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アンダー・アース 終末姉弟死線記  作者: 遁遁拍子
第2章 黒界・日本
28/37

15 魔の森

 腐葉土の視界の中、ジローは身を捩っていた。

 深く呼吸すると全身の痛みが次第にやわらぐ。折れた手足が再生し、木肌に切り裂かれた傷が塞がっていく。

 まだ完治とはいかないが、なんとか地面に手をつき立ち上がることができた。


「はぁ……痛ってェ…………」


 周囲は暗く、静かだった。高い木が頭上で葉を生い茂らせて、わずかな木漏れ日以外の光をほぼ塞いでいる。

 杖はない。歩行補助具も各部の損傷が酷く、ほとんど機能していなかった。

 外して捨てようか一瞬迷ったが、替えがきかないので着けたまま行くことにした。

 手頃な枝を拾い、足を引きずりながら森の中を歩いた。


 日光はほとんど届かないにも関わらず、地面には小さな植物やコケ、茸がびっしり生えていた。

 また時々、どこからとも無く未知の生物の声が聞こえてくる。

 ほどなく黒焦げた亡骸を見つけた。


「…………」


 木の麓に横たわっていた。ジローはヘルメットの通信機に耳を近づけたが、ノイズが響くのみだった。

 亡骸が持っていた水筒を飲むと錆びた鉄の味がした。一応ナイフと拳銃を拾ったとき、一際大きな鳴き声がすぐ近くでして、身をかがめた。


「クルル……クォッ……」


 木々の向こうから、見たこともない形の異獣がやって来る。トカゲのような顔だが首から下がレスラーのように異様に体格が良い。

 足音で地面が揺れる中、ジローは木の幹に隠れてやり過ごした。

 ふうと一息ついたのも(つか)の間、足首に植物のツタが巻きついていた。


「うッ――?」


 ミシリ、想定外に強い締め付けで肉が軋む。ツタはそのままジローを引っ張りあげて宙吊りにし、口を開いた壺のような植物の口腔に運び込もうとする。


「うあああ!?」


 光のない場所で生き残っていた植物――こうした手段で栄養を確保していたのか。

 納得したジローは、壺にたっぷり溜まった溶解液に落とされる――寸前、銃声が響いた。

 食人植物とツタが撃ち抜かれ、絶命する。開放されたジローは地面に撒き散らされた溶解液の中に転がった。

 悶えながら慌てて起き上がると、「大丈夫か?」迷彩柄のアーマーに身を包んだ兵士が立っていた。

 胸に「01」のマーク。ヘルメットに赤いペイントとアンテナがついている。


「カイダ隊長、無事だったんだね……」

「あぁ……」


 カイダは疲れた返事をして、自動小銃を仕舞い、もう片手に持っていた杖をジローに差し出した。


「君のだろう」

「あ……ありがとう」


 蛇の意匠がほどこされた父の杖。受け取った瞬間、機内からずっとつのっていた不安が少し解消された。

 ジローは今さっき自分を捕食しかけた植物のツタをナイフで切り取り、食べ始めた。


「僕たちの身体の再生には栄養がいるんだ。異獣の血とか肉とか」

「植物も栄養補給になるのか?」

「わかんないけど……物は試しに。他のみんなは……?」

「……俺も探してた所だ。機体の爆発で散り散りに飛ばされたようだ」


 カイダは腰のポーチから小型のデバイスを取りだした。


「コイツで翻訳機の信号をキャッチできる」

「僕のもそれで?」


 ジローは耳につけた翻訳機に触れた。カイダはうなずいて、


「だが、高濃度のM線汚染下では、電波は極近距離にしか届かない。俺と君は、たまたま近くに落ちてたようだ」

「つまり、それで他の人たちを探すのはほぼ不可能ってことね」

「……そういう事だ」


 先回りで言われて、説明しかけた口を閉じた。


「……空から見たけどこの森ってかなり広いよね。異獣もたくさんいるし……軍はどこまで把握してるの?」

「把握しきれない数が放置されている。汚染当時に草木が一斉変異して、さっきみたいな凶暴種も生まれた。いまや多種多様な変異生物の天然博物館だ」

「へえ~それって最高……に危険だね」


 ジローは森を歩く中で、木々に混じって建っている電柱やスピーカーを見つけた。

 また車が通れるよう舗装された道路の痕跡があった。


「これは……」

「汚染される前ここは国立公園だった。その名残だろう」


 当然、いまはどれも使い道のない設備だ。だがこの大自然の中、人間が存在した痕跡を見つけるのはやはり嬉しく、ジローの不安を少しやわらげてくれた。


 そこでふと立ち止まった。

 使い道がない?

