3. 猫かぶりの本性
急いで庭へ足を向けると、そこには男女が揉めている姿があった。
(暗くてよく見えないけど……騎士服?)
パーティーの参加者であろう令嬢が、騎士服の男に手首を掴まれている。
「なんだよ、君もそういうつもりでついてきたんだろう?」
「嫌っ……あたしはただ、夜風に当たりたかっただけで……」
嫌がる令嬢に無理やり迫る騎士服の男は、彼女の両手首を離さない。
(どこにでもああいうのはいるのね。えっと……)
わたしは辺りを見渡した。
すぐそばに庭師の道具を見つける。その中から木桶を手に取ると、小さな噴水まで駆け寄る。水を汲み、いまだ言い合う男女に近付いた。
「いい加減にしなさい!」
ざばっと木桶の水を男に向かってかける。その拍子に拘束されていた令嬢が解放され、わたしは彼女に声をかけた。
「今のうちに逃げて」
「えっ……でも、あの」
「早く」
「はっ、はい……! ありがとうございます!」
よほど怖かったのか、彼女は涙目になっていた。わたしに一礼して、走り去っていく。
(さて)
「何しやがる!!」
びしょ濡れになった騎士が我に返り、こちらを見た。
「それはこっちの台詞よ。嫌がる女性に無理やり迫るのが、紳士のすること?」
「……アニエス・セリエール?」
睨んだわたしを見た騎士が、驚きで目を丸めた。
どうやらわたしを知っているらしい。美人なわたしは注目を集めてしまうので仕方ないが。
「ははっ……君のような高嶺の花が、まさかオレなんかに妬いてくれるなんて」
「……は?」
何を言われたのか一瞬フリーズしてしまった。
彼はわたしのことなど気にせず続ける。
「他の女なんかに構っていたオレが悪かったよ。オレは君しか見ない。誓うよ」
何を誓うというのか。騎士はわたしの両手を無理やり握りしめてきた。
どうやら思い込みの激しいタイプらしい。ゾワゾワと悪寒が背中を駆け巡った。
「離せっ」
「ああ……そんな乱暴な言葉遣いをして……そんなに怒ったのかい?」
離れようとするわたしの両手に、騎士が逃がさまいと力を入れる。
「いいよ。オレには婚約者がいるから、君を愛人にしかしてあげられないけど、あんな女よりも一番に愛してあげるからね」
「あんた、婚約者がいるくせに他の女に迫ってたの!?」
信じられない。女の敵だ。
思わず口調が乱れてしまう。いや、本来のわたしはこうであって、普段が猫をかぶっているのだが。
「心配しないで。愛人は君一人だけにするから」
わたしの話をまったく聞かない騎士は、わたしの腰に手を回してきた。
「…………んだよ」
「え?」
私の言葉を騎士が聞き返したと同時に、わたしはふっと力を抜いた。
強い力でわたしを引っ張っていた騎士の身体がかくんとバランスを崩す。
「気持ち悪いんだよ!!」
騎士の拘束を逃れたわたしは、彼の急所を蹴り上げた。
「☆!?♢□〇!?」
声にならない叫びとともに騎士が崩れ落ちる。
わたしは距離を取ると、怒りのままに騎士へ罵声を浴びせた。
「誰が愛人になんかになるか!! あんたみたいなクズ、婚約者にも捨てられて滅びろ!!」
ぜえぜえと肩で息をする。どっと疲れを感じていれば、うずくまっていた騎士が片膝をついて腰の剣に手をやった。
「言わせておけばあ……」
ゆらりと立ち上がり、剣を抜く。
(噓でしょ!? もう立ち上がれるの!?)
こんな所でこんなクズの手にかかって死ぬのはごめんだ。
わたしは踵を返してこの場から逃げる。が。
「逃がすかあ」
騎士がわたしの髪を掴んで留めた。
「ちょ、髪は女の命!! 引っ張らないでよ!!」
「ふうん? そうかあ。命かあ」
「えっ、ちょ、噓でしょ!?」
にたりと笑った騎士はわたしの髪に刃先をあてる。
「やめてよ!!」
「おっと」
先ほどの手は二度通用しない。
力を抜いたわたしの身体を抱き寄せ、騎士が耳元で囁いた。
「なあに、髪なんてなくても、オレが愛人として囲ってやるから」
「キモイ!!!!」
「キモイって言うな!!」
これは完全にやばい。
もともと騎士の力にわたしが適うはずもなく。
ぷつりと一本の髪が剣で切れた。
(ああ……せっかく伸ばしたのにな)
貴族令嬢は髪の長さもステータスになる。良い結婚のためにわたしは手入れに余念がなかった。
いよいよ髪が切り落とされようかというとき、頭上から声がした。
「うるさいですよ、君たち」
騎士とともに上を見上げる。
ちょうど真上はバルコニーになっており、人がいたようだ。パーティー会場とは反対側で明かりもついていないため、気づかなかった。
「こっちは取り込み中だ。邪魔するんじゃない!」
「何が取り込み中よ!」
声の主に向かって叫ぶ騎士に、わたしも怒りを向ける。
声の主は溜息を洩らすと、バルコニーを超えてきた。ふわりと黒い影が宙に舞う。
「ちょ!? そこ、三階——」
わたしが止める間もなく、その人物は庭へ華麗に着地した。
「げっ」
思わず声を漏らせば、隣の騎士が慌てて敬礼をする。
「ここここ、近衛騎士団長!」
彼がどこの所属かは知らないが、目の前の人物はその最たる身分。
「やあ、また会いましたねアニエス嬢」
新品の近衛服に着替えたエクトル様に、どうやらまた助けられてしまったらしい。
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