第27話 カラカスの聖獣
カラカス地方。冬の野原。枯れ草が風に揺れる。地平線まで広い土地——イサッコから取り戻した、あの土地だ。
アルヴィン、リーナ、エルネスト、カッシオ。数人の作業員を従えて立っていた。
「前に——リーナが言っていたワクワクする感じ」アルヴィンが尋ねる。「今も——感じるかい」
「ええ」リーナが答えた。「微かにですが」
エルネストが首をかしげる。「何やら雰囲気は——感じますが。分からないなぁ」
カッシオが頭を掻く。
「それが魔導物質の影響だとすれば——」アルヴィンが言う。「埋蔵地の探索は——魔法使いのみんなにお願いするしかない」
リーナが歩き始めた。土の感触を確かめるように。足をゆっくり動かして、あちこちを。立ち止まる。また歩く。
「ここを掘ってみてください」
作業員がスコップを入れる。ざくざくと音がする。
でも——何も出てこない。
別の場所。また掘る。また——何も出てこない。広大な土地に、小さな穴がいくつも。
夕方になった。夕闇が迫っていた。
◇
夜。焚火。炎が揺れている。一同が火を囲んで座っていた。
「疲れた——」カッシオが呟く。
「疲れましたね」リーナもため息をつく。「これは——なかなか雲をつかむような話です」
エルネストが大きな手を膝に置く。
アルヴィンがふと火を見た。
「リーナの感じたワクワクするものが——地中にある魔導物質ではなく、何か別の生き物のせい、ということはないか」
「別の——生き物?」カッシオが顔を上げる。
「以前」アルヴィンが遠くを見た。「この辺りで——何かを見たような気がしたんだ」
「魔法を感じる生き物と言うと——」エルネストが少し考えた。「ヴェルダのようなものでしょうか」
「ヴェルダ?」
「伝説の生き物です。確か——巨大な、緑がかった鳥で、聖典にも書かれていたような」
リーナが——目を見開いた。
「蒸留窯の上の方に——ヴェルダの絵が描かれていました」アルヴィンを見る。「アルヴィンさん——本当に見たんですか」
「分からない」アルヴィンが火に目を戻した。「でも——何かがいた、気がした」
炎が静かに燃えている。夜空に——星が出ていた。
◇
数日後、カラカス地方の蒸留所。修理が順調に進んでいた。石工が壁を直し、大工が梁を渡している。廃墟だった建物に——人の気配が戻ってきた。
アルヴィンが中に入った。大きな銅の蒸留窯が磨き直されて、光っている。緑青が——取れていた。
アルヴィンが窯の上を見上げた。高い場所、壁と天井の境目の近く。磨き直されたことで——刻まれた絵がはっきり見える。大きな翼。羽を広げた——巨大な鳥の形。
しばらく見上げていた。
外に出た。外壁の修理が進んでいる。
「この分なら——あと数日というところだな」アルヴィンが呟いた。
「ここを——再開するのかね」
低い声。振り向くと——木こりが立っていた。年老いた、小さな男。作業員に混じって——いつの間にか隣に立っていた。
「あんたか」アルヴィンが言った。「あんた——これが建てられた頃から、ここに住んでいるのかい」
「ああ」木こりが頷く。「木材を——提供していた。ここが閉鎖された後に——入り口に植林したのも私だ」
「閉鎖された理由は——何だ」
「事故があった」木こりが建物を見上げた。「その事故で——天井が抜けた。それ以来——誰も使わなくなった」
「そうか」アルヴィンが頷いた。「一つ——聞いても良いか。先日一緒に訪れた貴族は——何者か、知っているかい」
木こりが——アルヴィンの顔を見た。目が何かを語りたがっている。
「俺たちはナディールと呼んでいるが」
木こりはしばらく黙っていた。
「……この建物を建てた方と——面影が、よく似ている」
「建てたのが——誰か、知っているかい」
「……ああ」木こりが頷く。「知っている」
