10 廃モール攻防
港に浮かぶ人工島の廃墟街。その中心部は光の柱によって一面が焼き払われ、瓦礫の山と化している。
「ホワイト、ターゲットを見つけましたわ」
道路に突き立てた杖の前で目を瞑っていたドロメタスは、ふと顔を上げそう言った。
「ここから約一キロの大きな建物に入りました。異獣を送り込んで袋小路にいたしましょう」
彼女は先ほど発動した魔法により、街中に散らばった異獣を操作し、その目を介して目標を探知していた。
薄い笑みをたたえて「消耗させたところを、とどめは私が」と付け加えるのも忘れない。
「……わかりました」
白騎士は腰掛けていた瓦礫から立ち上がる。
「すぐに向かいましょう」
「まあ、そう焦らなくても……ゆっくり狩りを楽しみましょうよ」
「楽しむ……万一逃したらどうするんですか」
「そうなったら、もっと長く楽しめるじゃない~。結局最後は殺すのですから、ちょっとくらい手心を加えても良いでしょう?」
「良いわけがないですよ」
そう言う白騎士も、まさか少女がドロメタスの作った異獣の包囲網から逃れられるとは思っていない。
いくら鍵の目を持つものと言えど、彼女はまだ子どもだし、杖すら持っていないのだ。
「…………」
ただ……一方で何か言いえぬ不安感もある。
そう違和感は、彼女が逃げ込んだ建物だ。
狩人から逃げる獲物が、普通わざわざ、あんな目立つ場所に向かうだろうか。
「なにか……あそこにある」
数秒のうちに白騎士の疑念は確信に変わっていた。
「やはり我々も向かいましょう」
「えェ~」
「……我々のまだ知らない要素が……その場所にまだ隠れていると思われます」
そう、ふたりの魔法使いは、この地に黒界兵士たちの生き残りがいることに、まだ気づいていないのだ。
※
やっぱり異獣を殺すのは簡単だ。
アキラは、既に血にまみれた銃剣を振るいながら思っていた。
「ォアアア――!!」
モールの入口から入ってくる、奴らの首を斬る。頭を突き刺す。踏み潰す。叩きつける。
もはやパターン化されてきた最適の動きで、彼らを葬っていく。
そこに何の感情もなかった。
兵士を殺したときとは違って。
ドッ、と異獣の首を切り落とすとき、不意にあの感触がフラッシュバックする。
異獣よりもはるかに脆い首だった。もう少し手加減していれば……たとえば、銃剣ではなく素手で殴っていれば、彼を死なせずに制圧することもできたのかもしれない。
ずきり、とまた締め付けられるような痛みが込み上げる。先ほどよりも強くなっている。
「クソッ……!」
異獣を斬り伏せ、思考を振り払う。
こんな軟弱な考えをしてしまうのは、ジローが兵士を説得したのを見たからだろう。
だが、違うのだ。最初に彼らと会った時は、自分は最適な行動をした。相手の命まで配慮する余裕などなかった。
そもそも、そんなことを気にする必要などない。
敵に容赦はしない。私たちに害を与えようとする者は速やかに排除しなければならない。
それが、私の使命なのだ。
「ふっ……!!」
銃剣を振るう。異獣の体が真っ二つになり、アキラの身体は汚れていく。
釈然としない感情を拭い去るように、ひたすら血を浴び続けた。
※
一方、ジローはグレンら兵士たちに連れられ、モールの屋上に上がってきていた。
「隊長!」
「グレン……よくやった」
カイダは、階段から現れた部下の肩に手を置き労った。「いえ……」彼は少し声音をほころばせてから、連れてきたジローの背中を押した。
「それと……コイツが弟の方です」
「どうも隊長さん、ジローです……ってもう言ってたっけ」
この場で唯一、防護服を着ていない生身の少年は、人懐っこい笑顔で挨拶をする。
「協力してくれてありがとう。よろしく!」
「……ああ」
カイダも中途半端にうなずいた。
改めて見る彼の服装は、砂埃と煤でかなり汚れている。靴もボロボロで、ここに来るまでも歩くたび片足を少し引きずっていて、杖をついていた。
「…………」
その杖がどう見ても魔法使いの“石杖”であること以上に、彼の容姿が、辿ってきた過酷な境遇を知らしめて、カイダの内心をかき乱した。
この子供がいったいどうやって生き残ってきたのか。思わず聞きたくなる衝動を堪える。
「その杖は……どこで拾ったんだ」
「これは、父親の形見です。僕たち父を探してるんです」
「……父親が、魔法使い……」
困惑と同時にどこか納得感が生まれる。
であれば、姉弟がM線耐性を持つことにも一応の説明はつく。
この場で彼らの謎をすべて解くことはできないが、その一端を掴んだカイダは、ひとまず部下に「彼を保護してやれ」と頼んだ。
