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悪役貴族に転生したけど原作を無視して自由に異世界を往く  作者: 天霧 翔
第二章: 一年の果実と交錯する運命
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第18話 報酬の行方と、ルナの決意

「――それで、アライア様。今後の計画について相談なのですが……」


契約を結んだ地下書庫の冷たい空気のなか、ポツリとこぼされたその声は、先ほどまでの張り詰めたトーンが嘘のように柔らかく、どこか気恥ずかしさを帯びていた。


ルナは机の端に置いた魔導具の金属枠を細い指先でそっと撫でながら、あからさまに視線を別の方向へと泳がせている。普段の氷のように冷徹な理知はどこへやら、気まずさをごまかすように小さく身を縮こまらせるその姿は、年相応のあどけなさを残した少女そのものだった。


「アライア様、か」


俺は苦笑を浮かべながら、軽く片手を振る。


「これから一緒に動く仲間に対して、その堅苦しい呼び方は無しにしよう。アヤでいいぞ。あと……無理に敬語は使わなくてもいい」


俺の指摘に、ルナはびくりと肩を小さく跳ねさせた。


原作の彼女はもともと流暢に愛想笑いを浮かべたり、社交辞令をスラスラとこなしたりするタイプではない。物静かに、必要最低限の事を丁寧に喋るのが本来のルナだ。先ほどまでの態度は、侯爵家の俺に対して最低限の礼節を示そうとする、彼女なりの貴族としての矜持にすぎなかったのだろう。


「……別に、無理を……しているわけでは、ありません……」


言い訳をするように、彼女は細い指先で自身の漆黒のショートボブの毛先をくるくると弄った。その、どこか子供っぽさの残る不器用な仕草が、愛らしい。薄暗いランプの光に照らされた彼女の横顔は、触れれば消えてしまいそうなほど儚く、白い肌が妖しくも美しく浮かび上がっていた。


「無理してないのはわかった。敬語についてはルナ嬢の好きにしろ。」

「………………アヤ」


ルナは小さく息を呑むと、聞き慣れない響きを確かめるように、そっと俺の名前を呟いた。ほんのりと頬のあたりが赤らんでいるのは、不意打ちの距離感の近さに戸惑っているからだろうか。彼女は気恥ずかしそうに視線を泳がせ、やがて小さくこくんと頷いた。


「……わかった……私もルナでいい」


敬語が外れたその声は、驚くほど柔らかく、どこか少女らしい響きを持っていた。冷たい仮面を剥ぎ取られた素顔の彼女は、見る者の心を狂おしく揺さぶるほどの美しさを纏っている。


だがルナはこんなポツポツと紡ぐようにしゃべるキャラだったか?と疑問が浮かぶが、今は小説の内容を思い出してる場合ではないと、考えを振り払う。


「じゃあルナ、計画……の前にまずは『報酬』の話からしておこうか」


俺がそう告げると、ルナは少しだけ意外そうな顔をして目をしばたたかせた。


「報酬……? 私にはお金も、価値のある魔導具も、何ひとつ残っていない……あ……私ならあげれるけど……欲しいって言ってたしそれでいい?」


彼女はわずかに頬を染めながら、潤んだ瞳をこちらに向け、あざといまでの上目遣いでじっと見つめてくる。


「ちょっと待とうか」


おもわぬ爆弾発言に、俺は思わず数秒ほど思考を停止させた。この子はどこでそんな小悪魔的なセリフを覚えてきたの?しかもわずかに頬を朱に染めながら、紫水晶のような瞳を上目遣いにこちらへ向け、あろうことか「どう?」と言いたげな視線を送るのやめてくれないかな?俺の理性が持たないから。


「でも欲しいって……言ったよね?」

「そうだけど!欲しいけど!」

「……なにがだめ?私の願いが叶うなら……報酬はそれでいいよ?」

「……やっぱ駄目。俺はそうのは好きじゃない。」


思わず頷きそうになってしまうが、なんとか耐えた。ルナが復讐を完遂するためなら、己の身すら差し出す覚悟でいることは痛いほどわかっている。だからこそ、そんな彼女に不利な条件の取引に乗るわけにはいかない。


俺は彼女の目の前の机に軽く手を突き、わずかに顔を近づけた。その急な接近に、ルナは驚いたように息を詰まらせ、背筋をピンと硬直させる。


「俺と友人になってくれればそれでいい。そして俺が困った時、ルナの知恵を俺に貸してくれ」

「え?そんなんでいいの……? 」


ルナの瞳が、驚愕に大きく見開かれた。


「ああ。俺はそれがいい。」


俺がそう断言すると、ルナは小さく息を呑み、華奢な手を自身の胸元にそっと当てた。


「……アヤ、ありがとう。」


彼女の紫水晶のような瞳がわずかに揺らぎ、その端正な顔立ちにふっと、雪解け水のように儚くも嬉しそうな微笑みが浮かぶ。胸の奥からあふれ出す切なさと温かさに耐えかねるように、彼女は長い睫毛を伏せ、恥じらうようにわずかに頬を赤らめた。その人形のように精巧でありながら、どこか守ってやりたくなるほど危うい佇まいは、見ている俺の胸を激しく締め付ける。


「……じゃあ、本題だ、ルナ」


恥ずかしさをごまかすように、俺はわざとらしく声を張って話題を切り替えた。

このままだと理性が音を立てて崩壊するどころか、うっかり変な事を口走ってしまいそうだ。


俺は咳払いを一つ挟み、表情を引き締めると、机上に広げたクソダサ組織(黄昏の螺旋)の拠点図へと彼女の注意を促した。


「組織の主要拠点は、大通りに面した『ローウェル大商会』の地下深く、巨大な地下倉庫の下に広がっている。表向きは厳重な金庫室を装っているが、その裏に連中の拠点がある」


