五月 『GW三日目―一緒にお風呂入るのよ?―』
五月五日、午後八時半。
優が入浴していたのにも関わらず、体をタオルを巻いたすみれもお風呂場に入ってきた。幸い、優がお風呂場に入ってすぐにすみれが入ってきたため、優はタオルを手に持っていた。だから、僕はすぐに腰にタオルを巻くことができた。
なんてこった。とりあえず冷静に対処しなければ。
「面白そうって…。あと僕は純粋に生きたいからそういうのやめてくれるかな?」
「えー? だってアニメとかって、だいたいこういうシーンあるじゃん」
そんなに普通に言われたらどっちが間違ってるのかわかんなくなるじゃん…。
「こっちは現実だよ。それにアニメのキャラクターってほとんど高校生以上だよね? 僕たちまだ中学生だよ。だめだってば」
「優君珍しく動揺してるね」
すみれには隠せないかあぁ…。
すみれは頬を紅潮させたまま、開けていた浴室ドアを閉めて僕の背後に回り込んだ。
「動揺しないほうがおかしいと思うんだけど…」
優は肩をすくめ、バスチェアに(勝手に)座ったすみれを見た。
「背中洗って~」
「すみれがここにいるなら僕はまたあとで入るよ」
「えぇ!? 待って!」
優がお風呂場を退室しようとドアの取っ手に手を伸ばすと、すみれはすぐさま立ち上がり、優の目の前に立ちはだかった。
「ここは通さな――きゃっ!?」
しかし、彼女はその場で足が滑ってしまった。
「…んん……あ」
自分の体が倒れなかったため、すみれは恐る恐る目を開けた。
「お風呂場でそんなことしたら滑るかもしれないことくらい頭に入れとこうよ」
案の定、優がすみれの体を支えていた。
「やっぱり助けてくれると思った」
「そりゃ、こんなとこですみれが怪我でもしたらいろんな意味でとんでもないことになりそうだからね」
優はそれだけ言うと、すみれを元の体勢に戻した。
「ありがとう」
改めて見ると、すっごく美麗だ。今の恰好からだろうけど、とても色っぽい。
「…優君どうしたの? もしかして、私の体が欲しくなっちゃった?」
すみれは上目遣いで薄く微笑んだ。
「あいにく僕はそういうのに興味がないんだ。残念だったね」
「冗談冗談。一度言ってみたい台詞の一つだったの」
なんじゃそりゃ。
「…てことで、僕はあとで風呂に入るよ」
優は再び浴室ドアに手を伸ばした。
「さっきの私の行動で分からなかったの!?」
また阻止された。
「僕がいるとすみれが怪我することなら分かった」
「今のは私の不注意だったから…気を付けるから、ね?」
諦める気はマジでなさそうだ。
「…なんでそんな一緒に入りたがるの?」
「私、最近優君の普通の友達か、もしくはモブキャラ扱いされてるような気がしたから」
「あ、そこ『面白そうだったから』で貫かないんだね…て、なんて理解できない理由なんだ。その答え」
「まあまあ、気にしない気にしない。さ、体洗うよ」
すみれはそう言ったあと、優を強制でバスチェアに座らせた。
「ずいぶんとはぐらかしたな…」
僕は嘆息し、すみれからは逃げられないことを悟った。
こういうところだよね、僕の弱点は。
「背中洗うね~」
「なんで背中を洗ってもらう必要があるのか理解できないんだけど。背中くらい自分で普通に洗えるし」
すみれの口から小声で「チョロいね」と言われたが、聞こえないふりをしておいた。
「洗うんだったら頭にしてくれないかな?」
「むぅ…優君はわがままだなぁ」
勝手にしかけてきたくせになんなんだ、その言い草は…。
「まあ、いいよ。シャンプー貸して~」
「ありがとう。お返しにすみれの髪も洗うよ」
「やったね☆」
「よいしょ」
シャンプーの液体を手に出して、軽く手でこすると、すみれの髪にそっと触れた。
「ん…」
「痛かったら言って」
「ん…気持ちいい…あぁ…」
「…変な勘違いをする人がいるかもしれないから『痛い』以外に言わないでくれるかな」
それにしてもすみれの髪はロングだから大変だなあ。乾くのにも時間がかかりそう。
「…優君の手…ん…うれしい。…本当に気持ちいい…えへへ」
