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アンダー・アース 終末姉弟生存記  作者: 遁遁拍子
第2章 黒界・日本
23/24

7 兵士

 ※


 突入の一時間前。


 廃墟の街中で比較的目立つショッピングモール。

 カイダら兵士はそこに拠点を張っていた。


 三階建ての屋上からは、ターゲットが逃げ込んだと思ぼしき出島の廃墟街が一望できる。


 数人が周囲を警戒する中で、一人の兵士がドローンのコントローラーを操作する。


「同機完了……飛ばします」


 合図とともに、ランプが点灯し、四方に着いたプロペラが回転を始める。

 離陸した大型ドローンは、現在位置を示す緑光を点滅させながら、あっという間にはるか上空まで飛んでいってしまった。


 中継ドローンの役割は、M線の電波阻害が薄い高高度から、遠方との通信を行うことだ。

 これで救難信号を送れる。カイダはひとまず最優先の仕事を終え、軽いため息をついた。


「降下ポイントは、このモールの屋上を指定してくれ」


 あらかじめ、屋上の床は隅々まで調べ、強度に問題が無いことは確認済みだ。


「お前たちは引き続き通信士を守れ」

「は……」


 部下たちに短く指示を飛ばし、カイダは屋上にぽつんと一つだけあるドアを開け、階段を下った。

 階下のフロアでは残りの兵員が仮キャンプを作っていた。


「隊長」


 簡易的な非汚染(エスケープ)テントに入ると、副官のリーが駆け寄ってくる。

 フルフェイスを解除したヘルメット。透明シールド越しに細目の素顔がある。


「どうぞ」


 温められたコーヒーパックをカイダに渡してくれた。


「すまんな。見張りは問題ないか?」

「はい。アンテナの設置は……?」


 その声には疲労が滲んでいた。リーだけではない。

 船を沈められ遭難してからというもの、兵士たちはろくに休息も取れず二日以上動き続けている。


「ああ。もう終わった。人員はこっちに戻す」


 ここまで、何度も命の危機に瀕し、その度に彼らの精神はすり減っていた。

 いつ限界を超えてもおかしくないのによく持ちこたえてくれている。


「……ご苦労だった」


 カイダは心からそう労い、受け取ったパックを顎下の穴に差し込む。

 メット内部に伸びてきたストローを口に含むと、砂糖多めの熱いコーヒーが鼻腔を刺激し、脳が痺れるようだった。


「いやァ、隊長の組んだトレーニングメニューに比べれば屁でもないですよ」


 リーもストローをすすりながら、美味(うま)そうに眉間をしかめる。


「あの程度でヘタるとは老けたな、お前も」

「歳の話はよしてくださいよ。しかし……さっき計算させたら300キロも流されてましたよ。ターゲット。

 しかも生身で。ふつう死んでると思いますがねぇ」

「だが竜の死体は明らかに《魔法》で殺されている」

「力は依然(いぜん)健在……というわけですか。

 底知れませんな。見た目はウチの娘と大して変わらない歳だってのに」

「歳の話はしないんじゃなかったか?」

「娘の話なら別ですよ」


 ふたりしてつかの間の談笑をコーヒーで流していると、


「失礼します」

 

