5.おつかい①
結局ステラは、バーニーを家に住まわせることにした。
これで強く断ったとたん、なにをされるかわからないという恐怖に駆られたからだ。
幸か不幸か家には空き部屋があった。ステラが逃走ルートとして確保していた部屋だ。
しぶしぶそこを提供したら、バーニーはまた不思議そうに小首をかしげた。
「ご主人の部屋じゃなくて良いのか」
「っ!?」
ステラは一気に緊張する。同室になりたいと言うからにはそれはつまり……。
(私のか、体が目的……?)
「前は、部屋の床で寝かせてもらった」
バーニーに告げられ、ステラは己の勘違いの羞恥と同時に一気に精神が削られた。
覚えている。当時奴隷部屋で寝ていたバーニーをわざわざ自分の部屋に寝かせたのは自分だ。
この男はとことんまでステラの黒歴史をえぐるらしい。
「い、いいです……」
「? 床でも大丈夫だぞ」
「に、人間は床では寝ないものですよ」
「俺は――」
「あなたの部屋はここですので!」
バーニーが次になにを言うかがわかったステラは、先んじて言葉を遮り部屋に押し込んだ。
そして、隣に自分を殺すかもしれない相手がいるという緊張と恐怖の中、ステラは部屋の隅でガタガタと震えながら夜を過ごした。
幻であってほしいと何度も願いながら夜明け前にそっと扉を開くと、すぐに元空き部屋からバーニーが顔を覗かせた。
「おはようご主人。早いな」
「……アハハ眠れなくて……」
ステラは逃亡を諦めて、持ち出し荷物をこっそり部屋の隅に隠した。
こんなに追い詰められていても腹は減る。
昨日食べ損ねたスープをかさ増しして、パンと、なけなしのオレンジを切ってテーブルに並べる。
しげしげと居間を眺めていたバーニーは今度はスープとパンをじっと見つめる。
座っているのは、テーブルの椅子だ。そこに至るまでにも流れるように床に座ろうとしたので「椅子に座ってください」と懇願する羽目になった。
まだなにかあるのかと戦々恐々としたが、バーニーは問いかけてきた。
「ご主人が作ったのか」
犬が敬語なんて使う必要ないでしょ、というかつての自分のひとことで、言葉遣いは矯正されなかったことをステラはぼんやり思い出した。
ましてや今のステラが咎めることなんて無理だ。
「はい、足りないとは思いますが、どうぞ召し上がってください。買い置きがないもので」
あくまでステラ基準の量だ。体格も一回り大きい彼では物足りないにもほどがあるだろうが、できれば殴らないでほしい。
「いいや、十分だ。いただきます」
ステラの祈りが通じたのか、バーニーは意外に丁寧に祈りの言葉を継げると、スープとパンを推し抱くように食べ始める。
寝不足でぼんやりとするが、ステラも空腹に負けてスープに口を付けた。
なにせ、出勤時間が迫っているため、ぐずぐずはしていられなかったのもある。
バーニーがなにを目的にしているかはわからないが、ステラはできる限り死にたくはない。
どういう人間だったか、かつてのバーニーの記憶を掘り起こしても、鞭を取り出して殴っていた記憶しかない。現状、彼がなにもする気がないということであれば、表面上でも友好な関係を装うのが一番だろうか。
と、様子をうかがっていたが、バーニーは本当に喋らない。無言だ。
目の前に己の罪の象徴のような人物が座り、じっと見つめられ続けるのは、あったはずの食欲を根こそぎ奪う重圧だった。
拷問のような食事に耐えきれなくなったのはステラのほうだ。
「あのう、私の居場所が、どうしてわかったのでしょうか」
昨日は黒歴史に打ちのめされて確認しそびれたが、死活問題でもあった。
もし、すでにステラの居場所がバレているのならば、早急に手を打たねばならない。
自分の手の内を明かさないために話をそらした可能性もあったが、バーニーはあっさりと答えてくれた。
「あなたが治癒魔法ができるのは、知っていた。最初は修道院を回っていたんだが、途中で奉仕活動に出ているんじゃないかと気づいて、二十代の女性の治癒師を訪ね歩いていた。この町に、治癒師の女性がいると聞いて家を教えてもらったんだ」
「……は?」
ステラは何度目かもわからない驚きに呆然とした。
「そ、それって国中の修道院と、治療院を回ったってことでしょうか?」
「そうだ。一年で見つかって幸運だった」
バーニーが淡々と語るのに、ステラはそんなわけないだろうと顔を引きつらせた。
確かに幼いステラは拙いながらも治癒魔法を使えていたし、バーニーを練習台にしていた。もちろん禁止事項だ。
治癒師は少ない。だがまったくいないわけではない。貴族達は必ずといっていいほどお抱えの治癒師がいるし、各都市の治癒院には複数在籍している。ジラルドも募集しステラが応募したくらいだ。
つまり砂漠の中から……というのは言い過ぎだろうが、池の中から一本の針を見つけ出すのに等しい行いではある。それをなんてこともなく言い抜けたバーニーにステラはぞっと背筋が冷えた。
それでも、ひとまずステラの居場所がバレたわけではない様子なのはほっとする。
「ちなみに、私の家を教えた方は……?」
「治療院にいたご老人達だ。大切な人を探していると言ったら泣いて教えてくれた」
大切な人、という言い回し、で大方昔ステラが治療した患者が感謝するために探しているとでも思ったのだろう。
(その大切な人は殺したいほど憎んでいるって意味なんだけどね!)
患者だが絶対絞めようと心に決めたステラは、なんとか残りのスープとパンを流し込んで立ち上がった。
「どうしたご主人。なにかあるのか」
同じく立ち上がるバーニーに、ステラは時間を気にしつつ言った。
「申し訳ありませんが、これから出勤なんです」
「出勤」
言われてはじめて気づいたように繰り返す。
治療院を訪ねたくせに、なにを意外そうな顔をしているのか、とステラは思ったが続けた。
「何日いらっしゃるかわかりませんが、ひとまず、生活に必要な身の回りのものを揃えられてはいかがでしょう」
「? 犬には十分だぞ」
本気で言っているように思えるのがたちが悪い。
頭が痛い気分になったが、それでも用意していた銀貨と渋々合い鍵を取り出してテーブルに置く。
「人間として! 暮らせるだけの日用品です! 食器や寝具やその他諸々はこの家には足りないんです
よ。私がすごく困ります。これ合い鍵です、夕方頃には帰ってきます」
すでに家はバレているのだ、渡そうが渡すまいがステラの命が握られているのは変わらない。鍵なんて些末である。
ただお金だってなけなしのへそくりだ。ひたすら惜しくて仕方がない。
昔はこの銀貨などそれこそリボン代にすらならないはした金だったが、今は立派な命綱である。今回出した分でステラの食費二週間分はする。
なかば懇願の勢いでステラがお願いすると、置かれた銀貨と鍵をじっと見つめていたバーニーは存外素直にうなずいた。
「わかった、おつかい、だな」
噛みしめるような語調なのが気になったが、遠くから朝八時を示す鐘が外から聞こえる。
ステラは一抹の不安を覚えつつも、家を出たのだった。