「話聞いてた?」
僕の家のお風呂場の湯舟は、少し大きめで、一気に四人くらいは入れそうだ。
今。僕とすみれは背中を合わせて(べったりじゃないよ。すみれが優に寄りかかってる感じだから勘違いしないで!)お互い逆の方向を見ている形で湯舟に浸かっている。もちろん、タオルは巻いたままだ。
すみれが体を洗っているときから、僕は湯舟に浸かって彼女を見ないようにしていた。
「あぁ~いい湯だなぁ~」
すみれは温泉の湯に浸かったおじさんのような台詞を吐いた。
「できれば一人で入りたかったんだけど」
「優君は欲がないねぇ」
「やっぱり女子が考えてることは謎だね」
「ひどいなぁ…」
「今更だけど、すみれが『お風呂沸かして』って言ったのはこのためなの?」
彼女がその言葉を口にしたのは四人で夕飯を食べているときだ。その時は理由を聞かなかった。
「う~ん、そうなのかもしれないことも無いこともあるかもしれないことも無い訳では…」
つまりこのためなんだね。
「それに僕がお風呂場に入ってからすぐ入ってきたよね? 何? スタンバイしてた?」
「お掛けになった電話番号は、現在使われておりません」
あえてつっこまないでおいた。
「…………」
「…………」
それから数秒の間、沈黙が続いた。
「ねえ、すみれ」
「何?」
「好きな人と、混浴? するのって、どんな感じなのかな?」
「い、いきなり何を…ブクブクブク…」
すみれは照れ隠しに顔を半分お湯に浸けた。
すみれがこんな反応を見せるなんて珍しい。
「混浴に限らなくても、ただ一緒に、隣にいるときとか、喋ってるときとか、デートしてるときとか…」
すみれは少し間を置いて、顔を上げた。
「緊張する。胸がドキドキする。幸せな気持ちでいられる。幸せな気分でいられる」
「……」
「他にもたくさんあるかもしれないけど、とりあえずこんな感じですよ…あっ」
すみれは語尾が敬語になっていたのに気付き、口を手で隠した。
「そういうものなのか…」
「私もよくわからないよ…」
あ、さっきのすみれの敬語で思い出した。
「そうそう、あとで大事な話があるから、僕が寝る前に僕の部屋に来て」
「大事な話…? うん、わかった」
さて、そろそろ上がったほうがいいか――
僕が立ち上がろうとした次の瞬間、浴室ドアが勢いよく開かれた。
「お二人さんイチャイチャしてるとこ悪いけど、ボクたちも入れさせてもらうよ!」
体にタオルを巻いた、伊万里とクルミの二人が僕の脱出を妨げた。クルミはもともとポニーテールだったから、今は髪ゴムを外してロングヘアーになっている。
今思ったけど、僕って前は嫌だったことを普通に許してるよね。だけどさすがにこれは…
「私たちは優のことを異性として好きって訳ではないけれど、すみれがやるんだったらしょうがないわよね」
「全員最初からやる気満々だったんだね…」
「ちなみに私が提案したよ」
「全員ノってくるのがまた怖い」
さて…逃げますか。
「あっ! 待って!」
すみれが気付いたときには、優はもう…あ、死んだわけじゃないから。
優は浴室ドアをさっ、と閉め、バスタオルに手を伸ばそうとすると…
「わっ?」
背後からガラッと音を立てて浴室ドアが開き、誰かに抱き着かれた。
手を伸ばそうとしたら阻止されるくだり何回目だ? あ、抱き着かれたのは四回目ってのはわかった。
「クルミか?」
「あったりぃ~!」
いや、それ以前に――
「離れてくれないかな? 結構ヤバい状況なんだけど」
僕の背中に、タオルを隔てて彼女のアレが密着してる。やばいって。
「倉ノ下君がお風呂場に戻らないと、ボクは放さないよ!」
「美少女三人と一緒にお風呂入るのよ? 幸せと思いなさい」
伊万里までなにフォロー入れちゃってんの? それに僕はそんなこと望んでない!
「ほぉらぁ早くぅ~」
そんな感じでクルミに抱き着かれたままお風呂場に戻されました。
僕はなんでこんな人たちと仲良くなったんだろう…。てか、この世界いつからこんなことになった?
