6. セリエール伯爵家の事情
お母様は、セリエール伯爵家の後妻に入っても変わらなかった。
与えられたお金を散財し、ドレスや宝石を大量に買い求める。それは、やっと愛してくれると思ったお父様がなかなか屋敷に帰ってこない寂しさを埋めるように思えた。
食べきれないほどのごちそうを使用人に用意させ、食べきれなければ捨てるよう指示した。
わたしとお義姉様は、近隣にある養護院へそれらをお裾分けするようになった。
お母様が遊び歩いて帰ってこなくても、食事を用意しなければ使用人に罰が下る。だからこそ養護院へのお裾分けは続き、皮肉にもそれがセリエール家の功績になってしまった。
何も知らないお父様が、そのことでお母様に家のことを完全に任せてしまったのが崩壊の始まり。
お母様は伯爵家のお金にまで手を出してしまった。今まで以上に屋敷にあふれるドレスや宝石。父が帰ってこないのをいいことに、短期の旅行まで。もう好き放題だ。
セリエール伯爵家の家計はすぐに火の車になった。
わたしが止めても、お母様には届かない。
『全部、全部あなたのためよ、アニエス』
そう言って壊れたように笑うお母様は、わたし用のドレスも大量に買っていた。
お母様は大量の品を把握していないだろう。買うだけで満足しているのだから。
そう思ったわたしは、家計をやりくりしてくれていたお義姉様に、ドレスや宝石を売ってお金にしてもらうよう横流しした。
『お父様に言いましょう、お義姉様!』
『ダメよ、アニエス……そんなことをしたら、あなたも路頭に迷ってしまうわ』
お義姉様にそう進言したけど、優しいお義姉様はわたしの行く末を案じてくれた。
『私がアンリと結婚して彼と家を継げば、権限を取り戻せるわ。それまで耐え忍びましょう』
そう言ってお義姉様がセリエール伯爵家を支えてくれてきた。
そのおかげで、滅多に屋敷に帰ってこないお父様は伯爵家の現状に気づいてすらいない。
(ほんと、当主のくせにどこをほっつき歩いているのかしら)
お母様が「新しい愛人の所に通っている」と呻いていたのを聞いたことがある。
愛人だったお母様を正妻に据えて、新しい愛人に現を抜かす……。
(わが父ながら、よーやるわ……)
お母様を正妻に迎えたのも、伯爵家の体面を保つためだろう。
今度はその愛人を領地で囲うのではないかとお母様は恐れているらしい。あのお父様ならやりそうである。
(お義姉様とアンリ様に家を任せた後は、領地で愛人を囲って暮らす……最低ね)
そんなお父様を見ていれば、愛はなくとも妻一人だけを重んじてくれる人を夫に選びたいと思うようになるのは自然である。
「お義姉様……これまで社交界に参加させていただきありがとうございました! これでようやくお手伝いに専念できます!」
抱きしめてくれていたお義姉様から身体を離し、わたしは拳を握った。
「もう……。気にしなくていいと言っているのに。でも、ありがとう」
頭を撫でてくれたお義姉様にえへへと破顔する。
わたしに伯爵令嬢としての教育をしてくれたのもお義姉様だ。
お義姉様はわたしが結婚相手を見つけるために、ありとあらゆるパーティーに参加させてくれていた。自身は家の経営で忙しいのに。
それも、来年結婚するお義姉様に合わせてわたしが家を出ていけるようにするため。
幸いにもお母様が大量にドレスを買ってくるから、毎回違うドレスで参加することもできた。
(酷い汚れをつけないように神経使ったけどね)
着ないドレスとともにそれらは綺麗に洗って売却してもらった。それでも次から次にドレスが増えるものだから、いつしかわたしには「欲しがり妹」という汚名がついてしまった。
姉を差し置いて社交界に顔を出しまくる平民上がりの伯爵令嬢。伯爵家のお金を湯水のように使い、毎回着てくる新品のドレスは、値が張るものばかり。そればかりか、多くの令息たちを侍らせとっかえひっかえ遊んでいるという酷い噂だ。
(失礼よね。わたしは真剣に一生添い遂げる人を探していただけなのに!)
でも、母が伯爵家のお金を使いこんでいるのは事実で。
わたしの婚活に支障がなければいいと、わたしはその噂を放置してきた。
(あ、そういえば王弟殿下にまでわたしの不名誉な二つ名を知られていたなあ)
しかも、エクトル様はその噂を鵜呑みにしているようだった。
迫られたことを思い返せば、顔が歪んでしまう。
(遊び人で、騎士で、かなり年上……)
わたしの理想とは真逆の人である。
「アニエス? どうしたの?」
わたしの変な顔を見ていたお義姉様が心配そうな瞳を向けてきた。
いかん、いかん。お義姉様にこれ以上心労をかけるわけにはいかない!
「えっと、今日のパーティーではしゃぎすぎて疲れてしまったみたいです?」
あははとごまかせば、お義姉様の眉が下がる。
「今日はもう休みなさい。明日は忙しくなるかもしれないんでしょう?」
「はい!」
優しい! 好き! という気持ちとともに元気に返事をする。
そう。明日にはジェレミー様から求婚の申し出がくるはず。
早めに就寝して備えたわたしだったが、翌日、ジェレミー様から求婚状が届くことはなかった。




