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アンダー・アース 終末姉弟渡界記  作者: 遁遁拍子
第2章 黒界・日本
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24/55

11 離陸

Zephthel(ゼフセル) Khelkhaケルカqerawossoケラヲソ


  広大な灰色の街並みに、純白の鎧姿がひとつ。ビルの屋上から飛び降りる。

 直後、建物群の隙間から吹き上げる突風によって、その体は一気に上空へ押し上げられた。


 移動魔法を用いて距離を大幅ショートカットし、ターゲットがいると(おぼ)しきショッピングモールを視界に捉える。


「あれか……」


 すぐさま、魔石が装填された左手のガントレットを握り込み、

 遠距離の攻撃魔法を繰り出そうとする。


「……いや……“鍵の目”が巻き添えになるのはまずい」


 先程アキラたちを炙り出したような広範囲魔法では、建物を完全に吹き飛ばしてしまう。


「どうします? ホワイト」


 建物の下から、異獣の背中に優雅に腰掛けたドロメタスが声をかける。


「二手に分かれましょう。私は下から。ドロメタス殿は上を押さえてください」

「わかりましたわ」

「くれぐれも、目標の確保を最優先に」


 白騎士は念押ししてから、彼女と別れ、モール一階の入口に到達した。


 開けたフロアに入ると、大量の死体がまず目に入る。ドロメタスの使役した魔物たちだ。


 死体の奥には、二人の人影があった。

 一人は迷彩柄の装甲に身を包んだ大柄の兵士。なるほどやはり、ターゲットの護衛の黒界兵たちはまだ生き残りがいたようだ。

 そしてもう一人はというと、先程白騎士に屈辱的な行為を働いた姉弟の、姉の方だった。


「……なぜ傷が治っている」


 爆破したはずの足が生えていた。黒界の医療技術?

 いや、そんな芸当がまがい物の科学(・・・・・・・)で再現出来るはずがない。

 少女と兵士もこちらに気づき、何やら鋭い声で会話している。


「おい、質問に答えろ」


 白騎士はすぐに左の手のひらを彼らに向けた。


Ikachina(イカチナ) Defura(デフラ)


 まず兵士に対して、対人攻撃魔法を発動する。

 ガントレットにはめ込まれた魔石が詠唱音波に反応し、小さな紫電を弾けさせた。

 兵士の装甲が金属製であることを考慮して、金属透過の波長に調整したマイクロ波を放射する。


「うっ……!」


 対象が短く呻いた。この魔法は、生物に着弾すればほぼ確実・即座に死に至らしめる。


「ゥ――ア――」


 高出力波によって対象内の水分は急速に沸騰、水蒸気化して膨張し―――ほどなく、破裂した。


 ボシュッ!!


