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アンダー・アース 終末姉弟死線記  作者: 遁遁拍子
第2章 黒界・日本
27/37

14 降下

Moramed(モハメド) Anïta(アニタ) Nanotas(ナノタス) Omodatoka(ヲモドタカ)


 暗く沈んだ意識の底で、生暖かい声音が聞こえる。

 首筋に熱が生じる。じんわりと広がっていき、開いていた肉が閉じる感覚がする。

 次いで、全身至る箇所に響いていた鈍痛がやわらいでいく……。


「気が付きましたか?」


 視界が開けると、ローブを纏った女の姿が目の前にあった。「ドロメタス……殿」倒壊したモールの残骸の中。

 彼は瓦礫に腰掛けたドロメタスの膝の上で寝ていた。


「ふふ……貴方、そんな顔をしていたのですねぇ」


 目深に被ったフードの影の中で、唇が微笑む。

 そこで初めて、自分の兜が脱がされていることに気づいた。


 即座に起き上がり、「きゃっ!?」ドロメタスの首を掴んで、押し倒す。


「ッ……そんなに見られたく……なかったのですか?」

「…………」

「……治癒を(ほどこ)すには脱がせるしかなかった…………やらなければあなたは死んでいましたわよ」


 ローブの女は苦しげな声で、しかし唇には笑みを浮かべたまま話す。


「俺の兜はどこだ」


 白騎士は首を掴む手の力をさらに強めながら聞いた。ドロメタスの喉から「ギィ」と小さな音が漏れ、杖で傍らを指す。

 

