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第2話:『この涙に』

「――なんで師匠が泣いているんですか」


 あれから五年。今の私は十五歳。

 流石に五年も経てば多少なりと整理はできる。なので今日、師匠にあの日何があったかを語ったのだけど。


 あの日のことを語る私の心が動くことはほとんど無かった。我ながらちょっと驚いたけど、きっと心のどこかが壊れているんだと思う。

 逆に、話の途中から滂沱の涙を溢れさせて鼻水を啜っているいい年した年配の男性には、師匠の威厳は無いけど人間らしさがすごくあった。


「な"ん"て"き"み"か"へ"い"き"そ"う"な"ん"た"よ"ぉ"ぉ"」


 仕方のない人だなあ、もう。



 師匠。

 名前は知らない。師匠としか呼んだことが無いし、師匠も私の名前を聞かない。

 それは「レリック・ヘイヴン」に代々伝わる伝統だった。

 今は二人しか住人がいないし、『記録』によればどの時代でもそんな感じだったらしいから、特に不便はないのだとか。

 なんでそんな有様なのかと言えば、ここの住人になるには条件があるからだ。


「――良い子にしないと、森の悪魔に連れ去られるよ」


 私をあの日レリック・ヘイヴンに運んできたのは「森の悪魔」だった。あれはただの躾用の言い回しではなく、事実に基づく話だったのだ。

 何故ならば師匠も、そして今はいない師匠の師匠も、そのまた先代の師匠たちも、皆「森の悪魔」に運ばれてレリック・ヘイヴンにやってきたという。


 だけど、師匠たちは決して「良い子ではない」訳ではなかった。

 その代わりの共通点はひとつ。生体兵器によって庇護される存在だったのだ。


 あの日、私が生体兵器に護られたのは偶然ではなかった。

「植物魔術適正3」が、歴代の師匠たちの綴る『記録』が示す事実だった。


 同じ特性を持った人間は私以外にもいたのだ。

 ただし、その絶対数はとても少ない。


 開拓村の平民が持つキャパシティは、平均すると2~3程度だという。

 私たちの魂にはスロットがあり、スロットごとに適正値が決まっているらしい。スロットに魔術コードをインストールすると、そのコードに対応した系統の魔術を、スロットに設定された適正値で使用できるようになるのだとか。

 魂のスロットは最大数が3。それぞれの適正の最大値は3。全てのスロットの適正値の合計が「キャパシティ」として扱われる。

 最低値は1。最大値は9。そう考えると私のキャパシティは、平民としてはかなり高い。


 キャパシティが3でも、スロットが2つあって適正2,適正1、というパターンもある。

 だから植物魔術適正3というのは、意外と多くならない。


 ちょっと話が逸れたけど。

 生体兵器に狙われない人が、生体兵器の蠢く密林の開拓村で生活していれば、どこかで誰かに気付かれて異端扱いされてしまうのは仕方ないことだと思う。

 そうして村を追い出されたりするならまだいい方で、中には処刑紛いの扱いを受けそうになった師匠の記録もあった。

 でも結局はどこからか森の悪魔がやってきて、レリック・ヘイヴンに連れ去るのだ。



 ここに住む人間は、誰もがそんな過去を持っていた。

 ……もしかしたら森の悪魔が連れ去ってこなかった「師匠になったかもしれない人」もいたかもしれないけど、それは私たちにはわからないことだ。



 何がどう関連しているかはわからないから、ここの住人が森の悪魔に連れ去られるきっかけの出来事は全て記録されている。

 ……今の師匠が、まともに私の出来事を記録できているかは疑問だけど……まあ、後で見せてもらえば良いだろう。



 そう。記録だ。



 ここ、レリック・ヘイヴンには、様々な記録が遺されている。

 この場所は先史文明の遺構。幾つもの円柱に支えられた丸屋根に、壁面の丸窓には七色に光を反射する硝子が嵌め込まれている。そんな神殿のように荘厳な外観の建造物は、精緻な細工が施された白亜の石材で出来ていた。一見脆そうな石に見えるけど、記録によれば先史文明由来の頑丈なものらしい。

 その内部には二人どころか二百人以上住めそうな居住区がある。しかも横に広がっているのではなく、地下に何階層もが重なって伸びる造りになっていた。

 用途の分からない部屋や開かずの間もあちこちにあるけど、それよりも歴代の師匠たちが最も足を運んだのは地下二階にある図書館だろう。

 地下一階と地下二階を貫く高さに何部屋分もの区画を用いた広大なスペースに所狭しと本棚が立ち並び、そこに収まる大半の書物が先史文明時代の地の民の蔵書だった。

 歴代の師匠たちが人生の大半を費やして尚、手付かずの書物がまだまだある。

 私自身、レリック・ヘイヴンに来てからの五年間で最も長い時間を過ごしたのはこの場所だ。もっとも最初は、師匠に文字を教わるところからだったけれど。



 でも、まあ、時間はいっぱいあったから。



 師匠は、まあ、いい人だ。とても根気強いし、優しい。

 ここに来たばかりの頃の自分の記憶は曖昧だ。ただ、自分から何かしようとした記憶はない。

 だけど師匠は、そんな私の面倒をとてもよく見てくれのだ、と、思う。その記憶も曖昧だけど。


 転機になったのは、師匠に「あの場所」へ連れて行ってもらってからだった。

 そこで私は――


「師匠、いい加減泣き止んでくださいよ。メモ、ちゃんと取れてますか?」

「うん……ぐすっ。うん。大丈夫だと思う、多分。……あれ、今から外回り行くの?」

「はい。今晩の夕食、あの草だけになっちゃいますよ」

「それは嫌だな……」


 不味いのだ、あの草は。

 記録によれば「完全栄養食」らしいのだけど。


「じゃあお願いね。ボクは記録を編纂しておくよ」

「はい。行ってきます、師匠」


 地上に出てから軽く精神集中。魔力を飛ばして――いた。

 糸状にした魔力を「あれ」と「それ」に触れて命令する。


 ――来い。


 ほどなくして密林を掻き分け、あらわれたのは二体の生体兵器。

 一体は小型の蔓草タイプ。一体は中型の四足歩行タイプ。


 私が伸ばした手に蔓草が絡みつき、僅かな――しかし今はもう慣れた痛みと共に、生体兵器と私が融合していく。

 中型の四足歩行は私が乗りやすいように伏せの姿勢を取る。



 さあ、行こうか。

「冶金魔術」と「植物魔術」で、良い子をしていた少女の姿はもうどこにもない。

 今の私は「あの場所」で手に入れた新しい「使役魔術」と「植物魔術」で、生体兵器を駆使して密林を駆ける。



 その姿はきっと、普通の人から見れば「森の悪魔」そのものだろう。

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