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アンダー・アース 終末姉弟生存記  作者: 遁遁拍子
第1章 地下シェルター
2/18

2 アキラの銃

 前方の床を照らしながら進む。

 この手動発電式ライトの光では、数メートル先もよく見えない。ただ壁や床、天井の至る所に、乾いた血痕がこびり付いているのはわかった。


 腕に着けた線量計(メーター)によれば、現在ここのM線濃度は毎時200ミリヴェール。

 防護服無しでは()()()()()()()()()()()()環境である。


 暗闇を100メートルほど進むと隔壁にぶつかる。その壁面にも、やはりおびただしい赤痕があった。


 アキラはそこで荷物を下ろした。

 リュックから瓶と包みを取り出す。『期限切れ』のラベルを破り、数日前食べ残した肉塊を、隔壁の前に置く。

 それから瓶を開けて、中のどす黒い液体を肉にまぶしかける。

 こちらは二人の血だ。もう数ヶ月も前に採ったものなので、ひどい臭いがしたが、“奴ら”はこれが大好物なのだ。


 エサの準備を終えると、猟銃を取り出し弾を込めた。


「ふんっ……!」


 手動解放レバーの基部にパイプを突き刺し、力づくで動かす。

「ぐぅぅぅっ!」ガチ、と奥でロックが解除され、重い隔壁が開いた。


 数メートル後ろのバリケードまで下がり、廃材の隙間から銃を構える。

 ライトは消しているので視界は黒一色である。しかし既に闇慣れしたアキラの目は、隔壁前のエサをしっかり捉えていた。


「………………」


 獲物が現れるまでの時間は日によってバラバラである。30分で来るときもあれば、2時間以上待つこともある。


「……………………………………」


 ひたすらじっと待つ。

 この間の体調は、絶えず悪い。防護マスク内の湿気と空気の悪さでほのかに頭痛がするし、同じ体勢で長時間いるせいで、体の節々も痛んでくる。

 咳やクシャミをしたくても、音を立てることは命に関わるので我慢するしかない。


「……フゥゥ…………」


 音を立てない最小限のため息を吐く。アキラはこの時間が一番嫌いだった。

 早く、“奴ら”が来るのを祈りながら……。


「ぴするる────」


 今日は幸い、1時間ほどで来た。


 線量計(メーター)の数値が跳ね上がるのと、その音が聞こえてきたのは、ほぼ同時だった。


「ぴす――ぴする――――」


 通路の奥からやってくる。

 体長、2メートル強。二対の手足で這うように歩く。人のような形をした、だが明らかに人ではない生き物。


「ぴする――――」


 エサに近づくと、しきりに匂いを嗅ぐ。何の肉(・・・)か注意深くたしかめるように。

 アキラは猫目を細め、照準を定めながら慎重に銃把(グリップ)を握り直した。


 ピク、

 何かに気づいたように生物が硬直する。直後その顔面がガパリと裂けた。


「ァ――――」


 ぞろりと並ぶ鋭利な歯があらわになり、肉塊に思い切りかぶりつく。


 と、同時に、アキラは引き金を引いた。


「──ァア――アア――ア!!」


 銃声がとどろき、血しぶきが上がる。

 生物は悲鳴を上げながら上体を仰け反らせた。

 が、倒れはしなかった。わずかに急所を逸れたようだ。


「チッ……」


 大型獣用のスラグ弾でも、確実に脳天に当てなければ殺しきれない。

 即座にフィンガーレバーを操作し、次弾を装填する。


「ァ――アゥウウヴヴ……!!」


 顔の下半分を吹き飛ばされた生物がこちらに向き直る。その傷口の肉がみるみる盛り上がり、再生されていく。


「ァアア――!!」


 今度こそ見つけた本物の人間(エサ)へ向かって、一目散に飛びかかる。

 そのタイミングを待っていたアキラはすかさず引き金を引いた。

 発射された弾は今度こそ正確に、標的の脳天にめり込んだ。


「……ァ……」


 巨体が静止し、つんのめるように倒れ伏す。

 アキラはすぐにバリケードから顔を出し、獲物に近づいた。

 銃は構えたまま、床に投げ出された手足を注意深く蹴って、反応がないことを確認する。


「……フゥ……」