「救助機っていうのは、あとどれくらいで来るんですか?」
「もうすぐだ」
落ち着かない様子のジローを部下にあずけ、彼はいまだ沈黙し続けている曇天を見上げる。
そのときだった。
ブワリ、と空の一面が剥がれ落ちたように消え、のっぺりした漆黒の巨体が姿を現した。
「うわっ……!?」
ジローがぎょっとして身をかがめる。
それは、彼が人生で初めて見る“飛行機”だった。
小太りのコウモリのようなシルエットで、垂直翼は存在せず、全体がのっぺりとした流線形をしている。
「うぉおおお……カッコイイ……!!」
ジローが瞳を輝かせた。
「あれは……」
通りを走りながら、白騎士はモールの上空に突如現れた機体を目にしていた。
「なんですの? アレ」
「飛行機か……まさか黒界の雑兵どもが、まだ生き残っていたとは」
モール屋上には、迷彩柄のアーマーに身を包んだ兵士たちの姿が確認できる。
ターゲットを連れ去るつもりだ。
「ドロメタス殿。屋上です」
「はぁ、承知しましたわ」
異獣の背中に乗って白騎士と並走するドロメタスが、面倒くさそうに杖を振る。
モール付近の通りに集まっていた異獣たちの約半数が、ピクリと反応する。
彼らはすみやかにモールの壁面に飛びつき、次々と屋上を目指し登り始めた。
「来ました」
通りの様子を見下ろしていた兵士が報告する。
「重機関銃、前に出ろ。他の奴らはBF弾を使用、総がかりで撃ち落とせ!」
カイダが指示を飛ばし、ジローとグレンの方に振り返る。
「救助機が降りたら、彼をすぐに乗せろ」
「了解!」
大型の機関銃を持った体格のいい兵士数人が屋上の縁に立つ。さらにその横にも兵士たちがずらりと並び、一斉射を始める。
「下にまだアキラがいる!」縁から離れさせられたジローがこちらに訴えてきた。
「……。ニコロ、重機関銃をひとつ持って、下へいけ」
「了解」
銃声が響き渡る中、機関銃を撃っていたニコロが即座に陣形を外れて、階下に降りていく。
「数が多すぎます、こちらの弾が尽きる!」
「射撃を緩めるな! 機体が着陸できるスペースだけはなんとしても確保するんだ」
魔法使いがモールに到達する前に、何としてでもターゲットを収容し、離陸する必要がある。
「少女を守れ!」
カイダはパシパエに付いていた二人の兵士に命令し、屋上の縁に駆け寄る。
異獣たちは四方の壁面から続々と登ってきている。
「撃て!!」
マガジンを交換した兵士たちが再度一斉射撃を行う。《7.6ミリBF弾》は小口径でありながら対異獣にも高い効果を発揮する特殊弾である。
着弾するとヘドロ状の表皮脂に発火し、激しく燃焼する。
「ギィアアアア!!」
火だるまになった巨体が壁から次々に剥がれ落ちていく。
異獣の肌は異常な高代謝で、絶えず細胞の生まれ変わりが行われている。古い皮膚は剥がれ落ちるのではなく皮脂と混ざりあって表面でドロドロになり、ああして、へばりつきっぱなしになるのである。
たいへん燃えやすいお肌環境となっており、故に火は天敵。一度発火させれば全身が激しく燃え上がる。
傷が再生するより先に、低酸素と気道熱傷により数十秒で確実に脳死に至らしめることができるのだ。
だが……
「クソ、キリがない……!」
カイダたち屋上の兵士は12人。対して、モールに群がる異獣はまだ100体以上はいる。
いくら燃やしても、炭化した仲間の亡骸を踏み越え、また次が登ってくる。
小手先の装備では補いきれない、あまり大きな“数”の差だった。
「ねえ、パシパエの力であいつら倒せない?」
不安げに様子を見ていたパシパエは、ジローが杖を取り出したのを見てはっとなった。
「そっそれは……」
「ダメだ。威力が高すぎる、このモールごと倒壊する恐れがある」
カイダは、少女の魔法によって沈没した偽装船を思い出し、却下した。
それを聞いてパシパエはほっと胸を撫で下ろし……同時に、その事に罪悪感を抱いた。
「全員下がれ!」
カイダは射撃しながら陣形を徐々に後退させた。
体の節々に焔を立たせた異獣たちが屋上に登ってくる。
「まずいな……」
彼の隣で副官のリーがうめいた。
敵が近すぎる。この状況ではこちらも巻き添えになるためBF弾は使えない。
「やむを得ん……総員、通常弾に切り替え! 《M―2》、奴らを散らしてくれ!」
カイダは大声でヘルメットの通信機に叫んだ。
異獣の殲滅が済む前に降りさせるのはリスクがあるが……。
『了解』
すると救助機が、空中を滑るようにして彼らの頭上に近づいてくる。
のっぺりした機首の下部に、二つの銃口が開いた。
ガガガガガ!!
