11 離陸
「Zephthel Khelkhaqerawosso」
広大な灰色の街並みに、純白の鎧姿がひとつ。ビルの屋上から飛び降りる。
直後、建物群の隙間から吹き上げる突風によって、その体は一気に上空へ押し上げられた。
移動魔法を用いて距離を大幅ショートカットし、ターゲットがいると思しきショッピングモールを視界に捉える。
「あれか……」
すぐさま、魔石が装填された左手のガントレットを握り込み、
遠距離の攻撃魔法を繰り出そうとする。
「……いや……“鍵の目”が巻き添えになるのはまずい」
先程アキラたちを炙り出したような広範囲魔法では、建物を完全に吹き飛ばしてしまう。
「どうします? ホワイト」
建物の下から、異獣の背中に優雅に腰掛けたドロメタスが声をかける。
「二手に分かれましょう。私は下から。ドロメタス殿は上を押さえてください」
「わかりましたわ」
「くれぐれも、目標の確保を最優先に」
白騎士は念押ししてから、彼女と別れ、モール一階の入口に到達した。
開けたフロアに入ると、大量の死体がまず目に入る。ドロメタスの使役した魔物たちだ。
死体の奥には、二人の人影があった。
一人は迷彩柄の装甲に身を包んだ大柄の兵士。なるほどやはり、ターゲットの護衛の黒界兵たちはまだ生き残りがいたようだ。
そしてもう一人はというと、先程白騎士に屈辱的な行為を働いた姉弟の、姉の方だった。
「……なぜ傷が治っている」
爆破したはずの足が生えていた。黒界の医療技術?
いや、そんな芸当がまがい物の科学で再現出来るはずがない。
少女と兵士もこちらに気づき、何やら鋭い声で会話している。
「おい、質問に答えろ」
白騎士はすぐに左の手のひらを彼らに向けた。
「Ikachina Defura」
まず兵士に対して、対人攻撃魔法を発動する。
ガントレットにはめ込まれた魔石が詠唱音波に反応し、小さな紫電を弾けさせた。
兵士の装甲が金属製であることを考慮して、金属透過の波長に調整したマイクロ波を放射する。
「うっ……!」
対象が短く呻いた。この魔法は、生物に着弾すればほぼ確実・即座に死に至らしめる。
「ゥ――ア――」
高出力波によって対象内の水分は急速に沸騰、水蒸気化して膨張し―――ほどなく、破裂した。
ボシュッ!!
焼けたアーマーの破片が散らばり、隣に立っていたアキラに、血飛沫が降りかかる。
残った下半身が湯気を立てながら、血溜まりにべちゃりと倒れた。
「…………」
「貴様、どうやって足を治した」
血臭がただよう中、肉塊を見下ろすアキラに再度尋ねる。
「いったい何者だ?」
左手に再び魔力を込めながら……。
「まさか治癒魔法……いや……たしか彼女は使えなかったはず」
と言いながら、既に掌を向けていた。
「……」アキラは未だうつむいて黙っている。
「ま……わからんならいい。死ね」
詠唱を発そうとした瞬間。彼女の姿が消えた。
「ォ――アア――――!!」
巨大な銃剣を振りかざし、飛びかかる。
白騎士は左手を向かってくる刃に添えた。
「ッ……」
ガリッ!! と金属が擦り合う鈍音が響く。
力の方向を的確に捉えた手のひらが、刃を受け流した。
予想外の事態にアキラは態勢を崩すが、すぐに再度、攻撃に移る。
鋭い速度の刃が襲いかかるが、白騎士はそのすべてに反応し、体を逸らすのみで回避していた。
「くっ……!!」歯ぎしりしながらも攻撃の手は緩めない。フロアに続けざまの風切り音が響き、床が削れ、壁が砕ける。
「……凄まじい力だな」
無傷の白騎士はいったん大きく跳躍し、距離を取った。
「これほどの身体性を持つ者は王国にも数える程しかいない。動きはまるで、素人だが」
アキラほどではないが、その身のこなしは明らかに常人の域を越えていた。
「フゥ……フゥ……」
汗を拭い、息を荒らげながら、銃剣をだらりと構え直すアキラ。
身体の疲労は限界に近い。
だが不思議と横になりたいとは思わなかった。
彼女の紅い瞳は、いまだ煮えたぎるような憎悪に満ちている。
白騎士は応じるように、軽く握った両手を顔の前で構え、直立ぎみのスタンスをとった。
「……?」
《魔法使い》という言葉のイメージからはかけ離れた現代格闘的な構え。