 そこに部下が入ってきて、「翻訳機の発信が掴めました」とタブレット端末を見せた。


「M線濃度が高く、一瞬わずかにキャッチしたのみですが、おそらく中心街の商業ビルのひとつと思われます」

「わかった。俺が分隊を組んで捜索してくる。リー、お前はここで引き続き指揮を取ってくれ」

「わかりました」


 カイダから飲み干したパックを受け取った副官がうなずく。


「ターゲットはいまどんな状態かわかりません。充分に気をつけてください」

「ああ。もちろんだ」


 まだコーヒーの香りがヘルメットに残る中、カイダは数人の兵員を無線で呼び出し、ショッピングモールを出た。


 港に浮かぶ出島は複合都市として建設されただけあって、商業・市営様々な施設が所狭しと建ち並んでいた。


 中心部の商業ビル街まで、建物の屋上を飛び移りながら移動する。


 彼らが装着する対M線防護装甲(アンチ・アーマー)は、身体を放射能汚染から守るだけでなく、内蔵の人工筋肉によって運動能力も強化する。

 旧暦以前では有り得なかった高機動で、兵士たちは街を駆け抜け、わずか数分で目的地にたどり着いた。


 センター街に近いエリア。ターゲットを発見したのはそのビル群の一室であった。


 一緒にいたのは民間人らしき子どもの姉弟というのが、偵察した部下による報告だった。


「防護服を着てないというのは、本当に確かか」


 カイダは現場の部下と合流するなり問いただした。


「はい。二人とも、変異の兆候も見られませんでした」


 部下も口調はハッキリしているものの、やや困惑もはらんで答える。


「……そうか。異獣は?」

「一応、今朝まで十数匹群がっていましたが、姉弟がさっき全滅させました」

「全滅……」

「なんだそりゃ」


 部下たちがざわめく。カイダは深く息を吐いて思考した。


 通常の摂理で考えれば、この地に生きた人間などいるはずがない。


 20年前、日本は地上汚染の爆心地になった。

 最初に“光の柱”が落ちた後、誰もが故郷のことを見捨てた。それはカイダ自身もだ。

 もしまだ生存者がいたとすれば、それこそどんな顔して会えばいいのかという話だ。


「考えられる可能性があるとすれば、ひとつしかないかと」


 と、私情に入りかけていたところで、話を引き戻される。


「ああ……この世界の人間(・・・・・・・)ではないな」


 カイダも、他の部下たちもうなずいた。


「三人で入る。俺とジャックとロイドだ」


 名前を呼ばれた二人の兵士が顔を上げる。どちらも戦地を多く経験し、特に対人戦にも対応したベテラン兵を選んだ。


「扉から二人。窓から一人で行く」

「隊長。その姉弟は撃っていいんですね?」


 彼らは自動小銃の点検をしながら確認する。


「……ああ。最優先はターゲットの確保だ」


 カイダは冷徹に了承した。

 その姉弟が子どもだということは少し引っかかるが、不法移民ならば容赦はしない。

 故郷を汚しやがって。


 それに何より、今のカイダたちには目的以外の要素を考慮するほどの余裕がなかった。


「さっさと終わらせてウチに帰るぞ」

「了解」


 ザリ、と砂屑を踏んで兵士たちは立ち上がる。

 それが突入前最後の会話だった。


 ※


 7.6ミリ弾の鋭い弾道が、少女のすらりとした胴体をまばらに貫く。


「あぁ…………そんな……」


 ひび割れたオフィスの床に、血溜まりが広がっていく。

 仰向けに倒れたまま動かないアキラを前に、パシパエは膝から崩れ落ちた。


「……ま……た……」

「…………」


 彼女に声をかけることはいったん保留し、

 ジローはまず、部屋に入ってきた三人の兵士を観察した。


 迷彩柄の装甲服のようなものに全身を包み、自動小銃で武装している。

 それ以上の数が入ってくる気配はない。


「Shit……I hate this job……」

「Don't worry about it」


 全員、フルフェイス型のヘルメットを着用しており、顔が見えない。

 またジローたちとも、パシパエとも違う言語を話していた。


 ただ今回は聞き覚えがある。

 これは英語だ。シェルターで擦り切れるほど聞いていた、カセットテープの歌詞と同じ。


「Hey」


 一人がジローの方に声をかけてきた。何か話そうとしてから一旦やめ、喉を調節するように、数回咳払いをする。


「……抵抗するな。彼女をこちらに渡せ」


 それだけで、まるで手品のように日本語に切り変わった。


「なぜ防護服を着ていない。君らは白界(はっかい)人なのか」


 リアルタイムで翻訳して発声している。

 喉に直接埋め込むタイプの翻訳機?

 全身を包む装甲は、動くたび僅かにアクチュエータの作動音のようなものが聞こえる。

 防護服を兼ねたパワードスーツとかだろうか?


「……すごいな」


 いずれにせよシェルターには無かった技術だ。

 それは、この20年、外の世界でも人類文明が存続し、発展し続けていたという証。

 だが……


「なんなの? そのナントカ人って」


 その喜びに(ひた)れるような状況ではなかった。


「言葉はそれ(・・)なんだな」


 兵士は少し驚いたようにトーンを上げる。


「呼び名だよ。こちら側は“黒界”。むこう側は“白界”」

「なるほど……じゃあ僕たちは……白界人じゃないよ」


 異世界人だと思って警戒されていたのか?

