17. 愛さえあれば条件なんて
「うっ……ひっく」
気づけばわたしは養護院に辿り着いていた。
シンと静まり返る中庭に立ち入り、ベンチに腰掛ける。どうやらみんな出かけているようだ。
「うっ、うう~」
今は一人になりたかったからちょうどいい。わたしは思いっきり泣いた。
(好きだって自覚したばかりで失恋するなんて)
もともと接点を持てるような人じゃない。関われたのは、彼がわたしを調べるために近付いてきたから。
「うう~」
そう思えばよけいに涙が出てきた。
この一か月、楽しかった。エクトル様と一緒にいるだけで心地よかった。
(もう婚活する気なんておきないかも)
それくらい本気で好きだったんだと、改めて自分の気持ちに驚く。
空を仰げば、わたしを呼ぶ声が聞こえた。
「アニエス!!」
「なんで……」
エクトル様だ。息をきらしながらこちらにやってくる。
ベンチから立ち上がるが、逃げるには遅かった。
「すまない!! 私は君を疑って近付いた。でも君は無実だった」
勢いよく頭を下げてきたエクトル様に、わたしは目を瞬く。と同時に、少しの期待がしぼんだ。
「……わざわざ謝罪に来られたのですか?」
つい拗ねたような口調になり、我ながら可愛くないなと思う。
「エクトル様は多くの女性を相手にされてきたんですもんね。わたしみたいな小娘、陥落させるのなんて簡単でしたよね」
言いたくもないのに、止まらない。
怒るわたしにエクトル様は目を丸くさせた。
「陥落……してくれた、のか?」
「はあ~? してませんけど!?」
つい辛辣に返せば、エクトル様の顔がしょげる。
な、なによ、その顔。
「それでもいい」
エクトル様は膝をつくと、わたしを見上げて右手を掲げた。
「私は君を愛している。どうか、私と結婚してほしい」
「は? 任務はもう終わったんですよね」
エクトル様は真剣な眼差しを向けたまま答えない。
「う、嘘……」
「嘘じゃない! 君と過ごすうちに、気づけば惹かれていた。君がまた婚活をして、他の男のものになるなんて考えただけで気が狂いそうになる!」
「へっ」
声を荒げたエクトル様に目を瞬くと、彼は頭をがしがしとかいた。
「あ~、くそっ、もっとスマートに求婚するつもりだったのに……。君といると、調子を狂わせられる」
「わたしのせいですか」
わたしと過ごしてきた素のエクトル様だ。思わず頬が緩む。そんなわたしを見て、エクトル様が腰を引き寄せてきた。
「ああ、そうだよ。君といると私は余裕さえなくなってしまう」
逞しい身体にすっぽり収められ、わたしは身を預けた。やっぱり彼の腕の中は安心する。
「私をこんなふうにするのは君だけだ。だからずっと側にいてほしい」
「でもエクトル様は騎士だわ」
わたしの父親は騎士じゃなかったわけだけど、危ない職業には変わりない。
エクトル様が好きだからこそ、毎日帰ってこない日々など耐えられないだろう。
「ああ、それなら騎士を辞める手続きをしてきた」
「え!?」
あっさりと退団宣言をした近衛騎士団長に、わたしは驚きすぎて目を点にする。
「本当は領地でも治めてアニエスと暮らそうと思っていたんだが、さすがに引きとめられてね。近衛騎士団の指南役として王都に残ることになった。まあ、そのほうが養護院にもブリジット嬢の所にもすぐに遊びに行けるからいいだろう?」
好条件だろう? とわたしにウインクするエクトル様に悔しくて唇を尖らせる。
「でも、二十も離れているから、先にいなくなっちゃうじゃない」
「う~ん、それは長生きするとしか言えないけど……」
わたしの難題に困った顔を見せたのは一瞬。エクトル様はにやりと笑って囁いた。
「アニエスが寂しくないよう、子どもをたくさん作ろう。君は子どもたちと一緒に私を看取ってくれると嬉しいな」
「こ!? な!?」
にこにこ笑うエクトル様にわたしは顔を真っ赤にすると、口をパクパクさせた。
「ち……」
「ち?」
「チャラい!!」
盛大に叫んだわたしをエクトル様が嬉しそうに抱きしめる。
それは、わたしがその後に続けた「でも好き」という言葉が届いたからだ。
恥ずかしくてプイッと向けた顔をエクトル様の手で戻されると、温かな感触で唇が塞がれる。
「アニエス、愛しているよ」
「……エクトル様はわたしの運命の相手だったんですね」
少し子どもっぽいかなと窺い見れば、エクトル様の顔が幸せそうに緩んだ。その顔に、わたしの胸がぎゅうっとなる。
条件なんてどうでもいい。わたしはこの人の愛がほしい。
わたしは再びエクトル様の胸の中に飛び込んだ。
このお話はこちらで完結です!
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