6.おつかい②
「あの冒険者顔負けの迫力のある青年かぁ! 嬢ちゃん先生のところにたどり着いたか、よかったよかった」
患者達を問い詰めたら、いつものたむろ組である腰痛持ちの老人があっさり自白した上に喜ばれた。
個人情報などあってないものだとわかっていたが、この脳天気さにはステラは頭を抱えたくなってしまう。
「今後は、できれば……あまり他人に言わないでいただきたく……」
かろうじてそうお願いすると、関節痛の老婆がからからと笑い飛ばした。
「大丈夫大丈夫。あたしらもそれくらいわかってるさ。あの赤毛の子だったら、歯止めになるかねえと思ったんだよ。実際あの無神経にはお願いされても言ってないだろう?」
ほんとかあ? と疑いかけたステラは、口を閉ざす羽目になる。
「あの無神経」に心当たりがありすぎたからだ。
それでも、バーニーが問題なし判定は誠に遺憾だったため、抗議したかった。
しかし、すぐにその暇はなくなってしまった。大量の怪我人が運び込まれてきたからだ。
「街道近くに大型の魔物が出現したんだ! 巡視隊のほかに一般人に多数怪我人が出た! 受け入れを求める!」
「っ魔物の種類と怪我の状況を教えてください。対応します!」
ステラはもはや反射的に駆けだした。
修道院の矯正教育で、困っていれば必ず助けろという教えが骨の髄まで染みついている。
たとえ寝不足で多大な重圧がかかり絶不調の中でも、ステラは歯を食いしばって対応することを優先した。
冒険者ギルド併設の治療院から近いため、よく応援に呼ばれるという地理的要因もあった。
運び込まれた怪我人は二人で、一人は腕が千切れかけていた。
「あんたはツイてるぞ。まだちょっとばかり繋がっているから腕は戻る。これが完全にちぎれていたら王宮のお抱え治癒師でもない限り駄目だったな」
ジラルドが励ましながら、うめく怪我人に治癒魔法の燐光をかけていく。
一度体から離れてしまうと、人体は離れた一部を「死んだもの」と判断してしまうようだ。
これを元に戻すのは困難を極める。ジラルドの言う通り、患者は腕を諦めなければならなかった。
とはいえちぎれかけた腕でも繋げられる力量も、こんな田舎町にいるのがもったいないほど良い腕なのだ。
あの怪我人はとても幸運だったが、そんなジラルドでも繋げきるには、一時間以上張り付いていなければならない。
それほどに、治癒魔法は高度な魔法だ。
隣のベッドの会話とうめきを聞きながら、ステラも運び込んだ患者の治療をする。
若いステラに任されるだけあって、一部が千切れていることはなく背中の裂傷だ。
しかし狼型の魔物にやられた裂傷はひどく荒れている。
これはかなり時間がかかるし、下手をすると引き攣れと後遺症になるだろう。
(最近魔物が増えていて、怪我人が増えているのよね……。おかげで冒険者達も治療院に頻繁に来るし、散々だわ)
「オンブルさん、塞ぐだけでも十分だ。無理はせんでいい」
「はい、できるだけやります」
駆け出しのステラを気遣ってジラルドが声をかけてくれる。
採用時に大きな傷は治した経験は少ないと申告していたからだろう。
ステラは応じつつも、万が一でも手加減を間違えないよう、手に治療の光を宿して集中した。
ジラルドが処置を終えたころに、ステラも治療を終えた。
「オンブルさんは筋が良い。これならあとは自然治癒でなんとかなるだろう。よくやった」
彼のねぎらいにほっとしたのもつかの間、ステラは滞っていた通常業務に戻ることになり、夕暮れまで対応に忙殺された。
こういう時に限って、腕を折ったり、腰をやって動けなかったりなどの油断ならない患者が運び込まれてくるのだ。
結局、昼食を食べる間もなかった。
「今日はご苦労だった、上がって良いぞ。客人がいるんだろう」
