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アンダー・アース 終末姉弟生存記  作者: 遁遁拍子
第1章 地下シェルター
10/18

10 朝陽

 サラサラという音がして、やわらかな風が(ほお)を撫でた。

 妙に落ち着く匂いに包まれていた。嗅いだことは無いはずなのに、ずっと昔から知っているような……。


 薄く目を開けるとそこには見慣れた顔があった。

 男っぽい雰囲気、短めの黒髪、無愛想な猫目の。


「……アキラ?」


 声を発すると、びくっと肩を跳ねさせ、ジローを見下ろす。


「…………っ、この、バカっ……」


 きっと口を結び、弟の胸を軽く殴りつけた。


「バカ! ……アホ……カス!」


 ポカポカと数回叩いて、終いには、窒息させるような力で抱きしめる。


「むぐっ! なっ、なに?? く……苦し」

「ごめんなさいって言え!」

「はぁ? なんでっ??」

「いいからっ…………心配させて、ごめんなさいって、言いなさいっ……」


 声を尻すぼみに弱々しくなる。スンッと鼻をすする音が耳元でする。


「…………それは……ごめん……」


 ジローはとりあえず姉を抱き返しながら、自分の手に握られた杖を見て、何が起こったのか思い出そうとした。


「僕、なにやって……」


 最後の記憶では、たしかエレベーターシャフトにいたはずだ。地上に繋がる最後のケーブルを登っていて、だが途中で魔物の群れに落ちて――――食われた。


「うォああ!」


 慌てて自分の体を見下ろす。

 彼の体を包む防護服は血まみれで、そこら中に食いちぎられた穴が空いていた。


「うァやっぱりいっ!! ……い……あれ?」


 悲鳴は、途中で疑問に変わる。

 防護服には穴が空いている。しかし、そこから覗く自分の体には一切の傷はなかった。

 腕も足も、ちゃんとついている。


「…………なんだ、これ……なんで」


 わけがわからず、姉を見る。

 すると彼女は言葉を選ぶように目を逸らして、ポリポリと頭をかき、


「あんたが寝てる間に…………異獣の血を飲ませて、肉を食わせた。そしたら治った」

「……なにを言ってんの?」

「私だって……よくわからないわよ。でもそうなったの」


 まったく意味がわからない。しかし姉は至極真顔で言う。


「つまり、私たちの身体は、違ったってこと。その……普通とは」

「……はぁ……」


 彼女の心理はジローにはまだ理解できない所だった。


「っていうか、ここはど……」


 周囲を見回した。


「……こ」


 そこには、彼がいままでの人生で、一度も見たことの無い光景が広がっていた。


 その瞬間まで、彼にとって世界とは、薄暗い地下の廊下だった。

 コンクリートの床に天井。ぼんやりした室内灯に照らされ、空気を無数の埃が舞っているような、無機質な世界。


 しかし、いま世界は、深い緑に包まれていた。

 頭上を覆う天井のように見えるのは、背の高い緑葉樹の枝葉だ。辺りはほの暗いが、しかし、地下に比べれば格段に明るい。

 そしてどこか温かい感じがする……。

 足下に目を落とすと、そこには()があった。


「あ……」


 枝、落ち葉、木の実……。無数の有機物がごった返して敷き詰められている――大地だった。


「あ……あ……!」


 ジローは無我夢中で駆け出していた。

「待って!」アキラの静止も無視して、杖をつき、動きの悪い足を無理やり動かし、

 木々の隙間から射す小さな“光”を、一直線に目指す。


「待ちなさいってば……!」


 唐突に開けた場所に出た。数秒遅れで、アキラが息を切らしながら追いついてくる。


「………もうッ、急にどっかいかないでよ……」


 膝に手を着いて「うっ!?」足下に広がる絶壁が視界に入り、慌てて後ずさる。

 肝を冷やしながら隣の弟を見て、その唖然(あぜん)とした表情に気づいた。


「……なに?」


 彼の視線の先を見て──同じ顔になった。


 ふたりはなだらかな山肌の中腹に立っていた。

 そこから巨大に反映した緑の森と、所々に灰色と廃墟らしき建造物が突き出て見える。そして途方もなく高い藍色の空が、地平線まで繋がっている。

 