 焼けたアーマーの破片が散らばり、隣に立っていたアキラに、血飛沫が降りかかる。

 残った下半身が湯気を立てながら、血溜まりにべちゃりと倒れた。


「…………」

「貴様、どうやって足を治した」


 血臭がただよう中、肉塊を見下ろすアキラに再度尋ねる。


「いったい何者だ?」


 左手に再び魔力を込めながら……。


「まさか治癒魔法……いや……たしか彼女(・・)は使えなかったはず」


 と言いながら、既に掌を向けていた。

「……」アキラは未だうつむいて黙っている。


「ま……わからんならいい。死ね」


 詠唱を発そうとした瞬間。彼女の姿が消えた。


「ォ――アア――――!!」


 巨大な銃剣を振りかざし、飛びかかる。

 白騎士は左手を向かってくる刃に添えた。


「ッ……」


 ガリッ!! と金属が擦り合う鈍音が響く。

 力の方向を的確に捉えた手のひらが、刃を受け流した。

 予想外の事態にアキラは態勢を崩すが、すぐに再度、攻撃に移る。

 鋭い速度の刃が襲いかかるが、白騎士はそのすべてに反応し、体を逸らすのみで回避していた。

「くっ……!!」歯ぎしりしながらも攻撃の手は緩めない。フロアに続けざまの風切り音が響き、床が削れ、壁が砕ける。


「……凄まじい力だな」


 無傷の白騎士はいったん大きく跳躍し、距離を取った。


「これほどの身体性を持つ者は王国にも数える程しかいない。動きはまるで、素人だが」


 アキラほどではないが、その身のこなしは明らかに常人の域を越えていた。


「フゥ……フゥ……」


 汗を拭い、息を荒らげながら、銃剣をだらりと構え直すアキラ。

 身体の疲労は限界に近い。

 だが不思議と横になりたいとは思わなかった。

 彼女の紅い瞳は、いまだ煮えたぎるような憎悪に満ちている。

 白騎士は応じるように、軽く握った両手を顔の前で構え、直立ぎみのスタンスをとった。


「……?」


 《魔法使い》という言葉のイメージからはかけ離れた現代格闘的な構え。


Inegosイネゴス Irimiyanahakaイリミヤナハカ


 フロアにバチバチと激しい音が鳴り響く。白騎士の大理石のような全身が眩い紫電に包まれた。


「ふっ――」


 一方、屋上。救助機より降り立った兵士が、手斧を振るう。


「よっと」


 朱色のアーマーの両手がふわりと投げ放たれ、異獣たちの頭が次々に吹き飛んでいく。しかも数体同時に、十数メートル離れた場所から。


「すごい……」


 彼女の動きを観察し、ジローは気づいた。

 攻撃の瞬間、よく見ると彼女の手元に斧はなかった。振っているのは空の手で、斧はというと、袖口から伸びたワイヤーによって繋がれ、宙を舞っている。

 いわゆる鎖鎌のような状態。遠心力で速度と威力を増した刃を、遠く離れた異獣の頭部に正確に当てている。

 その精細な技術によって、彼女、ベスは屋上にぎっちり詰まっていた異獣を瞬く間に全滅させた。

 ブーメランのように戻ってきた手斧をキャッチすると、上空に両手で大きな丸サインを出した。


「オッケーでーす!」


 空中でホバリングしていた救助機が屋上に降りてくる。


「助かった……」


 ジローの傍らで、グレンが安堵の息を吐いた。


 翼の基部についたエンジンノズルを90度回転させ、救助機は屋上に垂直着陸をした。

 後部ハッチを開けると、兵士たちはすぐに荷物の詰め込みを始めた。

 パシパエも兵士に連れられ中に入っていく。


「ジローさん……」

「またあとでね」

「……どうかお気をつけて」


 ジローは彼女に軽く手を振ったあと、屋上にポツンと佇む扉の方を見た。


「ありゃ、あっちがターゲットだったの」


 戻ってきたベスがその様子を見ながらうなずいた。


「これで全員ですか?」

「いや……まだ下にふたり残ってる。部下と、彼の姉だ」

「姉?」


 彼女は隊長(カイダ)から現状を聞かされた。


「遅いな……」


 ジローが呟いたとき、屋上にスルリと細い物体が登ってきた。


 鈍色に光りながら、蛇のようにうねる鎖。

 救助機に向かって素早く伸びる。


「攻撃!」


 部下の一人が叫ぶ。鎖が機体を貫く寸前、ベスが素早く割って入り、手斧ではじき飛ばした。


「これは……」

「……あいつらだ!」


 驚愕するカイダに、ジローが叫ぶ。

 屋上の縁に突き刺さった鎖は、下からスルスルとローブ姿の女を引き上げてきた。


「あら……あらあら。こっちが当たりみたいね?」


 屋上に優雅に降り立つ女。その手には禍々しい形の杖が握られていた。


 一階フロア。全身を未知の魔法で包んだ白鎧は、次の瞬間ふっと姿を消した。


「ッ……!?」


 アキラは銃剣を構えて周囲を見渡す。バチッ、バチッ、という破裂音がだだっ広い1階フロアのそこかしこで響く。

 バチッ!

