15.だめ②
いつものこんな服装で大丈夫なのか? と心配になる上着とズボンに背には大剣を背負っている。
なにより赤髪に意思があったらぶんぶんと振り回していそうな、晴れ晴れとした雰囲気を纏っていた。
「まさかギルドにいるとは思わなかった。仕事か? 用事か?」
ステラの視界でギルド職員が、悲鳴を堪えるように口元を押さえているのが見えた。
ここで無視をし続けるのも得策ではない。諦めたステラは立ち止まって応じた。
「仕事よ。まだお客様がいるんでしょう? 私は終わったから先に帰っているわ」
「ステラが帰るのなら俺も帰る」
なんだ子供かとよほど言いたかったが、その隙はなかった。
背後からもう一人駆け寄ってきたからだ。
バーニーと同じ部屋から出てきたのは、立派な身なりをした男だった。
隆々とした体躯に濃紺を基調としたかっちりとした丈の長い上衣にズボン、丈夫そうなブーツを履き、腰には使い込まれた剣を穿いている。
肩から提げられたマントには紋章が刺繍されているようだ。
短く切られた暗い茶色の髪に彩られた男らしい精悍さの際立つ顔からして、バーニーよりも何歳か年上だろう。
騎士だとステラはすぐに気づく中、男が苛立ちもあらわにバーニーに詰め寄った。
「バーナードっ! 話はまだ終わっていないぞ、中に戻れ……と、あなたは?」
いぶかしげにする男に、やっかいごとの匂いがぷんぷんして天を仰ぎたいのを堪えた。
今すぐこの場から離れたくてたまらない。なぜならマントに刺繍された紋章に心当たりがありすぎた。
(王宮近衛騎士団の紋章じゃない! なんでこんなところにっ)
ステラは顔が引きつるのを堪えて、顔を伏せ落ち着け、と自分に言い聞かせる。
自分の人相書きは出回っていないだろう。自分の特徴的な髪も、顔立ちも、染め粉と化粧で変えている。
だからぼろを出さなければいい、と思っていた矢先に、バーニーがぐっと踏み出す。
「俺は見つけた。だから騎士団には戻らない」
そう言って引き寄せるのはステラだ。
「それがっ――!」
男のステラを見る目が一気に険しくなる。
かろうじて言葉を堪えていたが、続く言葉がステラは容易に想像がついた。
その憎しみと嫌悪の目は、こう言っている。
アヴァリスの悪魔め、と。
*
ステラも半ば強引に会議室へ連れてこられた。
ギルド職員の好奇の眼差しから逃れるためにも仕方がなかったのだ。
ソファに座らされたステラは、目の前の男から放たれる重苦しい重圧と敵意を浴びていた。
背中に冷や汗をじっとりと感じる。
男は今にも傍らの剣に手を掛けそうな勢いだが、彼は幸いにも腕を組んでいた。
散々ステラをねめつけていた男だったが、ちらっとバーニーを見上げた。
「バーナード、座りなさい」
「……」
「バーナード!」
「嫌だ」
座るステラの傍らに立つバーニーは、にべもなく断った。
知り合いのはずなのに、男に対してずいぶん素っ気ない。
不思議に思ったが、男の纏う空気がずんと重くなったのに耐えきれず、ステラはバーニーに言った。
「バーニー、気になるから、座ってちょうだい」
「……わかった」
渋々といった様子を隠しもせず、ステラと男の対角にある一人掛けソファに腰を下ろした。 男の目元が痙攣する。ステラの言うことを聞いたことも気に食わないらしい。
それでも全員が落ち着いたところで、男は口を開いた。
「私はヴェルシュ・クルーゾーだ。近衛騎士団第一部隊の騎士をしている」
思ったよりも大物で、ステラはごくりとつばを飲む。
近衛騎士団は、主に王宮内の警備と、貴人の護衛を任務とする精鋭だ。騎士となっても、選ばれるのはごく少数で、実力だけでなく身元も伴わないと勤められない、栄誉ある騎士団だ。
そこに勤めているのなら、ヴェルシュは腕の立つ上に身分も持つ男のはずだった。
「私は――」
「自己紹介などいらん。エレストレーヤ・アヴァリスだろう」
久々に呼ばれた本名に、ステラはさっと血の気が引く。
やはり知っていたのかと、俯く。
こういうときは、反感を煽らないように身を縮めていなければならない。自分が生きていることに申し訳なさは十分にあったから、ステラとしてはなんてことはなかった。
ただこれだけは、焦燥と居心地の悪さに身じろぎしながらも慎重に訂正した。
「今は、ステラ・オンブルと名乗っています」
「悪魔が身元を偽るなどおこがましいな」
ヴェルシュに吐き捨てられても、ステラはなにも感じなかった。こういう反応になるのは予想していたからだ。
(むしろ、廊下で暴露しなかったほうが意外だったわ。なにか理由がある? そうだ、そもそもなぜ近衛騎士団の人間がバーニーを訪ねてくる?)
ステラが上目遣いに窺っていると、ヴェルシュははす向かいに座るバーニーを苛立ち混じりに睨んだ。
「まったく……いきなり単騎で異様に討伐数を上げる冒険者が現れたというから、もしやと思えば案の定だ。本名で活動するお前の馬鹿正直さに救われた」
(なるほど、あくまでバーニーの行動に気づいてこちらにきたのね。それにしても、本名?)
気になる点は山ほどあるが、とても質問できる空気ではない。
せめてとステラが必死に情報収集をしている間にも、ヴェルシュはバーニーに話し続ける。
「バーナード、探し人が見つかったことはわかった。ならもう良いだろう、冒険者なんてやめてさっさと帰ってこい。団長達もお前を待っているんだ」
「なぜ帰らなければならない? 退団したはずだ」
「あんな紙切れ一つでやめられるわけないだろう! 団長のご厚意で休職扱いにされている! せめて拾ってくださった団長に義理を通すくらいしたらどうだ!」
かっとなったヴェルシュが声を荒らげ告げた事柄に、ステラは動揺した。
断片をつなぎ合わせれば、嫌でもわかる。
「バーニー、あなた騎士になっていたの!?」