 いや、そうとは限らない。


「じゃあ、あのスピーカー使ってみんなに呼びかけるのは?」

「スピーカー……? それは……難しいだろうな。もう10年以上使われてない設備だ。とっくに劣化してる」

「フム……」


 そう言われながらも、ジローはスピーカー柱のふもとにしゃがみ込む。地面から伸びた太いケーブルが繋がる、錆びた制御ボックスを開く。


「なにしてる?」


 カイダが中身を覗き込んでくる。

 

「電源さえ確保できれば使えるよ」

「わかるのか?」

「このスピーカー、有線式だからアンテナや配線みたいな精密機器が外に晒されてない。だから劣化も少ないと思うんだ」


 シェルターの設備管理も行っていた知識から答えた。

 森のような立体物の多い環境は元から電波が通りづらいため、無線ではなく有線通信が採用されていることが多い。


「スピーカーがあるってことは、どこかに指令所もあるはずだ。そこに行こう。通信用アンテナがあれば、森の外に連絡を取れるかもしれない」

「……なるほど」


 提案を受けてカイダは少し考える。

 おそらく、森の外でもロストしたカイダたちを捜索準備が始められているだろうが、この広いエリアから通信手段無しに見つけ出して貰える可能性は、限りなく低いだろう。 

 道路脇に苔だらけの地図看板が立っていた。


「ここから南西に約3キロか」

「なら、どのみち森から出る方角だね」


 ふたりは頷き合う。ひとまずの目標地点を定め、歩き始めようとした時、「あ、待って」ジローが呼び止めた。


「さっき……遺体を見つけたんだ」


 彼は来た道を指し、目を伏せながら言った。


「誰かまでは、わからなかったけど……」

「……そうか」


 カイダは動揺を見せずに応じた。


「座標を覚えておこう。いまは生きてる仲間との合流を優先する」


 意識的に感情を込めない指示口調。少年は俯いたまま「うん」と返事をした。


「この森を脱出するぞ」


 カイダはたずさえた自動小銃の銃把(グリップ)を強く握り直し、草木をかき分け進み始めた。

 


