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悪役貴族に転生したけど原作を無視して自由に異世界を往く  作者: 天霧 翔
第二章: 一年の果実と交錯する運命
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第12話 一年の成果と、動き出す歯車

あれから静かに、しかし凄まじい勢いで一年の月日が流れた。

十四歳になった俺は、ルミナス侯爵家の嫡男として、日々平穏かつ忙しいような暇なような毎日を送っている。侯爵家の実権や当主としての表立った雑務はまだ父親である現当主が握っているため、俺はあくまで身分のあるボンボンとして自由に動ける立場のままだ。


だが、「無能のアライアが当主を継いだら一瞬で没落する」と帝都で陰口を叩かれていた俺は、今や全く異なる意味で注目を集める存在となっていた。


それもすべては、リリとグレイス商会のおかげだ。表立って活動はしないとは言ったものの、さすがにこの規模になると俺の存在は隠しきれなくなったと、リリが申し訳なさそうに言っていた。まあ、俺が知識を提供していることはまだバレていないが。あくまで噂になっているのは、「ルミナス侯爵家の嫡男がグレイス商会と組んで色々やっているらしい」という程度の話だ。


「ねえアヤ、今月の決算は見ましたか? もう笑っちゃうくらい儲かってますよ。この調子なら……ふふ……来年には帝都の商業ギルドの本部にも完全に顔が利くようになりますよ」


侯爵邸の一室。


豪華な執務室(父親に「お前にも必要だろう」と一部屋もらった)のソファにふんぞりかえりながら、リリは得意げに金の刺繍が施された帳簿をひらひらと振ってみせた。

相変わらず見た目は幼い少女のままだが、その商才のキレは一年前とは比較にならないほど鋭さを増している。彼女が主導する元からの有力商会であるグレイス商会は、帝都にとどまらず、今や隣国にまでその名を轟かせる一大商業勢力へと成長を遂げていた。


俺が提供した現代日本の知識――高品質なシャンプーや洗濯用洗剤、歯磨き粉といった日用雑貨から、女性向けの美容クリームや画期的な文房具に至るまで、生活を根底から変える「便利すぎる商品群」は、リリの手腕によって帝都中へ大々的に売り出された。

「清潔」と「利便性」という概念を帝都に植え付けたグレイス商会は、瞬く間に莫大な富を稼ぎ出し、今や帝国随一の富豪と言っても過言ではないほどの資産を築き上げていた。


「素晴らしいですね、リリ様。アヤ様の知恵とリリ様の商才が合わされば、もはや敵なしといったところでしょうか。ところで、いつ婚約されるのですか?」


そう言って、絶妙なタイミングで淹れたての香高い紅茶をテーブルに置くのは、俺の専属メイドのマリアだ。


「そうですよ、アヤ。いつしてくれるのですか? あんなに熱烈な求婚をしてくださったのに」

「もう許してくれない?」

「だめです。してくれないならアヤを殺して私も死にます」

「うん、やめてね?」

「……ふふ、冗談です」


そう言って妖精のような可憐な微笑みを浮かべるリリ。

めちゃくちゃ可愛いけど、言っていることは恐ろしい。


「アヤ様、女の子がこうおっしゃっているのです。いい加減男らしく押し倒したらいかがですか。その辺は屑のアヤ様だった頃のほうが男らしかったですよ? 刺されますよ? 私が刺しますよ?」

「なんで? なんで君が刺すの? 君は俺の専属メイドだよね?」

「はい、アヤ様の専属メイドでございますよ」


そう言って嬉しそうにぴこぴこと狐耳を動かすマリア。


頭痛がする。


相変わらず物腰は柔らかく、完璧な仕事ぶりで俺を支えてくれているマリアだが、最近はその有能さ(と辛辣さ)にさらに磨きがかかっている。マリアの完璧なサポートのおかげで、俺は面倒な雑務に追われることもなく優雅な日々を過ごせているので感謝しかないが。


「――お兄ちゃん、お茶、冷めちゃうよ?」


リリとマリアのやり取りを眺めていると、隣から可愛らしい声が飛んできた。

すっかりこの屋敷の空気になじんだシズルの妹のサヨだ。一年ですっかりお姉さんっぽくなった彼女は、相変わらず俺にベッタリで、暇さえあればこうして隣にちょこんと座ってくる。


「ありがとう」


俺が頭を優しく撫でると、サヨは嬉しそうに目を細めてカップを受け取る。


その頭上、天井の梁のあたりに目を凝らすと、黒い影がゆらりと揺れた。


「……お茶の毒見は、私がすでに済ませておきました。問題ありません」


いつの間にかそこに潜んでいたらしいシズルが、音もなく床に降り立つ。

シズルは俺の影の護衛として、この一年間、文字通り影となり日向となり俺たちを守り続けてくれた。彼女の圧倒的な戦闘力と隠密スキルのおかげで、俺を狙う輩の魔の手は、表に出る前にすべて闇から闇へと葬り去られていた。


「あ、ああ……いつも助かる」

「では殺しますね」

「やめてね?」


サヨを可愛がるとすぐに殺そうとしてくるのはやめてほしい。別に邪な気持ちはないから。家族愛と同じだから。


というかなんでこの子達は好きあらば俺の命を狙ってくるの?


