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アンダー・アース 終末姉弟渡界記  作者: 遁遁拍子
第2章 黒界・日本
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22/55

9 兵士と子ども

 アキラは、脇にジローとパシパエを抱えて、建物の隙間を縫うように走り抜ける。

 破裂した片足からは血の痕がしたたっている。


「ォアアア……!!」


 角を曲がったところで異獣と鉢合わせた。


「えっ!?」

「うぉあ!?」


 アキラは瞬時、抱えていたふたりを上に放り投げると、背中の銃剣を手にした。

 

「アァァ!!」


 向かってくる異獣の足元に滑り込むようにして、右足、左足をすれ違いざまにぶったぎる。

 さらに背後に回り込んで左腕、右腕も切り飛ばすと、最後に頭部に刃を振り落とした。


「グッ……ブッフ…………」


 銃剣はそのまま死体に突き刺して、上から降ってくるふたりをキャッチする。

  さらにちょうど切り飛ばした腕も降ってきたので、口でバクッと咥えた。


「ここまで逃げれば……」


 後ろをふりかえって、立ち止まった。

 ジローとパシパエを下ろす。


 一時的に身を隠すため、三人は近くの廃墟に入った。

 そこはドラッグストアだったようで、生活品や開けられた薬の箱が散乱していた。


「危なかった……」

「でもやったね! あの白い奴、ギャフンと言わせてやった!」


 安堵の息をついたアキラに、ジローが興奮して笑いかけてくる。


「無謀すぎんのよ。いきなりあんなことして……命がいくらあっても足りないわ」

「いやァ、隙を作るにはあれしか思いつかなくて」


 弟の意図は、彼女にもわかっていた。

 あの時、ジローの挑発によって“白い奴”の注意が一瞬外れたおかげで、アキラの奇襲が成功した。

 結果として絶体絶命の状況から逃げおおせることができたのだ。


「あの……あ、足、だっ、大丈夫ですか?」

「平気よ。すぐに生える」


 アキラは横倒しになった棚に座って、異獣の腕を咀嚼しながら返した。


「は、生えるって……どういう……」

「んーとね、なんかそういう体質なんだって。僕らは」


 ジローが店内を物色しながら、最低限の情報を付け足す。


「ここから先は、黒連軍と協力するしかないと思う」


 現在、この廃墟街には異獣が集まってきている。

 まるで操られているかのように統率された動きで、街中の至る所に徘徊しているようだった。


「この状況を脱するには、僕たちだけの力じゃ厳しい」


 さっきは運良く逃げられたが、もし次あの《魔法使い》に見つかったら、おそらく、アキラだけでは対抗できない。


「やっぱり、あの“軍”と協力を……」


 ジローが言いかけたとき、ジャリ、と割れたガラスを踏む足音がする。


「っ……」


 即座に身構える三人。建物の中に誰か入ってきた。

 棚の影に隠れ息を潜めていると、現れたのは二人の兵士だった。


「クソ……どうしてこんなに異獣が……」


 予想外の敵が現れたことで、グレンとニコロはターゲットの監視を一時中断し、建物に身を隠していた。


「あの《魔法使い》が呼び寄せたんだろう。隊長から連絡で、ターゲット確保よりも帰還を優先せよとのことだ」

「ここまで追ってきたのにですか??」


 先輩兵の返答に、新米のグレンは反発する。


「魔法使いは人の形をした戦略兵器だ。俺たちでは対抗する術がない。逃げるしかない。

 あと20分でモールに救助機が来る。遅れたら置いてけぼりだ、急ぐぞ」

「……はい」


 ふたりは移動を開始しようとしたそのとき、


「あの~」


 突如背後から生じた声に、「ッ――誰だ!?」銃を手にして振り返る。


「……それ、僕たちもついていっていいですか?」


 両手を上げた少年、ジローが立っていた。


 ※


 はるか前方を、数人の男の子たちが走っている。

 ジローは必死にそれを追いかけていた。背負ったランドセルの蓋は空いていて、パカパカと音を立てている。


『返して!』

『ほんと足おっせーなーアイツ。張り合いねーぜ、ホラ!』


 立ち止まって振り返ったいじめっ子たちの手には、ジローから奪った本がある。

 