 慎重にジローは返すが、「……とりあえず、君たちの正体については保留しよう」と兵士は取り合わなかった。


「本題に戻る。その少女を渡せ。

 君は知らないかもしれないが、危険だ。我々が安全な所で隔離し、保護する」


 彼らは子ども相手だからか、口調をやわらげてはいたが、それでも高圧的な態度は崩さなかった。

 銃口を向けてこそ来ないものの、いつでもジローを撃てる位置で構えている。


「保護……ずいぶん乱暴なやり方だね……僕の姉ちゃん、死んじゃったんだけど」

「先に銃を向けたのは君らの方だ。気の毒だが、仕方なかった」


 その態度は、仕事をこなしている人間特有の淡々としたモノだった。

 ジローの胸に明確な反感が芽生える。


「パシパエは、故郷に帰りたがってるよ」

「……最後の警告だぞ。“それ”を、渡せ」


「ジローさんっ……ほっ本当に……ごご、ごめんなさいっ」


 パシパエは嗚咽混じりに、自分の前に立ち塞がる少年を引き止める。


「あの人たちの、いっ言う通りにしてください……どうか、もう、これ以上は」

「何言ってんの、大丈夫だって」


 ところがジローはきわめて楽観的な笑顔で返した。


「約束したでしょ。僕たちはそう簡単には死なない」


 そのとき、兵士たちの背後で倒れたアキラの手が、ぴくっと震えた。

 胸や胴に空いた無数の穴から、ひしゃげた鉛玉が次々に吐き出される。


「……ん?」


 カラカラと床に金属が当たる音に、兵士のひとりが振り向く。

 彼が見た光景――それは、たったいま撃ち殺したはずの少女がむくりと起き上がり、

 巨大な銃剣を振りかぶっているところだった。


 身体の捻りと体重移動を合わせた一撃は、兵士の頚椎(くび)をいとも簡単に斬り飛ばした。

 おびただしい鮮血がオフィスの壁と天井に飛散し、頭部を失った体が、ぐらりと倒れる。


「な……」


 残った兵士たちは驚愕に動きを止める。

「はぁ~……」アキラは瞳孔の開いた顔でゆらりと立ちなおり、銃剣を構えた。


「な……にしてんだッ! このガキ!!」


 二人目の兵士が銃を撃とうとする。が、それより先にアキラが動き、彼の右腕を装甲(アーマー)ごと斬り飛ばしていた。


「っぐぁあ!?」


 そのまま体に乗りかかり、地面に押し倒す。


「まっ、まて――」


 兵士の顔面に刃を突き立てようとしたとき、


「やめろ!」


 振り向くと、最後の一人が、ジローの頭に銃を突きつけていた。

「た、隊長ッ……」足元の兵士がうめく。


「…………はぁ?」


 銃剣を振りかぶったまま、アキラは隊長と呼ばれた兵士を睨みつける。

 真紅に染まったその瞳には一点の曇りもない殺意だけがあった。


「クソ……」


 焦れた兵士の呟きが静寂にこぼれる。次の瞬間、彼女は躊躇なく銃剣を振り下ろそうとした。


「アキラ」


 弟の声に、はっと我に返る。


「もう充分だ。もう、いいよ」


 銃を突きつけられたジローは、姉の目を見つめて言った。


「…………いいって……何が……」


 その顔を見た瞬間、アキラの頭がはっきりした。赤く光るようだった瞳が、元の黒色に戻る。

 よたよたと後ずさるように兵士から離れると、同時に隊長もジローを離し、悲鳴をあげる部下に駆け寄った。


「クソッ……腕がぁあッ!!」


 腰のポーチから素早く止血帯を取り出し、血が噴き出す部下の腕を縛る。


「はあっ……はっ……」


 アキラは息を整えながらその光景をぼんやり眺めていた。

 壁に撒き散った血、首のない死体。

 足元にはヘルメットが落ちている。


「はぁっ……」


 呼吸がいつまで経っても安定しない。


「退くぞ」

「ですが……隊長……ッ……」

「いまは無理だ。想定外だった。まさか、こんな化け物がもう一匹いたとは」


 隊長はアキラを一瞥すると、応急手当した部下を背負って、窓から飛び降りていった。


「アキラ!」


 ジローとパシパエが駆け寄ってくる。


「アキラさん! だだっ、大丈夫なんですか??」

「……ええ……傷は再生した……」

「本当に、大丈夫?」