 すぐ耳元で音がして、振り向いた瞬間、フルフェイスの兜がすぐそこにあった。

 スリットの奥にある灰色の瞳と目が合う。


 拳を振り抜く白騎士。

 アキラはとっさに銃剣で防御しようとする。が、間に合わず、脇腹にもろに打ち込まれた拳は、あばら骨を砕き、内臓を破裂させ、


「が――は――っ!」


 彼女の体は為す術なく弾き飛ばされた。


 数枚の壁をぶち抜き、棚や机をいくつも弾き飛ばした後、柱に激突して止まる。

 フロアから、雑貨屋などが並ぶ店コーナーまで飛ばされていた。


「っ…………は……」


 朦朧とする意識の中、足音が近づいてくる。

 鎧姿が壁の穴を通り抜け、やってくる。


「くっ……」


 機械的な動作で再び拳を振り抜く。

 ギリギリで首をそらし、顔面への直撃を回避。背後で太い柱が砕け散った。

 床を転がりながら横方向に逃げるが、すかさず腹を蹴り上げられた。


「ぐあっ……!!」


 拳をくらった付近に衝撃が加わり、耐えきれない悲鳴が漏れた。

 吹っ飛ばされ、よたよたと崩れるアキラに、距離を詰めてくる白騎士。

「ク……!」アキラはとっさに受け身を取りながら、空中で身をよじり、逆手に持ち替えた銃剣を投擲(とうてき)した。


「ん……?」


 白騎士は身を仰け反らせあえなく回避する。

 だが距離をとる時間は確保できた。


「はぁ……ふぅ……」


 なんとか立ち上がり、ナイフを抜く。

 白騎士は再び隙のない構えをとり、ジリジリと近づいてくる。


「クソ…………」


 不意打ちも警戒されている。

 この距離では、上階に逃げるのも不可能だろう。

 それに上に逃げれば、ジローたちの方に白騎士(コイツ)を行かせてしまう。


「…………」


 自分が止めるしかない。

 いや……


 アキラの脳裏に、先ほどのニコロの姿がフラッシュバックする。


 ……私が殺してやる。


 もはや、勝ち目があるかなどはどうでもよくなっていた。


「…………」


 両者はジリジリと距離を測り合う。

 アキラは標的を分析する。

 あの鎧はかなり硬い。アキラの筋力で、全体重を乗せて踏みつけてもヒビしか入らなかった。

 この小さなナイフでは、思い切り突き立てても通る気はしない。

 なら狙うべきは鎧以外の部分。


 兜と鎧の隙間、首筋に狙いを定めた。

 ナイフを構え……瞬間、飛びかかる。


 反応した白騎士が右の拳を繰り出す。アキラは姿勢を低くし掻い潜り、懐に入った。

 そのまま切り揃えられた白髪が覗く首筋へ、一直線に刃を突き込む――――とそこで待ち構えていた左手に、あえなく受け止められた。


「ッ……」


 ぐいと引っ張られ、体勢を崩す。白騎士の右の拳がアキラの胸を貫く。


「が……ぅ……」


 肺と心臓がまとめて貫通される。ごぽりと血を吐きながら、鎧の腕を掴むが、


Ikachina(イカチナ) Kokuya(コクヤ)


