⑤ 星に還った君へ
その夜は結局寝付けずに、ベッドに腰を下ろして窓の外をじっと見つめていた。そこに降りしきる雨が何だか自分の心に打ち付けているようで、妙に体が冷えて仕方がなかったのだ。そんな中、ずっとあの樹のことが気になっていて、彼の姿ばかりが目の前に浮かんでくるのだった。
そうしてじっと身を縮めて夜明けが来るのを待ちながら、朝が来る頃に空は晴れ渡って、僕は気付けば制服に着替えて、まだ薄暗い中から外へと駆け出していた。
佐山さんにメールを送り、良かったら、朝、あの場所に来て、と誘うと、僕はバスに乗ってあの自然公園を目指した。嘘みたいに晴れ渡った空が頭上に広がっていて、僕は反対に、それが心を落ち着かなくさせているような気がした。
ようやく自然公園の前の、バス停に到着すると、僕は公園の奥を目指して走り続けた。理由のない焦燥感が体を焼き尽くしそうな、そんな息苦しさを僕の心は感じていたのだった。この苦しさは走っていることによるものだけじゃないはずだ。
僕はそんな予感を抱えたまま、やがてその茂みを掻き分けて開けた丘の上へと出た。そして、その場に立ち尽くし、息を呑み込んで、ふっと体の支えを失った。
――そこには、一本の大木の亡骸があった。
脳天から引き裂かれて左右に倒れ落ち、生々しい裂け目を見せていた。あの大きな枝が地面の上で広がって、その力強い姿を見せることはもうなかったのだ。
僕は崩れ落ちて地面に手を付き、口を開いたまま顎を軋ませた。どうして……どうして、彼がこんな姿になっているんだ? 嘘だろ? ……嘘だ。
僕の額から伝い落ちる汗が地面へと吸い込まれていったその瞬間、ふと背後で茂みが揺れる音がした。そっと誰かが隣に立つ気配があったのだ。そして、何か掠れた悲鳴を上げたのだった。
「どうして……どうしてそんな、」
僕がつぶやくと、その影が覆い被さってきて、肩に手を置いた。そして、佐山さんが身を乗り出してきて言った。
「落ち着いて、時田君――」
「こんなのって……こんなのってないだろ、」
僕がもう一度立ち上がり、彼へと近づいてそうつぶやくと、佐山さんは「彼女はね……」と言葉を零した。
「彼女はね……精一杯生きて、旅立っていったのよ。だから、今は泣かないでね……彼女をただ見守ってあげて……」
僕は何か言葉にならない叫び声を上げながら、そこに跪いて唸った。佐山さんはそっと僕の腕を包み込み、俯きながら、微かに震えていた。
彼は旅立って行ってしまったのだ。僕らの知らないところで、天から大きな矢で引き裂かれて倒れ落ち、やがて地球へと帰っていったのだ。
僕がずっとずっと彼の元で過ごした時間が、今、零れ落ちて、彼と交わした言葉が宙へと浮き上がり、空へと消えて行った。
それは本当に僕らにとって残酷な光景だった。けれどきっと、彼にとってはそうではないのだろう。彼はこの丘で、懸命に生を謳歌し、幸せを胸にその運命を受け止めたのだ。それはきっと僕らにとっても、受け入れるべき事実なのだろう。
だから、僕は今彼の為に泣くことしかできない。同じく隣で泣き声を上げている佐山さんとしっかりと手を握り合ったまま、僕らは子供に立ち還ったように喉を引き裂くような叫び声を空へと突き上げていった。
彼はもういないけれど、彼が残したものは計り知れなかった。僕と彼女が繋がる奇跡を、彼が与えてくれたのだった。それだけを胸に、僕らはこの場所で祈りを捧げて、奇跡を抱いて、軌跡を描き、生きていくべきなのだろう。
だから、僕は彼の亡骸に歩み寄って、そっと抱きしめた。その温もりを感じていられるだけで、僕は彼の残り香をこの胸に、泣き続けることができるのかもしれなかった。