『うっ……』


 ジローとの距離が縮まると、いじめっ子はまた走り出す。その繰り返しで、彼らの背中には一向に追いつけない。

 それに伴い、ジローの目には涙が溜まる。


『何してんだッ! あんたたち!!』


  と、背後から恐ろしい怒声がする。


『ゲッ……』


 校舎の影からアキラが猛スピードで走ってくる。


『このクソガキ共ッ!』

『うわっ来た! 猛獣姉だ!』

『誰が猛獣だコラッ!!』


 あっという間にいじめっ子たちに追いつき、その背中を蹴り飛ばした。


『ん』


 不機嫌な顔で戻ってきて、本を差し出す。ジローはいつものように、ベソをかきながらそれを受け取る。


『毎回、私が来れる訳じゃないんだから。男のくせにいつまでもナヨナヨしてんじゃないわよ。そんなんだから舐められるのよ』

『うん……』


 アキラは面倒くさそうに、彼の隣を歩いて、一緒に帰ってくれた。


『……ねー……お母さん』

『んー?』

『僕ってさー……なんでこんなに弱いんだろう……』


 ある日、家のソファで本を読みながら、ふと言い漏らした。『なにそれ』すると母はすぐさま料理の手を止めて、ジローの隣に座ってくる。


『ジローは弱くなんかないよ』

『……弱いよ……みんなよりめっちゃ、足遅いし、力も弱いし……』

『ちょっと』


 息子の顔を両手で包んで、ぐいっとこっちに向かせる。


『強さっていうのは、そういうことだけを言うんじゃないんだよ』


 不貞腐れて目を逸らすジロー。


『たとえば、本を読むとか、喋ることとかは、ジロー得意でしょ?』

『……そんなの……誰でもできるよ……』

『そんなことない。あんたは簡単だと思ってるかもしれないけど、皆にとっては難しいこともある。それがあんたの力だよ』


 母はジローがどれだけ否定しても、何度も何度も、そう言い聞かせ続けた。

 大きな瞳で真っ直ぐに見つめながら。


『他の子たちに負けたくないんでしょ?』

『……うん』


 しぶしぶうなずく息子の頭を撫で、『なら……』少し笑って、続ける。


他人(ひと)とは違う戦い方をしなさい。相手の土俵に合わせてやる必要はないんだよ。

 あんたの得意なことでいいし、人を頼ったっていい。お母さんでも、お姉ちゃんでも、先生でも。あんたの味方は沢山いるんだからね』


 そんなかつての母の言葉を――


 ジローは、いま、銃口を向けられながら思い出していた。


「ジロー! なに勝手に……!」


 少し遅れて、物陰から飛び出したアキラが猟銃を構える。


「下がって!」

「ッ……武器を捨てろ!」


 ニコロはすかさずそちらに拳銃を向けた。

 ジローも一瞬視線を走らせる。銃口には針が装着されている……麻酔銃か。

 やはりこちらが再生能力を持っていることは共有されている。


「ま、待ってください……お二人とも」


 さらにおどおどと出てくるパシパエを、「あんたは隠れてなさい!」アキラが一喝する。


「ターゲット……」

「おまえらが例の姉弟で間違いないな」


 そのやり取りで兵士たちの警戒心が最高潮に達した。


「待って! 争う気は無い!」


 ジローは両手を上げたままそこに立ちはだかった。


「ジロー!! いい加減にしてっ、私の後ろに下がって!」

「大丈夫。アキラも撃たないで」


 頑なに下がろうとしない。「何をっ……」アキラは歯がゆさと同時に、


『次からは僕も戦う』


 先刻の言葉を思い出していた。

 面倒臭すぎる。何が面倒臭いって……

 コイツは一度やると口にしたことは、何がなんでも実行する(やる)のだ。


「この状況を切り抜けるために、協力しましょう。兵士さん」

「…………」


 少年の提案に、ニコロは一瞬沈黙するが、隣のグレンが「ありえねえ」と一蹴する。


「お前ら……自分が何したかわかってんのか。んなこと言う前にまず後ろのヤツの銃を下ろさせろ。今すぐに!」


 よく見るとグレンが構えているのは麻酔銃ではなく実弾の小銃だった。

 おそらく興奮状態でそのことに気づいていない。


「……ごめんなさい。あんなことになったのはこちらも、不本意でした」


 ジローは慎重に言葉を選ぶ。


「心から……謝罪します。アキラ……銃、下ろして」

「できるかバカ。あんたらが先に下ろせ」

「状況がわかってないみてえだな。俺が引き金を引けばお前の弟が真っ先に死ぬんだぞ」

「クソ野郎……こんな奴らと手を組むなんてやっぱ無理よ。ジロー、諦めなさい!」

「じゃあ銃向けあったままでもいいから! それでいいから、兵士さんたちも……引き金引く前に、いま自分の命を守るために最適な行動は何か、よく考えて」


 あくまで理性的なその言動は、しかし極限まで追い詰められた新兵の精神には響かなかった。

 むしろ、


「ガキが……何えらそうに(さと)してんだッ……!」

 