 その時、白騎士の声が聞こえて――――アキラの視界は真っ黄色に染まった。


「アアアアアアアア!!!」


 閃光と轟音がフロアに響き渡る。

 衣服が一瞬で発火し、肌にこびりついていた血と汗が蒸発する。

 高電圧の放電がアキラの全身を焼き尽くす。けたたましい火花と炎に包まれ、彼女は十数秒間、ひたすら悲鳴を上げ続けるしかなかった。


「ァ……」


 ずるり、と腕が引き抜かれたとき、炭化した胸の穴からは一滴の血も流れなかった。

 黒く焦げた彼女の体は崩れるように倒れた。


「フン……」


 白騎士は腕を払うと、亡骸を一瞥して、頭上を見上げる。


「彼女は……やはり上か」


 あの変態女が仕事を果たしていればいいが……。

 思考は既に任務に切り替えていた。



「うふふふ……ごきげんよう……」


 屋上に降り立ったドロメタスは、飛行機をちらりと見て、それからジローの方に、粘着質な視線を向けた。


「…………??」


 なぜか背筋がぞわぞわして、困惑するジローの前に、ベスが立ちはだかる。


「キケンな矢印を向けられてるなァ、少年」


 彼女はジローを下がらせると、通信越しに「全員、救助機に乗せてください」に指示する。


「わかった」


 カイダはうなずき、即座に兵士たちは行動を開始した。


「行くぞ!」


 ジローはグレンによって抱えられ、為す術なく救助機に運ばれた。


「まっ、まだアキラが……」

「これ以上は待てない」


 そう言うカイダも、下にいる部下ニコロのことを思っていたが、この状況ではどうしようもない。


「逃がすと思いますか?」


 ドロメタスは冷たく呟き、屋上に杖を突き刺した。

 床から数本の鎖が発生すると、凄まじい速さで伸び、兵士たちに殺到する。

 続けざまに激しい金属音が響く。

 反応し、間に入ったベスが、全ての鎖を弾き返していた。


「逃がしてほしいな♪」

「あら……やりますわね」


 ドロメタスは一転して喜色を浮かべる。


「撃て!」


 カイダの声で一斉に自動小銃が放たれるが、彼女の足元から発生する鎖が完全に防御した。

 カラカラと銃弾が床に落ちる中、


「ではもう少し多くしていいかしら?」


 またもや杖の石が光を放つ。彼女の周囲の床を突き破り、さらに複数の鎖が追加される。


「あ~……それはちょっと……きびしいかも」


 ベスは手斧のグリップでヘルメットを掻いた。


「アキラはもうすぐ来る! お願い、あと少しだけ待ってください、隊長さん!」

「おいっ、暴れんなって!」


 狭い機内に運び込まれたジローは、グレンの肩の上で猛抗議していた。


「乗せるって約束しただろっ!」


 兵員を収容するカーゴに入るには、まず除染室を通る必要がある。内装は簡素な白一色だった。


「現実的に考えろ」


 カイダは部下に扉を閉めさせながら冷たく言い放つ。


「魔法使いに追いつかれた。この状況では救助は不可能だ。君ひとりの願望で、全員を危険に晒す気か」

「まだ、終わりじゃないよ。パシパエならあいつらをまとめて倒せる」


 ジローは確信を持った顔で粘るが、「駄目だ」と即答した。


「彼女は自分の魔法を制御できない。我々まで巻き添えを食らう」

「なら、僕たちであの魔法使いを倒す」

「そんなことは不可能だ」

「できるよ! 作戦を立てれば……」

「悪いがこれ以上君の話を聞く時間はない」


 嫌な役回りだ。カイダはため息をつき、ヘルメット越しに少年の大きな瞳を見下ろした。


「いまの君に、我々を止める権利はない。なぜかはわかるな」

「…………」

「君はいまこの場において最も無力で、守られている存在だからだ」


 そして、カイダには隊長として、この場にいる者の命を守り、任務を完遂する責任がある。

 たとえ部下と子どもを置いていくことになるとしても。

 割り切れないものを割り切る。その決断をするのが、彼の使命なのだ。


「……っ……」


 小脇に構えた麻酔銃を撃つ。ジローの細い胴体に、針が刺さった。


「貨物室に入れろ」

「あ……はい」


 ぐったりしたジローを抱え、グレンに預ける。


「……そういう力の話をするんだな」


 だが、彼はまだ諦めてはいなかった。「いてっ! おい!!」グレンの手に噛みつき、拘束をほどくと、機外への扉に走る。


「待て……!」

「…………」


 その必死な姿を、カイダは少し羨ましく思った。

 なんの意味もない行為。数秒後には取り押さえられるだけだ。

 ただ、いまこの瞬間、自分の気に食わない現実を否定したいがためだけの行為。なんて身勝手で、無責任な……。

 直後、その少年の頭は、追いついてきた兵士の銃床で容赦なく殴り伏せられた。

 


