7.おつかい③
冒険者の勘か、カイロスは即座に振り返ったが、その前にステラを掴んでいた腕を大きな手が掴みひねり上げる。
「ぐぁっ」
「っ」
解放されたステラは、すぐにカイロスから距離を取り、助けてくれた青年――バーニーを見た。
バーニーはステラと目が合うとひねり上げたカイロスを適当に放り投げると、こちらに近づいてくる。
「迎えに来たぞ、ごしゅ……」
そのときの反射神経を褒めてやりたいと、ステラは自分で思う。
バーニーがなんと呼びかけようとしたかすぐさま察知して、彼の口を手で塞いだ。
丸くなる琥珀色の瞳に必死に黙れと念を送りながら話しかける。
「あああよく来てくれたわバーニー! さあ帰りましょうか!」
焦って急に動かした手は痛んだが、ここで余計なことを話されてこじれるよりはずっと良い。
バーニーはぱちぱちと瞬くと存外素直に頷いた。
よし、とすかさず彼の大きな背を押して促すが、起き上がったカイロスが黙っていなかった。
「お、おいステラ、そいつ誰だよ!」
呼び捨てを許した覚えはないと、苛立ったが、ステラはこれしかないとバーニーに自分の腕を絡めてしなだれかかる。
そしてダメ押しにいつもはしない、艶然とした微笑を浮かべてみせたのだ。
「昨日から一緒に暮らしているの。やっと会えたのだから、邪魔をしないで?」
「なっ……」
顔を真っ赤にしたカイロスは喰ってかかろうとした刹那、ステラはぞわっと背筋が粟立った。
原因は今ステラがしなだれかかっているバーニーだ。今更ながらステラは己の命知らずな行為におびえたが、これしか方法がなかったのだ。先の危険より今の危機である。
あまりに恐ろしすぎて、ステラは自分が腕を絡めた男を見られないでいたが、目の前のカイロスはざあっと青ざめている。
カイロスが今までステラに絡んでいたのは、ステラが自分でも御せる格下の相手だと侮っていたからだ。それが、自分を軽くあしらえる格上の男とイイ仲に見えるのだ。
今まで鬱憤を晴らすには十分な情けない姿に、ステラは若干溜飲をさげた。
なにも言えずに硬直するカイロスを放置して、ステラはバーニーを連れてその場を離れたのだった。
カイロスが追いかけてくる気配がないのを確認して、ステラはようやく息を吐いた。
即座に腕をほどいて頭を下げる。
「急に触れてしまい、申し訳ありませんでした。ですがいらしてくださって助かりました」
まさか、迎えに来るとは思わなかったがそれで救われたのは間違いない。
捨て身の作戦をせずにすんだ。
他者からなにかしてもらったらお礼を言う、これも修道院で骨の髄に刻まれた教えである。
三歳の子供でも知っていることで、誇れることではなかったが、ステラにとっては学び直しの成果だ。
だがしかし返事がない。なにか気に入らないことがあったのかと、ステラは恐る恐る顔を上げる。
バーニーは夕焼けに照らされて、たてがみのような赤毛が燃えているように見えた。
「ご主人、あいつなんだ?」
「ただの患者です。冒険者なんですが、つきまとわれて困っていたんです」
「そうか」
「あの、ところで買い物はすませられたのでしょうか……?」
反応が怖かったため、ステラが話をそらすと、治療院のほうを見ていたバーニーはステラに視線を戻した。
その顔は無表情ながらどこか誇らしげに見えた。
「もちろんだ」
「そうですか、その夕食の準備ができそうにないので、帰りに買って帰りたいのですが、よろしいでしょうか」
バーニーはうなずいてくれたので、ステラはほっとして、お気に入りの食堂へ向かう。
なぜか半歩後ろからついてくる彼が、そのときふわりと身をかがめて囁いてきた。
「ご主人、折るか」
「行きつけのお店なんですけど、すっごくお肉がおいしいところなんですよぉ!」
(一体なにを折るのよ!? 私の腕!?)
その物騒な単語に戦慄したステラは、努めて聞かなかったふりをした。
無事肉の煮込みとパン(いつも食べる量を注文するよう促したらステラの三倍で慄いた)を買い込んだステラは我が家の扉を開ける。
そして閉めた。
「ご主人、どうした?」
「ちょっと体調が悪かったのかもしれないと思いまして……」
荷物を率先して持つバーニーが不思議そうにする中、ステラは首を振って意識をはっきりさせたあと、もう一度開いた。
そこには前が見えないほどの大量の荷物が積み上げられていた。
折りたたまれている寝具はおそらく羽毛の最高級品。わざわざ持ち込まれた簡易の洋服掛けに吊り下げられているのは、派手な色合いのドレスだった。近くにある小さな箱は帽子の類いだろう。そして嫌に恭しい堅牢な化粧箱は、ステラの記憶が正しければ宝飾品の運搬に使われるもので――。
それだけではない。髪飾りや、化粧道具などどことなく可愛いデザインの小物や、菓子の類いが山積みになっているのだ。
どこかの貴族の少女の部屋を、まるごと持ってきたような有様の居間が見間違いではなかったことに、ステラはあんぐりと顎を落とす。
意味がわからなかったが、こんなことができるのはたった一人しかいない。
我に返ったステラは、ぎぎぎっと軋ませながらバーニーを振り返った。
彼は無表情だったが、どこか誇らしげに見えるのが気のせいであってほしい。
「な、なんですかこれは!?」
悲鳴のようになってしまったのは仕方がないと思うのだ。




