第24話
ベインズ夫妻が腕によりをかけた最後の晩餐を終えると、コーデリアはそっと燭台を持ち庭に出た。
屋敷の窓から漏れる灯りでうっすらと見える庭の様子はもの哀しく思える。
(---この庭ともお別れなのね)
孤独だったコーデリアをいやしてくれた庭の木々。季節に咲き誇る花や新緑や紅葉と季節ごとに様子が変わるこの庭がコーデリアの心のよりどころの一つであった。
友人はいなかったが、まるで友人の様に草花と語り、調べることがコーデリアにとって孤独を癒す手段だった。
「本当にありがとう」
葉を落とした幹に手を添えて、感謝を念を伝える。この庭にあるすべての植物がコーデリアにとって友人だったのかもしれない。しばらく庭にたたずむコーデリアの背後からそっと近づいた夫が、肩掛けを掛けながら背中から抱きしめられる。
「コーデ、体を冷やすから、そろそろ屋敷へ戻ろう」
「ジェラルド・・・」
意味もなく胸が熱くなり、背後から回された夫の腕にそっと自分の手をかける。一筋の涙がコーデリアの頬を滑り落ちていく。
「ふふ、ジェラルドはあったかいわ。ねえ、もう少しだけこうしていて」
「ああ、仰せのままに」
ジェラルドはそれから何も言わずに、ただコーデリアの背後から抱きしめ続けてくれていた。空を見上げれば、満天の星空が広がる。冬の空にコーデリアの白い吐息が溶けていく。
「私はこの庭に救われていたの。昼も夜も、寂しくなったら庭に出ていたわ」
「うん」
「この庭は私の小さな世界だった。家族を失い、家に引きこもった私の居場所だったの」
「うん」
「やっぱり、寂しいわね。新たな世界を得るために、私の小さなこの世界を置いていくのが寂しい」
覚悟を決めたとはいえ、この庭から離れるのは辛い。コーデリアは思い出の詰まった場所を目に焼き付けようと目を凝らすが、涙で目の前が滲んでみえない。
「そんなことないよ。この庭はずっとここにあるし、君の居場所もなくならない。置いていくんじゃない。君の世界の一部になるんだ」
「私の世界の一部って考えると素敵ね、寂しさが亡くなったような気がするわ・・・ありがとう」
ジェラルドの方へ首を捻ると、額に口づけが降る。
「さて、もう屋敷に戻ろう。明日は早い。それに、ダドリーとアビーが心配そうにしている」
「ええ。もう戻ります」
夫はコーデリアの手を取り、「こんなに手が冷えて」と手を握り温めてくれる。
(---さようなら、私の大切な場所。そして、ありがとう)
屋敷に戻ったコーデリアの体は冷え切っていた。それを見咎めたアビーによって浴室に直行させられる。
「お嬢様、こんなに体を冷やしてはなりませんよ。お子がほしいのであればなおさらです」
アビーがコーデリアの体を清めながら小言を繰り返す。
「ごめんなさい。今日で最後だったから」
「明朝は早い出立ですので、早くお休みになりましょうね」
入浴を終えて、アビーが手早く夜着を着せ、コーデリアの豊かな飴色の髪を緩く編んでいく。
「アビーも早く休んで頂戴ね。」
「お嬢様が早く休んでくだされば、私も休みますよ。明日はよろしくお願いいたします」
コーデリアの希望でアビーもまたラグナ=シークについていくこととなっている。
「私こそ、よろしくお願いしますね。アビーが一緒だと心強いもの」
「私もお嬢様にずっと使えることができるのでうれしいです。さ、準備が出来ました」
「ええ、いつもありがとう」
アビーに手伝ってもらった支度を終えると、すぐに寝室に入り、寝台の方に目をやるが、夫はまだ寝室にはいなかった。最後の晩だ、きっと憂いなく旅立てるように備えをしているのだろう。
コーデリアは寝台に座ると夫から渡された本を開く。髭の税金ではないが、習慣が違いすぎて新しい生活を迎えるのにそこはかとない不安を覚えていた。
(---うまくやっていけるのかしら)
「待っていたのか?眠っていてよかったのに」
読書に集中してしまい、夫がそばにいることも気が付かず、突然の呼びかけに驚きの声をあげる。
「きゃっ!いつからいらっしゃったの?」
「すまない。そんなに驚くと思わなかった。ついさっきここに来たんだ」
「嫌だわ、気が付かなくて申し訳ありません」
コーデリアは読んでいた本を閉じて、夫の方を向き直る。
「今日はこのお屋敷で最後の夜だから、きちんと貴方に挨拶して眠りたかったの」
「そうか、ではおやすみ。コーデリア」
「おやすみなさい」
寝台に横になり羽毛の上掛けを引き上げると、夫がランプに灯っていた焔を拭き消す。部屋は一瞬にして暗闇と静寂に包まれる。
瞼を閉じてもなかなか眠れそうにない、コーデリアは夫の方に寝返りを打つ。夫の方をうかがうと夫もまた瞼を閉じているが眠っている様子はない。
「コーデリア、眠れないのか?」
夫が瞼を閉じたまま語りかけてくる。
「ええ、緊張しているからかしらね・・・ふふ」
「本当にすまなかったと思っている」
夫は突然謝罪の言葉を述べる。何に対して謝っているのかと、首をかしげたくなるコーデリアは質問しようと口を開きかけた。
「君と結婚して、君が心から幸せそうに笑っているのはここ最近だろう」
夫は結婚してから、コーデリアがどこか物憂げだったことを気にしていたようだ。仰向けに眠っていた夫がコーデリアの方に寝返り、瞼を開く。しっかりとお互いの目が合い、視線を逸らそうと思っても逸らせない何かがあった。
「俺は駄目な夫だった」
「そんなことないわ・・・私もダメな妻だったもの」
コーデリアは上掛けに隠れた夫の手を探り当てて、そっと握る。夫はコーデリアの手を少しだけ力を込めて握り返してくる。
「ラグナ=シークに行けば、苦労することがたくさんあると思う。それを俺の都合で連れて行く」
「それについては、二人で話し合った結果です。私は貴方が傍にいてくだされば大丈夫です」
夫は少し照れたように笑ってコーデリアに告げる。
「今更だと思うだろうし、口に出して言うことはもうないかもしれないが、俺は君が愛おしい。全てをささげても君を守る。君のよき伴侶であり続けたいと思っている」
夫の突然の告白にコーデリアは胸が熱くなる。こんなにはっきりと夫が己の想いをぶつけてくれたことはあっただろうか。
「どうか、俺の・・・私のそばで笑っていてほしい、死が2人を別つまで」
(---結婚後にして、こんな素敵なプロポーズが聞けるなんて思わなかった・・・)
嬉しくて双眸から涙が堰を切ってあふれ出す。夫のそばにすり寄り、夫の逞しい胸に頬を寄せる。幸せの波が怒涛のように押し寄せのあまり言葉にならず、ただ夫の言葉にうなずくことしかできなかった。
夫はうれしさにむせび泣くコーデリアを黙って、抱きしめ続けた。
---翌朝、一台の馬車がキャリントン家から港町に向かった。2人の新たな生活を乗せて。
2人の甘く幸せな新婚生活はここから始まる。
おしまい。
今まで読んでくださり、ありがとうございました。更新がままならず、急ぎ足で書いた作品でしたが、お気に入りに登録してくださった方たちに感謝いたします。
読み返すと誤字。脱字が多いです…本当に申し訳ありません。
見つけては訂正していますが、発見した方はご一報ください。