「Inegos Irimiyanahaka」
フロアにバチバチと激しい音が鳴り響く。白騎士の大理石のような全身が眩い紫電に包まれた。
「ふっ――」
一方、屋上。救助機より降り立った兵士が、手斧を振るう。
「よっと」
朱色のアーマーの両手がふわりと投げ放たれ、異獣たちの頭が次々に吹き飛んでいく。しかも数体同時に、十数メートル離れた場所から。
「すごい……」
彼女の動きを観察し、ジローは気づいた。
攻撃の瞬間、よく見ると彼女の手元に斧はなかった。振っているのは空の手で、斧はというと、袖口から伸びたワイヤーによって繋がれ、宙を舞っている。
いわゆる鎖鎌のような状態。遠心力で速度と威力を増した刃を、遠く離れた異獣の頭部に正確に当てている。
その精細な技術によって、彼女、ベスは屋上にぎっちり詰まっていた異獣を瞬く間に全滅させた。
ブーメランのように戻ってきた手斧をキャッチすると、上空に両手で大きな丸サインを出した。
「オッケーでーす!」
空中でホバリングしていた救助機が屋上に降りてくる。
「助かった……」
ジローの傍らで、グレンが安堵の息を吐いた。
翼の基部についたエンジンノズルを90度回転させ、救助機は屋上に垂直着陸をした。
後部ハッチを開けると、兵士たちはすぐに荷物の詰め込みを始めた。
パシパエも兵士に連れられ中に入っていく。
「ジローさん……」
「またあとでね」
「……どうかお気をつけて」
ジローは彼女に軽く手を振ったあと、屋上にポツンと佇む扉の方を見た。
「ありゃ、あっちがターゲットだったの」
戻ってきたベスがその様子を見ながらうなずいた。
「これで全員ですか?」
「いや……まだ下にふたり残ってる。部下と、彼の姉だ」
「姉?」
彼女は隊長から現状を聞かされた。
「遅いな……」
ジローが呟いたとき、屋上にスルリと細い物体が登ってきた。
鈍色に光りながら、蛇のようにうねる鎖。
救助機に向かって素早く伸びる。
「攻撃!」
部下の一人が叫ぶ。鎖が機体を貫く寸前、ベスが素早く割って入り、手斧ではじき飛ばした。
「これは……」
「……あいつらだ!」
驚愕するカイダに、ジローが叫ぶ。
屋上の縁に突き刺さった鎖は、下からスルスルとローブ姿の女を引き上げてきた。
「あら……あらあら。こっちが当たりみたいね?」
屋上に優雅に降り立つ女。その手には禍々しい形の杖が握られていた。
一階フロア。全身を未知の魔法で包んだ白鎧は、次の瞬間ふっと姿を消した。
「ッ……!?」
アキラは銃剣を構えて周囲を見渡す。バチッ、バチッ、という破裂音がだだっ広い1階フロアのそこかしこで響く。
バチッ!
すぐ耳元で音がして、振り向いた瞬間、フルフェイスの兜がすぐそこにあった。
スリットの奥にある灰色の瞳と目が合う。
拳を振り抜く白騎士。
アキラはとっさに銃剣で防御しようとする。が、間に合わず、脇腹にもろに打ち込まれた拳は、あばら骨を砕き、内臓を破裂させ、
「が――は――っ!」
彼女の体は為す術なく弾き飛ばされた。
数枚の壁をぶち抜き、棚や机をいくつも弾き飛ばした後、柱に激突して止まる。
フロアから、雑貨屋などが並ぶ店コーナーまで飛ばされていた。
「っ…………は……」
朦朧とする意識の中、足音が近づいてくる。
鎧姿が壁の穴を通り抜け、やってくる。
「くっ……」
機械的な動作で再び拳を振り抜く。
ギリギリで首をそらし、顔面への直撃を回避。背後で太い柱が砕け散った。
床を転がりながら横方向に逃げるが、すかさず腹を蹴り上げられた。
「ぐあっ……!!」
拳をくらった付近に衝撃が加わり、耐えきれない悲鳴が漏れた。
吹っ飛ばされ、よたよたと崩れるアキラに、距離を詰めてくる白騎士。
「ク……!」アキラはとっさに受け身を取りながら、空中で身をよじり、逆手に持ち替えた銃剣を投擲した。
「ん……?」
白騎士は身を仰け反らせあえなく回避する。
だが距離をとる時間は確保できた。
「はぁ……ふぅ……」
なんとか立ち上がり、ナイフを抜く。
白騎士は再び隙のない構えをとり、ジリジリと近づいてくる。
「クソ…………」
不意打ちも警戒されている。
この距離では、上階に逃げるのも不可能だろう。