 そこから直線距離にして二キロほど離れた地点。

 アキラは高い樹木の上で身動きを取れずにいた。


「ク……ソッ!! なんなのもう……!」

「おい! 急に動くなってっ! 落ちるだろ!」


 すぐ側にはグレンがいる。彼らは機体の爆発で吹き飛ばされたとき、たまたま近くにいた。

 アキラが上空でグレンのパラシュートに掴まり、無理やり二人で森に落下した。

 その結果、パラシュートは木に引っかかって、二人はいま、絡まった布と枝の間で宙吊り状態となっていた。


「落ちていいでしょうが。このくらいの高さ」

「ふざけんな、お前は平気かもしれねえけどな、俺は普通の人間なんだよ!」


 青臭い声で必死に叫ぶグレン。アキラは彼と共に降下したことを既に後悔していた。


「情けない……なんでこんなヤツと」

「はぁ?? 誰のせいでこうなったと……おいっ、何やってんだ?」


 彼女は自力で木から降りるのが困難と悟ると、ナイフを取りだし、自分の腕を切りつけた。

「そんなことしたら……」グレンの声音が驚愕から恐怖に染まる。

 地面にポタポタと血が垂れる。すると周囲にいた異獣たちが、その匂いを嗅ぎつけ続々と近づいてきた。


「バカか!? 自分の体でエサやりでもすんのかよ!」


 イモリのような一匹の小型異獣が二人のいる木に登ってくる。「クルルル……」口を開けると、長い舌が伸びて、アキラの腕に巻きついた。

 強靭な力で引っ張ってくる。その勢いを利用し、彼女はスルリとパラシュートから脱出した。


「クグゥゥウ!!」


 と、同時に襲いかかってくるヤモリの頭を羽交い締めにし、後頭部にナイフを突き刺し瞬時に絶命させる。

 そのまま亡骸をクッションに着地。


「クルルル……」

「キキ……キキィ」

「フゥオォオウ゛ウ゛!!」


 周囲を、鳥型、爬虫類型、昆虫型……見たこともない形状の異獣たちが取り囲む。

「ふー……」 アキラは後ろ手にナイフを握りながら、足元の異獣の血を一杯手にすくって飲み干した。


 数秒後、全員が正確に頭を貫かれた亡骸たちの上で、アキラはナイフをホルスターに仕舞い、木に取り残されていたグレンを引きずり下ろした。


「ぐぁっ、クソ!」


 赤ん坊のような体勢で地面に叩きつけられ悲鳴をあげるグレン。対してアキラはすたりと着地し、速やかに自分の持ち物を確認した。

 リュックサックはないが、散弾銃剣はある。ナイフを腰に収め、周囲を見回す。


「ここは……」

「……ケツが痛え」


 二人の周りにも電柱やスピーカーはあったが、ジローとカイダのようなアイデアに至ることはなかった。


「この野郎、俺のパラシュートに飛びつきやがって。また死にかけたぜ」


 尻を押さえて立ち上がりながらグレンが毒づく。


「助けてやったんだからおあいこでしょ」


 アキラは極力彼の方を見ないように返答した。


「やったってなんだよ。お前が来なきゃ元々俺は普通に降りられたんだよ」

「言い方にまでケチつけてくんの? マジでだるいんだけど」


 森全体に満ちた湿気が、肌にへばりつくようだ。少し地下の環境を思い出しながら、アキラは、頭をかがめ、植物の葉を避けて歩き出す。


「どこに行く気だよ」

「ジロー探すのよ」

「アテはあんのか?」

「無いに決まってるでしょ」

「じゃあ1回止まれよ」


 グレンに肩を掴まれて、「触んないでよっ」と反射的に振り払う。


「へいへい……」


 グレンは両手を挙げて皮肉っぽく返す。それから近くの木のそばにしゃがみ込んで「これ人の足跡だろ」と指した。

 そこには確かに靴底らしき痕跡があった。


「あっちに続いてる……追うぞ」

「偉そうに指図しないでよ。私だっていまちょうど見つけてた」

「そうか、素通りしそうになってたから止めたんだが」

「…………」

「ガキみたいにいちいち突っかかってくんなよ」

「はあ?」


 アキラは耐えきれなくなって、目を剥いて振り向く。


「さっきから突っかかってきてんのはあんたでしょ? 私のことずっと、悪者みたいに扱ってさ」

「自覚あるじゃねえか」


 グレンも負けじと腕を組んで顔を突き合わせた。


「お前のせいでこれまで散々な目に会った。仲間も殺されたんだ」

「は……だからっ、それ、しつこいってば。 先に撃ってきたのはアンタらなんだけど。あの人だって……私は悪くない……って……」


 アキラは話しているうちにニコロの死に様を思い出し、尻すぼみに声の勢いを落とした。俯いて黙るアキラに、


「そんな状況なんざ知るかよ」


 グレンは容赦なく言い切る。


「俺が気に入らないのはお前の態度だよ」

「……は?」

「地下で生まれ育ったかなんだか知らねえけど、自分がこの世でいちばん不幸みたいな顔しやがって。

 この世界のこと、何も知らないくせによ」



 アキラは内心ぎくりとなった。


「……なにそれ。べつに……そんなこと……」


 無い、とも否定しきれない実感が、腹の底にはある。


「お前、自分が授かった力を、自分と弟のためだけに使えばいいとでも思ってんだろ」


 グレンは小銃を構え、周囲を警戒しながら続けた。


「……それの何が悪いのよ」

「わからねえなら、やっぱりガキだな」

「何っ……」


 反発心が浮かぶが、口に出す前に、兵士たちと最初に戦った直後の、ジローの言葉が浮かんだ。


『アキラに人を殺してほしくないから』


 あの責任感とワガママが混在したような顔。

 弟も、あの時何かを私に伝えようとしていた。

 でも汲み取れきれなかった。


「…………」


 いま自分の中に満ちている言語化できないモヤモヤ。

 もしかしたら、それを解決するヒントが目の前にあるのかもしれない。


「…………あんた……たちにも……」


 グレンの背中を追っていたアキラは、おずおずと口を開いた。


「あんたたちは……どうやって生きてきたの」

「…………」


 グレンは前を向いたまま無言だったが、少し待っていると、


「……ニコロ伍長は10歳で両親を失った」

 