やれやれと俺は大きく息を吐き出す。

まあ、これがうちの日常だ。


そんな感じでここ一年は、順風満帆と言える生活を送っている。

だが、俺がこの一年間、力を入れていた事は他にもある。


「……で、シズル。例の件はどうなった?」


俺が低く尋ねると、シズルはスッと表情を引き締め、懐から数枚の分厚い羊皮紙の束を取り出してテーブルの上に滑らせた。


「こちらです。命じられた通り、アライア様の言う『特別な者たち』の動向を徹底的に洗ってきました。……これが最新の情報です」


羊皮紙に書かれていたのは、「原作の中心人物」たちの詳細なプロフィールと、現在の居場所、そして彼らの動向だった。


あと一年もすれば原作が開始される。既にアライアは原作の筋書きとは別人のようになっているからこそ、いつ何が起こるか分からない。もちろん何もないのが一番だが、念のためにこうしてシズルに動いてもらっていたのだ。


「……なるほどね」


俺は資料に目を通しながら、小さく息を吐き出す。


原作の主人公――俺の前に立ちはだかる邪魔者、そしてその周囲を固めるメインヒロインたちの名前が、そこにはしっかりと記されていた。


まずは主人公。

レオン・クロフォード(名前は貴族の家名を総当たりにしてなんとか思い出した)。年齢は十四歳(アライアと同い年)。没落しかけた下級貴族だ。癖のある真っ直ぐな茶髪に、正義感の強い青の瞳。熱血で面倒見が良く、曲がったことが大嫌い。没落しかけている家を立て直すため、学園で学び、立派な貴族になろうとしているという設定だった。そんな彼は、シズルの資料を見る限り、やはり原作通り学園に通ってお家復興に躍起になっているようだ。そして相変わらず周囲の迷惑を考えず、己の正義感を振りかざしているらしい。


少し前にあったのが、レオンが帝都の商業ギルドの不正を見つけたと勘違いした件だ(正確には不正というか、裏の事情があるのだが)。まあ、よくある「国から支給された予算を使い切るために、さほど必要でない工事をした」みたいな事態だった。使わないと来年の予算は削減される可能性が高いし、事業を発注することで経済も回る。つまり、そこに関わる数百人の平民の生活や雇用が守られている「必要な裏の仕組み」だ。だがレオンは「不正は許されない!」の一点張りで、周囲の生活の安定や経済のバランスなどお構いなしに、正義の告発や大立ち回りを演じたんだとか。


「こういうやつは正直虫唾が走るんだよな」

「はい。私はあの人、嫌いです」


リリが頬をリスのようにぷくっと膨らませる。シズルが調べてくれた資料にもこの件は載っていたが、実はリリはこの事件の直接の当事者だったため、当時の事について詳しく聞いていたのだ。先ほども言った通り、今やグレイス商会は大商会へと成長しており、商業ギルドの内部にも深く食い込んでいるからな。


「潰したか?」

「はい、それはもう完膚なきまでに」


リリの発言は、「この仕組みが明るみに出る前に、揉み消して潰した」という意味だ。まあレオンの主張自体が間違っているわけではないからな、表舞台で大々的に糾弾されたらこちら側が不利になっていただろう。


「いい子だ」


俺はリリの頭をそっと撫でてやる。


「ふふ……こういうのは、いくつになっても嬉しいものですね」


とりあえず主人公の動向はわかった。こちらに直接的に絡んできたわけでもないし、今のところ大きな実害もないから一旦放置でいいだろう。


「次は……」


メインヒロイン達だ。主人公に惹かれ(これのどこがいいんだかさっぱりわからないと、愚妹は言っていたが)、ともに世界を旅する仲間になる連中だ。まあ、一番の害悪は主人公なので、こいつら自体に個人的な恨みはない。ただ、主人公の行動を助長させる要因となっているのは間違いないので、できればこちらに取り込みたい。それが無理なら、主人公と仲違いさせておくのが一番だろう。


