4. 迫る王弟
「ここ、この女が婚約者のいるオレに無理やり迫ってきまして! 公務執行妨害で捕らえているところでした!」
「はあ!?」
わたしがエクトル様と話すよりも先に騎士が口を開いた。
スラスラと出る嘘にわたしは怒りで身体を震わせる。
「——『欲しがり妹』の伯爵令嬢ですか」
(あ……)
エクトル様が口にしたわたしの二つ名に拳を握る。
それは、令嬢たちの間で言われていることだが、当然令息たちの耳に入ることもあるわけで。
令嬢たちのひがみだろうと大抵の令息たちはわたしの味方になってくれるので、社交界全体に広まっているわけではない。ただ、それを信じたロクでもない男が近寄ってくることもある。
まさかエクトル様の耳にまで届いているなんて。
(まあ……彼なら知っていて当たり前か)
彼はわたしに負けず劣らず、遊び人として有名だ。結婚もせずにいろんなご令嬢をとっかえひっかえ、お付き合いしているとか。
そんな彼ならそのうちの一人からわたしの話を聞いていてもおかしくない。
「そうです! 男遊びが激しいと有名な、欲しがり妹のアニエス・セリエールです!」
喜々として訴える騎士にハッとした。考え事をしている場合ではない。てか、わたしのこと高嶺の花とか言ってた口で、まあ手のひら返しがすごいこと!
そもそも、わたしは男遊びなんてしていない。真剣に結婚相手を探してきただけだ。
「セリエール伯爵の後妻の娘で、伯爵家の金を散財。姉を差し置いて、連日パーティーに参加しているそうですね?」
エクトル様の言葉にぐっと唇を結ぶ。
それは事実であり、真実ではない。
だけどそれを彼に話す義務だってないはずだ。
「近衛騎士団長! この女はオレの隊で拘束しますので、貴方様のお手を煩わせることはございません!」
押し黙ったわたしを見て、好機だとばかりに騎士が叫ぶ。
冗談じゃない。こいつに拘束されたら何をされるかわかったもんじゃない。
しかしここで、王族で近衛騎士団長であるエクトル様に黙認されては拘束まっしぐらだ。
頭を抱えるわたしをちらりと見たエクトル様と目が合う。
パチンと飛ばされたウインクは何とも様になっていたが、わたしは思わず「は?」と声を漏らしそうになってしまった。
「公務執行妨害……ねえ」
視線を向けられた騎士がこくこくと頷く。
エクトル様は穏やかな笑みから冷ややかな目つきに変わった。
「私にはアニエス嬢が君からご令嬢を助けたように見えましたけど?」
ひゅっと騎士の喉が鳴るのが聞こえた。
「な、なな、何をおっしゃいます」
動揺を隠せない声でごまかそうとした騎士の胸倉をエクトル様が掴む。
「お前、第三部隊の者だな? 職務中にご令嬢に乱暴をしたばかりか罪をなすりつけようとしたこと、隊長に報告させてもらう。もう騎士でいられると思うな!」
「ひっ」
豹変したエクトル様に騎士が縮み上がる。
わたしもぽかんとしてしまった。
敬語から一転、エクトル様の乱暴な言葉遣いに驚いてしまう。
「近衛騎士団長!」
庭にドカドカと近衛騎士たちが入ってくる。
「ああ、来たか。こいつを牢にぶちこんでおけ」
「はっ!」
近衛騎士たちはエクトル様に敬礼すると、騎士を連れて立ち去っていった。
(どっと疲れた……!)
髪も切られなかったし、投獄もされなかった。
この場に座り込んでしまいたいのを我慢して、わたしは気丈に立つ。
「王弟殿下、二度も助けていただきありがとうございました」
頭を下げたわたしにエクトル様はクスリと笑う。
「遅くなってすまないね?」
(わざとだ……)
すぐにそう思った。
エクトル様は、わたしがあの令嬢を騎士から助けたことを知っていた。とすれば、わたしがこの庭に来たときからずっと上から見ていたことになる。
「……任務中なのを邪魔してしまいましたでしょうか?」
すぐに声をかけなかった理由——それは、近衛騎士団長である彼がすぐに動けない何かがあったはずだ。
謝罪するわたしに笑みを向けると、エクトル様はあっさりと告げる。
「いえ? あそこはゲストルームでしてね。今日の逢瀬を楽しんでいたところに、君たちがうるさく邪魔をするから出てきただけです」
「………………」
最悪だ。この人、思っていた以上にクズだ。
(こんな人が近衛騎士団長? とても大人の発言とは思えない!)
