5. 姉妹
「お義姉様! お義姉様!」
屋敷についたわたしは、一目散にお義姉様の部屋に駆け込んだ。
「お帰りなさい、アニエス。その様子じゃ上手くいったみたいね?」
執務机に座るお姉様に駆け寄る。
「そうなの! なんと、オフレ子爵家のジェレミー様とお近づきになれたの!」
「オフレ子爵家? 代々文官を輩出されている?」
「そう! ご子息も超、超真面目な方なの!」
さすがお義姉様、よくご存じで! とわたしは興奮しながら説明する。
ブリジットお義姉様は、愛人だったお母様が後妻に入ってもわたしたちを受け入れてくれた優しい人。
わたしは姉が欲しかったから、本当に嬉しかった。
茶色の髪を後ろで結わえるお義姉様はご令嬢たちから地味だと言われているけど、内面から溢れ出るこんな美しい人を、わたしはお義姉様以外に見たことがない。今だって、わたしとお揃いの水色の瞳を優しくわたしに向けている。
「アニエスはずっと運命の恋に憧れていたのに、こんなふうに相手を決めてしまっていいの?」
ほら、お義姉様はいつだって優しい。
私は拳を握って力説した。
「そりゃあ、お義姉様とアンリ様のように、想いあう相手に出会えたらいいなとは思うけど、夢を見ている時間はもうないもの! それに、ジェレミー様のような堅実な方なら生涯を共にできると思うの!」
アンリ様とは、お義姉様の婚約者。
伯爵家の次男で、セリエール家に婿入りすることが決まっている。
お義姉様とはアカデミーの同級生で、二人は相思相愛で仲睦まじい。何より、お義姉さまの魅力をきちんとわかっているアンリ様は、わたしも認める「イイ男」だ。
そんな二人みたいに、わたしも想いあえる運命の相手を探していた。
実際にはそんな相手が簡単に現れるはずもなく。
わたしは今年になって方向転換をしたのだ。
「真面目で浮気をしなくて、一生寄り添ってくれる人?」
わたしの口癖をお義姉様が声に出す。にやりと笑って頷いた。
「そう! そこに燃えるような愛がなくても、ちゃーんとお家に帰ってきてくれる旦那様。お仕事も安定していて、飢えることなく平和に暮らしていけるね!」
わたしの条件を苦笑しながらも聞いてくれるお義姉様。きっと、お父様のことを思い浮かべているのは同じだろう。
お母様はお父様の愛人だった。ときどき通ってくるお父様とお母様の間にわたしが生まれたらしい。
それからお父様は通ってこなくなり、わたしたちをお金で隠蔽した。
お母様はそのお金を自身の美容や着飾ることに費やし、お父様を待ち続けた。当然、貧乏な暮らしを強いられたため、わたしは幼いころから働きに出て飢えをしのいだ。
そうこうするうちに、前妻を失ったお父様がお母様を迎えにきたわけだけど。
「アニエスを幸せにしてくださる方なら、私は歓迎よ」
優しく頭を撫でてくれるお義姉様に、わたしはえへへと笑った。
お義姉様の前では妹として甘えられる。それがとても心地よかった。
「ジェレミー様なら子爵家を継がれるし、生涯文官のお仕事をなさるから安心ね」
お義姉様の言葉に、「さすがわかってる!」とわたしは頷いた。
子爵家を継ぐジェレミー様に嫁げば、飢える心配はない。それに文官のお仕事は安定しているので、何かあっても贅沢をしなければ路頭に迷うこともない。騎士のように戦場に出向くこともないから、毎日家に帰ってきてくれる。そして真面目なジェレミー様は、浮気をすることもないだろう!
(うーん、考えれば考えるほど、理想の相手だわ!)
ジェレミー様は文官のお仕事に慣れてからと、今まで婚活をしていなかったらしい。今回のパーティーが初めての参加だったのだから、本当にラッキーだ。
来年、二つ上のブリジットお義姉様はアンリ様と結婚する。お父様とお母様は領地に下がるだろうけど、わたしはそういうわけにもいかない。急いで結婚相手を探す理由はそこにあった。
(お義姉様は運命の人が現れるまでここにいてもいいと言ってくれたけど……)
新婚家庭に居候するほど、わたしは図々しくない。それこそお母様のように。
「あ、そうだ」
お母様を思い浮かべてわたしはお義姉様の部屋に持ってきた物を思い出す。
「お義姉様、これ、この前来たドレス。裾を綺麗に洗っておいたからお金にして」
わたしはこの前着たドレスをお義姉様に差し出した。
「アニエス……また自分で洗濯を?」
「あ、大丈夫よ。お手製の薬草でケアしてるから」
心配そうな表情を向けるお義姉様に、わたしは綺麗な手の甲を掲げてみせる。
この家にメイドはいるけど、圧倒的に人手が足りていない。小さいころから働いていたわたしは、自分のことは自分でするし、メイドたちの仕事もこっそり手伝っていた。
お父様とお母様は出歩いてばかりでほとんど屋敷にいない。そのおかげでお義姉様の部屋にも気軽に遊びにこられるわけだけど。
お母様は、前セリエール伯爵夫人であるお義姉様のお母様が憎いみたいで、お義姉様に辛く当たっている。
わたしが仲良くすればお母様の神経を逆撫でするから、二人がいないときしかこうして話せないのだ。
「でも、あなたがそんなことまで……」
眉根を寄せるお義姉様に、わたしは眉尻を下げた。
「これくらいさせてください、お義姉様……。だって、わたしのお母様が……」
「アニエスが悪いわけじゃないでしょう?」
「それでも、わたしにできることはしたいの」
「アニエス……」
お義姉様が椅子から立ち上がり、ぎゅうっとわたしを抱きしめてくれる。
その温かさにわたしは安心して身を預けた。