それに上に逃げれば、ジローたちの方に白騎士を行かせてしまう。
「…………」
自分が止めるしかない。
いや……
アキラの脳裏に、先ほどのニコロの姿がフラッシュバックする。
……私が殺してやる。
もはや、勝ち目があるかなどはどうでもよくなっていた。
「…………」
両者はジリジリと距離を測り合う。
アキラは標的を分析する。
あの鎧はかなり硬い。アキラの筋力で、全体重を乗せて踏みつけてもヒビしか入らなかった。
この小さなナイフでは、思い切り突き立てても通る気はしない。
なら狙うべきは鎧以外の部分。
兜と鎧の隙間、首筋に狙いを定めた。
ナイフを構え……瞬間、飛びかかる。
反応した白騎士が右の拳を繰り出す。アキラは姿勢を低くし掻い潜り、懐に入った。
そのまま切り揃えられた白髪が覗く首筋へ、一直線に刃を突き込む――――とそこで待ち構えていた左手に、あえなく受け止められた。
「ッ……」
ぐいと引っ張られ、体勢を崩す。白騎士の右の拳がアキラの胸を貫く。
「が……ぅ……」
肺と心臓がまとめて貫通される。ごぽりと血を吐きながら、鎧の腕を掴むが、
「Ikachina Kokuya」
その時、白騎士の声が聞こえて――――アキラの視界は真っ黄色に染まった。
「アアアアアアアア!!!」
閃光と轟音がフロアに響き渡る。
衣服が一瞬で発火し、肌にこびりついていた血と汗が蒸発する。
高電圧の放電がアキラの全身を焼き尽くす。けたたましい火花と炎に包まれ、彼女は十数秒間、ひたすら悲鳴を上げ続けるしかなかった。
「ァ……」
ずるり、と腕が引き抜かれたとき、炭化した胸の穴からは一滴の血も流れなかった。
黒く焦げた彼女の体は崩れるように倒れた。
「フン……」
白騎士は腕を払うと、亡骸を一瞥して、頭上を見上げる。
「彼女は……やはり上か」
あの変態女が仕事を果たしていればいいが……。
思考は既に任務に切り替えていた。
「うふふふ……ごきげんよう……」
屋上に降り立ったドロメタスは、飛行機をちらりと見て、それからジローの方に、粘着質な視線を向けた。
「…………??」
なぜか背筋がぞわぞわして、困惑するジローの前に、ベスが立ちはだかる。
「キケンな矢印を向けられてるなァ、少年」
彼女はジローを下がらせると、通信越しに「全員、救助機に乗せてください」に指示する。
「わかった」
カイダはうなずき、即座に兵士たちは行動を開始した。
「行くぞ!」
ジローはグレンによって抱えられ、為す術なく救助機に運ばれた。
「まっ、まだアキラが……」
「これ以上は待てない」
そう言うカイダも、下にいる部下ニコロのことを思っていたが、この状況ではどうしようもない。
「逃がすと思いますか?」
ドロメタスは冷たく呟き、屋上に杖を突き刺した。
床から数本の鎖が発生すると、凄まじい速さで伸び、兵士たちに殺到する。
続けざまに激しい金属音が響く。
反応し、間に入ったベスが、全ての鎖を弾き返していた。
「逃がしてほしいな♪」
「あら……やりますわね」
ドロメタスは一転して喜色を浮かべる。
「撃て!」
カイダの声で一斉に自動小銃が放たれるが、彼女の足元から発生する鎖が完全に防御した。
カラカラと銃弾が床に落ちる中、
「ではもう少し多くしていいかしら?」
またもや杖の石が光を放つ。彼女の周囲の床を突き破り、さらに複数の鎖が追加される。
「あ~……それはちょっと……きびしいかも」
ベスは手斧のグリップでヘルメットを掻いた。
「アキラはもうすぐ来る! お願い、あと少しだけ待ってください、隊長さん!」
「おいっ、暴れんなって!」
狭い機内に運び込まれたジローは、グレンの肩の上で猛抗議していた。
「乗せるって約束しただろっ!」
兵員を収容するカーゴに入るには、まず除染室を通る必要がある。内装は簡素な白一色だった。
「現実的に考えろ」
カイダは部下に扉を閉めさせながら冷たく言い放つ。
「魔法使いに追いつかれた。この状況では救助は不可能だ。君ひとりの願望で、全員を危険に晒す気か」
「まだ、終わりじゃないよ。パシパエならあいつらをまとめて倒せる」
ジローは確信を持った顔で粘るが、「駄目だ」と即答した。
「彼女は自分の魔法を制御できない。我々まで巻き添えを食らう」
