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あなたのために

 最初は、同僚だった。


 


「その服、似合ってないよ」


 


 振り返ると、デスク越しに笑っている。


 


「え?」


 


「もっと落ち着いた色の方がいいと思う。あなたのために言ってるんだけど」


 


 悪気はなさそうだった。


 


「……そうかな」


 


「うん。絶対そっちの方がいいよ」


 


 少し迷って、私は頷いた。


 


 


 次は、髪だった。


 


「前髪、そのままより分けた方がいいよ」


 


 別の同僚が言った。


 


「大人っぽく見えるし。あなたのために」


 


 鏡を見る。


 


 確かに、悪くない気もした。


 


「……そうだね」


 


 その日の帰り、美容院に寄った。


 


 


 少しずつ、変わっていった。


 


 服も、髪も、持ち物も。


 


 誰かが言う。


 


「それ、やめた方がいい」


 


「こっちの方がいい」


 


「あなたのために言ってる」


 


 


 私は、その通りにした。


 


 


 その方が、間違えないから。


 


 


「その友達、あんまり良くないと思う」


 


 ある日、同僚が言った。


 


「え?」


 


「愚痴ばっかりでしょ。あなた、影響受けやすいし」


 


「……そんなこと」


 


「あるよ。あなたのために言ってる」


 


 


 少しだけ、考える。


 


 


 確かに、会うと疲れることもあった。


 


 


「……距離、置こうかな」


 


「その方がいいよ」


 


 


 それから、その友達とは連絡を取らなくなった。


 


 


「今の仕事、向いてないんじゃない?」


 


 上司が言った。


 


「もっと安定した部署に行った方がいいと思う」


 


「でも……」


 


「あなたのために言ってる」


 


 


 異動願いを出した。


 


 


 通った。


 


 


 気づけば、


 


 周りは、静かになっていた。


 


 


 誰も否定しない。


 


 誰も怒らない。


 


 誰も困らせない。


 


 


 全部、うまくいっていた。


 


 


 ある日、ふと思った。


 


 


 ――最後に、自分で決めたことって何だろう。


 


 


 思い出せなかった。


 


 


 帰り道。


 


 ショーウィンドウに映った自分を見る。


 


 


 整った髪。


 落ち着いた服。


 無難な表情。


 


 


 悪くない。


 


 


 でも。


 


 


「……誰だっけ」


 


 


 小さく呟く。


 


 


 分からなかった。


 

 


 背後から、声がした。


 


 


「いい感じじゃん」


 


 


 振り向く。


 


 知らない人だった。


 


 


「全部ちゃんとしてる」


 


 


 その人は笑った。


 


 


「それでいいんだよ」


 


 


 少し間。


 


 


「あなたのために言ってるんだから」


 


 


 私は、少しだけ考えてから。


 


 


「……はい」


 


 


 頷いた。


 


 


 その方が、楽だから。


 


 


 その方が、正しいから。


 


 


 その方が――


 


 


 ――私のためだから。

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