう言いながら、カイダと共にじりじりと歩き出す。

 瓦礫から離れるように……。


「そうですか」


 ドロメタスは目ざとくその挙動を捉え、一歩前に踏み出す。


「もう少しお話を聞こうかしら」

「これ以上、話せることは無いよ。あとは杖を持ち帰って、自分で調べてよ」

「お父様の形見を渡しても良いのですか?」


 彼らが進もうとした先に、数本の鎖が伸びて立ち塞がっていた。


「……まァ……命には替えられない。あんたも、杖と僕らの命なんかなら、杖の方が大事だろ」


 すぐに襲ってくる気配は無い。

 ジローは振り向き、諭すように訴えながら、ゆっくりと鎖を踏み越えようとする。


「そうですねぇ……」


 鎖はジローの足が地面に着いた瞬間――――するりと巻きついて固定した。


「残念ながら、私はあなたが(・・・・)欲しいのよ」

「っ……!」

「うふふふふ……あはははっ! 逃げられると思った? 思ったわよねぇ~~」


 ドロメタスの表情に心の底からの愉悦が満ちる。

 ジローの目には、それがどこか見覚えがあるように思えた。

 他者を傷つけることに喜びを覚える者たちだ。

 長く孤独な地下生活で忘れていた。人は時に、これほど残忍で悪意にまみれた顔になることを。


「隊長……!」


 とっさに呼びかけた。「わかってる」すかさず動くカイダ。


「あーお腹つっちゃうぅ…………さて、じゃ、そろそろ始めましょうか。

 存分に泣き狂ってくださいな?」


「……その前に、答え合わせしてやるよ」


 完全な臨戦態勢に入ったドロメタスに対し、ジローは左手を掲げ、言い放った。


「ああ、爆弾、でしたっけ? べつにいいですわよ。だって……」


 彼が手を開くと……そこにスイッチなど無かった。

 ドロメタスの予想通り。

 しかも、よく見ると彼の背中にはテープで杖が貼り付けられていた。


「やっぱり。可愛い子供騙しだこと……」


 その瞬間、彼女が頬を緩めわずかに気を緩めた隙に、カイダは小銃を構える。

 照準するのは機体の残骸……むき出しになったエンジンにガムテープで貼り付けられた、小さく細長い物体。


「……よかった。騙されてくれて」


 ジローの所持していた最後のパイプ爆弾を、正確に撃ち抜いた。


 カッ!


 突如として閃光がドロメタスの視界を覆い、直後、無数の破片と衝撃波が押し寄せてきた。

 静寂の森の一角にどず黒い煙が立ち昇った。

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