最低、と呟いた言葉をエクトル様は逃してくれなかった。わたしとの距離を詰めると、高い背を屈ませて顔を覗き込んでくる。
「君だって多くの男と逢瀬を重ねているでしょう? それと何が違うのですか? 欲しがり妹さん」
色気ある大人の表情で酷いことを言う。これは悪い大人だ。近付いてはいけない。
「……お邪魔して申し訳ございませんでした。どうぞお戻りください!」
ぷいっと顔を逸らして、エクトル様と反対方向を歩き出す。
「待ってください」
すぐにエクトル様に呼び止められると同時に、わたしは彼に腕を掴まれた。
「その数多くの男に、私を加える気はありませんか?」
言われた言葉に一瞬固まる。俯いたわたしは、何とか言葉を絞り出した。
「き……」
「き?」
「キモイ!! ベタベタ触るな!!」
エクトル様の手を振り払うと、わたしは慌てて駆け出した。
(ひ~!! 不敬罪で捕まらないよね!? いや、でも、急にレディに触れるエクトル様が悪い!!)
敷地内を出た所で、わたしは立ち止まって腕をさすった。
今になって恐怖が蘇る。
怖かった。一方的な想いをぶつけられ、拒否すれば髪を切られそうになった。
「……護身術、もっとレパートリー増やしておかないとなあ」
そういえば、エクトル様には二回も助けられたんだよなあ、と思い出す。
(クズで最低でも、キモイはさすがに言い過ぎだったかなあ)
でももう会うこともないだろう。
明日にはジェレミー様から求婚状が届くはず。そうしたらもう、社交界に顔を出す必要はないのだ。
わたしは顔を上げると、家まで続く石畳を歩いていった。
☆
「百戦錬磨が形無しっすね~」
「ロイクか」
エクトルは建物の陰から現れた部下に視線を送る。
「き、キモイって……ははははは」
笑いをこらえきれないロイクを睨むと、エクトルは息を吐いた。
「アニエス嬢は本当に男と遊んでいるのか?」
アニエスはエクトルの誘いに乗るどころか、怒って逃げてしまった。
二十も年が離れているとかは関係ないだろう。あれは、遊び人を軽蔑している目だった。
「団長だって会場で彼女が多くの男を手玉にとっているところ、見たっしょ?」
会場で見かけたアニエスは、中央確かに多くの男を侍らせていた。
伯爵令嬢らしく美しく微笑み、多くの男を魅了する令嬢——しかし、そのイメージは先ほど一瞬にして崩れた。
騎士に絡まれる令嬢を助けるために果敢に飛び込み、迫る相手を制圧する。乱暴な言葉遣いは彼女の素なのだろうか。
「彼女は私と似ている気がする」
自身を繕い、周囲によく見せようとしているところがそうだとエクトルが呟けば、ロイクはジト目を向けてきた。
「団長……美人だからって絆されちゃダメっすよ。団長のは仕事。彼女のは平民であった自分を繕うための嘘。まったく違いますからね?」
「ふん、あんな小娘に後れを取るもんか」
「そっすよね~。二十も下の女の子に手を出すなんて犯罪くさいですもんね~」
「セリエール家を探るため、彼女に近付くのが手っ取り早いと言ったのはお前だろう」
がははと笑うロイクをエクトルが睨む。
二人沈黙で見合ったところで、エクトルは神妙な顔でロイクを見た。
「……私はキモイか?」
「やっぱ気にしてんじゃん!」
そう言って笑ったロイクは、団長はイケメンです! とか、男でも惚れるっす! とエクトルを励まし続けてくれた。




