16. 騙していたんですか?
「お姉様は最初からすべてわかっていて、わたしを見守ってくれていたんですね」
「私は子どもで、今まであなたに何もしてあげられなかったから……」
「そんなことないです。わたし、お姉様にいっぱい甘えさせてもらいました」
「これからも甘やかすわよ」
そう言ってぎゅうぎゅうに抱きしめてくれるお姉様に「きゃ~」とわたしは笑う。
「ったく、慣れないことやらされて疲れた」
「アンリ、演技が下手くそすぎて笑いをこらえるのが大変だったわ」
「しょうがないだろ! あんな思ってもない台詞、うすら寒い!」
あれは泣いていたんじゃなくて、笑いをこらえていたのか。
お姉様が悲しい思いをしたのじゃなかったのなら良かった。すべてはお母様だった人を騙すための演技。
「あのシナリオは誰が考えたんですか?」
わたしもふふっと笑えば、アンリ様が黙ってしまう。首を傾げれば、ロイク様が代わりに口を開いた。
「俺ですよ。実は俺、近衛騎士団の副団長の任についてましてね。団長……エクトル殿下を補佐する形で動いたってわけです」
「えっ……」
抜け落ちていた大切なこと——それを思い出したわたしの身体は震えた。
「アニエス!!」
タイミングよく入ってきたエクトル様に、ああ、と思う。
「団長、遅いっすよ。どこに行っていたんですか? セリエール伯爵夫人はもう連行されたっすよ」
「あ、ああ……そこで騎士に聞いた。伯爵の拘束命令も出したから、すぐに捕らえられるだろう」
「さすが、仕事が早いっすね」
ロイク様との事務的な会話に、そうなんだと確信を得た。
(エクトル様はセリエール伯爵家を探るために、わたしに近付いたんだ……)
その上、わたしは容疑者でもあったようだ。
ぎゅっと痛む胸を押さえるようにワンピースの胸元を握る。
(ああ……だからお義兄様は微妙な顔をされていたのね)
わたしがエクトル様との交流に浮かれていたときには、計画は進んでいたのだろう。
「それは後だ! アニエスっ」
ロイク様との会話を切ったエクトル様がこちらを見た瞬間、嫌だと思った。
「あ、ははは。エクトル様は情報収集のために女性に近付くって言っていましたもんね」
彼の口から真実なんて聞きたくない。そう思ったわたしは、自ら自身の胸を抉る。
「アニエス、それは——」
「いいんです! だってわたし、欲しがり妹なんて呼ばれてましたもんね~」
あははと笑ってみせたわたしの目からは涙がぽろりとこぼれた。
やだ、泣きたくなんてないのに。
「……わたしのこと、騙していたんですね」
「…………そうだ」
エクトル様の肯定に、わたしの涙腺は決壊した。
「守るって言ってくれたのも、全部全部嘘だったんですね!! エクトル様のバカあ!」
最低! 最低。
でも一番最低なのは、子どもにみたいに泣いてエクトル様を困らせている自分だ。
エクトル様を見れば、傷付いた顔をしていた。
わかっている。彼は近衛騎士団長。この国を守るために仕事をしていただけだ。
「っっ!!」
たまらなくなったわたしはダイニングルームを飛び出した。
「アニエス!!」
お姉様の呼び止める声が聞こえる。エクトル様は呼び止めてくれないんだなと、この期に及んで甘い期待をしていたわたしの胸はぐしゃりと潰れた。
☆
「団長~、追いかけなくていいんですか~?」
「……今、私が何を言っても言い訳にしかならないだろう」
エクトルは拳を握りしめると、胸元から書類を取り出しブリジットへ差し出した。
「ブリジット嬢、戸籍の修正を最速でやらせた。アニエスはあの女の娘ではなく、君と同じ母を持つ正統な伯爵令嬢だ」
「……さすが王弟殿下。感謝申し上げます」
ブリジットはエクトルから書類を受け取ると、「でも」と続けた。
「私の妹を泣かせたことは許せませんわ」
「おい、ブリジット……」
止めようとするアンリを制して、エクトルは頭を下げた。
「申し訳なかった……。私は任務であなたの妹に近付いた。何かあると疑い、親しくなろうとして……気づけば心を暴かれていたのは私のほうだった」
「……アニエスを本気で想ってくださっているのですね」
「ああ」
エクトルは本心を隠さずにまっすぐに答えた。
「え!? 団長、マジで!?」
「兄さんは少し黙っていようか」
口を挟んできたロイクをアンリが取り押さえる。それを横目に苦笑すると、エクトルはブリジットに向き直った。
「私はアニエスに求婚したいと思っていた」
「……過去形なんですか?」
「アニエスはもう私の顔など見たくないだろうから」
だからもう会わないほうがいいだろう。
その大人ぶった判断を見透かしたように、ブリジットがじっと見つめてきた。アニエスと同じ水色の瞳は、エクトルのこれまで行いを責めているようでいたたまれない。
「では、アニエスが他の男性と結婚しても祝福してくださいますね? 式には殿下もお呼びしますから、ぜひ祝ってやってください」
「…………ブリジット嬢」
わざとらしく心を乱してくるブリジットに、エクトルは眉尻を下げた。
アニエスが他の男と笑い合う姿を想像すれば、ふつふつと怒りがこみ上げる。
「殿下、次はありません。二度と妹を泣かせないでくださいね?」
その言葉の裏で、今すぐアニエスを追いかけろと言われた気がした。
背中を押してくれたブリジットの言葉に、エクトルは頷く。
「ありがとう、ブリジット嬢!」
そう叫ぶと、エクトルはダイニングルームを飛び出した。
(アニエス……!)
☆
「ブリジット~、殿下をいじめるなよ~、ヒヤヒヤしたろうが」
「あら、わたしの可愛い妹を奪っていくのだから、これくらいは許してほしいわね」
エクトルが出ていった扉を見つめると、ブリジットは嬉しそうに微笑んだ。
「アニエスは私に甘えてくれてはいたけど、言いたいことを言ったり、泣いて困らせたりすることはなかったもの……殿下がうらやましいわ」