20ミリ機銃が火を噴き、屋上に群がる異獣たちを吹き飛ばしていく。
「いまだ!!」
兵士たちも追い討ちで射撃で敵を押し戻す。
これで一気に着陸スペースを確保するという算段…………だが予想に反して、屋上の異獣の量は一向に減らなかった。
既に死屍累々の山が築かれているが、死んでいく以上のペースで下からさらなる異獣が絶え間なく投入される。
「クソ……だめか……!」
死体の重さによって、屋上の床がミシミシと悲鳴をあげ、徐々にひび割れてくる。
そのとき、救助機の機体の側面に分割線が生じた。
小さなドアが開き、人影が降りてきた。
「あれは……」
「クソッ、近づかれる!!」
射撃の合間を抜けた一匹の異獣が、陣形の隅にいたジローとグレンの方に迫る。
「うわっ」
「だっ誰か! こっち助けて!!」
情けなくグレンが叫んだ直後、その異獣の首が突如ストン、と落ちた。
「え……?」
崩れ落ちる巨体。小ぶりな手斧を持った兵士が、その上に着地する。
鮮やかな朱色の装甲。カイダたちの無骨な装甲とは正反対の、細身で流線的な形状をしていた。
「あれ? キミがターゲットの子かな?」
狐面のような尖った形のフルフェイス・ヘルメットが振り向き、何が起こったのか理解できていない二人に尋ねた。
「え……」
「たしか女の子って聞いてたけど……連絡ミスってたか」
と腕を組んで首を傾げる、その背後には既に別の異獣が複数体せまっている。
「危ない!」
ジローが叫ぶのとほぼ同時に、「おっ」彼女は両手を軽く振った。
それだけで、異獣たちは頭部を真っ二つに割られて、血しぶきを上げながら崩れ落ちた。
「おー、サンキュー少年」
凄まじい早業。しかも斧のリーチが届く距離にはとても見えなかった。
「やっと来たか……ボルツ!」
カイダが自動小銃を連射しながら叫ぶ。
「どうも、エリザベス・エルフマン少尉です。気軽に“ベス”と呼んでくださいね~♪」
「そんな自己紹介いいから早く手伝ってくれ!!」
「ハイハイ~」
突如現れたその女兵士は、切羽詰まったカイダに軽く受け答えする。
「じゃ、下がってな~少年」
自信に満ちた様子で、戸惑うジローたちを庇うように立ち、異獣たちに向き直った。
※
ずきり、ずきり、痛みはどんどん強く、心臓を締め付ける。「ッ……く」アキラは顔をしかめ、片手で胸を抑えながらも、銃剣を振るい続けていた。
モールの1階。
異獣の投入はやむ気配はない。フロアに続々と入ってくる異獣を、片っ端から屠りまくる。
さすがに体力の限界が来つつあった。
と思ったら、異獣に振り下ろした銃剣の刃が、ガツンと筋肉にくい込んで止まった。
切れ味が落ちている。骨を断つことができない。
「ォアアア!!」
異獣が巨腕を振り下ろしてくる。
「ッ……」すんでのところで交わして、素早く背後に回り、頚椎にナイフを突き刺した。
絶命した異獣がどさりと倒れる。
息をつき、亡骸から銃剣を引き抜いた。
「……はむ」
血と脂がしたたる刃を口で咥えて、根本から切っ先まで舐めとる。
「ちゅぷ…………ぺっ」
汚れを吐き捨てて、刃についた唾液も振り拭った。
まだ、やれる。
異獣たちに向き直ったその時、先頭の一体の顔面が銃弾で撃ち抜かれた。
銃声は背後からした。
振り返ると、大柄な迷彩アーマーの姿、ニコロが階段を降りてきていた。
「救助機が到着した。もう上がってこい!」
ドガガガガガッ!
