五月 『GW四日目―食堂じゃないし―』
「まだ間に合うんじゃない? …まず家隣じゃん」
ふと背中から声がかけられた。クルミだ。
「このままその空気で明後日学校に行くのかしら?」
伊万里まで…。まあ、確かにそうなんだけど。
「うん、わかった。行ってくる」
玄関から飛び出ると、すみれはまだ道路にいた。
「…よし!」
僕は走りだそうとして、左から近づいてくる車の音に気付いた。
「トラック? てか、スピード早くない?」
そのトラックは、目の前の狭い道路をスピードを出して走ってくる。
すみれを見ると、道路の真ん中で俯き、考え事をしながら歩いてるようだ。
は? これ直撃するじゃん!
「すみれ! 避けて! 後ろからトラック来てるぞ!」
大声をかけてみたが、気付いていない。
「くそっ…!」
僕は全速力で走りだすと、背中に冷や汗を感じながらすみれに向かって飛びついた。
「わっ…!」
直後、背中のほうからトラックが通り過ぎていく音が聞こえた。
危なかった。怖い怖い。
「優…君?」
「あ、ごめん。大丈夫?」
優はすみれから離れた。
「大丈夫だけど…優君こそ、怪我はなかったの?」
「うん、平気だ。それより、なんで避けなかったの?」
「…ごめん、気付いてなくて…」
「まあ、すみれが平気ならいいけど」
「優君…その…」
すみれは俯き、ボソッと言った。
「礼はいらないよ」
「そうじゃなくて…」
「ん?」
「なんで、ここにいるの? …あれ? 伊万里? クルミちゃん?」
すみれは、僕の家の玄関から顔を覗かせている二人を見て目を丸くした。
「ああ、あの二人に言われて、さ。…ねえ、すみれ」
「…うん?」
「いくらキスしたいからって、自分のくじと僕のくじをそれぞれ変えたらだめでしょ」
「ごめんなさあい!」
彼女は泣きだし、ジャンピング土下座をした。
「それに、何も言わずに帰ろうとするなんて、ひどいじゃないか」
「すいませんでしたあ!」
「あの二人のお陰で嫌な空気は消えたんだから、あの二人に感謝しといてね」
「うう…ぐすっ…ありがと」
優はすみれの前にしゃがみ、彼女の頭にそっと手を置いた。
「だから、もう泣かないで! 僕が周りの目が痛いから! 頭上げて、お願い!」
いつの間に増えたのか、歩行者が何人か集まってこちらを見ていた。
ノアと千穂理と三人で買い物行ったとき以来…あれよりかはずいぶんマシだけど。
「うん、ありがとう、優君」
僕がすみれと別れて玄関まで戻ってくると、伊万里とクルミの二人はまだそこにいた。
「優も災難ね」
「よくやったね~」
「うん。二人のおかげだよ、ありがとう」
「それにしても意外とすんなり解決したわね」
「確かにそうだったね」
昨日行けなかった買い物を三人で済ませると、昼食も三人で作った。味はよかったけど…クルミのところにだけ塩が効きすぎてサバを食べたときにモザイクせざるを得ない顔になっていた。犯人はもちろん伊万里。
そこから、勉強したりして時間を過ごし…勉強より教えるほうが多かった気がする。クルミなんて、僕のせいで課題多くなっちゃったからなあ…罪悪感が消えない。
よく考えたら、僕はクルミの家庭教師みたいになっていたかもしれない。
伊万里は三時に僕の家から去った。これで彼女の宿泊(強制)は終わった。
…冷静になって考えてみると、女子い過ぎじゃない? 五月三日の隼以外、男子来てない。というより、女子たちが勝手に泊まりに来てるだけなんだけど。これを一般の男子たちに知られたら…なにされてもおかしくない状況だった。誰にも遭遇しなくてよかっ…
ピンポーン。
…た? え? いやな予感しかしないけど。郵便はありえないし…。
優は恐る恐る玄関の外を映したモニターを覗いた。
とうふとわたあめ…! マジで来た! マジで! しかも二人!
僕は廊下に出たが、予想外なことが起こった。
「どちら様でしょうかー?」
クルミが玄関のドアを開いていた。
うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
「ってあれ? 君たちは同じクラスの…」
「え? なんで倉ノ下の家から…」
「胡桃沢さんが出てきたんだ?」
お互いそうなるだろうね。…というか僕はなぜ身を隠してるんだ?