 まだぼうっとした頭で返すと、ジローが再度、尋ねてくる。


「……平気よ。ただ、ちょっと血を使いすぎたかも。どこかで肉を食わなきゃ……」

「そうじゃなくて」

「……え?」


 彼の視線の先、床に落ちたヘルメットには、まだ中身が入っていた。


「……あぁ…………」


 その時、アキラはようやく自覚した。

 自分は初めて人を殺したのだと。


 逃走した兵士たちが戻ってくる様子はなかった。

 だが、念のため三人はすぐにその場を移動することに決めた。


 遺体は部屋に置いていくことにした。


「ここなら異獣にも見つからないし……あの人たちが戻ってきたら、回収してもらえる」


 情報収集のため隈なく調べたいところだったが、武器類を剥ぎ取るのみに留めた。


「ふぅ……」


 アキラは兵士の自動小銃を肩に下げ、弾薬をリュックサックに仕舞う。

 動揺は既に落ち着いていた。


「いくわよ」


 まだ遺体に手を合わせているジローに声をかける。「うん」彼は静かに立ち上がると、


「アキラ……次からは、なるべく人は殺さないで」


 珍しく真剣な面持ちで伝えてきた。「本気で言ってんの」やぶから棒だが、弟の性格からある程度予想もしていたアキラは、意識して冷たく返答した。


「あいつらは、私たちを殺す気だった。こっちがやんなきゃやられてたのよ」

なるべく(・・・・)だよ。絶対じゃない。人間なら、異獣よりかは弱いし、話も通じるでしょ」


 ジローも淡々と反論する。


「そこまで気使う必要ないわね。あいつらだって、銃を向けた以上、そうなる覚悟はあったはず」


 自分でも意外なほどスラスラと言葉が出てきた。

 おそらく、この話題に関して、こっちが正しいという確信があるからだ。


「……だけど敵だったら……向こうが仕掛けてきたのなら……情を払わなくていい。みたいな考え方は、良くないと思う」


 それでもジローはまったく気遅れなく言い返してくる。「はぁ? ……クソみたいな綺麗事押し付けないでよ」アキラはため息をつき、ガシガシと頭をかいた。


「でも……」

「これでも、あんた達を守るために必死に戦ったんだけど。なんでまだ文句つけられなきゃなんないわけ?

 なんであんたの要求を聞かなきゃいけないの。ジロー。根拠は?」

「僕が嫌だから」

「……は?」

「アキラに人を殺してほしくないから」


 大きな瞳が真っ直ぐ見つめてくる。強い光を宿して――


「つまり……あんたの気持ちの問題ってこと?」

「……ざっくり言えば、そう」

「あんたの気分を良くするために、私の仕事(負担)を増やせっての」


 なるほど、コイツのワガママぶりは筋金入りだった。

 ただ、その目の光は、地下にいた頃に宿っていたものとは少し色が違う気がした。


「いや、それも嫌だ。だから、次からは僕も戦う」


 それはまるで、親に駄々をこねる子供のようで……同時に、子供を叱る親のようでもあった。


「…………」


 理解できない。弟の態度のわけも、そう感じてしまう自分の内奥も。


「……あんたに何ができんのよ」


 耐え難い不快を、これ見よがしな舌打ちで発して、アキラはオフィスから出ていく。

 残された二人。今にも泣きそうな顔のパシパエに、ジローは「ごめんね!」と笑顔で振り向いた。


「目の前で言い合いなんかしちゃって……」

「あ、いや……あっあの……」

「僕らの問題だから、気にしなくていいよ。行こう」


 とそのまま明るい口調で彼女を導いていく。

 しかしパシパエは、とてもいまは彼の顔を直視できなかった。


「あいつらは何者なの?」


 移動しながら、アキラは兵士のヘルメットから取った翻訳機を耳につけ、質問する。

 ジローとは目線を合わせない。お互い前を向いて早足で歩く。


「たしか……」


 パシパエはふたりになんとか追いつきながら、記憶をたどっていた。


「えっと……こっ……“黒連(コクレン)軍”、と名乗られていました」

「こくれん……国? ……いや……黒、か?」


 ジローが顎に手を当てる。

 こちら側が黒界(こっかい)。向こう側が白界(はっかい)