重機関銃がけたたましい銃声を上げ、12.7ミリの大威力で異獣を一気に蹴散らしていく。
「そう……」
血にまみれたアキラは短く返事するだけで、近くの異獣をまた斬り伏せた。
「先に上がってていいわよ。私も行くから」
とりあえず登っても追ってこないように、階段付近の異獣を排除しながらそう返す。
「…………」ニコロは無言でそんな彼女を見つめていた。
「……なに?」
視線に気づいたアキラに睨まれ、「いや……」と彼は少し言い淀むと、
「こんな場所で君たちはよく生き残ってこれたな」
「…………」
「そうやって……いつも血塗れになりながら、弟を守ってきたのか」
思いがけずこちらを労うような言葉に、アキラの心臓の締めつけがまた強くなった。
「……なんなの。文句でもあるの」
奥歯を噛み締め、反射的に強い口調で返した。
ニコロが自分を批判したわけではないとわかっていたが、そのとき芽生えてしまった感情を覆い隠すには、そうするしかなかった。
「俺は正直……君ら姉弟とどう関わるべきか迷っていた」
ニコロは、動揺したアキラの隙をカバーするように機関銃を撃ちながら、「でもいまわかった」と続けた。
「君らはやっぱり、ただの子どもだったんだな」
何気ないことのように言った。
「状況で生き方を決めざるを得なかった。でも……ただの普通の……人間の子どもだ」
「…………」
銃声が止む。
最後の一匹を斬り伏せたアキラは、その体勢のまま、ぴたりと動きを止めた。
急に電源が切れたように立ち尽くしたまま……ポタポタと銃剣の刃から血が流れ落ちる。
「…………」
そして、そこに透明な滴もこぼれた。
「あっ? あ………違うっ……これは……!!」
慌てて目を拭うが、雨漏りが次々滲み出てくるように、涙はまったく止まらなかった。
「クソ、なんだよっ…………」
胸の奥に必死に押し隠していた感情。一度決壊したそれは、もう止めることはできない。
「……だってっ…………あの時は私……ただっ…………ただ……ジローを守ろうとして……私は……ほんとにっ……」
「わかってる。俺たちが先に君を傷つけた」
いつの間にか隣に来ていたニコロが小刻みに震える肩に手を置いてきた。
ヘルメットのフルフェイスを解除し、透明なシールド越しに穏やかな素顔を見せる。
「すまなかった」
「っ……うっ……くぅ……」
耐えきれなくなったアキラは喉を鳴らしながら、ニコロの大きな胸によりすがった。
「…………ごめん……なさっ……」
異獣の投入はいつの間にか止み、1階フロアは静まり返っていた。
ニコロは、ただの泣きじゃくる16歳に戻ったアキラを連れて、階段を登ろうとした。
「なぜ傷が治っている」
そのとき硬い足音がモールの入口から聞こえた。
見覚えのある純白の鎧姿が立っていた。
体温を感じさせない声。まるで散歩するような気軽な足取りで、二人に近づいてくる。
「こいつは……」
瞬時に銃を構えようとするニコロ。
「や、やめっ……!!」
アキラはとっさに涙を拭いて止めた。銃剣を抜き、白騎士に向き直ったまま、「あいつはダメだ、逃げろッ!」と鋭く指示する。
「早く!!」
「おい。質問に答えろ」
パチ、と乾いた音がした。
一瞬、フロアの白い床に紫電が瞬き、鼓膜を痺れさせる。
「ウッ……」
ニコロが小さくうめいた。アキラが見上げると、彼の大柄な体は、内側から押し広げられるようにブクリと膨らんでいた。
ボジュッ! と、くぐもった音とともに、彼は破裂した。