 ぽつりと話し始めた。


「連合が発足した当初は……とにかく毎日大量の犠牲者が出ていて、どこの孤児院もパンク状態だった。14歳になったら健康な男子は兵学校に強制ぶち込まれて、都市の警備を担うことになった。

 ニコロさんはそこでの仕事ぶりを買われて四年前、いまの要人護衛部隊に転属した。で……一年前、結婚した」

「……結婚……って」

「3ヶ月前、お子さんが生まれてた」


 アキラは、雷に撃たれたような衝撃とともにその場に立ち尽くしてしまった。


「俺も写真……見せてもらったけどさ。あんな可愛い娘が生まれたら、一生かけて守ろうって思うだろうよ」


 グレンはフルフェイスを解除した素顔で、ため息混じりに言って、振り向いた。


「…………」


 アキラはモールで最初に声をかけてくれたあの無愛想な兵士の言葉を思い出していた。


『君らはただの子どもだ』


 自分にも子どもがいたのに。あの瞬間、逃げずに、アキラの隣に残って……。


 ボジュッ!


 湿った破裂音が耳元に響く。


「…………」


 もう二度と会えない。


 なんで、赤の他人()なんかのために??

 アキラはいつも自分の隣にいるジローを思い浮かべた。

 そして同じように、ニコロの隣に立っていた女性と、その腕の中の小さな赤ん坊を。


「まあ、気に入らないのは、俺の個人的な感情だ。仲間が死んだことに関してお前が責任を負うことはねえよ」

「…………」

「あの人たちが家族と会えなくなったのは、魔法使いどものせいだ」


 動けないでいるアキラに、グレンは近づきながら助け舟を出した。


「奴らが悪いんだ。白界(はっかい)人…………あいつらさえいなければ」

「……あんたは……どうして兵士になったの」


 アキラは顔を上げ、初めて目の前の青年兵を真正面から見ながら、疑問を投げかけた。


「決まってんだろ。消すんだよ」


 そのとき初めて気づいた。彼のいつも青臭い態度の裏に、底知れない憎しみが根付いていることを。


「あの空に居座ってる地球(ヤツ)を消す。それから地上の化け物どもを一掃してやる」


 グレンは自身の過去については何も語らなかった。だが今のアキラには、その言葉で充分だった。


 その後、しばらく歩いているとまた足跡を見つけた。

 同じアーマーの靴底の形。その近くには新しい血痕もあった。


「ケガしてる……」

「でもまだ生きてる」


 ふたりはうなずき合い、足跡を追った。


「フ……フゥ……スン…………」


 木々の隙間の暗がりから荒い鼻息が聞こえてくる。

 ひときわ濃厚な血の臭いが鼻を突き、アキラは顔をしかめた。


 その先にあったのは、怪我をした兵士の姿――――ではなく、トカゲのような巨大異獣が佇む光景。


「デカッ……」


 短い二本足で直立している。深緑色の鱗に覆われたその体は6メートルはある。

「フゥ……フゥ……」白い息を吐く、その口周りはべっとりと赤く濡れており、足元には、下半身のない兵士の死体があった。


「クソッ……」


 グレンが絞り出すように呟いた直後、


「グォアアアアア!!」


 トカゲは爛々(らんらん)と輝く深紅の目を二人に向けると、身震いしながら襲いかかってきた。


「逃げるわよ!!」


 本能的にアキラは叫んでいた。弾かれたように二人は走り出す。木々の合間を縫って走る小さな彼らの後ろに、四足歩行の巨体が迫ってくる。


「チッ……!」


 障害物を俊敏に避けながら、トカゲは二人以上のスピードをキープしていた。

 ぐんぐん距離が縮まる。追い付かれる。瞬時に判断したアキラが立ち止まり、振り向きざま銃剣を抜き放つ。

「グォォオオ!!」鋭い爪をそなえた巨腕が振り下ろされる。

 鈍い金属音が森に響き、攻撃を銃剣で受けたアキラは弾き飛ばされた。


「っぐ……!」

「お、おい!!」


 グレンは慌てて立ち止まる。

「ウゥゥ……」トカゲは低い体勢で唸りを上げながら、木の幹にもたれかかったアキラを睨んでいる。

 彼女に全ての警戒心を割いているのか、グレンの方にはまったく注意を向けていない。

 チャンスだ。と自動小銃を構えた。


「やってやる……俺が……」


 下半身だけになった仲間の死体を思い浮かべながら、指を引き金にかける。


「やめなさいッ……!」


 アキラが血を吐きながら叫んだ。常人ならば間違いなく絶命している一撃を受けてなお、彼女は銃剣をゆらりと構え直していた。


「逃げろ……バカ……あんたじゃ無理よ」

「ふざけんな。俺だってこのぐらいの異獣一人でやれる」

「逃げろって……っ!」


 その目には涙が滲んでいた。

「……は?」その光景はグレンの心を大きく揺らがせた。

 なんで、あいつが泣いているんだ??