「なら、僕たちであの魔法使いを倒す」
「そんなことは不可能だ」
「できるよ! 作戦を立てれば……」
「悪いがこれ以上君の話を聞く時間はない」
嫌な役回りだ。カイダはため息をつき、ヘルメット越しに少年の大きな瞳を見下ろした。
「いまの君に、我々を止める権利はない。なぜかはわかるな」
「…………」
「君はいまこの場において最も無力で、守られている存在だからだ」
そして、カイダには隊長として、この場にいる者の命を守り、任務を完遂する責任がある。
たとえ部下と子どもを置いていくことになるとしても。
割り切れないものを割り切る。その決断をするのが、彼の使命なのだ。
「……っ……」
小脇に構えた麻酔銃を撃つ。ジローの細い胴体に、針が刺さった。
「貨物室に入れろ」
「あ……はい」
ぐったりしたジローを抱え、グレンに預ける。
「……そういう力の話をするんだな」
だが、彼はまだ諦めてはいなかった。「いてっ! おい!!」グレンの手に噛みつき、拘束をほどくと、機外への扉に走る。
「待て……!」
「…………」
その必死な姿を、カイダは少し羨ましく思った。
なんの意味もない行為。数秒後には取り押さえられるだけだ。
ただ、いまこの瞬間、自分の気に食わない現実を否定したいがためだけの行為。なんて身勝手で、無責任な……。
直後、その少年の頭は、追いついてきた兵士の銃床で容赦なく殴り伏せられた。
そして彼の姉は、既に白騎士の足元で、黒焦げた亡骸となっていた。
一階フロアの中心には、二階に繋がる吹き抜けがある。天井から激しい金属音が連続して響いて、パラパラと破片が降ってきている。
「……どうやら……真面目に戦ってはいるらしいな」
白騎士はドロメタスの加勢に向かうため、吹き抜けを利用し、上階へ移動しようとした。
だが膝を屈めたその瞬間、身体が急に重くなる。
「ん?」
白い鎧の胸部に、二本の腕が巻きついていた。
さらに、しなやかな筋肉がついた脚が背後から伸び、腹部の前で交差する。
「……バカな……」
振り向こうとしたその首筋に、歯が噛み付いた。
「ぐぅっ……!?」
倒れたはずのアキラだった。両腕と腰をがっちりホールドされ、引き剥がせない。むしろ凄まじい筋力で鎧がミシミシと悲鳴を上げる。
「ゥゥゥゥ――――!!」
獣じみた唸りを上げながら、兜の隙間から覗く白い髪ごと、肉を噛みちぎられた。
「――――ッぁああああ!!」
鮮血で白い鎧が真っ赤に染まる。
「ぅう……ぐ……ぅ」
膝をつき、首を抑えてうめく白騎士を見下ろしながら、彼女は咀嚼した血と肉をゆっくり飲み込んだ。
胸に空いた大穴がみるみる塞がる。焼け焦げた肌を修復するとともに、元のきめ細かな白さを取り戻していく。
「なんだッ……お前は……!」
「あなた黒界人なのに……まるで魔法みたいな技術を使うのねぇ」
ドロメタスが魔法を発動した瞬間、けたたましい雄叫びが下から響き渡ってきた。
「ン……?」
地鳴りのような衝撃波とともに彼女の足元がぐらぐらと揺れる。
しかし魔法は続行され、屋上から七本の鎖が伸び、救助機に殺到した。
「ほわっ、たっ」
ベスがそのうち五本を手斧で弾くが、残りの二本は機体の羽と、胴体部に突き刺さった。
「あっちゃあ……!」
すぐさま、その二本も切り落とす。
「やっちゃった……」
「ふふ……きっと……血の滲むような鍛錬をしてきたのでしょうねぇ」
ドロメタスの口調には明確な敬意が含まれていた。
「……それでもこの程度とは、可哀想に」
「ふーむ……」
その足元をベスは観察していた。
先ほどの攻撃の後から、床のひび割れが徐々に大きくなってきている。
魔法によって鎖に変えられた分、元のコンクリートが削れていき、次第にその形を保っていられなくなっているのだ。
「ん~……そろそろかな……」
手斧を折り畳んで前腕装甲に格納すると、素早く救助機の上に飛び乗った。
両翼と尾翼のターボファン・エンジンが作動し、周囲の空気を震わせ始める。
「あら? いってしまうの? せっかく熱くなってきたのに……!!」
離陸していく機体に、ドロメタスはすかさず鎖を伸ばす。
だがその鋭利な先端が到達する寸前、突如として彼女の足元がたわんだ。
「ッ……??」