「あと何分風呂に入ればいいんだ…」
「私たちがお風呂を上がったあとまで」
「いや、それはきついよ」
「先に上がるのは駄目だよ?」
「もういやだ…」
これ絶対上がれないやつじゃんか。これからもっとあるのかな、こういうの。
伊万里とクルミは体や頭を洗い、二人とも湯舟に浸かった今の状況としては、四人が湯舟に浸かっており、僕は三人が極力視界に入らないようにしている。
「優君いつの間にかハーレム主人公みたいになってるねー」
「私とクルミは優のこと異性として好きってわけじゃないから、本当にそうなのかはわからないわよ」
「さっきもそれ言ってたけど、ツンデレとかそういうのじゃないんだ」
「違うわよ。それに優はすみれがとるべきじゃない」
「すみれは倉ノ下君のこと好きなんだー?」
「うん、大好きだよ~」
「普通に言っちゃうんだね。本人いるのに」
「それにしてもクルミはモデルだけあっていい体してるわね。さすがの優もこれ見たのならちょっとくらい反応してあげてもいいと思うわ」
なんだこの女子トーク。しかも僕が話のタネになってるし。
「ねえ、本当に上がりた…」
早くここから逃げたい気持ちが抑えきれず、割と本気で許可をとろうと思って後ろを向くと、彼女たちは体に巻いていたタオルをとっており、露出部分は手で覆ったりしていた。
「なんで裸になってんのー!?」
僕はすぐに前に向き直り、自分がもっとヤバい状況に置かれたことを認識した。
「だって、タオル巻いてるよりは普通に裸で入ったほうが気持ちいいもん」
「僕がいることを忘れないで!」
「私たちは平気だよ? ほら、優君もこっち向いて」
すみれの手が僕の肩に乗った瞬間、僕の体はお風呂場を飛び出していた。
「あ、逃げられた!」
「まあ、いいじゃない。優ももう限界だろうし」
「そうそう…倉ノ下君には少し悪かったかもね」
浴室ドアを隔てて彼女たちの会話が耳に入った。
いや、だからなんで最初からそう思わないんだよ…。
「いやぁ~みんなで入るとやっぱり楽しいものだね」
「しかも同級生の男子がいるとなるとちょっとドキドキするよね」
「すみれなんか心臓バクバクしてたんじゃないかしら?」
「破裂するかと思ったよ。…ごめん、冗談」
やがて、女子三人組も風呂から上がり、皆口々に喋りながらリビングに足を踏み入れた。
優はそれに気付くとテレビの電源を切り、彼女たちを見た。
「今日のことといい、さっきのことといい、絶対に他の人に言わないでよ」
「わかってるよぉ。ばれたら私たちもちょっとくらいは言われそうだし」
ちょっとくらいて…。
「そうだ、クルミ、ちょっといい?」
僕はクルミに手招きをした。
「なんじゃいなー?」
彼女は不思議そうな顔をしてこちらに寄ってきた。
「もう遅いけど、本当に僕の家に泊まるってことは、僕を信用してるからでしょ? 知り合って一日も経ってないのにどうして信用できるの?」
「…そりゃあ、すみれといまりんの友達なんだから信用できるに決まってるでしょ!」
「そうか、わかった。ありがとう」
優がちょっと照れただけなのに、クルミは目の前に大好物を出された子供ような顔をした…いや別に優が大好物って意味じゃなくて。
「あーもー可愛いな! おらっ!」
え? 腕を首に回されて? そして抱き着いて――
「もう抱き着くのやめて…」
「いいじゃーん、倉ノ下君可愛いもん」
風呂上がりの影響で火照っているクルミの顔が目の前にある。
というか、僕が抱き着かれてるときにみんななにも言わないのはなんでかな?
「すみれ~ボクもう倉ノ下君のほっぺにキスしちゃいたい気分なんだけどいい?」
「なっ…!」
目の前で言われた台詞に、僕は危機感を覚え、脱出しようと試みる。が、がっちりと固定されていて抜け出すことは不可能のようだ。
「ほっぺでもだめだよ~。もししたらクルミと絶交するかも」
「それは勘弁ってことでやめるね」
よかった、よかった、よかった。…よかった。
「そろそろ放してくださいお願いします」
「条件付きでいい?」
「そっちから勝手に抱き着いてきたくせに!?」
「ボクを抱き着かせたのは倉ノ下君じゃないか」
「他人のせいにしないでよ」
「じゃあ一緒に寝るって条件で!」
「いいなんて一言も言ってないのに!」
「前の台詞で『い』が二つあったからいいのかなって思った! 決まりね!」
「なんて理不尽な理由! 勝手に決めるなあ! ――って、え?」
不意に首に巻かれていたクルミの手が離れた。
「条件成立! 解放する!」
「勝手に成立しないでって!」
まただ…いっつもこれだ。なんでみんな勝手に決めていくんだよ…。
「待って」
「いまりん?」
いつの間にか伊万里が近くまで寄っていた…いや、さっきの位置から二歩進んだくらいなんだけど。
「優は今日いろんなことがあって疲れてると思うのよ。だから、今日はやめておくべきだと思うわ」
伊万里…! なんて心優し…いや、今『今日は』って言ったよね。
「じゃあ明日にするね!」
「絶対言うと思ったあ!」
