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アンダー・アース 終末姉弟生存記  作者: 遁遁拍子
第1章 地下シェルター
3/18

3 ジローの杖

 シェルター最下層。そこは暗く狭い通路と倉庫がどこまでも続く、無機質な空間である。

 元々は、第二層(居住エリア)に住む市民たちの使う道具や、食糧の備蓄、各設備の補修パーツや医薬品などが整理・保管されていた巨大倉庫だった。

 アキラとジローは現在、その一部を自分の生活空間に改装して住処としている。


「ちぇ……またダメかぁ」


 アキラが異獣との戦闘を終える一時間前、除染室の前で姉を見送ったジローは肩をすくめていた。「ついていくくらいいいじゃん。ねえ?」ブツクサ独りで文句を垂れながらもマスクを外し、防護服を更衣室に戻す。


「ま。いいや。ヨシ!」


 切り替えの速さも最下層(ここ)で生きていく上での処世術のひとつだった。

 

 古びたラジカセのスイッチを入れると、静まり返っていた廊下に陽気な音楽が流れ出す。


 選曲の理由は特にない。ジローはこれが何の曲か知らなかったが、強いて言うなら、曲調が底抜けに明るいのが気に入っていた。


「フンフンフン~、フフンフフンフフーン」


 鼻歌を歌いながら、姉の部屋に放り散らかされた服やタオルをカゴに入れていく。

   それらを洗濯室に持っていき、幾本ものロープでがんじがらめにされたオンボロ洗濯機に叩き込む。

 スイッチを入れると凄まじい音を立てて回転し始める。いまにもロープを引きちぎり、その場から逃げ出しそうな勢いだが、


「ウン、コイツはまだ整備は不要だな」


 洗濯室を後にし、次に倉庫から掃除機を引っ張り出してくる。

 不織布マスクを着け、右手に掃除機、左手にゴミ袋。背中にトングを背負った完全武装で廊下に繰り出す。

 掃除機を杖代わりに歩き、床に落ちた埃を吸い取りつつ、大きなゴミはトングで拾っていく。


「は、ばっくしょい!」


 ハウスダストアレルギーのジローには必須の日課だ。


 それから脚立を立てて、天井の換気扇の蓋を開ける。

 手袋とゴムヘラを装着し、フィルターにこびりついたゴミを削ぎ落としていく。

 このゴミは換気ダクトを通じて上層から入ってきている物だ。


 シェルターは全層に張り巡らされたダクトによって常に新しく綺麗な外気を循環させている。ただ、各層の間の清浄機が老朽化してきており、最近は微細な汚染物が最下層にも流れ込みつつあった。

