第1話:『あの日』
※大惨事が起きます。人死・流血などの表現があります。
「――良い子にしないと、森の悪魔に連れ去られるよ」
子供たちを躾ける為に、お父さんやお母さんがそう言っていた。
後に知ったけど、この言葉はこの国のどの街や開拓村でも、それこそ帝都でも日常的に使われているものらしい。
でも、だとしたら。
私の生まれた開拓村には、一人も「良い子」なんていなかったのだろう。
その日はよく晴れていたと思う。
その時の私は、村外れの作業場で重い金槌を振っていた。つい先日覚えたばかりの「冶金魔術」を使って、農具の製作をする為だ。
午前中は作業場で「冶金魔術」を使いながら金属相手に槌を振り、午後は農場で「植物魔法」を使いながら作物相手に土を掘る。
作業場の熱気に汗が頬を伝った時、それを拭おうとしてふと窓の外を見て、午後も暑くなりそうだな、なんて考えていたのを憶えている。
十歳になって間もない私が、午前午後で異なる重たい仕事を受け持って一日中汗を流していたのに、それでも「良い子」ではなかったのだろうか?
帝都の祭儀場で、祭祀様が鑑定した私のキャパシティは『6』。スロットは2で両適性が3の、特化型構成らしい。
今までは村一番の人でもキャパシティ5で、それも二人しかいなかった。
同伴していた村長は大喜びで、だけど私が何の魔術系統を選びたいとか聞くこともなく、村の総意で「植物魔術」「冶金魔術」をインストールすることになった。
……本当はちょっと、光魔術とか憧れていたのに。でも村長の言うことを聞いて、村のために頑張っていこうと思っていた矢先のことだった。
突然の大音声と共に、荒野から死神がやってきた。
超硬質合金で覆われた堅牢なボディ。殺意に塗れた鋭角なフォルム。天の民の遺産「機械兵器」たち。
私の開拓村は確かに、荒野の極地に近い場所にあったけど、それでも過酷な密林を一日は歩かないと荒野の縁には届かない。
そのはずなのに、荒野にしかいない機械兵器が突然村を蹂躙した。
でもきっと、この表現は間違いだ。
機械兵器の襲撃と呼応するように、森の悪魔もやってきた。
四足型。二足型。多脚型。蔓植物型。樹木型。何種類かある機械兵器のタイプよりも、遥かにバリエーションの多い、一見無秩序な生物の群れに見えるそれら。地の民の遺産「生体兵器」たち。
機械兵器群がやってきた反対側の森から一斉に溢れ出して、機械兵器と戦い始めた。
村はたまたまその戦場の真ん中にあって、きっとただ巻き込まれただけなんだ。
そうして村は引き裂かれた。
機械兵器についているガラスのレンズのようなものが光ったと思ったら、赤みを帯びた光がまっすぐ伸びて生体兵器を焼いた。その光に呑み込まれた近所のお姉さんの腰から上が消えた。
蔓草型の生体兵器が無数の蔦を伸ばして、機械兵器の全身をがんじがらめに縛りあげた。蔦の合間に村長のお父さんの姿が見えたと思ったら、赤い風船みたいに何かが弾けた。
どこかで誰かの甲高い声が上がって、すぐ消えた。
ごとん、と。振り上げかけていた金槌が床に落ちて音を鳴らす。
何が起きているか、全くわからなかった。ただ、現実のものとは思えない理不尽な何かが暴れていることだけは、幼心に理解していた、と思う。
「逃げるぞ!」
お父さんとお母さんと何人かの村の人達が、作業場に飛び込んできた。
村外れにある作業場は、辛うじてまだ理不尽の外だったみたいだ。
作業場にいた人たちは、慌てて外に飛び出した。私もお父さんとお母さんに怪我がないか確認されて、そのまま外に走り出した。
だけどもう遅かった。
私たちが作業場から離れてすぐに、後ろから物凄い音がした。
振り返ろうとしたけど「見るな!」とお父さんに怒鳴られて、そのまま前だけを向いて走った。
作業場から密林まではすぐの距離だったけど、右手から機械兵器の赤い光が幾つも見えて、私たちは進路を左手に変えた。
でも今度はその先から、今度は生体兵器の巨体が森を突き破って飛び出してきた。
ただ大きかった。
これも後になって知ることだけど、それは生体兵器の中でも上位に位置する異形だった。
右手の機械兵器群が、大きな生体兵器に照準を合わせて赤い光を瞬かせる。ガラスのレンズがきらりと光ったように見えた。
その機械兵器群と大きな生体兵器の間にはちょうど私たちがいて――
そこで急に、どんっ、と突き飛ばされた。お父さんが私とお母さんを突き飛ばしたようだった。
何か言っていたと思うけど、今となってはもう憶えていない。
倒れ込んだ私たちだったけど、急に分厚い壁のようなものに囲まれて視界が暗くなったと思ったら、今度はその壁の外側で幾つもの光が瞬いた。
すぐ目の前には大きな生体兵器の大きな足。そして右腕が変異したものが壁のようになって、機械兵器群の赤い光を防いだらしい。
私とお母さんと、何人かの村人はその壁の中にいた。お父さんはいなかった。
訝しく思う暇もない。すぐに立ち上がって逃げないと。そう思った私に、何かが絡みついた。
――植物の、蔦?
大きな生体兵器の腰辺りから生えた蔦のようなものが、私に幾重にも絡みついて持ち上げた。
お母さんの悲鳴が聞こえて、離しなさいと手を振り上げたのが見えた。
その瞬間、また周囲が真っ暗になった。物凄い勢いで増えた蔓が一気に私の周囲を覆ったのだ。次いで異音。何かが大量に突き刺さるような――
またお母さんの悲鳴が聞こえた。
直後に蔓草の壁がほどける。そこには沢山の針のようなものが刺さっていた。それが機械兵器の兵装のひとつ、ニードルガンというものであることを、後に私は知る。
お母さんにも針がいっぱい刺さってた。血がいっぱい出ていた。
私を見て何かを呟いたお母さんは、そのまま動かなくなった。
「なんでお前だけ――」
動かなくなった人たちがいっぱいいる中で、私だけが無事だった。
なんでそうなのかは私にもわからない。だけど、腕と背中から針をいっぱい生やしたおじさんが、私を見てそう言った。
「生体兵器が、庇うなんて……」
「うらぎりもの……!!」
そうしてまた視界が暗くなって光と音が弾けた後。
私に何かを言う人はいなくなった。
それからどれほど時間が経ったのかはわからない。
大きな生体兵器に守られて、私は生き残った。
私だけが生き残った。
全てが終わってからようやく大きな生体兵器は私を解放してくれたけど。
焼け焦げた地面に機械兵器の残骸と生体兵器の遺骸が無数に転がるその場所は、私が生まれた開拓村の痕跡を何ひとつ残していなかった。
全く現実感が無くて呆然と座り込む私の耳に、重く響く足音が近づいてきた。
見上げると、大きな大きな何かがいた。
手のようなものを伸ばしてきて、ああこれで私も死ぬのかなって思ったら、優しく手のひらに乗せられてどこかに運ばれた。
どうなるかわからなかったけど、もうどうでもよかった。
そうして私は「レリック・ヘイヴン」に運ばれて「師匠」と出会ったんだ。