今は十時三十分。僕は自分の部屋の勉強机に向かって一生懸命シャーペンを動かしている…課題プリントをやっている。伊万里が言った通り、今日は朝からいろいろあり過ぎた。そのため、今日分の課題をおろそかにしてしまっていた。僕としたことが。
「よし、あと二枚」
合計三枚の理科の課題プリントを終わらせた。次に、四枚目のプリントに名前を記入する。
突然、部屋の扉が開いたと思えば、すみれが姿を現した。
「優君、大事なお話とは…?」
「ああ、すみれか。ベッドに腰かけていいよ」
「は~い」
すみれは返事をすると、そのままベッドに腰を下ろし、触ったり上半身だけ寝転がったりしてベッドの感触を確かめていた。
僕は勉強机から席を外すと、自分もベッドに腰を下ろし、すみれを見た。
「すみれ、大事な話とはね…まず、四月のすみれが転入してきた日、覚えてる?」
「え~と、ちょっと言い合いになった日だね。うん、覚えてる」
「その日、すみれは四月の第二土曜日、四月十四日にある夢を見たと言っていたね」
「うん、そうだね」
「その夢の詳細を、教えてくれないかな?」
優は真剣な表情ですみれに尋ねた。
「…いいよ。教えてあげる」
――その日は昼から雨が降っていて、学校から家に帰るときには土砂降りだった。
『私』はお手洗いに行っていて、友達の二人に先に帰るように言っておいた。手を洗っているときに鏡を見ると、自分が院瀬見すみれであることがわかった。昇降口まで歩いて、靴を履き替えて傘をとろうとしたら、私が持ってきた傘が見当たらなかった。おそらく傘を持ってきてなかった人が私のをとったか、単に自分の傘と私の傘を間違えて持って行ったのどちらかだろう。
こういう時、隣から傘を貸してくれる人がいればいいんだけれど…と思いながら周りを見渡しても、不思議なことに誰一人いなかった。少し待っても来なかったため、もう濡れて帰ることに決めた。どうしようもない、そう思い、雨を前進に浴びながら帰り道を歩いた。雨宿りができるところを見つけては入って、極力雨を避けるようにした。そうしてるうちに、背後から誰かの水たまりを気にせず走って来る音が耳に入った。その足音は隣で止まり、確認すると、優君に似た『少年』がこちらを見ていた。
「すみれ、傘持ってきてないならこれ貸すよ。風引いたらまずいし」
「…ありがとう」
私は目の前に差し出された傘をすぐに受け取り、自分の頭の上に傘をさした。
『少年』はもう一本傘を持っていて、その『少年』も傘をさしていた。
「それにしてもすごい大雨だよね…」
話の内容はほとんど覚えてないけど、そのあとがやばかった。
信号が青になって、二人で信号を渡っているときのことだった。
「すみれ!」
『少年』に突き飛ばされて一体なんなんだと思ったら、次の瞬間、彼にトラックが衝突した。傘で守って少しでも被害を抑えようとしたように見えたが、ほとんど意味なかった。傘と一緒に突き飛ばされた彼は、そのまま宙を舞って、道路に転がった。トラックの運転手はすぐに出てきて、『少年』の下へと駆け寄った。スマホを取り出して電話をしていた。歩行者や車のドライバーも集まってきて、数分後には救急車や警察も来て、『少年』は救急車に搬送された。
「――って感じだったかな」
「よくもまあ、そんなに覚えてるね。わかりやすかったよ。ありがとう」
「いや~いつも思うんだけど、傘を貸してくれる、衝突してくる車から守ってくれる…めっちゃベタな話だよね。ラノベ見すぎたかな」
「また救急車かぁ…」
以前の伊万里の話を思い出して、ぽつりとつぶやいていた。
「どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない。それよりも、本当にありがとう。それで充分だから、もう戻っていいよ」
僕は立ち上がり、勉強机の前まで歩いた。
「できれば戻らずに一緒にいたいけどね」
「…それは僕が困るから」
僕は椅子に座りながら、いつもの調子で話を終えた。
やがてすみれは僕の部屋から出ていき、隣の部屋で伊万里とクルミとの会話を再開した。
僕はあのノートを取り出し、すみれが話した夢の内容を記した。ちなみに僕が思い出した夢は、つっこんできたトラックから少女を守るために先に少女だけ突き飛ばしたけれど、自分は避けれなくて、傘でガードしながら道路に吹っ飛ばされた、というものだった。つまり、僕の視点から見た、すみれが見た夢の一部始終ということだ。僕が見た夢は、今までのように夢の続きではなく、最後の一部を見たものもあるということになる。
とりあえず、すみれの話が聞けてよかった。
今日は、朝は伊万里と夢の話、昼からノアと夢の話、夕方にクルミのストーカー騒動、風呂の時間がマジやばかった、すみれと夢の話と、本当にいろいろあった。きっと疲れが溜まっているはず。それでも、あとプリントを二枚終わらせなきゃいけない。早く寝たいからちゃっちゃと済ませよう。
プリントをちゃっちゃとすませ、僕はベッドに入り込み、すぐに眠りに落ちた。
そのため、部屋に忍び寄る気配を察知することができなかった。
ご愛読感謝します。
今更ですが、登場人物増やし過ぎました。すみません…なのかな?
今後もどうぞよろしくお願い致します。