 そして彼の姉は、既に白騎士の足元で、黒焦げた亡骸となっていた。


 一階フロアの中心には、二階に繋がる吹き抜けがある。天井から激しい金属音が連続して響いて、パラパラと破片が降ってきている。


「……どうやら……真面目に戦ってはいるらしいな」


 白騎士はドロメタスの加勢に向かうため、吹き抜けを利用し、上階へ移動しようとした。

 だが膝を屈めたその瞬間、身体が急に重くなる。


「ん?」


 白い鎧の胸部に、二本の腕が巻きついていた。

 さらに、しなやかな筋肉がついた脚が背後から伸び、腹部の前で交差する。


「……バカな……」


 振り向こうとしたその首筋に、歯が噛み付いた。


「ぐぅっ……!?」


 倒れたはずのアキラだった。両腕と腰をがっちりホールドされ、引き剥がせない。むしろ凄まじい筋力で鎧がミシミシと悲鳴を上げる。


「ゥゥゥゥ――――!!」


 獣じみた唸りを上げながら、兜の隙間から覗く白い髪ごと、肉を噛みちぎられた。


「――――ッぁああああ!!」


 鮮血で白い鎧が真っ赤に染まる。


「ぅう……ぐ……ぅ」


 膝をつき、首を抑えてうめく白騎士を見下ろしながら、彼女は咀嚼した血と肉をゆっくり飲み込んだ。

 胸に空いた大穴がみるみる塞がる。焼け焦げた肌を修復するとともに、元のきめ細かな白さを取り戻していく。


「なんだッ……お前は……!」



「あなた黒界人なのに……まるで魔法みたいな技術を使うのねぇ」


 ドロメタスが魔法を発動した瞬間、けたたましい雄叫びが下から響き渡ってきた。


「ン……?」


 地鳴りのような衝撃波とともに彼女の足元がぐらぐらと揺れる。

 しかし魔法は続行され、屋上から七本の鎖が伸び、救助機に殺到した。


「ほわっ、たっ」


 ベスがそのうち五本を手斧で弾くが、残りの二本は機体の羽と、胴体部に突き刺さった。


「あっちゃあ……!」


 すぐさま、その二本も切り落とす。


「やっちゃった……」

「ふふ……きっと……血の滲むような鍛錬をしてきたのでしょうねぇ」


 ドロメタスの口調には明確な敬意が含まれていた。


「……それでもこの程度とは、可哀想に」

「ふーむ……」


 その足元をベスは観察していた。

 先ほどの攻撃の後から、床のひび割れが徐々に大きくなってきている。

 魔法によって鎖に変えられた分、元のコンクリートが削れていき、次第にその形を保っていられなくなっているのだ。


「ん~……そろそろかな……」


 手斧を折り畳んで前腕装甲に格納すると、素早く救助機の上に飛び乗った。

 両翼と尾翼のターボファン・エンジンが作動し、周囲の空気を震わせ始める。


「あら? いってしまうの? せっかく熱くなってきたのに……!!」


 離陸していく機体に、ドロメタスはすかさず鎖を伸ばす。

 だがその鋭利な先端が到達する寸前、突如として彼女の足元がたわんだ。


「ッ……??」


 ボシュッ、ボシュッと続けざまに頭上から銃声が響く。

 機体の上からベスがグレネードランチャーを撃っていた。


「……えー……」


 回転式弾倉から吐き出された(りゅう)弾は、放物線を描いて屋上に当たると、爆発を起こす。その衝撃は劣化した床に深刻なダメージを与え、ついには鉄筋を破断し、崩落を始めさせた。


