8. 素の二人
幼いころから労働していたのだから、そりゃ一人でだって生きていけるかもしれない。
「でもさ、世の中そんな甘くないじゃないですか。住む家は? 女一人で借りられますか? 住み込みで働くにしても、その家の主人がメイドに手を出す変態だったら? やっぱり安心して暮らしていくには、きちんとした相手に嫁ぐのが一番なわけですよ!」
「なるほど? それで婚活パーティで男漁りを?」
「結・婚・相・手、探しです」
目の前でクツクツと笑うエクトル様をわたしは睨めつける。
あそこでは目立つからと、わたしはジェレミー様が出てきたサロンに連れてこられたのだ。
さすが王弟で、通された席は個室だ。だから会話を誰かに聞かれる心配もない。今さら繕っても仕方ないので、わたしは素でエクトル様にいろいろぶちまけていた。
「オフレ子爵令息と仮に結婚できていたとしても、君の化けの皮が剥がれて離縁されていたんじゃないかな?」
「そんなヘマはしません」
先ほどから笑いが止まらない失礼なエクトル様にわたしは眉を吊り上げる。
ここのお茶代、絶対に奢らせてやる。そう思いながら紅茶をすする。美味しすぎる。くそう。
わたしは作法こそ完璧だが、こんな高級サロンに来たことはない。パーティーでもがっついてると思われないよう、食事に手をつけるのを我慢していたのだから。
「それで? 君はどうしてそんなに結婚相手探しに躍起になっている?」
「……今、説明しましたよね?」
エクトル様もこの間わたしに素を見せたせいか、今日はエセ紳士の喋りかたではない。だからか話しやすくて、ついつい気さくに話してしまう。不敬だと怒られないのだから、いいのだろう。その辺は大人の余裕だなと思う。
「来年、お義姉様が結婚するのでわたしは家を出ていかねばなりません」
「出て行けと言われたの?」
「まさか! でも、新婚の邪魔はしたくありませんし……それに」
「それに?」
わたしが話しやすいよう、穏やかな笑みで促してくれるところも大人だなと感じる。わたしは本音をさらけ出した。
「少しでも若いうちじゃないと、良い結婚相手が見つからないじゃないですか! わたし、顔しか取り柄がないし!」
「ぶふっ……」
エクトル様がまた笑いをこらえる。本当に失礼だな、この人。
「じゃあ、殿下はわたしの顔が目当てで口説いてきたんじゃないんですか?」
「……君の勇敢なところに惹かれて?」
「なんで疑問形なんですか」
あの日のことを問いただせば茶化されてしまう。やっぱりチャラい。
「私は本気なんだけどな……。ねえ、アニエス嬢、私は君の結婚相手として最上の相手だと思わないかい?」
「自分で言います? 思いませんけど」
「何で!?」
速攻否定すれば、エクトル様は身体を乗り出してきた。この人、何でこんなに必死なんだろう?
(本当にわたしを……? いやいや、ないない)
王弟で二十も上の男性が、わたしなんかを妻に求めるはずがない。
わたしは首を横に振ると、エクトル様を見ながら指を折っていく。
「一つ、あなたは数多くの女性と関係を持つ遊び人です。わたしはわたしだけを愛してくれる人じゃないと嫌なので、この時点で却下確定です」
「女性は情報収集で会っているだけであって、何もやましいことはないよ。まあ、そう思わせておいたほうがいいから噂をそのままにしておいたんだ。噂に振り回されている君ならわかってくれるだろう」
「うっ……」
そんなことを言われては言い返せない。
エクトル様も好き勝手に悪評を流されていたのだとしたら、わたしと同じだ。
「わたしは元平民です! 身分が釣り合いません!」
「君はもう伯爵令嬢じゃないか。私はすでに王位継承権を放棄しているから、出自は問われないよ」
「でも、あなたは騎士です」
「騎士だとダメなの?」
そこでわたしは唇を横に引き結んでしまった。
(騎士は……騎士は……)
ぎゅうっと目を瞑る。
それに、エクトル様が相手だと、お母様の目の色が変わる。きっとお金を搾り取ろうとするだろう。
だからこそ、我が家よりも家格が低い家の長男を狙ってきたのだから。
「言いたく……ないです」
俯けば、大きな手がわたしの頭を覆った。
「そうか。言いたくないならいい。無理に聞いてすまなかった」
(あったかい……)
エクトル様はそれ以上何も聞いてこなかった。心地いい感触に浸っていると、エクトル様は焦ったように手を離す。
「あっ、ベタベタ触るのはキモイんだったか!?」
目を瞬き、今度はわたしが噴き出した。
「ふはっ! こういうのはいいんですよ」
「そうか……難しいな」
頭をぽりぽりかくエクトル様にますます笑ってしまう。
わたしだってわかんないよ。だって、今のは心地いいと思ってしまったんだから。
「あ~、改めてアニエス嬢……」
コホンと咳払いしたエクトル様がわたしに向き直る。
「もう一度私に機会をくれないか? 君が結婚相手を見つけるまででいい。私と付き合ってほしい」
「えっ、それって遊び……」
「違う。君が私を結婚相手として見られないなら、他に行っていいということだ」
つまり、王弟殿下をキープしておくということ?
わたしは目を瞬いた。
「どうしてそこまで……」
「……君みたいな年下の気の引き方がわからない」
「チャラ……」
「こういうのもダメなのか……えっと、そうだ。まだ時間はあるか? ここのタルトが美味いらしいんだ。食べていかないか?」
「おじさんが若い子の気を引こうと必死」
メニュー表を掲げたエクトル様の肩がしょげる。
その様子にわたしはまた噴き出してしまった。
「もちろん殿下の奢りですよね?」
「ああ、もちろんだ!」
ぱあっとエクトル様の顔が輝く。
(なんか可愛い)
相手としてはありえないけど、すっかりエクトル様に絆されたわたしは、少しなら付き合ってあげてもいいかという気持ちになった。




