悲劇のあと
おれの目の前で、エクトルは深々と土下座していた。
場所は移り、エクトル邸のリビングだ。
とりあえず風邪をひいたらいけないので、おれもシャワーを浴びた。その後、リビングに戻ってきたら、オレリアさんが仁王立ちで、その眼前に頭を下げるエクトルがいたのだ。
ピリピリと空気が緊張している。
まるで、これから決闘でも行われそうな気配。
おれは固唾を飲んで、2人の行く先を見守った。
「……では、他意はないと?」
「ああ。僕は浴槽で眠ってしまって、そんな僕を心配したマーハが様子を見に来てくれた。でも、僕は起きなくて、寝たままマーハの腕を掴んだ」
「それで、浴槽に引きずり込んだというんだな? そこにエクトルの意思はないんだな?」
「もちろんさ。そんなこと、僕がするはずないだろう?」
「しかし私は、実際にその現場を見た。マーハは抵抗しておらず、むしろどんと来いという感じだった」
ギロ、と。
何故かおれの方を睨んでくるオレリアさん。
ていうかとばっちりマジ勘弁。
おれは犠牲者だぞこのやろー。
「そ、それは……。でも、事故だとマーハも言っていたし、何かの間違いなんじゃないかな?」
「ということらしいが、マーハ?」
「は、ははは……」
乾いた笑いしかでねぇ……。
どう言い訳しても、おれが悪者扱いされる流れだなこれ。
「わたしは様子を見に行っただけですよー……」
「ほう。様子を見に行っただけなのに、エクトルと混浴していたわけか。実にうらやま――けしからんな」
今羨ましいって言おうとしただろ。
まったく、こっちは好きで巻きこまれたわけじゃないっていうのに。エクトルのことになると本当に周りが見えなくなるんだなオレリアさんは。それだけ好きだってことなんだろうけど。
「まあ、私もエクトルに引きずり込まれたら抵抗しないだろうからな……。仕方ないか」
なんか変な理由で納得されているんですけど。
腕組んで頷く場面ではなかったと思うんだけど。
「抵抗は、その、していたんですけど、あの状態でエクトルが起きたらって考えたら迷っちゃってですね。で、これからどうしようかと考えていた所にオレリアさんがやってきたんです」
「ふむ。そういうことなら筋は通っているな。なら、今回のことは事故ということでいいんだな?」
「はい」
おれは大きく頷いた。
オレリアさんも話せば判ってくれる人だ。エクトルが絡むとちょっとズレるだけだ。
「わかった。エクトルも無理矢理女性を風呂に入れる男じゃないからな。信じよう」
「ありがとう」
礼を言って、エクトルは頭を上げた。それから立ち上がり、ふぅと一息つく。
「ごめんね、マーハ」
「いえ。事故ですし」
「そう言ってくれると助かるよ」
「お疲れみたいでしたし、仕方ないですよ。それよりもそろそろ夕飯にしませんか? シチュー、温め直しますので」
「そうだね。お願いするよ」
「はい。オレリアさんも一緒にどうですか?」
「私もいいのか?」
「当然です。たくさん作ったので、ぜひ」
「そういうことなら、ありがたく頂くとしよう」
おれはキッチンでシチューを温め直しに。
エクトルとオレリアさんは席に座った。
「やっぱり冷めちゃってるなぁ」
ペロっとシチューを舐め、感想を漏らす。
一時間以上は置いてるから、仕方ないか。
コンロの火をつけ、テキパキとシチューを温めなおす。
いいくらいの温度になってから、皿につぐ。
3人分。シチューを用意して配膳まで終える。
食器や水を4人掛けのテーブルに並べ、準備完了だ。
「……しかし、本当に手際が良いなマーハは」
感嘆の声を上げるオレリアさん。
これくらい普通だと思うのだが、違うんだろうか。
「自慢の助手だよ」
「わたしなんかまだまだですよ。家事くらいしか出来ませんし」
「エクトルは家事さっぱりだったからな。かくいう私も全然ダメだったんだが……。女としてのスキルはマーハが上か」
「はは……」
元男としては、オレリアさんみたいに戦えた方が嬉しいんだけどなぁ。
なんだかこのまま主婦生活していきそうで怖いな。
いつかは戦闘も出来るようになりたいんだけど。
それから3人で夕飯を食べた。
夜も遅くなり、歓談の時間も終わってオレリアさんは帰って行った。




