第3話:『その願いは』
「――ようこそ、レリック・ヘイヴンへ。
私は君と同じような経験をしてきた同胞で、先達だ。
だから私のことは、師匠、と呼ぶといい」
服はボロボロ。髪はぼさぼさ。深く俯いた少女が、超大型生体兵器「揺籃の母」の手のひらに乗せられて運ばれてくる。
先代――私の師匠が死んでから数年。独りで過ごす日々は終わりを告げて、とうとう私自身が師匠になる日が来たらしい。
そして今が、滅多に姿を見せない奴を捉える千載一遇のチャンスでもある。
「―――従え」
奴は私が伸ばした魔力の糸を避けもしない。だが、支配には失敗した。
舌打ちする私を意に介さず――奴に「意志」なんてものがあればだが――私の前に少女を下ろして踵を返し、密林の闇へと消えていく。
もっと修業を積んで、いずれは奴を――
――っと。
それよりも今は少女だ。
年の頃は十代前半だろうか。ここに来た時の私よりは少しだけ年上に見える。
もっとも今の私はその二倍以上の年齢になってしまった――はずだ。先代師匠が死んで以来、研究に没頭して日付を数えていなかった期間があるので正確にはわからない。
ぼさぼさの髪の下、俯いた顔を覗き込んでみると、両の瞼も頬も酷く腫れあがっていることに気が付いた。
ボロボロの服の下に覗く肌も痣だらけだ。
おそらく虐待や私刑の類を受けていたケースだろう。歴代師匠の記録に酷似する事例があった。
まったく、年端も行かない少女に酷いことをするものだ。この子は単に「植物魔術適正3」を持っていただけなのに。
そんな罪のない少女が「森の悪魔に連れ去られる」のだから笑えない。
さて。
治癒系の魔術は得意ではないが、そうも言っていられない。
「――来い」
白い花が咲き誇る花壇。花の根が蠢き、姿を見せた生体兵器が私の元にやってくる。
植物魔術にも使役魔術にも治癒系の術は無い。ただし、治癒能力を持った生体兵器は、希少ながらに存在していた。
「少し沁みるぞ。我慢しろ」
「――う」
植物魔術を駆使して生体兵器と融合し、鎮痛と治癒の成分を液状に分泌。それを目立った患部に塗布していく。
先代師匠に使った時は、「かなりスーッとした」らしい。自分自身には効果が無いのでよくわからないが、おそらく少女も「スーッとした」のだろう。
驚いたように身を震わせて呻き、次いで僅かに腫れの引いた瞼を重そうに開いてこちらを見ると――
「あたまにおはな、さいてる……?」
「……。視力は正常のようだな」
言うに事を欠いてそれかとは思ったが、子供の言うことだ。先代師匠に倣って冷静に対応しよう。
仕方のないことなのだ。任意成分の分泌は非常に精密なコントロールを要する。故に頭部に融合させ、正確に思考を反映させることは必須だった。
――初めてこれを見た先代師匠は、腹が捩れる程に笑い転げていたが。
「痛みはどうだ?」
「う、あれ? ほとんどいたくないです」
「それはよかった。立てそうか?」
「はい。……あの、ありがとうございます、お花のししょうさま」
「……。私のことは師匠と呼べ」
…………
数日後。
幸いにして私の処置は的確だったようで、少女はすっかりと元の容貌を取り戻していた。
ただ何度言っても、私のことを「お花のししょうさま」と呼ぶようになってしまったが――その対価が花のような笑顔では仕方ない。
呼び名はおいおい訂正していこう。時間は沢山あるのだから。
さて、それはそれとしてやるべきことがある。
体調を取り戻したと判断できた頃合いで、私は少女を「あの場所」へと連れて行った。
「……え? ここ、祭儀場?」
レリック・ヘイヴン地下中層。図書室程ではないが、それでもある程度の空間を占有する巨大な石柱群。
それは帝都の「祭儀場」と呼ばれる、魂のスロットに魔術コードをインストールする為の場所に酷似していた。
十歳になった帝都臣民は必ずそこで魔術コードをインストールする。その際に目にする祭儀場の威容は、なかなかに忘れられるものではない。
それが何故ここにあるのか。真実は定かではなかった。
だが、私がここに来てから分かったことがみっつある。
「そうだ。ここは祭儀場。そしてお前は今から選ぶことができる。――来い」
「――ひっ!?」
呼びかけに応えて柱の陰から姿を現したのは、一体の四足歩行生体兵器。小型とは言え、少女が恐怖するには十分。
「座れ」
「ふえ?」
私の声に応えて、スっと座った生体兵器を目にして少女が目を丸くする。
「立て。右に三歩歩け。その場で三回回れ。軽く唸れ」
私の言う通りに動く生体兵器を見て、丸くしていた目が零れ落ちそうになっている。
先代師匠がここに私を連れてきた時にも生体兵器に同じ動作をさせて、私も酷く驚いたものだ。