 うわずった声とともに、グレンは引き金に指をかける。


「人を殺しといて、不本意でしたで済まされるか!!」


 ジローの眉間に照準を定めた。その彼の腕を、「待て」とニコロが抑えた。


「伍長?」

「落ち着け。判断はいまこの場で俺たちが下すべきじゃない。まず隊長に報告だ」


 冷静に言葉をつむぐ。上官の態度に、グレンの興奮も次第に収まってくる。「……すみません」とうなだれた。

 両者は銃を向けあったまま、


「よし、弟の方だけだ。こっちに来い」


 兵士たちの方からジローに命じた。ほっと息をつき、両手を上げたまま兵士らに近づく。


「ジロー」

「大丈夫。そこで待ってて」


 猟銃を構えたアキラは駆け寄ろうとしたが、ジローに止められた。


「……クソ……」


 兵士たちは弟を捕まえると、彼の耳に通信機のコルセットを着けさせる。

 アキラはその様子を眺めながら、言いえぬ焦燥感を覚えていた。


 ※


「なに? 確保した?」


 思わず大声で返したカイダに、周りにいた数人の部下が顔を上げる。


「……どういうことだ?」


 声を潜めて再度問う。

 負傷者とロイドの遺体を連れて、カイダと他数人の部下は既にショッピングモールに帰還していた。

 いまは仮キャンプで徘徊する異獣から身を隠しつつ、救助機の到着を待っている。


 狙撃手もほどなく帰還し、あとまだモールにたどり着いていないのは、別働隊でターゲットを監視していたニコロとグレンのみという状況だった。


 ターゲット確保の報告は、その二人の部下からだった。


『姉弟が投降してきました。こちらと協力関係を結びたいと言ってます』


 通信越しのニコロ伍長は冷静な声で言ってくる。


『もしもし、隊長さんですか?』


 電話口の向こうで何やら物音がすると、少年の声が聞こえた。


「きみは……さっきの」

『どうも。ジローといいます』


 カイダは大きな瞳の天パ少年の顔を、脳裏に思い浮かべる。


「我々と協力したいだと?」

『僕たちが、ここにいる兵士さんたちとターゲットを、あなたのいる所まで連れていく。

 だから僕たちも一緒に逃がしてください』


 ジローは単刀直入に提案してきた。


「……それは……ずいぶん都合のいい話だな」


 カイダはひとまずは率直に返すことにする。


「君の姉によって、俺の部下は一人殺され、一人は重傷だ。そんな君らをどうやって信用すればいい」

『……取り返しのつかないことだとは、わかっています。だからせめて、いまここにいるあなたの二人の仲間は、必ず守り届けると約束します』


 ジローは言葉は極めて端的で、それでいて誠意のこもった声をしていた。

 本当にあの少年が喋っているのか、大人びていて、一瞬脳が困惑する。


『僕たちは悪人じゃない。ただ生き残りたいだけだ』

「…………」


 嘘はない、と思える。

 カイダとジローの通信を、その場にいる部下たちは固唾を飲んで見守っている。

 たしかにあの姉の方が味方に着くならば、こちらの生存確率も上がる。最終的な逃走手段が軍の救助機である以上、途中で裏切る可能性も、低い。


「どうします?」


 これ以上の犠牲を避けるためには……選択肢は無かった。


「……部下のどちらか一人でも欠けていたら、お前らは乗せんぞ」

『はい、それで構いません』


 カイダは協力を成立させた。


『モールまでのルートはこちらで指示する』

「っ……ありがとうございます!」


 ジローはコルセットから手を離すと、小さく息をつき、兵士たちに振り返った。

 ニコロは無言で麻酔銃を下げた。グレンも、渋々といった様子で準ずる。


「じ、ジローさん……!」