「バイバイお姉さん!」

「……そういう感じですのね……」


 床のコンクリートを“根”として発生していた鎖たちがボロボロと消失する。

 金属が裂ける甲高い音が響く中、ドロメタスは白けた微笑みを浮かべたまま、大量の瓦礫とともに階下に落ちていった。

 ベスはランチャーを下ろし、崩落していくショッピングモールを眺めて一息ついた。


「ふぅ……脱出かんりょー……」



 一方、一階では天井が次々に落下してきて、壁が崩れ始めていた。


「ッ……!?」


 アキラが目を覚ますと、血溜まりに素っ裸で寝ていた。

 傷は跡形なく完治して、傍らには真っ赤に染まった鎧姿が倒れている。


「ううっ……さむっ……」


 震えながら立ち上がったアキラは、ボロボロのフロアから戦闘前に置いたリュックを見つけ出した。

 幸い荷物に被害は及んでおらず、中には替えの服が残っていた。

 いそいそと着替える最中も、天井からは絶えず瓦礫と破片が落ちてくる。


「何が起きてんのよっ」


 上着を羽織って、ナイフを拾い、壁に刺さった猟銃を引き抜いた。

 すぐに建物を脱出しようとしたところで、ニコロの亡骸が目に入った。


「…………」


 持って上がることはできそうにないが、ただここに置いていくのも気に病まれる。

 少し考えた末、《06》という彼のナンバーが刻まれた胸部装甲の欠片を切り取っていくことにした。


「……クソ……」


 リュックに遺品を入れながら無力感に苛まれる。

 ふとシェルターにいた頃、目の前で友達を失った気分を思い出した。

 鬱屈とした思いのまま、破片を避け、モールから脱出する。

 空を見上げると、救助機らしき黒い機体が既に離陸していた。


「ま、マジ……?? おーい!!」


 両手を振って呼びかけるが、崩落音でまったく気づく気配もない。


「……そんな……ッ」


 置いていかれた。一瞬、絶望感が胸を染め上げる。

 ただ、彼女の手には、まだジローのフックガンがあった。

 すぐさま近くの建物に登り、見える範囲で最も高い建築物を探す。目測100メートルほどの、赤いパイプ構造のタワーが目に入った。

 救助機が頭上を通りかかったとき、アキラはそのタワーの頂上に駆け上がり、全力で踏み切った。


「ふッ…………!!」


 タワーの展望台が陥没するほどの超人的脚力で跳び上がる。

 さらに、空中でフックガンの狙いを定め、撃った。


「とどけっ……!!」


 渾身の叫びが叶い、フックは機体の尾翼に突き刺さった。

 すぐさま巻き取りを開始する。だがモーターが動き出した瞬間、装置はギシギシと軋み始めた。


「ぐっ……」


 耐久力がもたない。固定具が弾け飛び、瞬く間に分解していく。

 表情をゆがめるアキラの目の前を、鋭い何かが掠めた。


 それは小ぶりな斧で、救助機の上からワイヤーで繋がって、持てと言わんばかりに垂らされていた。


「っ……!!」


 アキラはとっさにその斧に飛び移った。すると、急速に引き上げられていく。


「いや~! スッゴいねあなた。ここまで跳んでくるなんて……ビックリしちゃった」


 機体の上では、朱色のアーマーを着た兵士が待っていた。ヘルメットで顔は見えないが、声からして、若い女のようだ。


「もしかして、あなたが例のお姉ちゃん?」

「…………あんたは……」


 伸ばされた手を掴むと、機体の上に引っ張り上げてくれた。


「私はエリザベス。歳近そうだしィ、気軽にベスって呼んで♪」


「救助完了しました」彼女が通信機に吹き込むと、救助機はゆるやかに上昇を始める。


「あなたのお名前は?」


 ベスと名乗る兵士は、まるで初対面のクラスメイトに聞くようなトーンで尋ねてくる。

 眼下では、ようやく見慣れた廃墟の街なみが、どんどん小さくなっていく。


「私は……アキラよ」

 

 血に濡れた髪が、風になびいて固く乾いていく。

 街なみは、もう巨大な陸地の輪郭をかたどる一部と化し、その外にはさらに果てしない海が広がっていた。

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