 この問題を放置すれば身体はゆっくりとM線に侵されていく。現状、清浄機を直接修理しに行くのは困難なので、こまめなフィルター掃除で対策するしかなかった。


 掃除を終えたらすぐに手袋とゴムベラを、汚染ゴミ用の鉛袋に包んで捨てた。

 地下水を五重の濾過システムで除染し貯めているタンクから、水を一杯飲んで、ようやくひと息つく。


「ふぅ~……」


 最後に栽培室に向かった。


「はぁ~~……やっぱり太陽はサイコーだな!」


 白く眩い光を受け、大きく伸びをする。

 天井が高くひらけた栽培室は、このシェルター最下層で唯一、人工の日光を浴びられる空間だった。


 人間が地下で生活する上での問題はいくつかあるが、そのひとつが日光不足である。


 人は日光を浴びることで身体に必要な栄養素を作る。

 代表的なのはビタミンDなどだが、日光不足でそれらが作れなくなると骨が弱くなり、身体の発育にも支障が出る。

 ジローが歳の割に背が小さいことも、加えて足が悪いことも、

 成長期の大半を最下層で過ごしたことが原因だった。


「みんな今日も元気かぁ~?」


 ケージで仕切られた温室では数種類の野菜を水耕栽培している。


『オウ、ジロー待ってたぜ!』


 野菜の種子はシェルター建造当時から倉庫に保存されていたもので、いつの日か、地上に出ることを願った先人たちの遺産だった。


『遅いよ~』

『はやくほら、こっちに来て顔見せてちょうだい』

「ごめんごめん~、いまいくよ!」


 日光浴をしながら、茎をそっと撫で、葉の色を確かめる。

 ついでに野菜たちと会話(・・)するのがいつもの日課だった。


『今日もアキラに断られたのか?』

「そうなんだ……僕、もう12なのに、まだ狩りについてっちゃダメだって」


 もちろん全てジローの妄想だが、それを指摘する者もまた当然、ここにはいない。


『あれ絶対、意地張ってるよな~』

『何か説得する手を考えなきゃね』

『よし、今日の夕飯時に決行だ!』


 一通り見て回った頃、天井の光が少し弱くなり始めた。

 日光灯の時間設定が夜になったようだ。部屋全体がオレンジ色の光に包まれていく。


「そうだな――」


 壁に写る自分の影が大きく視界に伸びてくる。

 同時に、腹の底から何かが込み上げるのを察知したジローは、とっさに上を向いた。


「とあっ! あ~~し、ヨシ、セーフ!」


 気を紛らわす声を上げながら、こぼれかけた滴を眼球の奥にひっこめさせる。念の為、ぐいぐいと袖で目を拭うと、


「……じゃ……おやすみ! みんな。また明日」


 野菜たち(みんな)に別れを告げ、足早に栽培室を後にした。


 自室に戻ったジローは杖をベッドに放り投げ、そのまま奥の本棚に近づいた。その過程で積み上げられた本とガラクタの山がいくつか崩れたが、特に気にしなかった。

 あらかじめ決めていた一冊を引き抜く。

 ガラクタだらけの床に寝転がって、湿気で貼り付いた表紙の埃を払うと、題名があらわになった。


 『第二地球冒険記』。


 表紙の裏には美しい風景画がある。

 雄大な空と、山と森の大地。繊細な色調で描かれた大自然のちょうど真ん中で、黄金色の光が輝いている。

 隅に小さく文字が綴られていた。


『私にとっての世界がどれだけ変貌しても、変わらないものはある。

 あの光のためなら私はまだ生きられる』


 幼い頃から母が読み聞かせてくれた地上の本だ。

 地理や気候、生態系、汚染以前にあった各地の歴史や文化が事細かに描写されている。

 それらの大半は客観的な文章だったが、この表紙裏に書かれた小さな一文だけは、筆者の感情が溢れたような主観で記されていた。


「は~……やっぱりいいな~……地上は……!」


 ジローは床の上で目を瞑り、その風景を想像した。

 どこまでも広がる空。陽光に照らされ輝く大地。

 透明な川、緑の森、そこに住む多種多様な生き物たち……色とりどりの世界。


「母さんも……地上は空気が美味しいって言ってたもんなァ…………どんな味なんだろ。甘いのかな」


 薄く目を開けると、そこには灰色の天井があった。


「…………」


 ゆっくりと、視線をベッドに向ける。

 さっき投げた杖がポツンとそこにある。いつも肌身離さず持ち歩いている、母が残した形見。


 木製の柄には、蛇が絡みついたような黒い模様が刻まれている。

 持ちやすいように湾曲した杖頭は、蛇頭の彫刻となっていて、その口内には、親指大の美しい水晶石がはめ込まれていた。


 ジローはひとりで寝る時、いつもこの杖を抱いて寝ていた。

 そうすると不思議と心が安らぐのだ。木目の肌触りが人の手に似ているからかもしれない。

 まるで昔、母親の腕に抱かれていた頃のように、ぬくいのだ。


「ふぁ……」


 ちょうど自然な眠気がやってきたので、彼はそのままぎゅっと杖を抱きしめていた。

 まぶたの重みにまかせて、目を瞑ろうとしたその時……異変は起きた。


「…………ッな、あ!?」


 その現象は、彼の腕の中で起こっていた。

 杖の石が唐突に“光”を放ち始めた。



「…………ん?」


 同じ頃、帰り道を歩いていたアキラの頭上で、低く微かな震動が響いた。

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