 ようやく一息ついて、銃を脇に置いた。

 何度やっても、この緊張には慣れない。


 ひとまず血抜きをしようと、亡骸の前にしゃがみ込んだ瞬間。


「――――ぴす」


 ――再びあの音がする。

 顔を上げると、闇の向こうから人型の影がもう一匹、現れていた。


「ッ……!」


 とっさに銃に手を伸ばす。

 生物ののっぺりした顔面が、愉悦を浮かべるように裂けた。


「ォアアアアアアアア!!!」


 銃を構え直すより早く飛びかかってくる。

 鋭い歯を銃身で受け止めながら押し倒された。


「かっ――は──!!」


 バリケードを突き破り、背中をしたたか床に打ち付ける。肺の空気が押し出されて苦酸っぱい味が口に広がる。


「――――ぁ――」


 視界がぐわんとゆらぐ。

 意識が遠のいていく――。



『お願いだから約束して』



 ぼやけた記憶で懐かしい声がした。

 沈みかけた意識が、誰かの手によって急速に引き戻される。


「――――ぅ――」


 目を開けると、視界いっぱいにボタボタと何かが垂れてきていた。

 唾液だ。

 防護マスクの目と鼻の先で、巨大な口が散弾銃にかじり付いている。


「ガ……ガガァガ!!」


 凄まじい体重が全身にのしかかって来ていた。


「う……ぐッ……!!」


 右手に、渾身の力を込め、銃を押し返しつつ、左手で腰のナイフを抜く。

 銃身に噛み付いている顎に思いきり突き刺した。


「ギィッ──────」


 奥深くまでねじ込み、掻っ切る。吹き出す返り血をもろに浴びながら息をとめた。

 巨体が怯んだ僅かな隙間に、折りたたんだ両足を入れ、腹を思い切り蹴り上げると同時に跳ね起きる。

 後ろによろけた生物の口に、間髪入れず銃口を突っ込み、ねじ伏せた。


「ガッ、ギィアアガ、アアアガ――!!」


「おとな……し……く……」


 もがく巨体を全体重で踏み押さえながら、フィンガーレバーを閉じ、弾を装填。


「死ねッ……」


 ボフッ、

 くぐもった銃声とともに鮮血が床を汚した。

 巨体はビクンと跳ねて、動かなくなった。


「…………はぁっ……はっ…………んぐっ。ぷは…………」


 喉元まで込み上げていたモノをなんとか飲み込み、マスクについた血を拭う。


「はぁっ…………はぁっ……ふぅ……」


 ドクドクと大きな血流音が鼓膜を支配している。胸に手を当て、深呼吸してなんとか落ち着かせる。


 ようやくおさまったころ、銃口を引くと、ごぽりと大きな血泡が吐き出された。


 リュックから解体道具を取り出す。

 ナイフで頸動脈を切り、血抜きを終えたら、

 大きすぎる胴体は避けて、四肢のみを手早く切り出していく。


 作業中、辺りには殺人的な血臭が立ち込めるが、脳の不快回路をシャットアウトして続行した。


「………………」


 無心。無心だ。いま正気になったら確実に吐く。

 もはや慣れた動作でノコギリを動かし、捌いた肉を次々クーラーボックスに放り込んでいく。


 異獣を殺し、肉を切る。

 もう何年も繰り返している。身体に染み付いた工程。

 明日も明後日も、同じことを続ける。


「…………」


 一週間、一ヶ月、一年…………十年。

 ダメだ。無心だ。

 手を止め、真っ赤に染ったグローブを見下ろした。


『お願いだから約束して』


 このシェルターに生きる人間が自分と弟だけになった日。

 母にいわれた言葉がよみがえる。


『これから先、どんなことがあっても……生きることだけは諦めないで』


 なぜあんな酷い言葉を残したのだろう。

 もう誰もいなくなった。

 こんな暗く狭い場所で、弟とたった二人だけで。


「なんで……」


 なぜ、まだ生きなければならないのだろう。


 マッチを一本すって、余った亡骸に落とす。

 既に生物としての面影もなくした肉の塊が、パチパチと音を立てて燃えていく。


 それをしばらく眺めた後、クーラーボックスを担ぎ上げた。

 いつもと変わらない足取りで、アキラは弟の待つ家への帰路についた。

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