俺がこの場所を容易に突き止められたのは、他でもないリリのおかげだった。原作のシナリオには、拠点の場所など「帝都のどこか」という大まかな記述しか残されていない。しかしリリは、「知っていますよ」と、隠された細部まで正確に把握していた。


グレイス商会を動かす彼女にとって、競合であり黒い噂の絶えないローウェル商会の動向など、調べるまでもない日常の延長だったらしい。向こうの組織からも度々甘い汁を吸わせるような打診があったようだが、あんな下劣な連中をリリが毛嫌いしているため、相手にせず無視を決め込んでいたのだとか。


――そして、俺が「あの組織を潰したい」と持ちかけた途端、リリは驚くほど協力的になった。「アヤのためなら、喜んで」と微笑み、下手をすれば自分の命まで狙われかねないほどの機密情報を、まるで世間話でもするようにすべて差し出してくれた。漏れたが最後、即座に暗殺されてもおかしくない裏帳簿のデータすら含まれていたあたり、リリには感謝しかない。まあそれを渡される時、冗談混じりに「婚約はまだですか?」と嫌なプレッシャーを掛けられたのは言うまでもない。


そんなリリがくれた完璧な情報と、『シズル』という駒があれば、連中など数刻で壊滅させられるはずだ。そもそも奴らは、自分たちの背後には保身に走る貴族たちがついていると過信し、直接拠点に踏み込まれるなど夢にも思っていない。


それに、組織の連中の戦闘力自体は大したことないのはわかっている。貴族院の連中が「いざとなればいつでも切り捨てられる」ように、あえて使い捨ての手駒しか雇わない方針をとっているからだ。仕事のやり口はどれも杜撰だが、どうせお偉方たちがいくらでももみ消してくれるから関係ない。原作で主人公とルナがあっさり組織を壊滅させたのにはそういった背景もある。


「アヤ……お願いがあるの」


ルナは広げられた拠点図をじっと見つめ、細い指先で自身の顎を軽く抑えながら、わずかに眉をひそめて思案に耽る。その真剣な横顔はどこかあどけなさを残しているものの、胸の内に秘めた強い意志がひしひしと伝わってきた。


「なんだ?」


俺が促すと、ルナはゆっくりと視線を上げた。

先ほどまでのあざとさや恥じらいはどこへやら、彼女の澄んだ紫水晶のような瞳には、冷徹なまでの復讐の炎が静かに、だが確実に宿っている。儚げな少女の姿と、底知れない執念のギャップが、ぞっとするほどの妖しい美しさを醸し出していた。


彼女はぐっと小さく拳を握りしめ、覚悟を決めたようにまっすぐ俺を見据えてはっきりと告げた。


「あの組織の最高幹部――私の両親を……直接手にかけ、すべてを奪った人。あいつだけは……私が殺りたい」


それは彼女にとって、何よりも譲れない悲願だった。他人に仇を討ってもらうのではなく、自らの手で因縁を断ち切りたいという、痛々しいほどに純粋な願い。


「……わかった。絶対にルナをそいつの前まで連れていく」

「うん……ありがとう」


俺の迷いのない即答に、ルナはふっと強張っていた肩の力を抜き、どこか安堵したような、それでいて芯の通った強い決意を瞳に宿した。


――まあ、一般的な物語の主人公であれば、お姫様が手を汚すのを嫌がって「君が手を汚す必要はない」などと綺麗事を並べ、全部一人で解決してしまうところだろう。

実際、原作の主人公レオンも「ルナに人殺しをさせたくない」という偽善的な正義感を振りかざし、彼女を蚊帳の外に置いて一人ですべてを片付けてしまっていた。だが、俺はずっとそれに違和感を覚えていた。


復讐はルナ自身の願いだ。それを他人に肩代わりされて、本当に彼女の心が救われるのか? もちろん、本人が「私には無理だから代わりにやって」と望むなら話は別だが、そうでないなら意味がない。だから、原作でルナがその展開の末に主人公へ惹かれていく流れにも、正直ずっと腑に落ちていなかった。アライアが大好きな愚妹も、「これ、なんかおかしくない?」とずっと首をかしげていた。


もっとも、このまま物語が進めば何か隠された驚愕の展開や伏線があったのかもしれないが――あいにく、結末を見届ける前にアライアとして転生してしまった今となっては、もうわからずじまいだ。


だからこそ、俺はルナの意思を尊重する。

復讐の結末をどうするかは、彼女自身が決めるべきだろう。


「じゃあ……行こ?」


ルナはそう言うと、椅子からスッと立ち上がった。少し大きめの古びた袖口がふわりと揺れ、彼女の纏う気高い空気が地下書庫の淀んだ空気を一掃していく。


――それなのに、彼女は少しだけ照れくさそうにはにかむと、まるでこれから楽しいデートにでも誘うかのように、その白く透き通った小さな手をそっと差し出してきた。復讐という血塗られた使命に向かう少女とは思えない、あまりにも儚く、目を奪われるような光景だった。


俺は苦笑しながらも、その華奢な手をそっと自分の掌で包み込む。


「ああ、地獄の果てにでも付き合うさ」


俺の言葉に、ルナは嬉しそうに目を細め、小さく「うん」と頷いた。


こうして俺たちは静まり返った地下書庫を後にし、帝都の闇夜へと足を踏み出したのだった。

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