 意外に思うと同時に、彼の胸奥にある未知の部分が刺激される。

 指の震えが止まり、次の瞬間には、彼は引き金を引いていた。


「グゥアアアアアッ!!」


 トカゲの首元に着弾する。だがグレンの携行する通常弾では、まったく致命傷にならない位置だった。


「しまった……」

「バカ! 早く行けっ!!」


 トカゲは即座にグレンの方へ向き直り、「グゥゥオオオ!!」怒りの形相で突っ込んでくる。


「うわ……クソォ……!!」


 為す術なく彼が捕食される。寸前、ドッという音がして、巨体の動きが静止した。


 熊の脳天に、角張った斧が突き刺さっていた。柄のワイヤーが巻き取られ、持ち主の手に戻っていく。

 鮮やかな朱色をした細身のアーマーがそこにいた。


「ベス……!」

「間一髪♪」


 こちらにピースサインを返す。ただ、よく見ると最初に見た時よりも装甲に凹みや傷が増えている。既に返り血もたくさん浴びててい、ここまでの激しい戦闘を感じさせた。


「フゥウゥ……」


 トカゲはまだ生きていた。脳天の傷から出血しているが、すぐに肉が盛り上がり、塞がっていく。

 二本の手斧をぶらさげたベスは、その巨体を見上げる。


「ゴメンね。爬虫類さん。あなたの縄張りを荒らしちゃって」


 グリップのスイッチを入れると、キィィィィィと耳障りな音とともに刃が振動し始めた。

 異獣の頭上に飛び上がり、右の斧を振り下ろす。


「グァアアア!!」


 しかしトカゲもまた優秀な反射神経でベスの腕を掴んでいた。バキバキと惨い音を立て、細い腕が装甲ごと砕かれる。


「お詫びにすぐ終わらせるからね」


 ベスは声色ひとつ変えず、視覚外に投げ放っていた左の斧を引き戻した。

 ワイヤーが木の幹に引っかかり、それを起点に弧を描きながら斧が帰ってくる。極限まで切れ味を高めた高周波ブレードで、射線上の木を次々に切断しながら――。


「フォ……フフ…………」


 大口を開け、べスの体を丸呑みにしようとするトカゲの真横で、ダアン! と甲高い音がした。


「……フゥ……フ……………」


 振り向いたトカゲが最期に見たのは木に突き刺さった斧。

 直後、その首が音もなくズレ落ちた。


「お、おい!」


 巨体が崩れ倒れ、地響きで枝葉が舞う中、アキラとグレンが慌てて駆け寄った。


「重っ……しぬう……」


 彼女はうめきながら亡骸の下から這い出てきた。血にまみれたフルフェイスを解除し、「おっ?」見ると右腕の装甲が歪にひしゃげ潰れていた。


「ベス……!!」

「うわォ……ぐっちゃぐちゃ」

「応急手当だ! ちょっとまて……たしか、サバイバル訓練でやった。枝を添え木にして、布を……」

「わかった!」


 アキラはすぐに走っていき、枝を集めてくる。その中から丁度いい長さの物を選んでグレンに渡すと、


「よし。その服の端っこもらうぞ」

「えぇっ?? ちょッま……!」


 返事は待たず、アキラの上着の着丈をビリビリとナイフで切り取る。

 その布を使って、枝をベスの腕に縛り付けた。


「何してんのよっ、私の服っ! 勝手に!!」

「ひとまずは、これでいい。……ただ、傷口からの汚染はどうする」

「お気にのジージャンだったのに!!」


 憤怒の形相を浮かべるアキラを気にもとめず、グレンは、処置を終えた自分の手をふと見る。  


「ん?」


 オレンジ色のオイルっぽい液体がべったりついていた。


「これは……」

「大丈夫、この腕なら、元々生身じゃないからさ」


 ベスは枝を巻かれた腕を上げて軽快に笑う。


「なによそれ?」

「なるほど、義肢か……」


 眉をひそめるアキラに、グレンが補足した。