「あ――……」


 空と陸を分ける山稜の向こうから、まばゆい光が昇ってくる。

 森に、川に、空に、それは流れ込み、暗い闇の中にあった世界を黄金色に染め上げていく。


 眼球が焼けるような輝きに、ジローは思わず手をかざしたが、それでも目を離すことなどできなかった。

 たしかに本に記されていた通りの──だが十数年、地下で夢想していたそれとは比べ物にならないほど鮮明で、美しく、異様な光景だった。


 心臓が生まれたてのように激しく鼓動する。

 血圧が高まり、手足の指先がびりびりと痺れて、新鮮な血が頭にも回り、顔が火照ってくる。

 全身の細胞が総歓喜する感覚にのまれる。


「うわ……」

「…………っ」


 ジローは思わずため息をつき、アキラは息を飲んだ。

 姉弟はお互いが倒れてしまわないように、無意識に手を繋いで、

 そのまましばらくの間、生まれて初めて浴びる本物の朝陽に圧倒され続けた。
















 異変に、最初に気づいたのは、ジローの方だった。


「はっ、え、いやちょっと待って……なんだ……!?」


 本物の光を浴びて呆然としていたアキラの鼓膜を、弟の必死な呼びかけが突いた。


「えっ?」


 我に返り、隣を見る。


「ぁ……? なに……?」

「あ、あれ! 見て!」


 ジローは動揺しながら空を見上げていた。


「なんだ…………なんだよ……あんなの……書いてなかったぞッ」


 空は、陽光を受けて明るい青色に染まりつつある。

 そこには、ゆったりと流れる無数の白い雲と――それらをかき分け空一面を覆うように居座っている――巨大な星があった。


「は……?」


 アキラがその光景を現実だと理解するのに、しばしの時間がかかった。


 昔、母から聞いたことがあった。

 地上の空には無数の星がある。それはこの地球の外、この世界よりさらに果てしなく広い外の世界、宇宙に散らばる、星々なのだと。

 その空でも最も大きく、私たちをいつも見下ろしているのが、“太陽”と、“月”の二つだと。


 でもあれはそのどちらでもない。あれは……まるで……


「…………地球…………?」


 その星の表面には、青い海と、複雑な歪曲の線を描く大陸があった。どことなく見覚えのある形……教科書の写真かなにかで見たことがある。

 同じに見える。

 それは限りなく《地球》に酷似した星だった。


「空の……上に…………なんなの、なにが……」


 何が起きてる?

 アキラは困惑しながら、行き場のなくなった疑問を隣の弟に投げかけた。


 彼も同じ景色に目を奪われていた。

 しかし、その表情には、アキラを余計に混乱させるものが貼り付いていた。

 恍惚(こうこつ)とした笑みだった。


「第二の地球だ」


 そのときジローの頭に浮かんでいたのは、なぜか地の底で幾度となく読んできたあの本の題名だった。

 地上世界のことが書かれた本。

 《第二地球冒険記》。


「なによ、それ」

「わかんない……けど……」


 腹の底から湧き上がってくる。それは強烈な相反するふたつの衝動。

 恐怖と、歓喜だった。


 この世界は恐ろしく未知だ。

 そして、信じられないほどの可能性も持っている。

 押し込められていた感情は、いま、せきを切ったように溢れ出す。


 知りたい。

 あれがいったいなんなのか。

 地上に何が起こったのか。父の行方は。

 この広い世界に満ちた謎すべてを。


「……ぜったいに突き止めてやる」


 陽熱に浮かされた頭で少年は誓った。



 |《第一章 終わり》

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― 新着の感想 ―
地下シェルター最下層の細部にわたる描写や、変異生物との戦いの場面から、そこでの過酷な生活ぶりや閉塞感、絶望感がひしひしと伝わってきました。 過酷な狩りを知るアキラの未来への絶望と、地上に希望を抱き続…
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