「その方のご子息だよ」
アルヴィンは——木こりの顔を、じっと見た。
「やはりな。今度——お会いする機会があれば、全てを話そう」
木こりが深く頷いた。
◇
村の教会。石造りの古い建物。扉をくぐると——ひんやりとした空気。ステンドグラスから冬の光が差し込んでいた。
「リーナかい」神父が振り向いた。丸い体。温かい顔。「ヤコブのことでは——本当に助かった。もう誰も、高利貸に騙されなくなった。でも——最近はアルヴィンが、さっぱり説教を聞きに来ないじゃないか」
「すいません」リーナが頭を下げた。「アルヴィンさんも——忙しくて」
「それで——今日はどんな用事だい?」
「教えて欲しいことがあって」
「私で分かることなら」
リーナが神父を見た。
「ヴェルダのことを——教えてください」
「ああ」神父の顔がほころんだ。「あの聖なる生き物か。中に入りなさい。聖典を読んであげましょう」
◇
礼拝堂の中。長椅子に、二人が並んで座った。神父が分厚い聖典を開き、ぱらぱらとめくっていく。
「ああ——ここだ」神父が読み始めた。リーナが真剣に聞いている。
「大空と大地の守護であるヴェルダは——その翼もて天と地をつなぎ。棲む土地は神の加護の下にあり——いかなる者もこれを侵すことあたわず」
リーナはメモを取った。丁寧な字で。
◇
夜の『金色の麦』二階。部屋に全員が揃っていた。ナディール、アルヴィン、リーナ、エルネスト、フェルディナント、カッシオ。ストーブを囲んで、その明かりが顔を照らしている。
アルヴィンが口を開いた。
「蒸留所の修理は——あと数日で終わる。今年のブドウの収穫はもう終わっているから——ワインと大麦で、まず試してみるつもりだ。それと——近くに住んでいる木こりは、先王とも交流があったそうだ。今度ナディールに会ったら——全てを話すと言っていた」
ナディールが静かに頷いた。
「父と——何か聞けるかもしれないな」
続いてリーナが。
「カラカス地方の魔導資源については——感覚を頼りにあちこち掘ってみました。でも——まだ見つかっていません。とても深いところにあるとしたら——感覚だけでは、難しいかもしれません」
ナディールが唇を噛んだ。
「セルヴィアの聖域要求の期限は——あと一ヶ月だ。それを過ぎたら——自由に採掘が出来なくなる」
部屋が、しんと静まった。
「ヴェルダが出れば良いのに」リーナが——ぽつりと言った。
「ヴェルダ?」ナディールが聞き返す。
「聖典にも書かれている——聖獣です」リーナが鞄から紙を取り出した。丁寧に写した、聖典の一節。机の上に置く。「ヴェルダが棲む土地は——すでに聖域です。セルヴィアが改めて聖域化する必要が——なくなります」
アルヴィンが写しを手に取った。読む。
「大空と大地の守護であるヴェルダの棲む土地は聖域である——か」
ナディールが頷く。「確かに——ヴェルダが棲む聖域を、わざわざ聖域化する必要はない」
「いや」アルヴィンが——膝を打った。「ヴェルダが出る必要は——無い。ヴェルダを見たと——証言する者がいれば、それで良いんだ。誰も——証明する必要は無い」
カッシオが少し身を乗り出した。
「もしセルヴィアの聖職者が——直接乗り込んできたとしたら、私が——その警護そします」
ナディールが頷いた。「聖典に書かれた聖獣を——セルヴィアは否定できない。……相手の聖典で、相手を縛るのか」
アルヴィンは——笑った。
「相手が一番——信じているものを使う。それが一番——効く」
一同が顔を見合わせた。
「そうと決まれば——準備を始めよう」ナディールが立ち上がった。「証人を——誰にするかだな」
誰も——すぐには答えなかった。
ランプの灯りが揺れた。六人の顔が——その中に浮かんでいた。それぞれ——考えている。
冬の夜が、深くなっていく。




