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鏡の王宮、眠る身体、動く身体 ーー体が動く間、別の名が呼ばれるーー  作者: 明日葉


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第80話 笑いと雑草と命が延びる音

白俊と名乗っている男の本名は白川俊介。


本来の年の頃はアラフィフ手前。四十代後半。


阪大府西阪大

高校ラグビーの聖地である園花競技場がある場所だ。


その地に育った白川俊介は、お笑いが死ぬほど大好きな男だった。


子どもの頃、本気で芸人を目指したことがある。

舞台に立ち、笑いを取り、拍手を浴びる未来を想像していた。


だが、現実は彼にとても厳しかった。


自分のネタは、悪くない。

しかし、'爆発的に面白い' わけでもない。


もっと面白い奴がいる。

もっと狂ってる奴がいる。

もっと才能に振り切った奴が、山ほどいる。


それを、白川俊介は割と冷静に理解してしまった。


「俺、医者の方が向いとるわ」


現実的な路線として、先祖代々この地に続く実家の医院を継ぐのが一番妥当だと判断した。

その判断が、人生を決めた。


だから今、彼は医者だ。


だが、笑いを捨てたわけではない。

死ぬほど好きなお笑いは、趣味として彼の中で生き残った。


 * * * *


どういう理由かはよくわからないが、ある日目が覚めたらこの時代にいた。

身につけている服や周りのものを見る限り、自分が住んでいた本日国の過去ではなさそうだ。

しかも、若い時の自分の姿に戻っていた。


この時代でも目を覚ました時、近くに少女がいた。

少女は、目覚めた白俊の顔を覗き込んでいた。


(記憶にある顔だわ)


少女は無表情だが、整った顔立ちをしている。

視線だけがまっすぐ白俊を捉えていた。


目覚めて上体を起こした白俊を見て、少女は首を二回縦に振って頷いた。

どうやら大丈夫そうだ、と言う意味らしい。


少女は白俊の様子を細かく記録していた。

突然現れて、まる二日間眠っていたらしい。

その間の自分の体調の記録を見せられた。


その記録から、この少女もまた医療に従事するものだと言うことがわかった。


白俊は、とりあえず、ここがどうなっているのか確認することにした。

とりあえず生活の糧に何をするかを考えた。

自分も医者、せっかく近くに医者っぽい人がいるのだから、

「一緒に流れの医者をやらないか」

と声をかけてみた。


少女は帳面を取り出し、

"では、弟子見習いにしてください"

と書いて白俊に見せた。


「わかった。弟子、、、ん?見習いなのか。

 まあいいや、弟子見習いな」


しばらく考える、自分の名前どうしようか、とりあえず相手の名前を聞いてから適当に決めようと思った。

 

「名前を聞いてもええか?」


(普通先に名乗るけど、まぁええか、様子見も大事やしな)


少女は、帳面に


"ヨリ"


とだけ書いてみせた。


(よくわからんが、東の半島と大陸のどっちでも通じそうなやつにしとくか)


「俺は白俊、よろしくな」


と言って右手を差し出した。


ヨリは、白俊の手を取り、二人は握手をした。


(握手を知ってるってことはこいつ……)


(握手を知ってるのね)


二人とも表情には出さないが、お互いに同じことを考えていたようだった。


そうして二人は国内の各所を気ままに回り、この時代に合わせた医療行為をしていた。


 * * * *


白俊がこの地鏡咸で診ている疫病。

それは、疑いようもなく新型ナルコラウイルスによる感染症だった。


症状。

経過。

致死率。

どれを取っても、見覚えがありすぎる。


そして彼が使った薬草。


薬草といえば聞こえは良いが、

この地域、いやこの国のどこにでも生えている、いわゆる雑草だ。


生えては刈られ、刈られてはまた生える。

他の植物より繁殖力が強く、

畑に植えた食用植物を食い尽くしてしまう、厄介者。


名前もない、誰も気に留めない草。

農民には迷惑がられる雑草。


白俊は、それに名前をつけた。

ソッコウバ。


漢字で書けば、

"速効葉"


いかにも効きそうで、いかにも薬っぽい。


現代の医薬品にもありそうな響きだ。


「頭の硬いやつには、これでええやろ」


そして彼は、もうひとつ名前をつけた。


キイトルソウ。


(これ、効いとる!)


