⑥ ZEROから始まる? ―終―
そうして月日は流れていき、僕達は高校三年生になった。受験勉強が本格的に始まり、僕らは昔のように毎日会って話すこともなくなったけれど、それでも時間がある時には、校舎裏の花壇で、談笑することがあった。
佐山さんは園芸部に属していて、ひっそりと校舎裏の片隅に色取り取りの花を咲かせているのだった。僕は今までその綺麗な色彩に見惚れることがあったので、佐山さんのそういう真摯な姿勢に、本当に尊敬の気持ちを抱いてしまう程だった。
彼女はその日の放課後、花壇の手入れをしていたけれど、その横で僕は、作業を手伝いながら、もうあれから一年が経つね、とふと零した。
「うん、そうだね。長いようでとても短くも感じられるし……時田君とこうして友達になれて本当に良かったよ」
彼女はそう言って、掌をパンパンと叩きながら、ゆっくりと立ち上がった。
「さて、渡り廊下の方へ行こうか」
「ああ、うん。……行こう」
僕らは並んで歩き出しながら、お互いに押し黙ってしまった。この関係はどういったらいいのか、本当に中途半端なのだけれど、佐山さんに好きな人がいるのがわかっているので、なかなか行動に踏み切れなかった。
ゆっくりとその場所へと近づきながら、僕は思い切ってそのことに言及することにした。
「あのさ……好きな人には、もう想いを伝えたの?」
彼女はすぐには反応しなかった。でも、短く息を吸う声が聞こえて、すぐに振り向いて見ると、いつもの満面の笑顔が浮かんでいたのだ。
「まだ、言っていないんだ……でも、やっと決心ついたよ」
僕の心臓が止まりかけて、胸に見えない刃が深く突き刺さるのがわかった。僕はそうなんだ、と零しながら、ぐっと拳を握ってしまうのを抑えられなかったのだった。
「私、その人に思い切って言おうと思うんだ」
「そう、良かったよ。これで僕も安心できるからさ」
彼女は首を振って空へと視線を向けながら、どこか吹っ切れたような表情を見せた。
「あの子が私達を引き合わせてくれたんでしょ? だから、私もこの想いを大切にしたいって深く思えたんだ。せっかくあの子が育んでくれたこの気持ちを、無駄にはしたくないからさ。だから、私は思い切って言うよ」
彼女は渡り廊下の横の花壇へと歩み寄り、そこに置いてあった小さな植木鉢をそっと見下ろした。そして目を瞠り、その途端に駆け寄った。
その植木鉢から覗く、小さな命……ふわりと開かれた小さな葉が、手の平を広げて背伸びをしているような――か弱い、本当に願ってもない命だったのだ。
僕と佐山さんは顔を見合わせて硬直していたけれど、気付いた時には手を取り合い、飛び跳ねていた。くるくると回りながら、「芽が出た!」とはしゃいだ声を上げてしまった。
やった! と僕らははしゃぎながら、その美しい小さな命を見て、顔を綻ばせた。その植木鉢にあるのは、あの樹の形見となるものだった。その樹の一部を再び育て続けて、こうして大切に慈しみ、やっとここまで来たのだった。
佐山さんの目が潤んで、僕は喉まで出掛かった言葉を押し留めた。彼女に今ここで好きだと言ったら、どんな顔をするだろうか。でも、もう抑えようがなかったのだ。
「ねえ、佐山さん、僕――」
「時田君、私ね――」
あなたのことが、ずっと好きでした。
佐山さんの口から零れたその澄んだ青の結晶を受け取って、僕は大きく目を見開き、思考が停止してしまう。え……佐山さん、今なんて、――。
「……ずっと、ずっと、好きだった。私は他でもない、あなたのことが好きだったの。あの日、彼女の元に泣きついてきたのは、妹さんと帰っているのを見かけたから。後から知って、顔から火が出るほどに恥ずかしかったわ」
――でもね。
「もう、決めたから。私は時田君のことが好き。この気持ちを伝えたいから」
そう言って彼女は、少し恥ずかしそうに――それでも俯きがちに、僕を見て口元に微笑みを浮かべた。それで僕も、彼女の心を本当に深く感じることができた。ぐっと嬉しさに胸を詰まらせてしまう。
でも、これだけは言わなくちゃいけない。
佐山さん、僕は――。
その言葉をつぶやくと、僕と彼女はあの樹を通して、深く結びついたのだった。その小さな植木鉢で息づく命が、彼の微笑みをもう一度見せて、僕らの小さな芽を開かせた。それはあの樹が残してくれた、最後の奇跡なのだろう。
僕はいつまでも大木の記憶を胸に抱いて、二人並んで生きて行こう、と強く誓った。
これはゼロからのスタートじゃない。彼が残してくれた確かな道のりを、僕らはゆっくり辿って歩いていけばいい。
僕はこの小さな命がやがて大木となり、あの場所に立つことを、純粋な気持ちで願った。
やがて空を突き抜けてどこまでも伸びていき、奇跡を生み出すことができるように……。
僕は彼女と向かい合い、そっと微かに、桜色の微笑みを交わし合った。
了
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