「大丈夫。乗せてくれるよ!」


 ジローが頬をゆるめて手を振り、パシパエも胸を撫で下ろして駆け寄った。「…………」この状況ではアキラも銃を下ろすしかない。


「あいつらを守り届けるって、それ、誰がやるのよ」

「そりゃあ……」


 期待のこもった視線を向けてくるジロー。

 本当に図々しいヤツだ。


「…………なんで私が……」

「ありがとう! アキラが守ってくれたら、絶対みんな無事にたどり着ける!」


 まだ何も了承もしてないのにら弟は笑顔を弾けさせた。「あんたねぇ……」そのときアキラの胸の中ではズキリとまた小さな痛みが生まれた。


「グレン、おまえは姉弟を見張っておけ」


 大柄なニコロは、まだ不満げな部下に命じると、すぐさま手錠を取り出してパシパエにつける。


「それつけたら走りづらいと思うけど?」

「俺たちが安心して走るためだ」


 ジローの問いかけに、硬い態度を崩さずに返した。


「悪いが、俺個人としては、君らのことはまだまったく信用してない。この事についてはどれだけ言葉を尽くされても無駄だ」


 アキラとジローを見比べながら、そう突き放した。

「だ大丈夫です……ジローさん、アキラさん」パシパエは大人しく受け入れていた。


「ありがとうございます。でも、わ、私も……こっこうしてもらった方がいいと思います」

「……そう……」

「いいわよ。いざとなったら、私が引きちぎるから」


 アキラが、三白眼でニコロを睨み返しながら言う。


「べつにこっちも信用してないし」


 ふたりはそのまま数秒睨み合い、やがてニコロの方が視線を外した。


「ガキども。ここから先は俺の指示に従うんだぞ」


 腰に手を当てたグレンが、上から目線で命令する。


「誰よあんた」

「なんでそんな偉そうなの?」


 まったく臆する事なく返す姉弟に、「俺はグレン・ウォーカー、一等兵だ」とバカ真面目に受け答えする。


「お前らより大人だから当たり前に偉いんだよ」

「歳いくつよ」

「あ? 18だよ」

「まだガキじゃない」

「アキラと2つしか違わないじゃん」

「うるせえなっ。いいかこういうときは、あらかじめ指揮系統を定めないとだな」

「んなこといちいち説明しなくていい、グレン。ルートが送られてきたぞ」


 ニコロがヘルメットをおさえながら言う。


「現在地からモールまで……ドローンで異獣の少ない道を選別してくれている。時間が無い、すぐに出るぞ」

「あ、はい!」


 グレンが慌てて自動小銃を肩にかける。


「全員、準備はいいな?」


 ニコロは建物の出口に立ち、子どもたちに振り向く。

「うん!」「は、はい」ジローとパシパエが返事して、アキラも猟銃と小銃を両手に持ったまま、無言でうなずいた。


「……よし」


 救助機到着まであと15分。ショッピングモールまでの距離は700メートルほど。

 一行は移動を開始した。


「可能な限り路地裏を進む。大通りからは離れるように進むから、少し遠回りになる」


 ニコロが先導しながら説明する。「間に合うの?」とアキラ。


「間に合わせる」


 ドローンの作ったルートに従い、路地裏のみを使ってモールから300メートルほどの所まで来た。


「救援の到着まで、あと8分です」


 パシパエの手錠を握ったグレンが言う。


「モールの前、最後の大通りだけは必ず通らなければならない。ここだ」


 路地裏から出る直前。まず周囲の様子を伺う。

 道路には、案の定10体以上の異獣が徘徊していた。


「あれがモールだ」


 ニコロが指す先に、四方を大通りに囲まれた大きな建物がある。

 灰で汚れ、植物に包まれてなお、べたべたと貼られた企業ロゴで目立つ外壁。ショッピングモール。