「あ、それはね。ちょっと事情があって、倉ノ下君と同居してるの」
「「ど、同居ォ!!?」」
これ以上エスカレートしたらさらにヤバくなりそうだから行こう。
「とうふ! わたあめ! これには深い事情が…」
「「倉ノ下ぁ! お前、女と絡みすぎだろお!」」
きれいにハモると威圧やばいな。
「落ち着いてえ!」
「「落ち着いてられるかあ!」」
「ハモりまくって…さ、さては親友だなあ!?」
「「もちろん親友だぜ! 幼馴染付きだぁ!」」
「四連続とかすごくない!?」
しかも行動まで左右対称で一致。
「「見たか! これが俺たちの友情の証だ!」」
「さあ、上がって」
いつものリビングで、ソファに腰掛けたとうふとわたあめにクルミのことをかくかくしかじか説明し、なんとか誤解を招くことを阻止できた。
「それで、今日はどんな要件で来たの?」
「そうだ。俺たちは倉ノ下の飯を食べに来たんだ。ほら、これ食材だ」
とうふは右手に提げていた大きい袋を机の上に置いた。
「僕の家は食堂じゃないし、食材を持ってこれば作るっていう考え方がそもそもおかしいし!」
「お願いだよ~。今日行こうと思ってた店が潰れてたんだよ。だから仕方なく」
君たちなんなの? 仕方なくって。
「食材買ってくるなら自分たちで料理すればいいのに」
「簡単に言ってくれるなあ。俺たちは料理できないし、親やにいちゃんは旅行に行ってんだし」
「二人もか…」
優はため息交じりの台詞を吐き捨てる。
「なんだ? 疲れてんのか?」
「まあ…ゴールデンウィーク入ってからずっとだよ。クルミもうるさいし」
「え? ボクのせい? 気付かなかった」
クルミは自分のスマホを画面を見ていじりながら…いつものように反省しない。
「てなわけで、頼ってくれたのはうれしいんだけど…」
「そうかあ…」
「どうする?」
「待って、帰すなんて言ってないよ」
「…どういうことだ?」
優はスマホの画面をタップして、その画面をとうふとわたあめの二人に見せた。
「ク〇クパッ〇を使って自分たちで作ってくれない?」
「「…は? マジで?」」
「へー、倉ノ下君の代わりに二人が作ってくれるんだー。頑張れー」
クルミは相変わらず自分のスマホの画面に視線を落としながら、ちゃんと話を聞いているようだ。…いや、ちゃんとではない。
「何言ってるの? もちろんクルミもやるんだよ」
「あ~、わかったよ~。…ふぇ?」
クルミはとぼけた顔で優を見た。
「あ、いいんだね。じゃあ三人とも頑張って」
「え、ちょ…ボクも!?」
「三人でやればなんとかなるでしょ」
「…まあ、迷惑かけてるならしょうがないか…」
彼女はスマホを持って立ち上がり、自身のキャリーバッグをあさった。
なんか素直だな。なにかあった?
「「俺たちいいなんて言ってないけど…」」
アイパッドを取り出したクルミは、とうふとわたあめの前に立ち、腰を曲げて二人を上目遣いで見つめた。
「こっちの方が画面大きいからこれ使うね! ねえ…藤堂君とわらた…渡会君も一緒にしよ? だめ…かな?」
地味にわたあめの名前噛んだけどその目でごまかしたな…。
「「なっ…」」
あれは威力高いだろうな……あ、二人とも赤くなってる。
「まあ、そこまで言うんだったら…」
「やるしかないか…」
やったあー! 久しぶりに料理しなくてよくなったあ! クルミさんきゅ。
「いただきまーす」
「どうぞ」
「胡桃沢さんがそれやると主婦みたいだな」
「毎日作ってもらったら最高だろうなあ。いいなあ倉ノ下」
わたあめ僕を妬み過ぎじゃない? クルミは料理なんて頼んでも作ってくれないぞ?
今日の主菜はチーズインハンバーグ、主食は白飯、副菜はキャベツが持ってある。汁物はコンソメスープ。デザートにフルーツミックスだ。
「それにしても豪華だね」
「三人だから分担してできたからな」
「洗い物はボクがやるね、あ・な・た」
クルミはエプロンを着たまま席に座ると、優を見てにっこり笑った。
「っ! ごほっごほっ……んん」
ハンバーグがのどに詰まりかけたが、なんとか耐えれたようだ。とうふとわたあめなんて、できたてで熱いコンソメスープをお互いの顔に吹いてる。
「…ク、クルミ…冗談でもその呼び方はやめて……次言ったら家の外に放り出すから」
「ごめんごめん。なんかそれっぽい雰囲気だったから」
「そのふわっとした理由には納得できない」
「倉ノ下…うらやましすぎる…」
今日の夕食も騒がしいな。最近ずっとこんな感じだけど…楽しくないわけではないからいいか。
優が考え事をしている最中に、わたあめが口を開いた。
「そうだ。倉ノ下と胡桃沢さんは、同居してることがクラスに知れ渡ったらどうするんだ?」
「縁起でもないこと言わないでよ。…まあ、なんとか説明してみせるけど」
「そうだね~。女子が説明すればみんな納得すると思うよー」
「理由はどうするんだ?」
「う~ん…ボクは倉ノ下君を信頼してて、彼ならなんの心配もいらないってのはどうかな?」
「それじゃあ誤解は解けないと思うよ。って言っても、他の理由が思いつかないんだけどね…」
「じゃあ、これはどうだ? 胡桃沢さんは飯を食べるところがないから、料理が上手い倉ノ下の家に仕方なくいるってことで」
「…とりあえず、それにしとくか。うん、そうしよう」
食事や食器洗いが済んでちょこっと休憩したあとの、お別れの時間。今は四人とも玄関にいる。
「今日はありがとな。次からはちゃんと電話してから行くから」
「うん…」
『次も来るよ告知』ありがとう。
「藤堂君と渡会君、また明後日ね」
「おう」
「ボクは倉ノ下君とまだ遊ぶからね」
クルミはそう言うと、優の左肩にポン、と手を置いた。
「倉ノ下…女子と二人きりで、しかもそんなことまでされても何も動じない姿…素直に感心するぜ…」
うん。とうふ、どうでもいいものに感心しなくていいから。それに昨日の風呂がアレだったから、こんなことではピクリとも動かないぞ。
「じゃあな」
「ばいばーい」
「ゴールデンウィークも今日抜いたらあと一日だね」
「そう、クルミは明日までに残り三教科を終わらせなきゃいけない」
「げ、現実に引きずり込まないでぇ」
「何言ってんの。ここは現実だよ?」
「そういう意味じゃなくてさあ…」
こうして、今日…GW四日目は幕を閉じた。