ボシュッ、ボシュッと続けざまに頭上から銃声が響く。
機体の上からベスがグレネードランチャーを撃っていた。
「……えー……」
回転式弾倉から吐き出された榴弾は、放物線を描いて屋上に当たると、爆発を起こす。その衝撃は劣化した床に深刻なダメージを与え、ついには鉄筋を破断し、崩落を始めさせた。
「バイバイお姉さん!」
「……そういう感じですのね……」
床のコンクリートを“根”として発生していた鎖たちがボロボロと消失する。
金属が裂ける甲高い音が響く中、ドロメタスは白けた微笑みを浮かべたまま、大量の瓦礫とともに階下に落ちていった。
ベスはランチャーを下ろし、崩落していくショッピングモールを眺めて一息ついた。
「ふぅ……脱出かんりょー……」
一方、一階では天井が次々に落下してきて、壁が崩れ始めていた。
「ッ……!?」
アキラが目を覚ますと、血溜まりに素っ裸で寝ていた。
傷は跡形なく完治して、傍らには真っ赤に染まった鎧姿が倒れている。
「ううっ……さむっ……」
震えながら立ち上がったアキラは、ボロボロのフロアから戦闘前に置いたリュックを見つけ出した。
幸い荷物に被害は及んでおらず、中には替えの服が残っていた。
いそいそと着替える最中も、天井からは絶えず瓦礫と破片が落ちてくる。
「何が起きてんのよっ」
上着を羽織って、ナイフを拾い、壁に刺さった猟銃を引き抜いた。
すぐに建物を脱出しようとしたところで、ニコロの亡骸が目に入った。
「…………」
持って上がることはできそうにないが、ただここに置いていくのも気に病まれる。
少し考えた末、《06》という彼のナンバーが刻まれた胸部装甲の欠片を切り取っていくことにした。
「……クソ……」
リュックに遺品を入れながら無力感に苛まれる。
ふとシェルターにいた頃、目の前で友達を失った気分を思い出した。
鬱屈とした思いのまま、破片を避け、モールから脱出する。
空を見上げると、救助機らしき黒い機体が既に離陸していた。
「ま、マジ……?? おーい!!」
両手を振って呼びかけるが、崩落音でまったく気づく気配もない。
「……そんな……ッ」
置いていかれた。一瞬、絶望感が胸を染め上げる。
ただ、彼女の手には、まだジローのフックガンがあった。
すぐさま近くの建物に登り、見える範囲で最も高い建築物を探す。目測100メートルほどの、赤いパイプ構造のタワーが目に入った。
救助機が頭上を通りかかったとき、アキラはそのタワーの頂上に駆け上がり、全力で踏み切った。
「ふッ…………!!」
タワーの展望台が陥没するほどの超人的脚力で跳び上がる。
さらに、空中でフックガンの狙いを定め、撃った。
「とどけっ……!!」
渾身の叫びが叶い、フックは機体の尾翼に突き刺さった。
すぐさま巻き取りを開始する。だがモーターが動き出した瞬間、装置はギシギシと軋み始めた。
「ぐっ……」
耐久力がもたない。固定具が弾け飛び、瞬く間に分解していく。
表情をゆがめるアキラの目の前を、鋭い何かが掠めた。
それは小ぶりな斧で、救助機の上からワイヤーで繋がって、持てと言わんばかりに垂らされていた。
「っ……!!」
アキラはとっさにその斧に飛び移った。すると、急速に引き上げられていく。
「いや~! スッゴいねあなた。ここまで跳んでくるなんて……ビックリしちゃった」
機体の上では、朱色のアーマーを着た兵士が待っていた。ヘルメットで顔は見えないが、声からして、若い女のようだ。
「もしかして、あなたが例のお姉ちゃん?」
「…………あんたは……」
伸ばされた手を掴むと、機体の上に引っ張り上げてくれた。
「私はエリザベス。歳近そうだしィ、気軽にベスって呼んで♪」
「救助完了しました」彼女が通信機に吹き込むと、救助機はゆるやかに上昇を始める。
「あなたのお名前は?」
ベスと名乗る兵士は、まるで初対面のクラスメイトに聞くようなトーンで尋ねてくる。
眼下では、ようやく見慣れた廃墟の街なみが、どんどん小さくなっていく。
「私は……アキラよ」
血に濡れた髪が、風になびいて固く乾いていく。
街なみは、もう巨大な陸地の輪郭をかたどる一部と化し、その外にはさらに果てしない海が広がっていた。