 瞬間、横合いから高速で伸びてきた鎖が白騎士を弾き飛ばした。


「ッ……ぐ……」


 受身を取り、即座に戦闘態勢に入る。

 鎖は一直線に迫ってくる。

 迎撃しようとした寸前、その先端に、白い兜がぶら下がっていることに気づいた。


「…………」


 鎖は従順な動作で兜を差し出す。白騎士は無言でひったくり、頭に被った。

 フゥ、と息をつき、


「……申し訳ございません。上官に無礼を。なんなりと罰しください」


 ドロメタスにひざまずく。「いいですわ」彼女は立ち上がりながら、ひらひらと手を振った。


「誰にでも、人に見せたくない面の一つや二つあるものですから」

「……治癒魔法を使えたのですか。ドロメタス殿」

「ええ。趣味の拷問用に少し鍛えておりまして」


 黒連軍の救助機が飛び立ったあとの廃墟街は、静寂に満ちていた。


「お互い不覚を取りましたね」


 ふたりは何事もなかったように会話しながら、瓦礫の山から降りた。

 異獣の死体が転がる街中を歩いて、砂浜に出る。


「さて、ここからどうします?」

「無論。奴らを追います。方角はわかりますか?」

「たしか、ここから南東に行きましたわ」


 ドロメタスは腕の金属輪に触れながら言う。

 豪勢な装飾にはめ込まれた小指大の魔石が光を放ち、彼女の竜を呼び寄せる。


「しかしホワイト、あなた程の魔法士が敗北するなんて、いったいどんな人間でしたの?」

「……あれは人間ではありません」


 押し寄せる波を眺めながら、白騎士は首筋に刻まれた“歯跡”に触れた。

 脳裏に鮮明に浮かび上がる、あの獰猛な少女の姿。心臓を貫いても、全身を焼いても復活し、白騎士に致命傷を与えた。


「人間ではない? 魔物ですか?」

「いや……あれは、おそらく魔人(・・)です」

「……まさか。ありえませんわ」


 その言葉を聞いたドロメタスは、珍しく驚きを見せた。


「あの身体、再生能力はそうとしか考えられない」

「黒界からどうやって魔人が生まれるというのですか……?」

「あの弟の方は、我々と同じ杖らしき物も持っていた。白界からの転移者という可能性もある。

 次に遭遇した時は注意してください」

「…………そうですわね。もし本物なら……」


 ドロメタスはそこで言葉を区切った。

 予想だにしなかった未知の存在。恐怖を感じたのか、彼女の声音はわずかに震えていた。

 少し意外に思いながら、白騎士は空を見上げた。

 はるか彼方から甲高い鳴き声が響き渡る。やがて巨大な翼の羽ばたく音が近づいてくる。


 銀色の鱗を持つ竜が着地し、重い衝撃と砂煙を立てた。


「ドロメタス殿」


 自分の騎竜に歩み寄っていくローブの同僚を、白騎士は呼び止めた。


「わかっていると思いますが、さっき見た物は忘れてください」

「ええ。もちろん」


 ドロメタスは騎竜の(くら)(またが)りながら頷いた。


「せっかく築けた信頼関係を崩すつもりはありませんわ」


 妖艶な赤い唇に微笑をたたえて言うと、鞍の荷物箱から取り出した、替えの魔石を投げてよこしてくる。


「…………」


 受け取った白騎士は兜の中で小さく息を吐き、握りしめていたガントレットをようやく緩めた。


 ※


 そして、雲の上を飛行する黒連軍機《M-2》の機内。


「高度を上げろ!! 魔法使いが来た!!」


 カイダはコクピットに入るなりそう叫んだ。計器を注視していた操縦士たちがぎょっとして顔を上げる。


「魔法使い……??」

「ありえない。発見されるはずありません」


 現在、《M-2》は最新鋭の複合迷彩によって完全な透明化状態となっている。

 何人たりともその姿を捉えることはできない。はずだった。


「いや、奴らには視覚ともレーダーとも違う……“目”がある」


 ただし白界(奴ら)にはこちら側の常識は通用しない。


Kuzepol(クゼポル) Emityuka(エミチュカ) Yonkaos(ヨンカヲス)


