第22話 魔法面接官
馬車が揺れる。
アルカディアへの街道。窓の外に、初冬の山並みが続いている。リーナは膝の上で手を組んでいた。
「本当に、私が決めて良いのでしょうか」
声に出してみる。返事は、ない。一人だ。
◇
数日前のことを思い出していた。
エアル国立銀行の帳簿が、カウンターの上に広げられていた。アルヴィンとフェルディナントが肩を並べて覗き込んでいる。
「僅かだが数字が、昨日と一致しないな」
「申し訳ありません。預金者が急に増えたもので——」フェルディナントが眼鏡を押さえながら答えた。
その隣でエルネストが黙々と通帳を作っていた。一冊、また一冊。大きな手が丁寧に魔法をかけていく。
そこへリーナが入ってきた。
「パラケルスス教授から返事が来ました」
封を切った羊皮紙を手に持っている。
「守護魔法使いの候補が、三人いるそうです」
エルネストが手を止めた。
「それは良かった」ほっとした顔で言う。「でも——教えることを考えると、採用できるのは一人です。三人にエアルまで来てもらうわけにも、いかないでしょうし」
「リーナ。悪いがアルカディアまで行って、面接してくれないか」
アルヴィンが顔を上げた。
「え」リーナが声をあげる。「エルネストさんの弟子を、私が面接するんですか」
「すいません」エルネストが頭を下げた。「今、銀行を離れられませんし」困り顔で続ける。「それに、私は……面接なんて、出来る気がしません」
「俺も蒸留所の立ち上げやら、ナディールに呼ばれるやらで、アルカディアまで行っていられない」アルヴィンが言う。「悪いが、一人で行ってもらえないか」
「それは分かりますが——お店は」
「そっちは誰か人を手配するよ」
リーナは羊皮紙を見た。
「でも、本当に、私が決めて良いのでしょうか」
「君に任せる」
アルヴィンが、はっきりと言った。
「君が決めてくれ」
◇
馬車がガタリと揺れた。リーナは窓の外を見た。山が、近くなっていた。
アルカディアの街が見えてきた。坂道に張り付くように白い建物が並んでいる。高台には魔法学院の大きな建物があって、その窓から青白い灯りが漏れていた。蝋燭より、静かな光だ。
馬車を降り、石畳の坂道を歩き始めた。まず宿屋へ——そう思いながら歩いているうちに、何かを感じて振り返った。
背の低い男が歩いている。修道衣。法王国セルヴィアの聖職者だ。
リーナはその姿を見つめた。アルカディアの街に教会は少ない。魔法使いが普通に暮らすこの街で、聖職者の姿は珍しかった。魔法を神の教えに背くものとして忌む——そういう国が、南にある。
男がリーナの脇をすり抜けていった。リーナも気を取り直して歩き始めた。
◇
その頃、カラカス地方では、廃墟だった蒸留所の中に人の声が響いていた。アルヴィンが技術者たちと図面を囲んでいる。
「ここで窯を炊くと——こう、こういう風に排気されていく構造だと思う」
羊皮紙に線を引きながら説明していく。技術者が蒸留窯の穴を見上げた。
「なるほど。少し穴が開いているところがありますが——ここをふさいで、中も外も溜まった汚れを取れば、生き返ると思いますよ」
「天井はやっぱり修理するかい?」アルヴィンが穴から見える空を眺めながら言う。「このままでも換気に良いような気もするが」
「作業場と倉庫を兼ねるのであれば、簡単な修理は必要でしょうねぇ」
「まあ、そうか」
アルヴィンは窯の表面を撫でた。緑青の浮いた銅。その向こうに、刻まれたエーレンベルク家の紋章。
「急がなくていい。丁寧に頼む」
◇
魔法学院の廊下の先に、大きな扉。リーナがノックした。
「入りなさい」
執務室に入ると天井が高く、本棚が壁を埋め尽くしている。窓際に、長身の男が立っていた。真っ白なコート。胸の刺繍が複雑で大きい。パラケルスス教授が振り向いた。
「リーナ・ヴァイス・フローラ。待っていましたよ」
「パラケルスス教授。この度は候補の方をご連絡いただいてありがとうございます」
「エルネスト・ソラリスが大活躍だとか」教授が柔らかく笑う。「彼のような——世の中が苦手な魔法使いに、舞台が与えられた。こんな嬉しいことはありません」
そして窓の外に目を向ける。
「三人の中に、あなたのお眼鏡にかなう者がいると良いのですが」
「私が面接なんて——と、正直思っているのですけれど」
「三人とも、魔法はそこそこです」教授が言う。「後はエルネスト・ソラリスをよく知るあなたが、相性の良い者を選べば良い」
リーナは頷いた。
◇
面接は別室で行われた。小さな部屋で、窓から中庭の木が見える。リーナが椅子に座って待つ。背筋を伸ばして。
扉が開いた。一人目の候補者が入ってきた。つんと澄ました顔の若い男だ。
「失礼します」
「よろしくお願いします。あなたは守護魔法を専攻されたのですね」
「ええ」男が椅子に座った。「でも、そこらにある守護魔法とは違います。独自に編み出しました」
「独自に?」リーナの目が少し変わる。
「ええ。学校が教えるのは古くて——何と言うか、泥臭い。私のはもっと洗練されていて」
「具体的に言うと、どのような違いがあるのですか」
男は少し笑った。
「見る方が見れば分かりますよ。分かりませんか?」
間があった。
「すいません」リーナが静かに言う。
男は部屋を見回した。「まあ——銀行の守護魔法係に、私の優雅な魔法が必要かは疑問もあるのですが」
「ありがとうございました」
◇
二人目。おどおどした学生が扉から入ってきた。
「志望動機を教えてください」
「ええと——私は、人と交渉したりするのが苦手でして」男が手を膝の上で重ねる。「銀行なら守護魔法だけに専念できそうなので」
「銀行でも——」リーナが言う。「お金を預かって通帳を作る時には、相手が本人か、不正のお金でないかを判断する必要がありますよ」
「ええ……まあ、そのくらいなら」
「お金を借りに来ても、返済が無理なら断ることもあります」リーナが相手の目を見た。「あなた、断れますか」
「え?」
「困っている人に、断れますか」
しばらく間があった。
「……それは、難しいですね」
リーナは内心でため息をついた。断れない。騙されやすい。魔法一筋——目の前の青年を見る。少し前までのエルネストさんそっくりだ。二人揃ったら、銀行が詐欺師のカモになる。
「ありがとうございました」
◇
三人目は、少し自信ありげな顔つきだった。
「通帳に守護魔法をかけると聞いていたので——試しに羊皮紙に魔法をかけたものを持ってきました」
紙を差し出す。リーナが受け取り、両端を持って引っ張る。破れない。
「すごい。これなら——」リーナの顔が明るくなった。
にっこり笑う学生。「そうでしょう。かなりの強度が出ていると思います」
「銀行では——毎日、新しい通帳をいくつも作る必要があります。体力は大丈夫ですか?」
「毎日いくつも?」男がたじろいだ。
「この魔法に、どのくらいの時間がかかりましたか」
「大体……十日間、熱心に魔法をかけました」
リーナの脳裏に浮かんだ。通帳を作ってほしい人たちが、列をなしている場面が。
「ありがとうございました」




