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第35話 交叉する鷹

 

 エアル。カラカス地方。


 冬の空気は澄んでいる。息が白い。リーナは分厚い外套を着て作業員たちの前に立っていた。


「お願いします。もう少し南です」


 スコップが硬い冬の土に入っていく。地図と土の感触——両方をリーナは確かめながら立っていた。白い層が現れるたびに、丁寧に掘り出していく。


 ここにある。確かにアルカーナムが眠っている。


 ◇


 蒸留所では農夫たちの声が響いていた。


 アルヴィンは並んだ樽を眺めていた。大きさの違う樽が、ずらりと並んでいる。麦の香りと木の香りが混ざっていた。


「後は——熟成を待つばかりか」


 呟いた。


 この国を救う酒が、ここで眠っている。先王の作った蒸留所を——息子の親友が復活させていた。


 ◇


 夜の『金色の麦』。二階の部屋にアルヴィン、リーナ、フェルディナント、エルネスト、カッシオの五人が集まっていた。ランプが机の上に置かれている。


「先王の借金について——報告があります」フェルディナントが眼鏡を直しながら言った。「一部を返済した上で、残りは借換えが認められました」


「思った通りだな」アルヴィンが椅子の背にもたれた。「そうなると——二つ目の嘘か」


 エルネストが少し心配そうな顔をした。


「オットー財務卿が情報を流しているのは自由都市リミニと判明したわけですが……二つ目が必要でしょうか」


「まぁ」アルヴィンが言う。「セルヴィアとも繋がっている可能性はある。じゃあ——予定通り、フェルディナントから財務卿に吹き込んでくれ。郊外で悪魔憑きが出た、とな」


 フェルディナントが眼鏡の奥で目を瞬かせた。


「それ……本当に私がやるんですか」


「ナディールが留守の間に財務卿と話せるのは、あんたしかいないじゃないか」


「それはそうなのですが……」


「ナディールから極秘調査を命じられているが——どうしよう、とか言えば、もっともらしいだろ」


 アルヴィンが嬉々として話す。リーナが冷めた目でそれを見ていた。


 ◇


 翌日。フェルディナントは、廊下で財務卿オットーとすれ違った。


「フェルディナント、どうした。血の気がない顔をして」


「実は……」


 フェルディナントは小声になった。


「ナディール様から極秘の調査を頼まれておりまして。郊外の村で——その…悪魔憑きが出たとの噂がございまして」


 オットーが眉をひそめた。「悪魔憑き?」


「は……はい。まだ確認が取れていないのですが、どうしたものかと」


 フェルディナントの声は震えていた。嘘をついているからではない。嘘をつくことが苦手だからだ。でも——その震えが、かえって本物らしくなっている。


 オットーが静かに頷いた。「……そうか。それはご苦労だな。だが、残念ながら私もどうしてよいか分からん」


 廊下を遠ざかっていく財務卿の背中を。フェルディナントは、まだ震えながら見送った。


 ◇


 聖シュタイン帝国では、軍事パレードが盛大に催されていた。王宮のバルコニーから皇帝が見守っている。各国の賓客たちは皇帝の隣ではなく——少し離れた位置から、それを眺めていた。宣言通り、セバスティアヌス枢機卿は既に帰途についていた。残った賓客は、ロレンツォと十人委員会の三人、アリアドネと仮面の魔法使いたち、そしてナディールだ。


 最初に来たのは歩兵の槍部隊だった。何百人もの槍が——一糸乱れず、巨大な塊となって進んでくる。足音が地面を揺らした。この前に立てば、誰であろうと踏みつぶされてしまう。それだけの迫力が、見ているだけで伝わってきた。


 続いて騎士団が現れた。馬の蹄の音が石畳に響く。磨き上げられた鎧が午後の陽光を弾く。パレードの華だ。


「あそこに——コンラート殿がいる」アゴスティーノが言った。隊列の先頭で、真っ白な馬に乗った騎士団長が五百騎もの騎士団を従えている。鉄剣聖コンラート・フォン・アイゼン。その背中はパレードの中でも際立っていた。昨夜バルコニーで笑っていた顔が——今は、完全な武人の顔に戻っていた。


 ◇


 騎士団の後に、対照的な一団が続いた。体格の貧弱な男女が、マントを纏って歩いている。


「魔法部隊か?」フィリッポが呟いた。


 その後方には山車が続いていた。山車には数多くの甲冑が積み上げられている。一行が皇帝の前に到達すると——一斉に向きを百八十度変え、山車に向き合った。


 静寂。


 それから——一人が腕を伸ばした。次の一人がまた腕を伸ばした。また次の一人。また次。無言のまま、魔法が積み重なっていく。最初は何も起きないように見えた。しかし——山車の甲冑が、だんだんと色を変え始めた。銀色が——赤みを帯びていく。熱を帯びているのだ。


 それから。ぐずぐずと、形が崩れ始めた。甲冑が溶けている。見る見るうちに、整然と積み上げられていた甲冑の山が——ただの鉄の塊になっていく。


 観客から歓声が上がった。皇帝カールがニヤリと笑い、各国の要人の顔を眺めた。


 アリアドネは、全く表情を変えなかった。聖シュタインの魔法部隊を値踏みするように——静かな眼差しを向けている。どの魔法が何人分か。どの程度の練度か。その目が、静かに計算していた。


「金の無駄遣いだな」ロレンツォが皇帝に聞こえぬように、しかし賓客たちには聞こえるように言った。「鎧の中に人が入っていれば——とっくに焼け死んでいる」


 一息置いた。


「そう思わんかね」


 ナディールに問う。ナディールは、溶けた甲冑の残骸を見ていた。


「そうですね」静かに、しかし——寂しそうに言った。「これほどの費用があれば——たくさんの苦しい民が救えます。あるいは、産業を興せる」


 アリアドネが少し眉を動かした。


 ロレンツォが——意外そうな顔をした。そして。初めて——ナディールを正面から見た。


 ……鷹の子は、鷹か


 その目が、何かを測るようにじっと注がれた。


 パレードは続く。溶けた甲冑の後には、地響きを立てて、数十門の大砲が引かれてきた。

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