「私がまず出て、あの異獣たちを全員始末する。その後全員で行けばいい」

「……いや……その必要は無い。そろそろだ」


 アキラの提案に、ニコロは冷静に返す。


「何が?」

「見てろ」


 次の瞬間、複数の銃声が大通りに轟く。

 モールからの機関銃射撃。雨のように降り注ぐ大口径弾が異獣たちを蜂の巣にした。

 銃声が収まった頃には、大通りにいる異獣は半数程度にまで減っていた。


「いまだ、行くぞ!」


 それを確認してから、全員で一斉に大通りへ飛び出す。

 モールに向かって一直線に走った。


「……やった……やっと着いた!」


 パシパエを背負って走るグレンが、安堵の息を漏らす。


「バカ、まだよッ!!」


 その横から、彼に襲いかかろうとする異獣を、アキラが自動小銃で撃ち抜いた。

 さらに左手で猟銃を構え、背後から追ってくる異獣にも牽制射撃する。


「ジローも! 急いで!」

「うんっ!」


 ジローは皆よりも少し遅れてた位置にいた。

 杖をついて必死に走っていると、突然ひょいと体を持ち上げられる。

 ニコロが大柄な肩に彼を担いでいた。


「あ……ありがとう……」

「じっとしてろ」


 一行の先頭では、パシパエとグレンがまずモールにたどり着く。


「こっちだ!」


 入口で既に数人の兵士が待っていた。「よく戻った、グレン!」と新米兵をねぎらう。


「伍長も! よくご無事で」


 次いでジローを担いだニコロも入ってくる。

 最後にアキラが到着した。


「…………」


 兵士たちの間に一瞬張り詰めた空気が流れる。「例の姉の方だ」ニコロが注釈する。


「……ちゃんと守ったわよ」


 アキラも険のある態度を隠さず、彼らの前をずんずんと通った。


「救助機はもうじき到着します。はやく屋上へ!」


 モールの一階は開けたフロアとなっていて、いくつかの飲食店や雑貨屋のコーナーがあった。

 兵士たちは先にパシパエを連れて、吹き抜けからロープで階上に昇っていく。


「俺たちは階段で登る」

「はい!」


 ニコロに下ろしてもらったジローは、立ち止まっている姉に駆け寄った。


「アキラ、行くよ」


 彼女は入口の方に向き直っていた。

 外の大通りでは、散り散りになっていた異獣たちが再び集結しつつある。


「ここを無防備にするわけにはいかないでしょ。誰かが奴らを止めないと」


 と、無骨な猟銃についたレバーを蹴って、銃身下部の鞘のスリットから刃を展開させる。

 大きな銃剣と化したそれを肩に担いだ。


「私が残る。あんたは先に行きなさいよ」

「アキラ……」

「私がいちばん適任よ」

「……わかった。じゃあ、いいところで切り上げて来て」


 ジローはリュックから取り出したフックガンを姉に渡した。


「行くぞ!」


 ニコロがふたりに声をかけてきて、アキラの方をチラと向く。

「気にしないでいいわよ」と目で返してやった。

 彼は目線を外すと、弟だけを連れて階段を登っていく。


「…………ふぅ……」


 独りになったアキラは、背負っていたリュックを下ろした。フックガンと一緒に近くの柱の下に置く。

 汚したくない上着(ジージャン)も脱いで、同じところにまとめておいて。

 そうして淡々と気を取り直して、銃剣を構えた。

 

「ォアアア……」


 無数の異獣たちが、亡者のような歪な動きで続々とフロアに入ってくる。


「スゥ……」


 静かに息を吸う。

 次に開かれたアキラの瞳は、再びあの深い赤色となって、冷たく機械的な殺意が宿っていた。

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