「心配してくれてありがと。でもそれより、いまは魔法使いを撃退する方法を考えなきゃ。ね?」


 義手の指先を確かめるようにミシミシと数度稼働させ、「うんしょっ、と」もう片手で支えながら立ち上がるベス。


「奴らもきっと……この森に入ってきてる。逃げたっていずれ戦うことになるよ。

 この先に機体の残骸が落ちてる。そこに取りに行こ!」

「……何を……?」

「秘密兵器だよ♪」


 ワクワクした子供っぽい声でそう告げた。


 ※


 その頃ジローとカイダ隊長は、発令所への道中で五名の兵士と合流したところだった。


「僕のリュックだ……!!」

「幸運だったな。俺のパラシュートに引っかかってた」


 兵士の一人からジローはリュックサックを返してもらった。

 彼らは落雷の雨から生き残った最後の兵士たちで、副隊長のリーが先導となって、ジローたちと同じように森からの脱出をめざし、南西に向かっていたのだ。


「あとはグレンと、ボルツの助っ人ですか」

「それと彼の姉だ。パイロットの二人は?」

「俺たちと一緒に落ちてたんですが……敵の攻撃に撃たれて…………。遺体は、ここから南東に2キロほどです」

「……そうか」


 周囲を兵士らが警戒する中、冷静に報告するリーに、カイダはうなずく。


「ターゲットの手がかりは?」

「……ない。この汚染濃度の高さでは、高所にアンテナを設置しても信号を掴めるかわからん。そこで彼が提案したんだが……」


 ジローのスピーカー案を説明すると、リーは少し考える素振りをして、「その手があったか!」と手を打った。


「ではすぐに向かいましょう」


 そこから一行は周囲を警戒しながら獣道を進んだ。


「ねえ」


 ジローは、少し早歩きして、前を歩くリーに尋ねる。


「カイダ隊長って日本人なの?」

「うん? あぁ……まあ気になるよな」


 振り向いた彼は苦笑した。「どうやって生き残ったの?」さらに好奇心をぶつける。


「……俺も詳しくは知らないよ。元々軍人だったらしいが……あんまり自分のことは話したがらない人だからな」

「そっか」

「気になるなら、本人に聞いてみたらどうだ?」


 人当たりのいい声音でリーはそう後押ししてくれた。

 一行はそのまま数分間、獣道を進んだ。


「隊長。南から足音が」


 兵士の一人が報告。瞬間、緩みかけていた空気が変わり、隊列が戦闘態勢に入る。


「数は?」

「わかりません。多くはないかと……」

「何も聞こえないぞ」


 互いの死角をカバーし、銃を構えていた兵士たちは、警戒した方向から何の気配もしないことに困惑する。


「……いまたしかに……」


 報告した兵士が首を傾げた、その足元の土が独りでに盛り上がり、

 鈍色の鎖が這い出してくるのを、ジローは見た。


「下だ!!」


 怒声に反応、兵士たちが後退する。地面から数本の鎖が突き出て、木の幹に突き刺さった。


「これは……」

「あらあら……また当たりですわ……」


 その木の隙間の暗闇から、艶かしい声がする。

 ローブを纏った女の姿が現れる。握った杖の先端では、紫色の水晶石――魔石がらんらんと光っている。


「当たり……?」

「く……」


 兵士たちが銃を構える中、女は目深に被っていたフードを脱ぎ払った。

 息を飲むほど白い肌、複雑に編み込まれた黒髪、気品に満ちた顔立ちと、


「坊や。貴方は私のモノになるのよ」


 邪悪な熱を宿した金色の瞳があった。絡みつく視線がジローに向けられていた。

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