13. 決行
昨日、エクトルは男を騎士に引き渡した後、アニエスを屋敷まで送った。
いつも辛辣なアニエスがエクトルを頼り、甘えてくる姿は何とも庇護欲をそそられる。
(私はアニエスが何者であろうと、守ってやりたい)
それはやはり保護対象ではなく、一人の女性としてだ。
あのとき、アニエスの悲鳴を聞いたとき、エクトルは何も考えずに飛び出していた。
アニエスに何かあったらと心配でたまらなかった。そして、あの男に殴られたアニエスの姿を見て頭に血が上った。殺してやりたいところを、すんでのところで堪えたのだ。
(私はアニエスを——)
婚約者と嘘をついたのは、守るためでも任務のためでもない。自分のためだ。
あの男にアニエスは自分のものだと、二度と手を出すなと示したかった。
(こんな青臭い感情……まだ私にもあったんだな)
アニエスと接するようになってから、エクトルは調子を狂わされっぱなしだ。しかも嫌ではないのだから質が悪い。
(アニエスに求婚しよう)
自分の負けだと認めてからの決断は早かった。
(彼女は悪事に手を染めるような人間ではない)
それはこの一か月で証明された。あとは。
(アニエスの出自……か。調べる必要があるな)
養護院の院長は、アニエスがセリエール伯爵家の血を継いでいないと言っていた。
すでに手元には養護院の在籍記録が届けられており、アニエスがあの養護院に数年在籍していたことが記されているのを確認した。
(院長の言う通り、今は伯爵令嬢だから問題ない。だが——)
アニエスの出生も、養護院に入る前後の記録もない。アニエスは現伯爵夫人と伯爵の娘として登録されている。もしもそれが崩れてしまう何かがあるなら——。
最悪の想定まで考えて動かなければ、エクトルはアニエスを失ってしまうだろう。
「団長~!」
副団長のロイクがノックもなしに団長室へ押し入ってきた。
思考を分断されたエクトルはロイクを睨む。
「何だ、騒がしい」
睨まれたロイクは気にする様子もなく、すぐに用件を告げる。
「団長のおかげで、セリエール夫人が動きましたよ~」
「は?」
何を言っているんだ? という顔を向ければ、ロイクはニマニマとエクトルを見る。
「またまたとぼけて~。昨日投獄した男、アニエス嬢を襲ったんっすよね?」
「ああ」
「団長の婚約者を襲ったとして、罪は軽くないだろうって噂になってますよ~」
そういえば、そういうことにしたままだった。
エクトルはあの男の罪状を重くするためにそうしたのだが、噂が広まるのは早いらしい。
(アニエスには求婚するつもりだったからいいが……先に噂が広まるのはなあ)
アニエスが知ったら、また心を閉じてしまいそうである。
やっと甘えてくれるようになったのになあとエクトルが溜息をついていると、ロイクは意気揚々と続けた。
「噂でセリエール伯爵夫人を煽って動かせるなんてさすがっす!!」
「……何の話だ?」
そういえば最初にアニエスの母親の話をしていた。要領を得ないエクトルは苛立ちから声が低くなる。
「えっ? 悪事を働いてる家の娘が、近衛騎士団長と結婚の約束なんて焦るっしょ? 伯爵夫人に動きがあったって弟から連絡があったので近衛隊を向かわせました。団長の目論見通りでしょ? いや~、さすが団長! あの欲しがり妹まで陥落するなんて!」
「待て、近衛隊? お前、いったい何をした!」
エクトルは怖い顔でロイクに詰め寄った。
さすがにロイクの顔からは笑顔が消え、困惑を見せる。
「ええ~、どうしたんですか? 団長が妹を探っている間に、俺は伯爵家を見張っていたんすよ。俺の弟がブリジット嬢の婚約者なのは知っていますよね? 弟は嫌がっていましたが、ブリジット嬢のためだと協力させる準備をしてたんすよ」
「その協力とはなんだ!」
「題して、婚約破棄事件! です」
ロイクの説明を聞いたエクトルは、今まさに最悪の事態が起きようとしているのだと理解した。




