4.みつけた④
我が儘姫だったステラは、気に入らないことがあれば周囲に当たり散らし、気分で使用人を首にする子供だった。
使用人もステラをいさめることはできない。だがあまりに使用人が入れ替わるのが非効率的だと思ったのだろう。
父は使用人以外の、かんしゃくのはけ口になる奴隷を買い与えることにした。
いわば、生贄だ。
ステラはまったく恥じることなく、なにをしてもいい専用の奴隷をくれると言われ、喜んだ。
何人でも良いと、ずらりと並んだ老若男女様々な奴隷が並べられる中を、うきうきと回ってどれにしようかと品定めをしたものだ。
ステラが奴隷の前で止まるたびに、奴隷商人が健康状態や出身地、どんなことができるかを声高に話してくる。しかしあまり聞いていなかった。
彼らの目が死んでいることなんてまったく関係ない、ただ遊んだら面白そうな物はどれかだけしか気にしていなかった。
そんな奴隷の群れの中に、赤を見つけた。
キラキラと輝いて見えたのは、たぶんそこが日差しが入る窓際だったからだろう。
ソレは薄汚れていて、ひょろひょろしていたが、うねる髪はまるで炎が燃えているみたいだった。
背は当時七歳だったステラより、わずかに高い程度だ。
『それは奴隷から生まれてきた子供でして、歳は恐らく十。反応は良くありませんが言うことには逆らいませんし、頑丈ではありますね』
商人の気のない紹介が耳を素通りする。
そこで、ステラはふと思い出した。
ちょうど上の兄様が獰猛な犬を飼いはじめていて、それで人間を追い回す遊びを気に入っていて、良いなあと思っていたことを。
大きさもちょうど良さそうだ。
茫洋としてはいたが、その瞳は火花のような琥珀色。
気にいった。
その奴隷と視線が合ったステラは、にっこりと笑った。
『おまえ、きょうからわたしの犬ね! 赤いからなまえはそうね、バーニーよ!』
鶴の一言で、かつてあった名前はあっさりなかったことになり、彼は「バーニー」という犬になった。
そしてステラは、バーニーを本当に手ひどくあつかった。
気に入らないことがあれば、蹴って叩くのは日常だ。
犬らしく、返事にはわんと答えろだの、淹れたこともないのにお茶を入れろだの、ひょろひょろの体躯にドレスを着せ、自分で化粧をさせて滑稽さを笑ったこともあった。
四つん這いにさせてステラを乗せて歩かせ、倒れさせたこともある。そのときには「体力がなさ過ぎるわ!」と罵りすらした。
赤い髪は一等お気に入りだったから、なにがあっても切らせなかったし、使用人に手入れもさせた。無断で切ったときにはかんしゃくを起こしたものだ。
出歩くときは、バーニーの首輪に縄を付けて引いていたし、犬らしくステラの部屋の隅に作った寝床で眠らせたのだ。
それが三年。理不尽な暴君だったステラは、バーニーをおおよそ人間として扱わなかった。
(今思い出してもだいぶ死にたい)
極めつけは別れのときだ。
父は逃亡の際に、ステラの他に奴隷を数人連れて行った。
一緒に逃げるためではない、いざというときの肉盾と路銀にするためだ。
そして父はまず、十三歳になっていたバーニーを剣闘場の興行主に売ることにした。
ステラは剣闘場の前で、バーニーに「待て」を命じたのだ。調教され尽くした彼は、ステラの命令なら絶対に従うから。
『バーニー、ここで「待て」よ!』
『……はい、ご主人』
赤い髪は背を越すほど長くなり、ステラより頭半分背が伸びた彼は、ほんの少しだけ間を置いてうなずいた。
それで終わりだ。ステラは一度も振り向きすらしなかった。
もちろんステラ達は、興行主からお金を受け取り、彼を捨てた。
その後、バーニーが剣闘場で死と隣り合わせの戦いに身を投じなければならない、とわかっていてだ。
つまりはだ。
ステラは、彼を散々虐げ尊厳を踏みにじり、もてあそんだ憎き敵なのである。
何度殺されてもおかしくない。
後ろめたさと罪悪感が倍ドンでのしかかってきて、いつもくつろいでいたはずのソファが拘束椅子に思えてくる。
喉が張り付くように乾いていたが、ステラはなんとか声を絞り出した。
「それ、は、まことに、申し訳、なく……!」
声が震えてしまう中で、バーニーは不思議そうにする。
「なぜ謝る? こないのなら、探しに行けば良かったんだ。だから俺が来た」
当然のように言う彼の声の雰囲気に、ステラは混乱していた。
気のせいに違いないのだが、害意はないように思えるのだ。
おかしい。だって、この男はステラの「待て」のせいで、十年ずっと剣闘士として命のやりとりをさせられ続けたはずなのだ。座ったステラが思い切り首を上げなければいけないほど、背が伸び隆々とした体格になるほどの時間をだ。
そこでステラは、ずっと気になっていたことを口に出した。
「その……なぜ、立っていらっしゃるのでしょうか……?」
ステラを座らせて以降、バーニーはずっと目の前に立っていたのだ。
文句を言える立場にないのは重々承知しているが、正直心理的圧力が強すぎる。
彼はゆっくりと瞬くと、気づいたようにうなずいた。
「すまない、座る」
言うなり彼はステラの前に座る……否、床に両膝を突いたのだ。
昔は当たり間の風景だったな、と感傷に浸るどころではなく、ステラはざっと青ざめて腰を浮かせた。
「ど、どうして床に座るんですか!? 椅子に座ってください!」
「ご主人こそ、なぜ犬に敬語を使う?」
くいと、首をかしげるバーニーは心底不思議そうだった。
ステラは自分がおかしいことを言っているような気なるが、絶対に違う。
「さっきからご主人ご主人って、もうあなたは奴隷ではないでしょう!」
言ってやった、と爽快な気分になったのは一瞬だ。
ぎゅっと、眉を寄せたバーニーはこうのたまったのだ。
「俺は今でもあなたの犬だが」
顎がぱっかんと落ちた気がした。
一拍、二拍と沈黙が降りる。
ステラがいくら聞き間違いではないのかと思っても、目の間に座るバーニーは表情は変わらない。それどころか誇らしさすら感じられる顔をしている。
以前も表情が乏しい少年だったが、それは青年になっても変わらないようだが、ステラにはなにを考えているかはなんとなく読み取れていた。
つまり本気だこの男。
息を吹き返したステラは腹の底から声を出した。
「いやいやいやいや、犬って剣闘士なんじゃないですか!?」
「自分の身分は買い戻した。側に置いてくれ」
「あのえっ側に置くって」
「以前のように部屋の隅に置いてくれたら十分だ。ご主人には迷惑をかけない」
今度こそ意味がわからなかった。
「い、一緒に住むってことですか……? そそそんな身分を買い戻せたのになんで」
「昔とは違ってご主人を守れるし稼げる。役に立つぞ」
「それなら冒険者でもなんでも勤めてご自身で暮らせばいいじゃないですか!」
ステラと一緒に住む理由など一切ないはずだ。
当然の主張が通じたのか、彼は無表情に首をかしげた。
「だめなら、通ってくる」
「!?!?」
ステラは声を失う。どうあがいても街に住むのは確定らしい。
どうしてなぜという言葉がぐるぐると頭を回る。
この青年がなにを考えているのかわからない。
ステラのことは殺したいほど憎いはずなのに、信じられないことをのたまうバーニーは、なぜか褒めて欲しそうに思えた。