おそらくその時の私は少女と同じような表情をしていて、そして先代師匠は今の私と同じように微笑んでいたのだろう。
「ここは帝都の祭儀場と同じ、魔術をインストールできる場所だ。
だが、ここにある魔術系統はふたつだけ」
石柱群の中央にある祭壇。そこに置かれていた二つのチップを手に取る。
「植物魔術と使役魔術だ」
「しえき……?」
帝都でインストールできる魔術は十系統。火・水・風・土・光の属性五系統と、生活・活性・付与・冶金・植物の汎用五系統。
そこに「使役魔術」はない。
「そうだ。使役魔術は今見せた通り、生体兵器を操る魔術だ」
「……!」
「植物魔術コードにも、今お前がインストールしているものとは違う魔術が含まれている。例えば、生体兵器と融合する魔術だ」
「頭にお花を咲かせる魔術……!?」
「……違う」
そう。
初めて祭儀場に来た日。
私は自分の魔術を一度全てアンインストールして、ここにある二種の魔術をインストールしたのだ。
その時はただ、過去の自分と決別したい一心だったのだと思う。だが、歴代の師匠にそんなことをする者はいなかった。
魂のスロットに魔術コードをインストールした後は、魔術を使用する都度に熟練度が上がり、それに応じて身体能力などが増強される。しかしその増強度合いは、アンインストールすると熟練度ごとリセットされてしまうのだ。
なのでわざわざ「同名の魔術をインストールしなおす」者などいない。
だがそんな愚行を犯した私故に気が付いたことがあった。「私がここに来てから分かったこと」のひとつめだ。
帝都の魔術チップにある植物魔術のコードと、レリック・ヘイヴンのそれには違いがあったのだ。
その最たる例が、生体兵器と融合する魔術の有無。
おそらく、どちらの植物魔術コードにもある程度共通部分があるのだろう。
故に「植物魔術適正3」の人間と、生体兵器は敵対しない。
そのように誰かが設計したのだ。
誰が?
地の民しか有り得ない。生体兵器を生み出したのも地の民だからだ。そうやって互いの相関性に着目しながら図書を漁っていたら、ひとつの真実を探り当てた。
それが「私がここに来てから分かったこと」のふたつめだ。
魂のスロットを持つ現代人類は地の民の被造物であり、かつては「模倣人類」と呼ばれていた。
人類史に残る大発見だ、と、先代師匠は大騒ぎだった。
レリック・ヘイヴンは、地の民が人間を「設計」する場所。祭儀場はその為の装置に過ぎないのだ。似たような設備は各地に散在するらしい。帝都すらそのひとつだった可能性もある。
ここにある二種類のコードは、生体兵器のコントロールに関わるもの。つまり地の民は、ここで生体兵器を統率する「人」を造っていた可能性が高いのだ。
或いは模倣人類も、彼らにとっては「生体兵器」の一種だったのかもしれない。
その真実を得てからは、調査と研究が一気に進んだ。
そして「私がここに来てから分かったこと」のみっつめ。レリック・ヘイヴンへと人を連れ去る「森の悪魔」改め「揺籃の母」――今まで謎に包まれていた超大型生体兵器の名称と、その存在意義も明らかになった。
……が、それは今は関係のない話だ。
「もう一度言う。お前は選べる。
今までの自分のままでいることも。
新たな魔術をインストールし、新しい自分になることも。
――植物魔術をアンインストールし、死ぬことも」
「だったら――」
即答だった。その理由を聞いて思わず苦笑が漏れる。
どうやら私は、少女の魔術の師匠も務めることになるようだ。
あれは痛いぞ覚悟しろ、と言ったらちょっと怯えていた。すまない。
少女の希望を聞き届けた私は、それを叶えるべく祭儀場の装置を起動させる。
恙なくアンインストールとインストールは終了した。
これから少女と二人でレリック・ヘイヴンで暮らすことになる。
で、あれば、少女は次代の師匠候補だ。色々なことを……それこそ祭儀場の使い方なども教えねばならないだろう。
さてまずは、記録を見せる所からか、或いは文字を教える所からか。
だが、それらを教えてどうなるというのか。
地の民はもういない。
だけどレリック・ヘイヴンには、居場所を失った者たちが「揺籃の母」の手で送り込まれてくる。
私たちは――私は。
且つて模倣人類と呼ばれたモノに与えられた、生体兵器を使役する技術を以って、一体何をしようと言うのか。
私は「揺籃の母」すらも従えようとしているが、その先に一体何を見るのか。
それを考える都度に、私の脳裏にあの日が過る。
何もかもを失い、機械兵器の残骸と生体兵器の遺骸の前に立ち尽くしたあの日のことを。
――――私の、願いは。




