11. 秘密まであと一歩
「あー! アニエスねえちゃんと騎士のおじちゃんだー!」
エクトルたちが養護院へ食事を届ければ、子どもたちが群がってきた。
「お、おじちゃん……」
子どもたちの呼び名がすっかり定着してしまい、エクトルは地味にショックを受けた。
自分はまだまだ現役の騎士だし、年齢問わず女性たちからは熱い視線を向けられる。少なくとも、「おじちゃん」などと呼ばれないくらいは若いと自負していたのだ。
「あはは。子どもからすればわたしもおばさんですよ」
「君はお姉ちゃんと呼ばれているじゃないか」
笑い飛ばすアニエスに拗ねた口調になってしまう。
エクトルが若い気になってしまうのは、アニエスといるせいもあるのだ。
二十も下の女の子とついつい軽口を叩き合い、同じ目線で話してしまう。大人ぶってみても、エクトルの皮はすぐに剝がされてしまうのだ。
『子ども扱いしないでください!』
そう言われたとき、顔がにやつくのを止められなかった。
エクトルはとっくにアニエスを一人の女性として見てしまっている。むしろ、子どもとして見られたらどんなにいいかと頭を悩ませたものだ。
この一か月、養護院を探る目的でアニエスとともに過ごしてきたわけだが、その沼は深まる一方だ。
(意識してもらっていると考えて、いいのだろうか?)
今まで近付いてきた女性にそんな興味を向けることなどなかった。しかし、女性の心の機微をつぶさに観察してきたエクトルには、アニエスの変化が感じ取れる。辛辣な返しはあるものの、キレがない。顔を赤らめ、自分に向けられる矢印を感じ取れる。
(だが……)
だからといって、すぐに踏み込めない壁も感じる。
アニエスは、やはり何か隠しているようだった。それがセリエール伯爵の罪に加担するようなことならば、エクトルは彼女を捕らえなければいけない。
(継承権を放棄したとはいえ、私が罪人と一緒になれる可能性は……)
「わたし、お洗濯してきますので、子どもたちの食事をお願いしてもいいですか?」
「あっ、ああ……」
アニエスの呼びかけにハッとすれば、彼女はすでに洗濯場に向かって走っていた。本当によく動く令嬢である。
もう見慣れたが、最初はアニエスが養護院で子どもたちと遊ぶばかりか、洗濯や繕いものといった使用人のようなことをしていると知ったときは驚いた。
伯爵家の金を使い込み、パーティーに参加しては男遊びを楽しむ欲しがり妹——。彼女を知れば知るほど、真逆の噂である。
(あえて噂を流させておいて、養護院へ目を向けさせないようにしているとか?)
この期に及んで、アニエスに少しでも疑いの目を向ける自分に辟易とする。
この一か月、養護院へ通いながら周囲も調べたが、何も出てこなかった。
わかったのは、セリエール伯爵家で大量に作られる食事を分けられているということ。セリエール伯爵家は表向きは没落しかかっているので、お金による寄付ではなく、物品や手伝いで援助している。食事も市場から直接低価格で仕入れ、豪華に見せかけて作っているらしい。そして、その仕入れはアニエスも手伝っているのだとエクトルは聞かされた。そのアニエスは社交の合間に顔を出し、養護院の世話をしていた。
『奥様のご命令で、毎日捨てるほどの食事をお作りしております。奥様はお帰りにならない日が多いので、アニエス様が養護院へお裾分けしようとブリジット様に提案されたのです』
セリエール邸へ通ううちに、エクトルは使用人たちとも仲良くなった。特にメイドはエクトルが甘い顔を向けるだけで何でも話してくれた。なぜアニエスだけこんなにも難しいのだと、また頭を抱えたものだ。
(アニエスが養護院への寄付を仕向けたのは確かだ。やはり、何かあるのか?)
難しい顔で考えていれば、老齢の院長がやってくる。
「いつもあの子に付き合ってくださってありがとうございます、近衛騎士団長様」
エクトルは子どもたちに素性を隠しているが、さすがに院長にはバレている。
テーブルでは子どもたちがすでに食事を始めており、離れた場所に立つエクトルに声を潜めて近付いてきた。
「アニエスはここを大切にしていますからね。アニエスもあなたの子どもみたいなものだ」
伯爵令嬢に向ける感謝ではなく、我が子を慈しむような院長の言葉にエクトルは引っ掛かりを覚えた。
この院長はずっとここで子どもたちを引き取り、世話をしてきた善人。もちろん調べても、麻薬には関わっていなかった。しかし、その引っ掛かりを見逃すエクトルではない。自然な流れになるよう、カマをかけてみた。
「……やはり、二人は将来を誓い合っているのですね。あの子があなたに過去を打ち明けるなんて……」
(……かかった)
何かあるとは思ったが、あってほしくないとも思った。
エクトルは目を閉じ、院長に続きを話させるべく言葉を紡ぐ。
「はい。アニエスはすべて打ち明けてくれました。それでも彼女への気持ちは変わりません」
任務で幾度となく吐いてきたのに、その嘘がちくりとエクトルの胸を刺す。
院長はエクトルの薄っぺらい言葉なんかに涙を浮かべた。
「まああ。貴方様がそう言ってくださるなら大丈夫なんでしょうね。そうね……たとえ伯爵家の血を継いでなくとも、今はその地位にあるのだから」
(————は?)
思わず出そうになった声をエクトルは吞み込んだ。
(アニエスが……セリエール伯爵家の血を継いで……いない?)
予期もせぬ秘密が暴かれ、エクトルの頭が混乱する。
エクトルは、伯爵の麻薬売買を追っていたはずだ。その娘であるアニエスが何か知っていると近付いた。
(セリエール伯爵家の闇は……)
「やめてよ!」
アニエスの叫び声で視線を上げる。
声は外からした。洗濯物を干すために外へ出たのだろう。
「院長、子どもたちをけして外に出さないように!」
「は、はい!」
エクトルは院長の返事を聞くと、外へ飛び出していった。