 銀翼の竜の背中で、白騎士は目を瞑っていた。

 傍らではドロメタスが自竜を操っている。

 その飛行速度は既に音速に達し、周りの景色が瞬く間に流れていくが、二人のいる(くら)は付与された魔法によって無風状態だった。


「発見しました」


 白騎士は発動中の探知魔法に全神経を集中させていた。


「2-70-500。高度を上げている……」


 探知空域には灰色の雲が満ちている。白騎士の散布した魔力を含む微粒子によって変貌したそれらは、所々で巨大な積乱雲になりつつある。


「気づかれたようですわね。当たり前ですわ……こんな乱雑な《風読》では」


 これは慣れていない探知魔法使い特有の現象で、微粒子が気圧や水分量に不必要な変化を与えることで起こる。


「魔力が薄い高高度に逃げるつもりですわよ」

「わかっています……対応します」


 白騎士は自身の探知技術が稚拙(ちせつ)なことを自覚していた。なので、あらかじめ用意を済ませておいた。

 空域で成長した積乱雲に、さらに魔力を送り、攻撃現象に発展させる。


「|Sukanatomirioスカナトミリオ


 閃光が空を裂いた。


「ぐっ……!?」


 《M-2》のコクピットが激しく揺れる。鳴り響く警告音の中、「右エンジン被弾!」操縦士がすぐさま報告した。


「消化します!」

「推力低下。高度を上げられない!」


 片側の主エンジンを破壊された輸送機は、ヨロヨロと下降していく。


「基地は見えないか!?」

「まだです……!」


 航続は不可能と判断。機体は緊急着陸の体勢に入る。


「管制塔! こちらは《M-2》、現在、敵魔法士の攻撃を受けている」


 雨粒だらけの前方に目を凝らす操縦士。


「視界が悪い! 滑走路までの誘導を……」


 基地に連絡を取ろうとするが、通信機からはノイズが鳴るのみだった。《風読》の影響で、大気中の魔力濃度が高い。これでは電波が通らない。


「ダメです……」


 絶望的な顔をする操縦士に対して、カイダは既に覚悟を決めていた。


「基地にたどり着く前に撃墜される。オートパイロットを作動させて、降下装備を整えろ」


 そう言うとカイダはさらに部下たちに指示を飛ばした。


『総員すみやかに対M線装甲(アンチアーマー)を着用! ハンガーに集合せよ!!』


 機内放送で切迫した声が響く。


「聞いたな、行くぞ!」


 パシパエの隔離室。グレンが即座に反応した。

 その場にいたベス、アキラ、ジロー、そしてパシパエは、すぐさま部屋を出た。


「これって……」

「魔法使いの攻撃だね。もう追いつかれちゃったか~」


 ベスが荒れ狂う窓の外を見ながら他人事のように言う。


「嘘でしょ? 私たしかに殺した……」


 アキラは通路を歩きながら白い騎士を思い浮かべた。


「白界の魔法には、人の体を治すものもあるの」


 ベスが説明している途中で、また外で光が瞬き、空をつんざくような音が轟いた。


「うわっ!」

「ぐ……」


 機体が大きく揺れる。パシパエが体勢を崩し、ジローによりかかった。

 抱きとめた彼女の肩はまた震えていた。


「ごめんなさい……また私のために……皆さんをきっ危険に」

「いや、そんなこと……」


 ジローは励ましの言葉をかけようとしたが、何の保証もないことに気づいた。

『君は無力で、守られている存在だ』カイダの言葉が頭に蘇っていた。


「急げ!」


 先頭のグレンが急かし、一同はハンガーに駆け込んだ。

 やや開けた空間の両側に、無骨な装甲アーマーが並ぶ。そこでは兵士たちがせわしなく装備を整えている。


「装備は最小限に、重量のある武装は外しておけ!」

「グレン、遅いぞ!」

「はい!」


 先輩兵士に呼ばれてグレンが駆けていく。パシパエは数人の兵士に囲まれて奥に連れていかれ、ベスもすぐさま自分のアーマーの所へ行ってしまった。

 姉弟は喧騒の中に取り残された。


「君たちはこっちだ」


 ふと呼ばれて振り向くと、既に迷彩柄のアーマーを身につけたカイダがいた。

 彼の足元にはカゴがあり、姉弟の持ち物が入っていた。


「カイダ隊長!」


 ジローはすぐさま、それまで持っていた代替品の杖を放り捨て、自分の杖を手に取った。


「ここからどうするの?」

「着陸はできない」


 カイダは自動小銃にマガジンを差し込みながら答えた。


「機体が撃墜される前に降下する」

「こうかって……」


 リュックを背負い、疑問符を浮かべるアキラに、カイダはそのまま下を指さした。


「基地にはたどり着けないが、島の上空まで来た段階で飛び降りれば、助かる可能性はある」

「飛び降りる?? 生身で!?」

「そうだ。パラシュートは兵員分しかない。君らはそれぞれ兵士と一緒に降りてもらう。いいな」


 有無を言わせずまくしたてた。姉弟が戸惑いがちに頷いた直後、衝撃が床を突き上げた。


 雷が機体左翼に直撃し、エンジンに引火。爆発したのだ。