 兵士たちは二つの地球をそう呼び分けていた。


「やっぱり、こっち側にも生き残りの集団がいるんだね」

「なんであいつらはパシパエを狙ってるのよ」

「あっあの方々は……ここ、こちら側に来た私を最初にみつけて、ほっ保護してくださったんです」


 ビルの階段を降りながら三人は会話する。建物の外に出る時は、アキラが先頭で異獣を警戒した。


「ですが、あの……ふふ、船で運ばれてる途中で、追手にお、襲われて……」

「それってあの竜のことよね」

「えっと、それだけでは……なくて……」

「……どういうこと?」


 予想はしていたが、少女を取り巻く事情は思ったより複雑なのかもしれない。

 眉をひそめるアキラに対し、「つまりコクレン軍は、そいつらからパシパエを守ろうとしてたのか」ジローがひとまずわかった事から確認する。


「あんたの力が欲しいだけじゃないの。自分たちで利用するために」


 皮肉っぽく指摘するアキラ。利用という点では姉弟も同じだが、「……どうなん、でしょうか…………」先ほどの兵士たちはパシパエを隔離すると言っていた。

 捕まれば、おそらくもう白界(むこう側)には戻れなくなるだろう。


「ここからは二つの選択肢がある」


 その事も念頭に置いた上で、ジローは立ち止まり、ふたりに向き直る。

 ちょうど建物の影から出る手前で止まっていた。


「ひとつは」


 右手の人差し指を立てる。


「このままここを離れて、僕たちだけで追手を振り切る」

 

