14.だめ①
バーニーの髪の手入れが日課になって数十日が経過した。
おかげで彼の髪は見事な艶を取り戻し、なかなかに見応えがあるものになった。
彼は風呂上がりにはブラシと香油を持ってきて、無言で要求するようになった。
ステラにはないコシの強い髪は、いじっていて楽しい。
ただ、手入れ道具はステラのものを流用しているから、使う香油は女性的な香りがする。
文句を言わないのを良いことに、ステラはちょっとした嫌がらせのつもりで継続して使っていた。
なにかとむさ苦しくある冒険者達の中で、フローラルな香りをさせているのは、かなり浮くのではないだろうか。
そもそもバーニーがどんなふうに仕事をしているのか、気になり始めていた。
剣闘士だったこと。食事に無頓着ではあるが、肉が出たときには食べる量が増える。
やはり褒められたがり、なにかをしようとする。
そして、ステラの「犬」でいたがる。
彼について知っていることと言えばこれくらいだ。
ステラと二人きりでいるときは、胡乱過ぎる彼が、本当に社会生活を送れているのかが端的に言えば不安だったのだ。
それに普段を知れば、彼を人間に戻す手がかりがつかめるかもしれない。
病院に来る冒険者達に聞いてみることも考えたが、残念ながらこういうときに限ってそういった患者が来ない。かといって冒険者ギルドに直接行って聞くまでのことでもない。
悶々とそう考えていたのだが、意外な機会が巡ってきた。
治療院の白衣を羽織ったステラは、冒険者ギルドの会議室にいた。
目の前には、初々しさの残る冒険者達十数人だ。
今日ステラは定期的にしている、応急処置の講習会で、臨時講師をしていた。
怪我の多い冒険者達だが、すぐに治療院に駆け込めることはごく稀だ。
だからこそ、自力で応急処置をする正しい知識を持てば、生存率を上げられる。
そういうわけで、冒険者ギルドが主催し、近隣の治療院が持ち回りで講師を引き受けているのだ。
普段はジラルドが行くのだが、面倒くさがった彼にステラが押しつけられた。
不特定多数の人間に顔を覚えられるのはステラとしては気が進まないが、今回だけは好奇心が勝り承諾した。
冒険者になるための必須講習のせいか、受講者達のやる気にはムラがあるが、別にステラは構わなかった。できてもできなくとも死ぬときは死ぬ。
ほんの少し、生存確率が上がる程度なのだから、自己責任だ。
ステラはあらかじめ定められたカリキュラムを丁寧にもれなくなぞるだけである。
一通り話し終わったあと、ステラは会議室内を見渡した。
「では、今回の受講範囲について、質問がある方はどうぞ」
定型文ではあったが、挙手があった。ステラが促すと、真面目そうな青年が問いかける。
「先生のお話では、四肢が完全に千切れたり、傷が変に治った場合、元に戻せないと言ってました。けど、治す方法は本当にないんですか?」
欠損や外傷が治癒不全を起こした末の、運動機能の低下が、冒険者の引退理由の筆頭だ。
戻せないと聞くとやはり気になるのだろう。
(そのために、なるべく新鮮な状態で腕でも脚でも皮一枚でいいからつながった状態で、なるはやで治療院にかけこめ。って端的にまとめたんだけど)
あわよくばと思うのだろう。治癒魔法が万能だと思っている者は少なくない。
曖昧に濁せば、治癒院に駆け込んで来たとき、ごねたりするかもしれない。
未来の面倒を摘むために、ステラは淡々と答えた。
「あります」
「えっ」
あっさりと前言を撤回するステラに、青年が驚くのと同時に他の受講者達もざわめく。
すかさずステラは続けた。
「教会に多額の寄進をして、大司教、聖女クラスの聖職者に治療をしてもらえれば、たとえ足が千切れようと治していただけるでしょう。実際にそういった例がありますので。ですがその場合も、千切れてから数時間の時間制限がつきます。古傷の治癒も同様です」
期待していた青年ががっくりと肩を落とす。
大司教や聖女など高位の聖職者は、王都にしかいない。僻地のこの町に巡礼になどめったにこない。
つまり治せる者はいるが、一介の冒険者には絶対に不可能な手段なのだ。だから、応急処置講習では考慮をされない。
普通の治療院では、欠損の治療は不可能。それを刻み込ませることで、冒険者の生存率を上げるのである。
無事に講習を終えたステラが講義室で後片付けをしていると、ギルド職員の女性が現れた。
「オンブルさんお疲れ様でした。終了の確認にまいりました」
ちょうど良いと、決められた報告をしながら、世間話を装って聞いてみた。
「ところでバーニー……最近入ってきた長い赤髪の冒険者のこと、知ってますか?」
バーニーが今日もギルドへ行ったことは知っていた。
切り出してから、職員の場合守秘義務など言われる可能性に思い至ったが、ぱちぱちと瞬いた職員は、にんまりと笑った。
「オンブルさんも、イケメンには興味あるんですね。意外でした」
どうやらミーハー心だと思われたようだ。大変遺憾だったが、野次馬根性はあるので、ステラは甘んじて受け入れる。
「治療院でも噂を聞いて、ちょっと見てみたいなあと思いまして」
「わかりますわかります。ブルクスさん、ほんと黙って立っているだけで貫録と雰囲気があって、目の保養なんですよ! しかも私達に対しても端的に接してくれるからすごく仕事がしやすくて助かるんです」
ブルクスという名字で活動しているのか、とステラは驚く。どこかで聞いたことがある名字のように思えたが、ブルクスは特段珍しくはない。気のせいだろう。
それよりも、職員の日頃の鬱憤が感じられる褒め所に苦笑する。
「端々の所作が綺麗だし、あれはどこかで正式な訓練も受けたことがあるんじゃないかしら」
「今日はギルドに来てます?」
ステラが声を落として聞いてみると、職員はあっさり教えてくれた。
「今はたしか会議室を使われてますよ。お客様がいらしているようで、部屋を貸してほしいとおっしゃったんです」
それを聞いたとき、ステラは意外に思った。
あの寡黙で言葉たらずな男に、訪ねてくる者がいたのかという驚きだ。
しかしすぐにステラの直感が警鐘を鳴らす。
(ちょっと待って、ギルドの会議室を使うくらいだから、こっちでできた友達とかではないんでしょ。なら――)
「そのお客様って、どんな方でした?」
「王都からいらしたと言ってましたね。身なりからして騎士様でした」
ステラはその時点で帰ることを決めた。
猛烈な嫌な予感がする。こういった勘は絶対に信用したほうが良いことを、幼い頃から身に染みて理解していた。
「実は、その会議室、この部屋と並びにあるんですけど……」
「いえ、申し訳ないですし帰ります」
ギルド職員の厚意を断ると、ステラは荷物を持って会議室を出る。
急がなければ、と焦燥と緊張を感じながら廊下を進もうとした。
だがしかし、背後で乱暴に扉が開く音が響くなり、呼びかけられた。
「ご……ステラっ!」
低く響く声は、とてもとても聞き覚えがあった。
なによりうっかり言い間違えるやつなんて一人しかいない。
ステラはかたくなに振り返らず足を速めたが、すぐに大股で追いついて併走したのはバーニーだった。