まずは、

セレスティア・フォン・エルトリア。名前から分かる通り、このエルトリア帝国の一番星と称される第一皇女だ。聖属性の魔法適性を持ち、「聖女」として教会からも厚く期待されている。光を透すようなプラチナブロンドのロングヘアに、神秘的なサファイアブルーの瞳。容姿端麗、品格にあふれ、どこから見ても隙のない完璧なお姫様というやつだ。表向きは気高く凛とした優等生だが、実は強い責任感ゆえに誰にも弱音を吐けない頑張り屋さんという設定だった記憶がある。レオンと出会うことでその強がりが解かれ、彼に深く惹かれていくという筋書きだ。


次に、ルミア・ベルガルド。帝都でも有数の名門ベルガルド公爵家の箱入り令嬢だ。幼少期から魔導の天才として名を馳せ、学園では首席を争うことになる実力者だ。鮮やかな緋色のセミロングヘアをサイドでまとめ、知的な眼鏡を愛用している。涼しげなエメラルドグリーンの瞳と、すらりとした気品のある体躯。性格はプライドが高く理論派。最初はレオンを「無鉄砲な凡人」と見下して突っかかるが、彼の泥臭い強さに触れるうちにペースを狂わされていくツンデレ気質。


最後に、ルナ・ヴァレンタイン。表の顔は普通の貴族令嬢だが、ある秘密を抱え、闇の組織ともかすかに因縁を持つ存在。深い夜のような漆黒の黒髪をショートボブにし、どこか影のある紫水晶のような瞳をしている。常に黒を基調とした落ち着いた衣服や、肌を隠すようなゴシック調のセンスを好む。性格はクールで他人に興味がないように振る舞うが、内面には激しい情熱や復讐心を抱えている。彼女はレオンの「まっすぐな性格」に触れ、初めて自分の居場所を見出していくといった展開だ。


俺の原作の知識と、シズルが調べてくれた情報をまとめると大体こんな感じだ。まあ、こうして改めて見ると、別に彼女たち自身が諸悪の根源というわけではない。元凶はあくまで主人公だ。そういった意味では、この子達も原作シナリオの被害者なのかもしれない。


俺がシズルを使って主要人物たちの情報を集めさせたのには理由がある。原作小説のシナリオが本格的に動き出すまで、残された時間はあと一年前後。このままリリやマリアたちと平穏な貴族ライフを謳歌しているだけでは、主人公側からなにかしらの妨害が入るかもしれない。俺の悪評は多少改善されたとは言え、そんなものはあくまで世間の噂にすぎない。マリアやリリのように直接接している者たちならいざ知らず、噂でしか俺のことを知らない連中が何をしてくるか分からない。特にあの猪突猛進なアホ主人公は。


だからこそ、これからも平穏に生きるために「原作の連中がどこで何をしているのか」という情報は、俺にとってこの世界で最も価値のある武器だ。他にも弊害になりそうな連中はいるが、この帝国で警戒すべきはあくまであの主人公達だけだ。


「ふふ、アヤ様はまた何か面倒くさそうなことでもお調べになっていらっしゃるのですか?」


リリはカップを上品にソーサーに置き、興味津々な笑みを浮かべて俺を覗き込んでくる。


「ただの備えだ。いつどこで何が起きるか分からないからな」


俺は適当に誤魔化す。それが気に入らなかったのか、リリとマリアがすっと目を細める。


「アヤ? もしかして、新しい女ですか?」

「当然です、リリ様。アヤ様は世界のすべての女性を自分のものとするような、壮大なハーレム計画を見ていらっしゃるのです」


マリアが静かに微笑みながら、リリに紅茶のおかわりを注ぎつつとんでもない爆弾を投下する。


「刺しますよ、アヤ?」

「私も刺します」

「勝手に二人で話を進めるのやめてくれない? あと刺さないでね?」


だから俺を刺すのはやめてほしい。そもそも女を増やすなど一言も言っていない。冤罪にもほどがあるだろう。


「……安心してください。主の行く手がどこであれ、私の刃が届く範囲であれば、邪魔する者はすべて切り捨てます。――まずは、サヨを毒牙にかけた貴方から」


シズルが冷徹に言い放ち、背中の朱塗りの鞘にそっと手を添えた。


「俺から殺したら、肝心の護衛対象がいなくなるからね? 頼もしいけどそれもやめようね?」


彼女たちのこの頼もしくも(方向性が激しく物騒な)面々を見渡しながら、俺は心の中で盛大なため息を吐く。一年間で手に入れた盤石な基盤、そして個性豊かな仲間たち。十四歳の嫡男としての立場はそのままに、環境はこれ以上ないほど整ったと言えるだろう。


「さて、と……」


俺は羊皮紙の束を閉じ、テーブルの上に指をトントンと軽く叩いた。

原作の主人公たちが動き出す前に、俺が打つべき「次の一手」とは何なのか。平穏な日常の裏側で、次の策を静かに巡らせ始めたのだった。

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