新妻
その日の夜。
エクトルはくたくた状態で工房に帰ってきた。
相当歩き回ったのか、ズボンの裾は泥で汚れている。
「何か良い情報は掴めましたか?」
おれが訊くと、エクトルは上着をかけながら、
「そうだね。とりあえずの成分は判ったから、後はどうレシピを組み立てるか、かな。合成はパズルみたいなものだから、結構しんどいんだ」
「パズル、ですか。わたしにはどうやるのか想像できませんが……」
「まあ、合成は工匠の基本だから、マーハも覚えようと思ったら半年くらいで習得出来ると思うよ」
「は、半年……」
――ひぇ。
そう簡単にはいかないみたいだ。
「あ、先にお風呂入ってきていい? せっかく夕飯作ってくれてたとこ悪いんだけど、歩き回ったせいで汗かいちゃって」
「はい。構いませんよ。そちらも準備できてますので」
そろそろかと思って、一応風呂も焚いておいたのだ。
「ありがとう。ホント、マーハは何でも出来るよね」
「い、いえ、家事くらいしかわたしは出来ませんし……」
むしろ家事だけして生きていけるなんて申し訳ないくらいだ。
前世は家事もしつつ、1日12時間は働いていた。今思えばあの頃の環境は本当に地獄だったな。エクトル邸の仕事は家事と店番だけで大分楽だ。
「そんな悲観することないさ。マーハがいてくれて僕はすごく助かってるしね」
「そ、そうですか? わたし役に立ってますか?」
「そりゃもう。朝は早く起きてご飯作ってくれるし、昼は店番してくれてるし、夜はこうして僕を待っててくれてる。それだけでありがたいよ。いたれりつくせりだよ」
「そこまで言われると、照れますね……」
前世で頑張ってきたかいがあったというものだ。
まさか、こんな形で役に立つ日がこようとは思わなかったけど。
「じゃあ、お風呂行ってくるね」
「はい。いってらっしゃいです」
風呂へ向かうエクトルの姿を見送る。
そしてハッと気付いた。
男性のためにご飯作って風呂焚いて出迎える。
……今のおれって、やってること新妻じゃね?