ジラルドはこれから夜間の勤務までするのだ、化け物だと思う。
だがもう疲労困憊だったステラは、ありがたく上司の言葉に従って帰宅することにした。
しかし客人というのには遺憾の意を示したい。
あの殺人的な忙しさの中でも、患者の誰かから聞いたのだろう。やはり秘密もなにもない。
実際、今日常に思考の中にあったのは赤髪の男の動向だ。
ちゃんと買い出しに行ったのか、それともなにか画策しているのだろうか。
「あーでも夕食の買い出しはしなきゃいけないのか。家になにもない……」
気づいたステラはぐったりとした気分になってしまう。
バーニーはまったく文句を言わなかったが、もうあれで家に食べ物がなくなってしまっていたのだ。さすがに彼に食事の調達を頼むのは図々しいだろう。
出来合いの食事を買って帰ろうと心に決めて、身支度を終えたステラは裏口の扉を開ける。
そしてそこで手を振っているカイロスに、なけなしの気力が一気に死滅した。
「やあ、ステラ。今日は活躍していたね」
「……カイロスさん、今日は治療はなかったはずですが」
言いつつ、ステラは慎重に距離を測る。
まだ手はすぐに届かないが、進路はカイロスが塞いでいるため、脇を抜けて行くのは難しい。
ステラが警戒していることなど意に介さず、カイロスは笑顔でこたえる。
「だからさ、君をねぎらいたくて待ってたんだよ。ご褒美にうまい飯を奢ってやるよ」
断ったはずのことを蒸し返すのかと、ステラは戦慄した。
話が通じる気がしない。やっかいな患者が、一気に警戒すべき相手に変わる。
これ以上穏やかな態度を取っては増長させるだけだ。
「いえ、ただの職務ですので、必要ありません。では」
早口で言うと同時に脇をすり抜けようとしたが、手首を掴まれ引き留められてしまう。
「おいおい、それはないだろう?」
「ご存じの通り、通常業務の上で私は急患の対応をしたんです。できれば早く休みに帰りたいんです。ご容赦いただけないでしょうか」
精一杯殊勝に見えるよう丁寧に頼んだのだが、カイロスの表情に苛立ちが浮かんだ。
「ちょっと顔がきれいだからって、お高くとまってんじゃねえよ。俺達がこの街を守ってんだぞ?」
(あなた達の傷を治して生かしてるのは私達治癒師だが?)
よほど毒づきたかったが、ステラはぐっと我慢した。
カイロスは軽く掴んでいるつもりなのかもしれないが、手首がきしむほど痛い。
けれど、意地でも顔に出したくなかった。どうせ顔をしかめたとしても、この男は意に介さないどころか、優越感に浸るだろうと思ったからだ。
「離してください」
「多少は労ってくれたら良いぜ? そうだな、飯に行って、酒を飲もうじゃないか。なにもとって喰おうってわけじゃないんだからよ」
打って変わって甘い猫撫で声にステラは怖気立った。
こうして権威や暴力を振りかざしてくる相手がどんなに醜いのか、今のステラはよくわかる。圧倒的優位な立場で、愉悦に浸って追い詰める。
かつての自分もこんな風に見えていたのだと突きつけられるのは、反吐が出そうな心地だった。
(絶対お酒飲んで帰って終わるわけがない。酔わせて部屋に連れ込むに決まってる)
しかし、今のステラはこんな小物ですら処断できる力がない。ただの治癒師の小娘なのだ。 守ってくれる権威もない。助ける求める相手もいない。腕力では勝てない。
ギリギリと掴む手に力が込められていく。折れてしまうのではないかと危機感を煽られる。
「ほら、ちょっと親しくするだけだ。いいだろ、な?」
にやついた顔でカイロスは引き寄せてくる。
ステラは気持ち悪さに歯がみしながらも、打開策を見つけるまで時間を稼せごうと口を開こうとする。
そのとき、大きく影がかかった。
鮮やかな赤が視界で踊った。