その確信を、そのまま名前にした。


ふざけているようで、実感としてはこれ以上ないほど正確だ。


どちらの名前も、我ながら、素晴らしいセンスだと思う。


「誰も名前つけてへんのやったら、名前を付けたもん勝ちやろ」


そういう男である。


実はこの草、妙にいい香りがした。

乾燥させると、さらに香りが立つ。


「ハーブティー代わりになるんちゃう?」


そう思って試した。

もちろん、いきなり自分では飲まない。

飲むのはきちんと安全性を確かめてからだ。


その結果は・・・・


大当たりだった。


マジでお茶が飲みたい。

だが、この時代の流れの医師が悠長に茶を飲む余裕はない。


ならば、そこらに生えてる、雑草でいい。

よく効きそうで薬っぽい名前をつけたら、'カッコエエ!'

純粋にそう思った。

おまけに金はかからない。


一日五回。

白俊の感覚では、現代なら約二リットル近い量になる。


彼はそれを、淡々と飲み続けていた。


疫病の患者を診ながら。

隔離の中を歩きながら。


不思議なことに、彼は感染しなかった。


予防接種もない。

特別な防護具もない。

あるのは、布で口を覆い、

手を洗い、うがいをし、焼酎で消毒し、

この草を乾燥させて作った茶を飲むことだけ。


これに気づくのに、時間はかからなかった。


(これ、効いとる!)


だからこそ、鏡咸金氏の治療を買って出た。


治療そのものより、確認のためだ。

茶の効果は、確信に変わった。


だが、問題が一つあった。


茶を飲める身分でなければならない。


貧困層には、茶という概念すらない。


そんな折、貧しい一角で病人が出ているという話を聞いた。


白俊は、一本の草を手に取った。

ソッコウバ。


そして思いついた。


(歌や!)

自分は、お笑いが大好きだ。

子どもは、遊び、歌が好きだ。


思いつくまでには時間がかからなかった


「♪キイトル キイトル キイトルソウ~

 にがいけど まあええやろ~

 のんで ねて またのんで~

 気ぃついたら 元気やで~♪


 ♪熱でも ゴホゴホでも~

 とりあえず いっとこか~

 ソッコウバや 言うてるし~

 効いたらついてる ええやろな~♪」


そんな、かなりふざけた歌を作った。


意味は単純。

旋律は覚えやすいものを作る。


曲を作った時、自分は西阪大のシューベルトではないかと思ったほどだ。

今はちょうどシューベルトが活躍している時期だろうか?


子どもたちに教え、草を手に持たせ、歌わせた。

子どもは走る。

子どもは広める。

大人はそれを止められない。


草は生のまま煎じられ、湯に放り込まれ、

茶として飲まれた。

酒好きの大人は酒に入れた。

茶も酒も飲まないものは草を食べた。


雑炊に入れ、ナムルにし、やがて誰もが口にするようになった。


「キイトルソウや、飲んどけ、食べとけ」

そんな言葉が、いつの間にか広がっていた。


北西部・鏡咸。

この地域の疫病は、いつの間にか、自然と治まった。


誰も「薬だ」とは言わない。

誰も「奇跡だ」とも言わない。


ただ、この地域の疫病が消えた。

白俊は、ソッコウバには効果があると確信していた。


お笑い

雑草

ほんの少しの知恵。

それで、命は延びる。


白川俊介こと、白俊はヨリを連れて今日も歩く。

医者として。


そして、少しだけ芸人だった自分を連れたまま。


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