 コントロールを失った機体は、機首を右に急旋回させながら墜落していく。

 狭いハンガー内ではあらゆる物体が宙に浮き、ミキサーでかき混ぜられるようにぐちゃぐちゃに飛び交った。


「う……ぐ……!」

「ジロー!」


 上も下もわからない状態で、ジローは遠くに姉の声を聞いた。

 回転し続ける視界では固定されていた物資が吹き飛んで撒き散らされ、アーマーを着た兵士たちが壁や天井に激突している。

 その内の一人の背中によって手動レバーが倒されて、ハッチが開きだす。


「うわぁああ!!」


 近くにいた何人かの兵士がたちまち機外に吸い出されていった。


「くっ……!」


 ジローの小さな体もハッチに引き寄せられる。とっさに壁の手すりを掴む。

 強風に逆らいながら辺りを見回すが、アキラもパシパエも、どこにいるのかまったくわからなかった。

 既に機外に放り出されてしまったのか。それとも何かの下敷きになっているのか。


「ジローさん! 逃げ――」


 どこかでパシパエの声がしたとき、三度目の雷がハンガーを直撃した。


「ッ――」


 甲高い轟音が聴覚を奪い、視界が真っ白に染まる。

 機体は空中で真っ二つに割れた。続けざまに爆発、激しい炎が機内を包み、バラバラと空中分解していく。

 ジローが掴んだ手すりも剥がれ落ちて、気付けば彼は宙にいた。


「な――あ――!?」


 頭上で機体が崩壊する。

 舞い散る破片と黒煙を抜けると、はるか下に海が見えた。


「うっ――――!?」


 遅れてやってきた浮遊感に腹の底が縮み上がる。殴りつけるような強風が眼球や口の水分を弾き飛ばした。


「ウソだろッ――」


「こっちだ!!」


 パニックになりかけた時、傍らから大声がする。一人の兵士が落下しながらこちらに手を伸ばしていた。


「手を!」

「うう……く……ハイ!」


 手足をじたばたさせ、体をよじっていると、兵士はジローを捕まえて引き寄せてくれた。


「腹ばいの姿勢で、手足の力を抜け。膝を少し曲げて」


 無我夢中で言われた通りにする。すると次第に体勢が安定した。


「はぁっ……あ…………」

「落ち着いたか。あそこに島があるだろう」


 同じ体勢で兵士が指す先には、海に浮かぶ陸地があった。


「あれが本島だ。あそこに降りるぞ」


 彼の背中には、パラシュートを格納したパックが装備されている。

「地上が近づいたらこいつを開いて――」言いかけた刹那、閃光がすぐ側をかすめた。


「うっ――!?」


 遅れて空を割るような轟音。周囲からいくつもの悲鳴が聞こえる。

 ジローと同じように落下している兵士たちだった。


「ひっ――くるなっ!!」

「ぎぃあああ!!」


 上空からの狙い済ましたような雷が降り注いでくる。

 バシ! バシ!

 閃光に撃ち抜かれた兵士たちは瞬時に物言わぬ黒炭の塊となった。


「た、助けてくれッ……!!」


 近くにいた一人がこっちを見ていた。

 ジローはとっさに手を伸ばそうとしたが、両者の間に閃光が瞬く。彼が再び目を開けると、そこには既に、猛烈な火花に包まれた死体があるだけだった。


「まずい……」


 一緒に落ちていた兵士は即座にジローを自分の真下に突き落とした。

 直後、バシ! とまたすぐ耳元で音がする。


「あっ……!!」


 落雷は、背後の兵士が肉壁となりジローには直撃しなかった。

 焼け焦げたアーマーから煙を漏らしながら、弛緩(しかん)した亡骸がどすりともたれかかってくる。


「あ……うぅ……う……!」


 ジローはその重みを抱えながら、


「ク……ソ……ッ」


 背後にある地上との距離を確かめた。


 沖縄本島は、その面積の三分の一ほどの部分に建物など人工物があり、残りの部分はすべて深い森に包まれていた。

 いまジローの真下にあるのは森の方だった。


 観察している間にみるみる近づいてくる。巨大な緑の塊のようだった樹木たちが、葉の集合として捉えられるほどの距離になってきた頃。

 ジローは兵士のバックパックについたレバーを思い切り引っ張った。


「…………マジか」


 だが、パラシュートは開かない。レバーの基部が焼け焦げて、押し込んで再度引っ張っても、作動しなかった。


 ジローはそのまま自由落下で森に突っ込んだ。

 生い茂る葉を蹴散らし、幾本もの枝にぶち当たりながら減速。尖った枝先や木肌で服が切り裂かれ、視界にまばらな血が舞う。


「ぐ――はッ――!!」


 最後に、肺の空気をすべて押し出すような衝撃が襲った。ビキ、と背中で鈍い音がして、息ができなくなる。


「――――ッ……ォあぁ……」


 なんとか嗚咽をもらした時、目の前に焦茶色の地面があった。

 風音も雷音も止んだ。深い森の底には穏やかな静寂が満ちていた。




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