9.毛づくろい①
結局、ドレスや宝飾類など返品できるものは返品した。寝具は今まで使っていたものと交換する形でステラが使うことになった。
恐ろしく肌触りと寝心地が良くなったのを感じ、初日はかなり悔しかった。
菓子類は、ステラの毎日のご褒美おやつに就任している。だが、減ってもいつの間にか数が戻っているどころか、新しい菓子が並んでいることからして、明らかにバーニーが買い足している。
食費をバーニー持ちにしたから、菓子もその範囲に入っていると思っているのだろう。
そのように、ステラはかつての犬と暮らすことになったのだが。
*
「ステラちゃん、あんな恋人がいたなら言ってくれたよかったのに!」
治療院の仕事の休憩中、ステラは嫌だと思いながら振りかえると、同僚であるおばちゃん二人組がまるで乙女のように頬を染めていた。
細身で噂好きの受付係マリーと、治療の補助を務めている世話焼きのバルバラだ。
「そうだよ水くさい! これならお見合いを勧める必要なかったじゃないか!」
バルバラに軽く肩を叩かれて、ステラは顔が引きつらないように気をつけながらはあ、と生返事をするしかない。
ステラが喋らずとも二人は勝手に盛り上がる。
「あの人、最近ここの冒険者ギルドに出入りして、周辺の危険な魔物を掃討してくれているんでしょう? ギルド長も警邏隊も感謝しているらしいわね」
「だから冒険者の怪我人が少ないのかい。朝も夕方もステラちゃんの送り迎えしてくれてるんだろう? かいがいしいねえ」
納得するバルバラに、マリーはしたり顔をする。
「菓子店の女の子が、毎日のようにお菓子を買ってくれる寡黙で赤毛の冒険者さんが気になるって言っていたけれど、失恋確定ね」
やっぱりバーニーは菓子を買いに行っているのか、とステラはどうでもいい確定事項を知ってしまった。
そう、ステラの家に居着いて一週間以上経った現在、バーニーは大いに街になじんでいた。
しかも傅かんばかりにステラを丁寧に扱ってくれる。
バルバラの言う通り、あれから朝晩はステラを仕事場まで送り迎えしてくれるし、出かけようものなら必ずついてくる。そのせいで、瞬く間にバーニーの存在とステラの知り合いであることは知れ渡った。
しかもステラが仕事をしている間は自身も冒険者ギルドに登録して、討伐依頼を受けているようだ。
時々かすり傷を作って迎えに来る。
(それも、私が働かなくて大丈夫? って聞いたからなのよね。従順過ぎて気味が悪い)
それでもはたから見れば、文句の付けようのない理想的な優良株である。治療院の仕事仲間達には、すわ恋人だと色めき立たれたものだ。
今まで浮いた噂が一つもなかったのは、バーニーがいたからだと納得される始末だ。
誠に遺憾である。
「良い恋人を持ったわね、ステラちゃん」
(でもそいつはことあるごとに「俺はあなたの犬だが」ってのたまうような奴なんです)
なんて言えるはずもなく、ステラはマリーに対し引きつった笑顔を浮かべるしかなかった。
「まあ、助かってます」
最後の抵抗で、肯定だけはしないものの、二人は本気にはしていないようだ。
「良かったじゃないか。これで冒険者達もちょっかいを出してこなくなるだろうさ。かなり迷惑だっただろう」
しみじみというバルバラに、それはそうだと、ステラは渋々同意する。
彼女が見合い話を持ってこようとしてきたように、他の冒険者達からの無駄なアプローチがなくなったのはありがたい限りである。
(冒険者といえば――)
ふと思い出したステラは、試しに聞いてみた。
「そういえば、カイロスさんは最近来ませんが、どうしたんでしょう?」
冒険者は否応にも治療院に世話になるものだ。
ギルドに近い位置にあるこの治療院は、当然のごとく冒険者の利用が多い。
だがステラはバーニーに助けられて以降、カイロスの姿を見ていなかった。
執念深い性質をしていたし、また待ち伏せなどされるかもしれないと考えていたのだが、それもない。
こちらとしては煩わされなくて助かるが、近況がわからないのも気味が悪かった。
すると、案の定マリーが口を開いた。
「あのステラちゃんにご執心だった坊やね。他の冒険者から聞いたのだけれど、引退したらしいわよ」
「え?」
あまりにも唐突な展開にステラが面食らっていると、同じように驚いたらしいバルバラが聞き返した。
「あれま、あの子まだ引退するには若すぎるんじゃない? なにがあったのかね?」
「ずいぶんな怪我を負って、別の治療院に運び込まれたのよ。なんでも郊外での任務中に腕が元に戻らないほど折れていたらしくって。とてもじゃないけれど、冒険者は続けられないだろうって街を離れたそうよ。それにしても治りきらないうちに行くなんて、妙だけど……」
冒険者は体力と、身体能力が命だ。
老いてもなお現役を続ける者もいるが、大半は危険な討伐や任務の最中に体を壊してしまう。
それがカイロスに起きた、そういうことだろう。
唐突な別れは、治療院にいれば珍しくない。煩わされなくなったとほっとすべきだ。
納得しつつもステラは一つだけ質問した。
「カイロスが怪我をした腕ってどちらかとかわかりますか?」
「さあ……そこまでは。引退する位だから、利き腕なんじゃないかしら」
マリーの言葉を最後に休憩が終わり、ステラ達は仕事に戻った。