 それから左手の指を立てる。


「もうひとつは、あのコクレン軍と和解する」

「はあ??」


 注意深く銃を構えていたアキラがすぐに反発する。


「たったいま殺し合いしたばっかなのよ。無理に決まってるでしょ」

「……あいつらはたぶん、こっち側でかなりの戦力を持った集団だ。今後も敵対したままなのは得策じゃないかも」

「なんでそんなこと分かるのよ」

「装備が整いすぎてた。

 装甲服も、銃も、三人ともまったく同じ物を使っていた。つまり装備一式を量産できているんだ」


 それほどの生産設備と資源を持つ集団。

 それほど大量の武器が必要になる規模の軍隊、ということである。


「それに、敵はあの軍だけじゃないみたいだし……」


 先ほど言葉を濁した少女をちらりと見ながら、付け足す。


「だからって……」

「ひとつの選択肢には入れよう。どっちが現実的かは、パシパエ次第だ」


 まだ不満気なアキラをよそに、話を振られ、少女の薄い背中がびくっと跳ねる。


「僕たちの最終目標は白界(むこう側)に行くこと。そのためにはパシパエが黒界(こちら側)に来た方法を知らなきゃならない。

 その方法次第で、今後の方針を決めよう」

「…………」


 姉弟の視線を受けて、少女はうつむいた。

 姉弟は待った。

 少女はそのまま数秒沈黙し……数十秒沈黙し……

 やがて汗が顎につたい、地面にぽたぽたと垂れてきた。


「ごごごめんなさい……ちょっと、つ、どうしても……思い出せ、なくて……」

「はぁあ!? なによそれっ!」


 ストレスの限界に達したアキラは思わず小さな肩を乱暴に掴んだ。


「がんばって思い出しなさいよ!」

「ごめんなさい……!! えっと、えっと……あぅ……あ……ほっ本当にっ……む無能っ……ですよね」


 頭を抱えて涙ぐむ少女に、「いや……まあ……」アキラは手を離して頬を搔く。


「こっちに来た時の記憶が無いの?」


 ジローが冷静に質問する。パシパエは涙目のままうなずく。


「……そ、空から光(・・・・)が降ってき担です。それで、き気がついたら……」

「……光って……」


 鼻声でつむがれたその一文を聞いたとき、彼らはある風景を思い出した。


「ちょっと待って……そのとき、地面がクレーターみたいに焦げて(へこ)んでなかった?」


 今度はジローがパシパエの肩を掴んだ。彼女はびくりと顔をひきつらせ「え? えと……」長いまつ毛に包まれた瞳を右往左往させる。


「たっ確かにそういえば……そんな感じだった……か、も……」

「クレーターって……ジロー」

「うん。間違いない」


 シェルターを出て、海にたどり着くまでの道中で何度も見た。

 あの無数のクレーターだ。

 空の地球から光の柱が降った(・・・・・・)痕だと、ジローは予想していたが、


「まさか、あれが本当に……」


 あのクレーターに近づいた時、なんとも言えない肌がピリつくような危険を感じた。

 異獣たちもなぜかあの場所だけを避けていた。

 あそこには生物が本能的に感じ取る何かがある。


 もしそれが、別世界に転移(・・)してしまうことだったとしたら。


「あのクレーターに行けば、向こう側に行く方法がわかるかもしれない……」

「え、ええ?」


 戸惑うパシパエを連れて、「あとで話すよ」とジローたちはすぐさま動き出す。


「ッ――ぐ!?」


 アキラが建物の影から出た瞬間、その右足に熱い感覚が爆ぜた。

 遅れて甲高い銃声が廃墟の街に轟く。


「アキラ!」

「バカ、出てこないでっ!」


 続けざまに、三人がいる地点にいくつもの銃弾が殺到する。

 兵士の狙撃だ。アキラは瞬時に理解した。

 幸い続く弾が当たることはなかったが、三人は建物の影で身動きが取れなくなった。


「クソ……どこから撃ってきてんのよ……」


 アキラがふだん使う猟銃の有効射程はどれだけ頑張っても50メートル弱。

 対して、この狙撃は少なくとも200メートル以上離れた場所から行われている。


 この見渡す限り並ぶ建物のどこかから。

 長距離狙撃という概念がないアキラには、想定外の襲撃だった。


「とりあえず、囲まれる前に、建物伝いで移動しよう」


 ジローが別動隊がいる可能性も考慮して提案する。


「……わかった」

「はっはい」


 アキラとパシパエがうなずき、動き出そうとした。


 その瞬間、彼らの視界は真っ白に染まった。


「ッ――!?」


 一瞬、三人は自分の視力が失われたのかと思った。

 凄まじい熱と衝撃波が三人の体を弾き飛ばし、数メートル先の道路に転がらせていた。


「なっ……にが……」


 地震、竜巻、落雷、

 瞬時にいくつかの自然現象が彼らの脳裏に浮かぶが、目の前で起きているのはそのどれでもなかった。


 それは交差点の中心に突如落ちた(・・・)


 道路のコンクリートが融解を通り越し気化するほどの高熱。

 空気と大地がその境い目を無くしたように震え合い、ビリビリと悲鳴を上げながらひび割れていく。

 横幅、およそ100メートルほど。

 全長、見える限りどこまでも高く。


 長大な光の柱が、三人の目の前に突如として現れた。


「よくやりましたね――ホワイト。ちょうどピンポイントですわよ」


 金色に輝く濁流の中から、人影が現れる。

 散歩のように軽い足取りで。

 一人は、小綺麗なローブを纏っている。フードを目深に被っているが、スタイルからして女性のようだった。


「竜が死んだ場所で特定しました」


 もう一人は、純白の鎧姿をしていた。


「あれを殺せるのは、こちら側では彼女(・・)しかいない」


 全身が隅々まで鎧に覆われ、肌の見える箇所がまったくない。唯一、フルフェイスの兜の裾から、短く切りそろえられた白髪が覗いている。


「……あれは……」


 パシパエがうめいた。

 見間違えるはずが無い。彼女の前に現れた、あの恐ろしい追手の姿を。


「クソ……」


 時を同じくして、少し離れたビルの屋上で、部下の手当てをしていたカイダもその光を見ていた。


「早すぎる」


 20年前、護衛艦の甲板から見た、同じ光景がフラッシュバックする。

 奴らはあの日も唐突に現れた。この国を、世界を一度終わらせた……《魔法使い》。


 ヘルメットの中で奥歯を噛み締めた。



「……それでは……狩りを始めましょうか」


 ローブの下で、赤い唇が残忍に裂けた。

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