15. 種明かしのお時間です
「持ってきてくれましたか?」
「ええ。ほら、これでいいの?」
アンリ様の問いに、お母様は机に書類の束と麻袋を広げた。何だろうとわたしは目を凝らす。
「あの人、あたしが愛人のころからよく麻薬を家に隠していったのよね。ようやく正妻を始末してあたしを妻に迎えたと思ったら、今度は領地で愛人を囲おうとしているじゃない!? だからあたしは、この伯爵家を乗っ取ってやろうと脅しの種を探した」
「麻薬と麻薬売買の台帳……これがあれば伯爵を失脚させて、アニエスを伯爵家の跡取りとし、俺と結婚できるでしょう! そして、この伯爵家はあなたのものだ」
書類に目を通したアンリ様が告げれば、お母様が唇を持ち上げる。
「ふふっ、あなたはそれでいいの?」
「ええ。俺はアニエスと結婚さえできれば、伯爵家の実権などどうでもいいのです」
「ははっ……あはははは! さすが欲しがり妹! アンリ様を骨抜きにしたことだけは褒めてあげるわ!」
お母様の笑い声がダイニングルームに響く。
(麻薬……? 全伯爵夫人を始末!? お母様は何を……)
お母様は、伯爵家のお金を使い込んでいるだけではなかったのだ。お父様の罪に自らも手を染めていた。
ぐっと唇を引き結べば、アンリ様に身体を引き寄せられる。
「今だ!」
アンリ様の張り上げた声でバンっとダイニングルームの扉や窓が開けられ、近衛騎士たちが部屋に押し入ってくる。突然の光景にわたしは目を瞬いた。
「セリエール伯爵夫人、麻薬所持及び、隠蔽の罪で貴殿を拘束させていただきます」
「…………は?」
近衛騎士の言葉にお母様が固まる。わたしもぽかんと口を開けた。
「あ、あたしは何も知らないわ!! これは主人のもの! あたしは証拠を集めただけで……何とか言って、アンリ様!」
アンリ様に駆け寄ろうとして、お母様は近衛騎士に取り押さえられた。
「あなたには脅迫罪も追加されるでしょう。伯爵も捕まるでしょうからご安心ください」
「騙したの!?」
「……こうでもしないと証拠が掴めなかったので」
叫ぶお母様はアンリ様からわたしへと視線を向ける。
「あんた! あんたもこうなったら道連れよ! あたしの娘なんだから一緒に来なさい! 娘だと偽って伯爵家を騙していたんだから当然よね!?」
びくりと身体を揺らせば、アンリ様が背中に隠してくれた。
(お義兄様……?)
今の茶番がお父様とお母様の罪を暴くためなのは理解した。でもそれと同時に、わたしの罪も暴かれてしまった。庇ってくれる理由はないはずだ。
「あなたには、誘拐罪も追加されます!!」
ずっと俯いていたお義姉様の声がダイニングルームに響く。
お義姉様は足を進めると、お母様の前で立ち止まった。持っていた瓶の中身をお母様の頭にかける。
「何するのよ!?」
叫んだお母様の髪の色が変わって、わたしは目を瞠った。
美しいストロベリーブロンドからくすんだグレーへ。
(どういうこと!? わたしの髪はお母様譲りだったはず……)
驚きで固まるわたしの身体は、アンリ様からお義姉様へと渡された。
わたしを抱きしめてくれたお義姉様を見上げる。
「あなたはちゃんと、私の妹よ。その綺麗なストロベリーブロンドは、母と同じ色だもの」
「え……?」
お義姉様の言葉に目を瞬く。お義姉様はわたしに優しく微笑むと、お母様に怒りの顔を向けた。こんなお義姉様を見るのは初めてで、わたしは戸惑ってしまう。
「あなたは父の愛人になる前から、その髪を染めていましたよね? そして父に近付き、二人の間に生まれたと主張する女の子はあなたが染めた色と同じ髪の色……」
「ア、アニエスはあたしの子よ!!」
「いいえ。あなたは生まれたばかりのアニエスを誘拐して、自分の子だと偽った。母が父に訴えても、政略結婚だった父に母への愛はなく、愛人への嫉妬だろうと信じなかった」
「わた、し……お母様と騎士との子じゃ……」
お義姉様の説明に頭が混乱する。お義姉様はわたしの頭を優しく撫でてくれた。
「それはきっと、あなたに罪悪感を植え付けるための嘘ね。この伯爵家を乗っ取った後も、あなたを都合よく使うために」
「しょ、証拠はあるの!?」
なお叫ぶお母様に、アンリ様がダイニングの入り口を見た。
「それは兄さんが用意してあるだろう」
アンリ様が目を向けた先には、新しく現れた近衛騎士が立っていた。
アンリ様と同じ黒髪を見て、この人が「兄さん」なのだと理解する。
「いやいや、よほど金を積んだんだろうね~。病院での出生の記録が書き換えられてたよ~」
アンリ様のお兄様がぺろりと差し出した書類を確認して、お義姉様がお母様に振り返る。
「そういうわけです」
お母様はそれ以上は何も言わなくなり、がくりと床に膝をついた。
すぐに近衛騎士に連れていかれたお母様を見送りながら、わたしはお義姉様を見上げた。
「わた、わたし……」
「今まで辛い思いをさせてごめんね、アニエス。本当のことを早く言ってあげたかったのだけど……」
「それは俺のせいだ……ていうか、兄さんのせい?」
抱きしめてくれたお義姉様の肩に手を置きながら、アンリ様が申し訳なさそうに告げる。
「ひっどいな~、アンリ。俺は国のために働いてだな~」
「でも俺は言ったはずだ。アニエスはあの女と関わりがあるような子じゃないって」
「まさか、アニエス嬢がセリエール伯爵家の本物のご令嬢だったなんて知らなかったからな。お前も直前まで教えてくれなかったじゃないか」
「それは私が口留めしたんです。アニエスを守るために」
お義姉様とアンリ様とそのお兄様。三人が話すのをぽかんと見ていると、アンリ様のお兄様がにこりと笑った。
「初めまして、っすね? アニエス嬢。俺はアンリの兄、ロイク・バルゲリーです。遠くから監視させてもらっていたので一方的にあなたを見ていましたが」
「か、監視!?」
「兄さん……」
アンリ様が呆れたように間に入る。
「許せ、アンリ。これも近衛騎士団の仕事だ」
「あ……そういえば、アンリ様のお兄様って近衛騎士だったんですね」
知らなかったと驚いて二人を交互に見れば、ロイク様がははっと笑った。
「アンリはブリジット嬢の婚約者だから、本当は早くに協力してほしかったのだけど渋られていてね」
「こっちだってブリットと内情を探っていたんだ。アニエスまで疑っている近衛に協力なんてしたくないだろう」
アンリ様の言葉に、わたし疑われていたんだとまた驚いてしまう。
(ん? 何か大切なことを見落としているような……)
「でもアンリ、アニエスがあの人に殴られる前に庇えなかったの!?」
「無茶言うなよ~」
お義姉様とアンリ様が言い合いを始めてしまったので、わたしは慌てて止めた。
「えっと……お姉様」
改めて呼べば、少し気恥ずかしい。
「なあに? アニエス」
変わらない笑顔がわたしに向けられて、わたしはへにゃりと頬を緩めた。
わたし、お姉様の本当の妹だったんだ!! 嬉しくてお姉様に抱きついた。




