CASE9.偽善ト偽悪
「仲間割れ…?」
「みたいだね…」
『解答時間』が来たにも関わらず、日向は『ダウト』されなかった。
それどころか、辿り着いた保健室から響いて来たのは六美の叫び声。
それに加えて『銃声』。
暫くして黒子達が何の感慨も無く、ぞろぞろと保健室から出てきた。
恐る恐る秀水がドアを開くと、腹から血を流し倒れている金弥を火野と四郎が手当てしていた。
そして向かって右側には白いスクリーンカーテン。
その下からは水が断続的に床を塗らしていっていた。
其処にどうやら紫月と六美が居る様だった。
誰も其処に日向と秀水が居るとは気付かない。
「必要無かったか…」
「秀水…?」
「こっちの話だよ」
不意に四郎が顔上げた。
そして秀水達の姿を捉える。
「遅ぇよ秀水!こっち来て手伝え!!」
床に散らばる真っ赤な血。
つくづくついてない奴だな、と金弥を見ながら何処か冷めた頭で秀水は考えた。
「何をすれば良いんだよ?」
「脇腹が抉れてる。取り敢えずベッドに運ぶから三井はこっちに来てくれ。七瀬はバスタオル取ってくれ。」
バスタオルを傷口に押し込む様にして圧迫する。
そのまま3人で金弥を抱え上げ、左端のベッドへと運んだ。
火野が血を吸って重くなったバスタオルを床に投げ、日向の持ってきた新しいバスタオルを宛がう。
「木ヶ山、このまま押さえてくれ…止まるかどうかは賭けだ…」
「わかった…!」
そして火野は数枚タオルを手に取ると紫月達の元へ歩いていった。
スクリーンカーテン越しにそれを投げ入れる。
「一宮、体温が奪われるから、それで身体を覆ってくれ。」
「わかった…」
「出来たら呼んでくれ。ベッドまで運ぶ。」
ガーゼで覆った赤い肉の上に、もう一枚清潔なガーゼを置いていく。
言われた通りに紫月はその上からバスタオルを極力柔らかく巻き付けた。
「火野、出来たよ!」
「良し。」
スクリーンカーテンを横にずらし、火野が六美の脇に足をついた。
その背中と膝裏に手を差し入れると、ゆっくり持ち上げる。
なるべく刺激を与えないよう、そっと真ん中のベッドに六美を下ろした。
「このままじゃ…二人とも危ない…」
「どうしたら良いの…?」
「…一刻も早く…病院へ連れていく事だ、しかし…」
火野が言い淀む。
一刻も早く。
それは即ち、犠牲者を増やすという事と同義だ。
「コイツらを助ける為に、私達が犠牲に?冗談じゃないわ…」
「七瀬…お前の言う事も一理ある…しかし、どの道これは後、5回は続く。」
「死に損ないなんだから、コイツらを後5回『ダウト』すれば良いじゃない?」
まるで悪魔の囁きだ。
しかし、それはある意味とても人間らしい言葉のようにも感じる。
「副会長だって、こんな醜い姿になってまで生き延びたくない筈よ?」
「それは…土橋さんが決める事だよ…」
「まだそんな事言うの?アンタ本当に『偽善者』ねー?」
『偽善者』。
その言葉に紫月の肩がびくりと震える。
それは紫月が一番聞きたくない言葉だった。
手までが小刻みに震え始める。
「大体アンタだって自分が『ダウト』されなくて良かったーって思ってんでしょ?」
「そんな…こと…」
「『7人』じゃなきゃ駄目とか言ってたけどさ、本心は自分の『身代わり』が欲しかっただけじゃないの?」
--紫月ちゃんてさぁ…
--…うざいよね?
--本当に偽善者…
頭の中で響く中傷の言葉。
飲み込まれそうになる意識。
「やめろ…そんな事をしている場合じゃない」
火野の少し低めの声が日向を止める。
その行動に深い意味は無いのかもしれないが、紫月は救われる気分だった。
「…でも、良い案でしょ?」
「…否定も肯定も、俺には出来ん。」
「ねぇ、もしかして火野も一宮さんの事好きだったりするの?」
妖艶に笑うと日向は綺麗に彩られた爪で、火野の肩を突いた。
アクリル製のスクエアネイルが肩の筋肉に食い込み、火野は不快感を表情に滲ませた。
そんな火野をますます楽しげな表情で日向は見詰める。
「男って、本当に良い子ちゃんに弱いよね?」
「何でも恋愛感情に置き換えるのは止めた方が良いぞ?」
「余計なお世話よ。」
「単なる忠告だ…」
それだけ言うと、火野は日向の手を振り払って保健室から出ていった。
「怒らせちゃったかな?」
「…どうして…七瀬さんは…そんな風に…人を傷付けるの…?」
震える声で紫月は言葉を絞り出す。
そんな紫月を日向はやはり蔑んだ目で睨む。
「ウザいの。アンタも副会長も…容姿に恵まれて、大切に思われてそれを当たり前に思ってる!!」
「…そんな…事…」
「…でも副会長はまだ人間らしかった…アンタみたいな人間の方がよっぽど汚い!」
(どうして…こんな事をこの人に言われなきゃならないの…?)
紫月は押し黙った。
理不尽な言い掛かりを叩き付けられた事に。
押し込めた思いが溢れだしそうになる。
ウザい。
汚い。
偽善者。
(あぁ…結局私の本質は何も変わって無い…あの頃から何も…)
笑い出しそうになる口元。
それを悟られまいと、紫月は唇を引き締めた。